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シュヴァイツァー家の次男

 リヒテンヴェルト帝国の防衛の要である≪リヒテンヴェルト帝国騎士団≫。

騎士団長総長(グランドマスター)を筆頭に、主に皇室の護りを担う≪皇室騎士団≫と、帝都の護りを担う≪近衛騎士団≫、そしてその他の帝国全土の守りを担う騎士団の大きく三編成に分けられる。

しかし騎士団長においては指揮系統の統一のため、皇室騎士団長と近衛騎士団長のみで構成をされ、帝国全土の守りを担う騎士団においては、近衛騎士団に含まれる。

 

 そんな彼らはもっぱら帝国民の憧れの的であり、騎士団へ入団希望する者は年々数を増していた。

しかしその道のりは険しく、書類審査に始まり、筆記、体力試験、実技、面談と、多岐にわたる難易度の高い試験を突破しなければならない。

そのため悔しくも大多数の者が序盤で散っていき、例年最終試験まで辿り着ける者はほんの一握りとされていた。

故に騎士団は別名『エリート集団』とも呼ばれ、帝国の安寧が続くのは、ひとえに彼らの血のにじむような努力の賜物なのである。


 そのような中、昨年の入団試験では、年端もいかぬ十二歳の少年が初受験にも関わらず史上最年少で合格を果たし、人々の称賛と関心を集めたことは記憶に新しい。






 この日、騎士団の遠征からようやく解放をされ、久々に自宅へと戻れた《ジークフリート・シュヴァイツァー》は、暖かな日差しが降り注ぐ図書室の窓辺に座り、本を片手に穏やかな時間を過ごしていた。

最近読み始めた帝国の英雄と謳われる騎士の伝記。

タイトルと表紙に反して筆者のコミカルな言葉選びが面白く、気付けば今最も手にする書籍である。


 窓の隙間から流れ込む爽やかな風が白銀の髪を優しく撫で、中庭の花壇を彩る花々の香りが心を癒し、穏やかな日差しが遠征で疲弊した体を包み込む。

やがてウトウトと微睡み始めたジークフリートは、持っていた本がするりと床に落ちたことすら気付かずに、そのまま深い眠りへと誘われていった。


「おい、ジーク!此処にいるのか?」 


「……ん」


 突如図書室の扉が勢いよく開け放たれ、大きく響き渡る声で名を呼ばれたジークフリートは、微かに睫毛を震わせると、夢現にゆっくりと黄金色の瞳を開いた。

ぼんやりと微睡む意識の中、すぐ傍に気配を感じ振り向くと、そこには腕を組みながら苦笑し、自分を見下ろす父親の姿。


「おいおい、息子よ。帰宅をしたのならまず誰に挨拶をせんといかんのだ?ん?」

 

「……申し訳ございません。本日、無事遠征先から戻って参りました」


「ったく……まぁ、いい。此度の遠征、ご苦労だったな」


「ありがとうございます。今後は英気を養う為、三日程休暇を頂けるそうです」


 ふわぁと一度欠伸をし、瞳を潤ませながら落ちた本を拾い上げる。 


「お前の功績は師団長から報告を受けている。見事な采配と立ち回りだったそうじゃないか」


「いえ、私は先輩方の指示に従ったまでです」


「そう謙遜するな。素直に喜べ」


 ヴィクトールは豪快に笑いながらジークフリートの頭をこれでもかと撫で回すと、最後にぽんっと軽く肩を叩いた。

もう幼い子供ではないのだから、いい加減やめて欲しい。

ジークフリートは乱れた髪を手櫛で戻しつつ、心の中で溜め息を吐くも、これが父親なりのスキンシップなのだろうと半ば諦めの境地でそれを受け流した。


「……ありがとうございます」


 軽く頭を下げ、本を手に再び窓辺に腰を下ろす。

しかし落としてしまった影響だろう。

挟んでおいた栞紐が外れてしまい、先程まで読んでいたページが分からない。

そこでジークフリートは「はぁ」と軽く溜め息を漏らすと、記憶を頼りにパラパラとページをめくり、馴染の内容が目に留まったところで指を止めた。

遠征中から早く続きが読みたいと待ち兼ねた癒しの時間。

それをこれ以上無駄にしたくはない。

もちろん、使用人達にも緊急時以外声を掛けるなと伝えているし、先の会話で父親も気が済んだことだろう。


「……」


(まだいる……)


