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神様に愛された私たち  作者: シルヴィア


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20/24

エキスパートとマスター

 歓迎会が始まり各々が絶品料理に舌鼓を打つ中、やはり話題はカイのことばかりであった。

中でもマリーが特に興味を示したのは、何故シュヴァイツァー家の護衛騎士を目指したのかということ。

騎士の名門と謳われるシュヴァイツァー家の騎士に任命されるということは、帝国騎士団の入団試験を突破することと同義らしく、加えてその若さは非常に稀だそうだ。


「元々騎士という職に憧れを抱いていましたからね。それに、幼少期からの恩義に報いたいという思いが強かったこともあります」


「幼少期?恩義?」


 カイの生い立ちを知るはずもないマリーは小首を傾げる。

そこでフィオナは咄嗟に彼の幼少期について、かくいう自分も詳しくは聞かされていないので、簡単に説明をすると、マリーは驚いたのか目を丸くした。


「あら、そうだったの?まったく知らなかったわ。ほら、私もよくあのお屋敷に遊びに行ってたんだけど……」


「シュヴァイツァー邸は広いですからね。俺の部屋は応接室とは離れた別棟にありましたので、残念ながらお会いすることは難しかったと思います」


 カイはふっと目元を緩ませると、ミネラルウォーターの入ったグラスをおもむろに口に運んだ。


「それにしても凄いと思うわ。一家門の騎士とはいえ、シュヴァイツァーは本当に厳しくて有名よ?昔、ルーカスが指南役として稽古に参加したんだけど、帝国騎士団と遜色ないって驚いてたもの」


「ははっ。かいかぶり過ぎですよ」


「でも、それなら尚更、一度は騎士団の入団試験を受けてみようって思わなかったの?」


「思いませんでしたね」


 カイは躊躇うことなく即答をすると、グラスをテーブルに置き、ちらりとフィオナを一瞥した。


「帝国騎士団にはジークフリートが志願していましたので」


「けほっ!」


 突如、カイの口から飛び出した婚約者の名に、思わず咳き込んでしまう。

動揺するつもりなんてなかったけれど、視線を感じた瞬間、心は驚くほど素直なもので。

フィオナの体はみるみるうちに熱を帯びると、瞬く間に耳まで紅潮してしまい、慌てて目の前のグラスに手を伸ばした。


「あらあら、どうしたの?大丈夫?」


「……うん。けほっ!」


 勢いよくミネラルウォーターを口一杯に含み、気遣わし気にこちらを見つめるマリーに向かい、何でもないと数回頷きつつ、ごくんと喉を潤す。

けれどマリーは何を思ったのか、束の間狼狽えるフィオナを見つめると、途端、ふふっと優しい笑みを浮かべた。


「もしかして……ジークフリートさんの名前に反応しちゃった?」

 

「けほっ!」

 

 またしても盛大に咳き込んでしまい、慌ててナプキンを口元に当てる。

これでは誰が見てもそうだと白状しているようなもので、フィオナは益々気恥ずかしくなり、無意識に目を伏せた。


「へぇ……。そんなにジークフリートのこと、意識してたのか」


 刹那、隣から聞こえた落ち着き払った声。

その余裕とも取れる声色にすぐさま視線を向けると、まるでこの状況を楽しんでいるかのように口元を緩めるカイがこちらを見つめていた。

一体誰のせいなのか、と一瞬むっとするも、そもそもジークフリートに関してあれこれと尋ねたのは自分なのだから言い返せるわけがない。

けれど、何か一言くらいは物申してもいいのではないか。

フィオナは口元からナプキンを離すと、母の手前、隣に座るカイにだけ聞こえる声量で文句を紡いだ。 


「あんな話聞かされたら、誰だって意識しちゃうでしょ!」


「あんなって?」


「私のこと……運命だとか、離さない、とか……」


「それから?」


「それから?えっと……決して諦めない……って、ちょっと!」


「ははは!」


「もぉーっ!」


 一応気を遣ってくれているのか、彼も小声で会話をしているけれど、まるで鸚鵡(オウム)返しのようなやり取りに結局は気恥ずかしさが募っただけ。

それに、いくらジークフリートと仲が良いとはいえ、まるで手の上でころころと転がされているようで、なんとなく面白くない。

フィオナはむっと頬を膨らませると、可笑しそうに肩を揺らすカイから視線を逸らし、ふんっとそっぽを向いた。


「二人共、まだ出会って間もないのに随分と仲良くなったのね」


 先程から静観を続けていたマリーが、驚いたように目を瞬かせる。


(違うの、お母さん!これはただ面白がられているだけなの!)


