第67話 絶望と希望
黒竜は苛立ちから街で暴れ回っていたが、少し経って自分に立ち向かって来る人間達が、大勢来た事に気付いた。
突然、自分の片方の翼付近に大きい爆発が起こる。
周囲を見回すと既にたくさんの人間がいるようで、その人間達から様々な魔法が飛んで来た。
雷、炎、氷、風などの魔法が身体の周囲に展開される。
だが、一つとして黒竜の高い魔法抵抗力を突破する威力の攻撃は無かった。
人間達が大声で何やら驚いている。
攻撃され、最初は少しだけ驚いたがすぐに反撃に移った。
『ガオッ!』
(我を攻撃するか! 非力なる人間どもめ!)
黒龍は空中を縦方向に大きく旋回すると、人間達の方に加速して突っ込みながら竜の息吹を発射した。
突撃しながらのブレス攻撃は黒龍の得意とするところで、経験上その方が威力が増すことを知っていたのである。
射線上の人間達は吹き飛び、残った周囲の人間達をさらに鉤爪や尾を振り回して屠ってゆく。
(死ね! 矮小なる人間達よ!)
(ドガッ! ガシュッ! ザンッ! バギッ!)
次々と倒れ、死んでゆく人間達。
魔法を使う人間を殺し、矢を撃ってくる人間を殺し、盾で防ごうとする人間も貫通属性のある牙で貫く。
武器を持った人間達が切り付けて来るも、硬度の高い鱗に阻まれてほとんど有効なダメージは負わなかった。
驚き、絶望する人間達。
黒龍は人間の勝てる相手ではなかったのである。
ーーーーー
「首を狙えっ! 撃て!」
金級パーティー〈魔術団〉のリーダーが皆に号令する。
(シュゴゴゴゴワッゴゴゴゴゴオン!)
冒険者達、傭兵団の各種魔法、弓矢が多頭の地竜の首に当たり、集中してダメージを与えた。
見ると多頭の地竜の首の根元が焼け焦げ、何本かはもう千切れそうになっていた。
但し、進行する歩みは遅いが止まる気配はない。
脚を攻撃すれば止まるかもしれないが、猛毒液を撒き散らして近付く事が出来ないため、魔法や弓の遠距離攻撃で止まるのを期待するしかなかった。
金級パーティー〈魔術団〉は、リーダー以外は全員が魔法使いという少し特殊なパーティーであり、遠距離攻撃が必要なこの相手には最適な配置であった。
「止まらないが、ダメージは入っているぞ! 攻撃を続けろ!」
(ゴゴゴッゴッゴゴン! ドゴゴゴオン!)
〈魔術団〉や傭兵、警備兵も魔法や矢を全力で撃ち込む。
遂に何度目かの攻撃で多頭の地竜の首数本がもげるのであった。
「やったぞ!」
「おおお!」
「足止め出来たぞ!」
首がもげた事に喝采して喜ぶ冒険者や、傭兵、警備兵達。
だがその間にも多頭の地竜の進行は止まらず、進み続けていた。
「止まらないのか? 首がもげたんだぞ!」
驚愕する人間達であったが、少しすると多頭の地竜のもげた首の位置からもりもりと肉が盛り上がり、やがて新しい首となって再生したのである。
「そんな!」
「首が再生した!」
「こっちはもう魔力が無いぞ!」
九本あった首は一時的に数本無くなったが、再生してまた九本に戻った。
多頭の地竜足止めを目標とした者達は絶望するのであった。
ーーーーー
金級パーティーの〈鉄壁の盾〉はリーダーとサブリーダーの二人が盾戦士であり、防御力は鉄壁の守りを誇っていた。
大鬼の力溜め後の一撃にも耐えた実績がある為、単眼の巨人の一撃にも耐える自信があった。
自分達が攻撃を受け止めている間に、攻撃力に特化した仲間が敵を殲滅するといういつも通りの作戦を立て、単眼の巨人の前に立つふたり。
ふたりは盾を振ったり大声を上げたりして、単眼の巨人を挑発して引き付けた。