 しかしどういうわけか、視線の端には未だ父親の姿がちらつく。

腕を組み、口は開かずとも何か物言いたげに微かな唸り声さえ聞こえ漏れる。


(さすがに、このままというわけにもいかないか)


 ジークフリートは栞紐を挟み本を閉じると、やや間を置いて、父親へ顔を向けた。


「まだ何か?」 


「お前なぁ……。久しぶりに家族と再会だと言うのに、『まだ何か?』はないだろ。……はぁ。まぁ、いい。取り急ぎお前に見せたいものがあってな」


(取り急ぎというわりには、どこか悠長に構えているようだが)


 ジークフリートは眉根を寄せると、見るからに上機嫌に胸ポケットへ手を伸ばす父親の挙動を見つめる。

やがてその手が取り出したのは一枚の写真。


(写真……?なんだ?)


「ほら、やっとの思いで手に入れたルーカスの娘の写真だ。以前話してやったことがあったろ?」


「……はぁ」


(どんな早急な要件かと思いきや、またこれか……)


 途端、休息をしていたはずの体が鉛のように重たくなる。

ジークフリートは差し出された写真に目を向けることなく、嫌悪感をあらわに今日一番の大きな溜め息を吐いた。

今に始まったことではないが、最近輪をかけてしつこい。

何をどう伝えれば、この父親は自分への縁談を諦めてくれるのだろうか。

ジークフリートは眉間に皺を寄せると、疲弊感を抱えたまま手元の本を開き、目を落とした。


「お前より歳は六つ下だが、賢く、それでいて愛嬌もあり、加えて甘え上手で可愛い子だ。つべこべ言わずにまずは写真を見てから判断しろ」


(まだ何か話しているな……)


 しかし今回ばかりはどういうわけかヴィクトールも引き下がらない。

写真を差し出したまま一歩も譲る気配の無い父親に、ジークフリートは次第に苛立ちを覚え始めた。


(これ以上、時間を無駄にしたくない)


 「ふぅ」と一呼吸置き、再び本を閉じ、窓辺からゆっくりと立ち上がる。

最近体が急成長をしたとはいえ、やはり目の前の父親は背丈が高く、ジークフリートは若干見上げる形で、自分と同じ黄金色の双眼をじっと見据えた。


「父上は私が結婚に興味がないことは既にご存知のはずですよね。そもそも我が家は兄上が継ぐのですから、後継者に関しては何の問題もないはずです」


「違うんだジーク。何も後継者云々の話じゃない。お前がこのまま一生独り身でいることが心配なんだよ」


「また老後の話ですか?」


「この先お前が独りになってしまうと思うと、死んでも死に切れん……」


「はぁ……。考えすぎですよ」


 本日何度目か分からない溜息を吐きながら前髪を掻き上げると、図書室の壁掛け時計に目を向ける。

時刻はもう間もなく午後二時。


「……とにかく、私の気持ちは変わりません。それよりも父上、そろそろ執務に戻る時間ではないのですか?」


「駄目だ。まだ話は終わってない」


「……」 


(今日はやけに食い下がるな……)


 眉間に皺を寄せながら、断固たる態度で手を引かない父親。

さすがにこのままでは埒が明かない。

ジークフリートはやがて仕方なしと、しぶしぶ写真を受け取った。


「私の勝ちだな」


「何の勝負ですか……」


「いいから、いいから。ほれ、見てみろ」


 百面相のごとく、今度は表情をぱっと輝かせる父親を呆れ顔で一瞥しつつ、促されるままに写真に目を向ける。

するとそこに写っていたのは、シフォンケーキを美味しそうに頬張り、幸せそうに笑顔をほころばせる少女の姿。




(――――っ!!!)