 そう、声を大にして言いたいところだけど、ここはぐっと言葉を呑み込み、マリーへ視線を向ける。


「ねぇ、フィオナ。せっかくの機会だし、カイにジークフリートさんのこと色々と聞いてみたら?ほら、お手紙だけだと分からないことって沢山あるじゃない?」


 続けざまに耳に届いた言葉に思わず目を丸くする。

とは言え、二人の一連の流れを目の当たりにしたマリーからすれば、ごく自然な提案だろうけれど。


「えっ、と……」


 案の定すぐに思い浮かぶはずもなく、もごもごと口ごもり、視線だけをカイへ向ける。

するとカイもまたこちらを見つめていて、どこか楽しそうに笑みを浮かべている。


「俺の答えられる範囲で良ければ」


(そうは言っても……。えぇっと、どうしよう……)


 一番気掛かりであったジークフリートへの疑問は、すでにカイによって解決済みであり、差し障りのない質問であれば、日頃交わし合う手紙の中である程度は済んでいる。

つまるところ、いくら淡々とした箇条書きのような文面であろうと、五年もの間一度もその流れを止めることのなかったジークフリートの手紙は、彼と言う存在をそれなりに理解するには充分な期間でもあったのだ。


「それじゃあね……」


「あぁ」


「ジークフリート様が知りたいこととか、私にこうして欲しいなってこと、何か聞いてたりしない?」


「え?」


 予想だにしなかったのか、カイは目を見張ると、やがて考え込むように腕を組み、軽く唸り始めた。

そんなに驚くような質問だろうかと、思わずマリーと顔を見合わせる。


「こうして欲しい……な」


 やや間を置いて、ぽつりとカイが呟く。


「うん」


「そうだな。……あぁ、ジークフリートならこう言うんじゃないか?」


「なになに?」


「よく食べてよく寝て、そしてよく笑うこと」


「そんなことでいいの?」


「他に何があると思った」


「え?その……花嫁修業、とか?」


 その瞬間、ぽっと頬を染めるフィオナを他所に、カイは肩を揺らして笑った。



 








(そろそろか……)


 カイはリビングの壁掛け時計を一瞥すると、そのまますっと目を閉じた。

キッチンでデザートの準備に取り掛かるマリーの楽しそうな鼻歌と、目覚めたリルに夕食を食べさせているフィオナの明るく弾む声。

その心地の良い音よりも更に遠くへ意識を集中させると、すぐさま感知したのは真っすぐにベルンシュタイン家を目指し疾走してくる微弱な魔力の動き。

そこでカイは目を開き、テーブルに立てかけていたロングソードを手にすると、ガダッと椅子から勢いよく立ち上がる。


「申し訳ございませんが少し席を外します。俺が戻るまで、お二人は決して外へは出ないでください」


「え、どうしたの?」


 何事かと驚くフィオナに軽く笑みを浮かべ、キッチンのマリーに向かい慌ただしく騎士の礼をする。


(申し訳ないが、今は詳しく説明をしている暇はない)


 カイは呆気に取られる二人を残し、そのまま玄関へと足を早めた。



 外へ出ると、そこは満天の星と煌々と明るい月が照らし出す夜の世界。

カイは手に持っていた剣を腰に装着すると、月明かりを頼りに、舗装されていない田舎道を駆け出した。

先程、事前に張っておいた魔力探知に感知された驚くほど微弱な魔力。

あれはまず間違いなくベルンシュタイン卿のものだろう。

以前閣下から、『ルーカスの魔力は赤子よりも少なく、転移は皇室騎士団長の魔力から補填する形で使用している』と聞いたことがあったが、まさかこれほどまでとは。

カイは夜風に漆黒の髪をなびかせながら、次第に近付くルーカスの元へ走り続けた。







「誰だ!」


 突如現れた人影に、ルーカスは手綱を引きシルヴァーノを急停止させると、鋭い声と共に即座に抜剣し構えた。

月明かりだけでは相手の素性がよく把握できないが、長年培われてきた騎士の勘がただ者ではないと訴える。


(こんな場所で奇襲とは舐められたものだ)


