第69話 救助と成敗
バーン達は何とか黒竜の片目を潰し、他の冒険者達もそれを見て奮起したが、黒竜がその後激怒して暴れまわったため、迂闊に手を出せないでいた。
(我の目を! 矮小な人間如きがよくも!)
(ゴゴゴゴゴゴオオオオオッ!)
(ゴギャ! ガシュ! ドゴン!)
(ゴゴゴゴオオオッ!)
憤怒状態となった黒竜は闇雲に竜の息吹を発射し、後ろ脚や鉤爪で暴れまわる。
冒険者を始めとする王国の者達は黒竜の近くに展開していたので、大きな被害を被る事になった。
竜の息吹の直撃を受けた者は確実に即死し、鉤爪の斬撃攻撃を少しでも喰らえば四肢が吹き飛んで瀕死となった。
僅かの間に十数人もの死者、その数倍の負傷者を出していたのである。
「くそっ! 無理だ!」
「誰か助けて!」
「ひぃ! 勝てるわけ無い!」
再び絶望する王国の者達であったが、なぜか少しカクカクとした後、ピタリと黒竜の動きが停止する。
まるで誰かに強制されたかのように動きを止めた黒竜を訝しく思い皆がみつめる中、今度は王都の全域に光の雪が降り注いだ。
その光の雪にふれた者は、倒れ伏した状態から目を覚まし、血液が流れ出る傷を治療し、毒に侵された者は軽度の状態にまで回復していった。
「これって!」
「まさか!」
「あれは!」
フランとバーンが何かに気付いて叫び、視力の良いエスティアが空を指差す。
皆が空を見上げると、上空から舞い降りる小さな人影が見える。
徐々に姿が大きくなるその人物は、青白い光を纏い白い仮面を付けた赤い燕尾服の者であった。
そして手には光る巨大な槍を携えている。
「守護者様よ!」
エスティアが涙を流しながら叫んだ。
「助かったのか?」
「何者なんだ?」
「守護者って?」
「神なのか?」
王国の者達は、上空から現れて不思議な光で皆を癒やしている人物に驚く。
まるで神が降臨し、これから人々を救済するかのようであった。
王都にいる力無い者達は、自分達を救ってくれるかもしれない存在にひれ伏し、祈りを捧げるのであった。
ーーーーー
王都の西側では巨大な多頭の毒竜が、周囲に毒液を撒き散らしながら街を進んでいた。
冒険者達の攻撃では進行を止められなかったからである。
今も家々を壊し、いくつもある首で街の住民を捕え、飲み込んでゆく。
「いや~!」
「ぐはぁ! 助けてくれ!」
「ひぃ! 食べられるのは嫌だ~!」
その光景を、魔力切れで何も出来なくなった金級パーティー〈魔術団〉を始めとする冒険者や傭兵団、王国の警備兵は、無力な自分に悔し涙を流しながら見ていたのであった。
(ヒュゴッ!)
不意に多頭の毒竜の首が切断された。
1本、そしてまた1本と首が切断される。
多頭の毒竜の首に咥えられていた住民達もいない。
そして一頭の大型の獣が、こちらに物凄い速さで近付いてくる。
辛うじて目で追えるぐらいの速さだ。
思わず戦闘態勢を取る冒険者達。
だが、その大型の獣は人間を前にすると急停止し、大きな口を開けて頬の中から数人の、恐らく多頭の毒竜に咥えられていた住民を吐き出した。
そしてまた多頭の毒竜の方へと凄い速さで走り去ってゆくのであった。
「あの魔獣は、街の住民を助けてくれているのか?」
〈魔術団〉のリーダーが驚きながら呟いた。
その時、自分達の上から降りそそぐ光る雪のような物に全員が気づいた。
ヒュドラ足止め隊自体はあまり傷を負っていなかったが、遠目に毒で倒れていた人や、瓦礫や火災で怪我をしていた人達が立ち上がるのを目にした。
「これは癒やしの光なの?」
「あれは?」
だれかが呟き、皆空を見上げる。
そして青白い光に包まれた人物が、天から舞い降りるのを見るのであった。
ーーーーー
王都の東側では単眼の巨人が暴れ回っていた。
大した知能を持たない単眼の巨人であったが、小さく無力な人間を探して殺すのにゲームの様な面白さを覚えていた。
手に持った棍棒=巨大な木を振り回して建物を壊し、人々を殺戮してゆく。
冒険者や傭兵団、警備兵ももはや立ち向かう手段がなく、住民と同じく逃げ惑うしか無かった。
〈鉄壁の盾〉の唯一の女性メンバーである魔法使いが、逃げる途中で躓く。
他のメンバーは自分の事で精一杯であり、置いて行かれるのであった。
「待って! お願い、助けて!」
女性魔法使いが叫ぶ。
単眼の巨人が近付いて来るが、女性魔法使いは転倒により足を挫いて動けなくなっていた。
単眼の巨人が棍棒を振り上げる。
「きゃああ! いやぁー!」
(ドンッ!)