 その瞬間、どくんと激しく全身を襲う衝撃。

目を見張り、無意識に写真を持つ手が震え、息を呑む。


「どうだ、可愛いだろう?あぁ、ちなみにお前の写真も送っておいたから、これで互いの顔合わせは済ませたということで問題ないな?次は両家揃っての食事会だが……さて、場所は何処にするか。うむ……あの二人の事だ。帝都に招待をしたところで来んだろうなぁ……」


 ヴィクトールは顎に手を当てると、図書室の窓から美しい中庭を眺めつつ、上機嫌に話を推し進め始めた。

いつもならば、何を勝手にと口を挟むところだが、今はその父親の言葉すらどこか遠くに感じる。

そう、まるで全ての時が止まってしまったような感覚に、ジークフリートは微動することなく、ただただ一心に、写真を見つめ続けた。


「……ジーク?」


 どれくらい、そうしていたのだろう。

ぽんと肩を叩かれ我に返る。


「……あ……」


「お前、顔色が優れないようだが大丈夫か?そんなにフィオナの可愛さに驚いたのか?」 


 ヴィクトールはやや声のトーンを下げると、冗談めいた言葉の裏に気遣いを忍ばせながら、ジークフリートの顔をそっと覗き込んだ。


「あ……彼女は……フィオナ……さんと言うのですか……」


 急激な体温の上昇と乱れる呼吸。

じっとりと汗が滲み、たどたどしく言葉を詰まらせながら問いかける。


「さっき伝えただろう?ルーカスとマリーの娘、フィオナ・ベルンシュタインだ」


「フィオナ……フィオナ・ベルンシュタイン……」


 確かめるようにゆっくりとその名を紡ぐ。


「お?なんだ、もしや気に入ったのか?……おぉ、なんとこれは僥倖(ぎょうこう)!……しかし、そうこうしている内に、ルーカスの奴が何か先手を打つかもしれん。善は急げだぞ、ジーク」


「……」


「ははっ、なんて顔をしているんだ。まぁ、お前の気持ちが固まり次第、教えてくれ。……それじゃあ私はそろそろ執務に戻る。あまり遅刻をすると、騎士団長の二人がうるさいんでな」


 ヴィクトールは次から次へと矢継ぎ早に語ると、それで満足をしたのか、笑いながら踵を返し、図書室の扉へ向かい歩き始めた。


「父上、お待ちくださいっ!」


 その瞬間、ジークフリートはこれまで発したことのない差し迫った声で父親を呼び止めると、弾かれたように後を追い、腕を掴んだ。


「な、なんだ」


「今すぐにこの縁談を進めて下さい!」


「……はぁ?」


 あまりにも急転直下な展開に理解が追い付かないのか、聞いたことがない間抜けな一声が父親から漏れる。

それもそのはず。

これまで頑なに縁談を断り続けた息子が、写真を見るや否や、いともあっさりと縁談を受け入れたのだから。


「父上?」


「……ん?おぉ!すぐに……って、あぁ!?お前、本気で言っているのか?」


「はい、本気です。私はこのフィオナ・ベルンシュタイン嬢との縁談を望みます」


「なんと……」


 どういう風の吹き回しだと言わんばかりにまじまじと見つめられるも、今はそれどころではない。

 

「早急にベルンシュタイン卿へ連絡を取って頂けますか?出来れば今夜にでも話がしたいのですが」


「こ、今夜?」


「難しいのであれば明日にでも。暫く遠征の予定はありませんし、なんでしたら休暇願いを提出し、今後は全てベルンシュタイン卿の予定に合わせます。それから――」 


「待て待て!分かった。そこは何とかするから、とりあえず落ち着け!」


 執念とも受け取れるすさまじい気迫を放つ息子を宥めるように、ヴィクトール慌てて言葉を遮ると、言われるがまますぐさま踵を返し、小走りで図書室を後にした。





 まるで嵐が過ぎ去った後のように、静寂を取り戻した図書室。

ジークフリートはゆっくりと深呼吸を行うと、目元を緩め、胸に抱いていた写真を愛おしそうに見つめた。

まだ幼く、無垢な笑顔を浮かべる可憐な少女。

その花がほころぶような笑顔を写真越しに向けられただけで、途端、胸が締め付けられ、次第に視界が滲み始める。


「……約束……したからな……」


 写真の中で幸せそうに微笑む少女に向かい、声を震わせ言葉を紡ぐと、やがてぽたりと一粒の涙がこぼれ落ちる。





 あぁ……やっと……やっと……。




 君に……巡り会えた……。 

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