 ルーカスは鋭い視線で目の前の人物を睨み付けると、ぎりぎりと柄を強く握り締めた。


「お待ちください、ルーカス・ベルンシュタイン卿」


 不意に呼ばれた自分の名。

ルーカスは臨戦態勢を崩すことなく怪訝な面持ちで眼下の男を見据えると、相手はその場で胸に手を当て片膝を突き、頭を深々と下げ騎士の最敬礼をおこなった。


「初めまして。本日から専属護衛の任を仰せつかりましたカイ・ルートヴィッヒと申します。このような場所でのご挨拶、ご無礼かと存じ上げますがどうかお許しください」


 カイと名乗る青年はそこで顔を上げると、一心にルーカスを見つめた。

 

「……お前か。新たに着任をしたシュヴァイツァーの騎士というのは。……待て。ならば何故お前がここにいる!妻と娘の護衛はどうした!」


 ぞくっと冷たくおぞましい何かが背筋を凍り付かせ、怒声のような追求と共に目の前の青年を睨みつける。

しかしカイはすぐさま「大丈夫です」と力強く反論をすると、思いもよらない言葉を紡ぎ始めた。


「自宅周囲に防御魔法を幾重(いくえ)にも張り巡らせております。よほど強い魔力を持たない限り、突破することは困難です」


「……防御魔法、だと……」


 青年の口から次から次へと語られる高度な技の数々に、思わず言葉を呑み込む。


「お前、まさか魔剣士か?シュヴァイツァーに魔剣士がいるとは、初耳だが……」


 しかし、その言葉の答えは返ることはなく、束の間の沈黙だけが流れる。


「はぁ……分かった。それで?護衛対象から離れたこんな場所で挨拶とは、どういう了見だ?」


 目まぐるしい挨拶もそこそこに、ルーカスは一呼吸置き納剣をすると、おもむろにシルヴァーノから下馬する。


「カイと言ったか。あぁ、楽な姿勢で構わない。なるほどな……家族には聞かれたくない内容か」


 すると、それまで沈黙を貫いていたカイはゆっくりと立ちあがり、衣服を整えると、「はい」と小さく返事をした。

 

「自宅へ挨拶に伺う前に周辺の状況を確認してきましたが、どうやら夫人とお嬢様に監視が付けられているようです。相手はフックス侯爵家の護衛騎士。僅かばかり牽制をしておきましたが、何か不都合はございませんでしたか?」


 その言葉にルーカスは思わず目を見張ると、これまで気付けなかった自分への不甲斐無さに怒りが沸々と込み上げてきた。

加えて優秀であるシュヴァイツァー家の騎士への冒涜。

この青年は叱られるどころか、しっかりと自分に与えられた任務を遂行しただけではないか。

むしろ全身全霊で褒めちぎってやりたい気分だ。 


「少し釘を刺されただけだ。大した問題じゃない」


「恐れ入ります。思いの外早く退散をしてしまったので、少々手荒だったのではと心配をしておりまして」


「それはお前が強いだけだろ」


 ルーカスはふっと表情を緩めつつ腕を組むと、月明かりの下で髪をなびかせながら直立する青年をじっと見据えた。

そう、この青年は強い。

それも恐ろしく。

ともすれば、帝国騎士団で名を馳せる師団長達にも匹敵する強さなのではないか。


(少々手荒だが、試してみる価値ありだな)