凄まじい突風により、単眼の巨人の巨体がのけぞる。
次いで、鳥のような魔物が女性魔法使いの前に舞い降りた。
そして鳥の魔物は女性魔法使いを嘴で咥えて背中に乗せ、後方の仲間の冒険者達のところで降ろした。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
女性魔法使いが驚きながらも礼を言う。
「人間の味方なのか?」
冒険者達も魔物が人間を助けた事に驚愕した。
鳥の魔物は分かったとでも言うように頭を上下させた後、もの凄い速さで単眼の巨人の方に向かってゆく。
少しして冒険者自達は上空から降り注ぐ、光る雪のような物に気づいた。
「何これ。足の痛みが無くなってる」
そして女性魔法使いは、青白い光に包まれた人物が天から舞い降りるのを見るのであった。
ーーーーー
ロッドはピーちゃん、ハム美と別れた後〔念動力の翼〕で上空まで飛行し、黒竜と人間達の戦いの様子を少し観察していた。
人間達の魔法は上級魔法ですら黒竜には効いておらず、物理攻撃にもかなり耐性がある様子であった。
ロッドはそれを見て直ぐに〔サイコランス〕の生成に入った。
生成中、〔自在の瞳〕で多頭の毒竜と単眼の巨人の様子を探ると、ハム美とピーちゃんが人間達を救助しながら戦っているようであった。
やがて〔サイコランス〕の生成がおわったロッドは、眼下で暴れ回っている黒竜の動きを〔念動力〕で封じるのであった。
最初はカクカクと動いていた黒竜であったが、やがて完全に抑えられたようで、ピタリと停止する。
次に、傷付いた者達の応急手当の為〔光の降雪〕を王都全域に降らせて人々を治療していった。
ロッドは〔サイコランス〕を携えて上空からゆっくりと舞い降り、やがて固まっている黒竜の頭の高さで静止する。
そして〔念動力〕で封じていた黒竜の動きを解除した。
後は〔サイコランス〕の投擲だけだからである。
動けるようになった黒竜はロッドに向け、翼を下に向けてひれ伏した。
それは竜種特有の感覚で、ロッドが内に秘める神気を捉えたからであった。
「黒竜がひれ伏したぞ!」
「一体何者なんだ?」
討伐隊の者達は、凶暴な黒竜が仮面の人物にひれ伏した事に驚愕する。
怯えた瞳でロッドを見つめる黒竜。
「今更だな。お前は人間を殺し過ぎた。成敗以外の選択肢は無い」
ロッドはそう言うと手にした〔サイコランス〕を投げ付けた。
ロッドが投擲した〔サイコランス〕は高い耐久性を誇る黒竜の身体に深々と突き刺さった。
『ギャアオッ!』
(人間を護る神がここにいたなんて! それなら殺さなければ良かった!)
黒竜はサイコエネルギーで全身の細胞にダメージを受け、叫び声を上げて後悔しながら滅びてゆくのであった。
黒竜が死んだ事を確認したロッドは、他の状況を〔自在の瞳〕で確認する。
ハム美が担当した多頭の毒竜は首を全て切り落とされ、胴体は何度も貫通されたようで穴だらけになって倒れていた。
ピーちゃんが担当した単眼の巨人は、こちらも何度も切断されたのか両腕が肩から無くなっており、胴体も真っ二つになって倒れている。
少しすると、ピーちゃんに乗ったハム美がロッドのところまでやって来て、小さくなってロッドの肩に停まる。
「ハム美、ピーちゃんもお疲れ様」
(『はいデチュ! 人間をいっぱい助けたデチュ!』
『はいデス! 巨人を切り刻んでやったデス!』)
「ふたりとも偉いぞ」
ロッドは仮面の奥でにっこりと微笑むと、そのまま〔念動力の翼〕で飛行してジュリアン達の待つ王城に向かうのであった。