 強者は強者を知ると言うが、いかんせん昔の癖はなかなか抜けないものだ。

ルーカスは微塵も表情を変えることなく、おもむろに両腕を緩めると、刹那、凄まじい勢いでカイに向かい抜剣した。


「……っ!!」


 暗闇の中、ガキンと響き渡る激しい金属音。

鋭く射るような眼光と共に剣を振り下ろしたルーカスと、跪き、驚きで目を見張りながらも剣を受け止めるカイ。


「…………」


「…………」


 両者一歩も譲らず押し黙ったまま、一切呼吸を乱すことなく、刃の擦れる金切音だけをカチャカチャと鳴り響かせる。


「お前、ランクは?」


「……エキスパートです」


「そうか」


 ルーカスは軽く頷くと、すっと剣を引き下げ納剣をし、跪くカイに向かい手を差し伸べた。


「すまない。少しお前を試させてもらった。それにしても素晴らしい反応速度だ。もはやマスターの域に近い」


「いえ……まだまだです」


 しかしカイは差し出された手を掴むことなく、くぐもった声でかぶりを振ると、カタカタと小刻みに震える自分の両手を見つめた。


「目指すべきマスターランクの剣とはこんなにも重いものなのかと、悔しいほど差を思い知らされる一手でした……」


 悔しさを滲ませた声色で言葉を紡ぎ、ぐっと拳を握る青年の姿に、ルーカスはふと動きを止める。


「お前、マスターを目指しているのか?」


「はい」


「そうか」


 ルーカスは差し伸べた手を引くことなく、軽く吐息だけを漏らす。

カイの気持ちは痛いほど分かる。

かつてルーカスもまた同じ経験を嫌というほど味わってきた。

目指すべき高みを見失いかけた時ほど、人は心折れるものだ。

特に彼ほどの実力者となれば尚のこと。

ルーカスは自然と口元を緩めると、差し伸べた手でカイの頭をくしゃっと撫で、その腕を掴み、思い切り引き起こした。


「カイと言ったな。厳しいことを言うようだが、マスターランクは騎士の最高峰だ。そう簡単にはなれん」


「……はい」


「そう情けない声を出すな。先も言ったが、お前はすでにマスターの域に近い実力を兼ね備えている。そう焦らずとも必ず道は開ける」


 だから負けるな、己に打ち勝て。

ルーカスは若かりし頃の自分とカイの姿を重ねると、激励の意味を込めて肩をぱんと叩いた。


「はい」


 するとすぐさま返ってきた力強い声。

それは自信に満ち溢れ、もはや彼の中に一寸の迷いがないことが窺える。

先程までは心折れ、落ち込んでいたものとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。

ルーカスはこの瞬間、目の前の青年をいたく気に入ると、無意識に目元を和ませた。


「それよりも、何故帝国騎士団に入団をしなかった?エキスパート保持者で魔剣士だろ?マスターを目指すなら尚のこと、出征をし経験値を上げるに限る。実際、閣下に何度か誘われたんじゃないのか?」


「いえ。俺が元々シュヴァイツァーの騎士を志望していたことをご存知でしたので、その気持ちを汲んで下さったのか、それは一度もありませんでした」


「そうか。にしても実に惜しいな。俺が現役であれば、今すぐにでも自分の隊へ引き入れていたところだ。……まぁ、お前はまだ若いし、そのうち気が変わるかもしれん」


 ルーカスは笑みを浮かべながら踵を返すと、シルヴァーノの手綱を手に持ち、鐙に足を掛け、ひらりと騎乗した。


「さぁ、そろそろ帰ろう。積もる話は夕食時にでも。……ほら、後ろに乗れ」


「いえ、しかし」


「俺は腹が減ってるんだ。早くしろ」


「承知いたしました。失礼いたします」


 急かされたカイが慌てて騎乗をし終えると、ルーカスは温かな我が家へ向け、シルヴァーノを一気に疾走させた。

なかなかどうして気概のある騎士に出会えた。

こんなにも気分が高揚するのは随分と久しい。


(これも何かの縁だ。もしも彼が望むなら、マスターへの手助けとして特訓をしてやらんこともない)


 ふと若手を指南していた頃を思い起こしたルーカスは、微かに頬を緩めると、更にシルヴァーノを加速させた。

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