挑発された単眼の巨人は怒り狂ってふたりの方に進み、片足を上げ振り下ろした。
単眼の巨人の〚巨人の足踏み〛だ。
ふたりは絶妙なタイミングで盾を構え、同時に戦技を発動した。
〚不動の守り〛〚不動の守り〛
戦技を発動したふたりに単眼の巨人の全体重を掛けた〚巨人の足踏み〛が振り下ろされた。
(ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴウンッ)
地面が振動して砂埃が巻き起こる。
〈鉄壁の盾〉や傭兵、警備兵は作戦通りにふたりが単眼の巨人の攻撃を耐えて押し返し、バランスを崩すか倒れたタイミングで一斉に攻撃をしようと突撃の準備をしている。
少しして視界が晴れると、味方から悲鳴が上がった。
「きゃあ~! リーダー!」
「そんな! 嘘だろ、サブリーダーまで!」
「馬鹿な! 鉄壁の守りが破られるなんて!」
ふたりは押し潰されてピクリともせず生死不明の状態となっていたのである。
盾も圧力に耐えられず、グニャリと曲がってしまっていた。
単眼の巨人の目が、近くまで来ていた冒険者達に向けられる。
「ひいっ!」
「無理だ!」
「に、逃げろっ!」
単眼の巨人は逃げ惑う者達に、無慈悲に棍棒を振り降ろす。
(ドガガガンッ!)
「ぐぎゃー!」
「ぎゃっ!」
数人が潰されて悲痛な呻き声を上げる。
逃げ惑う者達はどしようもなく、絶望の表情を浮かべるのであった。
ーーーーー
黒竜討伐隊は魔法攻撃で飛行能力を奪い、飛べなくなったところを直接攻撃部隊で倒す作戦を立て、行動していた。
気付かれないように囲った後、まずは白金級パーティー〈正義の剣〉の魔法使いが、得意とする燃焼系の魔法で片翼を破る予定であった。
この魔法使いは若くして天才の呼び声も高く、その得意とする魔法から〈爆裂使い〉の二つ名呼ばれていた。
彼の放つ高階級の魔法で黒竜の片翼に、確実に飛行不能となるダメージを与えられる自信があるとの事であった。
皆の期待を背負った〈爆裂使い〉が、自身の魔力の相当量を注ぎ込んで上級魔法の呪文を唱え、黒竜の死角から不意打ちとなる魔法を発動した。
上級魔法〚爆裂する閃光〛!
(ドゴォン!)
爆炎の魔術師の手から発射された閃光が、黒竜の片翼に届くとその場所に強烈な爆発が生じた。
炸裂する火球の何倍もの威力だ。
黒竜を囲む皆は期待してその結果を確認した。
だが、黒竜は平然としており、直撃したはずの片翼にもダメージは見られなかった。
立ち止まって周囲を見回す黒竜。
どうやら冒険者や傭兵、警備兵が隠れて狙っていたのがバレてしまった様だ。
「い、一斉に撃てっ!」
このままではまずいと感じた冒険者ギルド本部長が、慌てて後段の指示をする。
その指示で配置されていた魔法使いが、一斉に遠距離からの魔法攻撃を行なう。
(ピカッ! ドン! ガガッ! ザシュッ! ガガン! ビュッ!)
様々な系統の魔法が黒竜を襲うも、よく見ると鱗のあたりで威力がちらされており、本体には届いていない様子であった。
「全く効いてないのか!」
「そ、そんな!」
「竜の魔法抵抗力が、こんなに高いなんて!」
「ヤバくないかこれ!」
討伐隊の皆は、魔法攻撃が全く効果が無い事に騒ぎだ出した。
『ガオッ!』
少しして黒竜が怒ったように咆哮すると、凄い速さで上空まで移動し、その後急降下して低空飛行で突撃しながら竜の息吹を発射してきた。
「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」
射線上にいた討伐隊は吹き飛び、ほとんどが即死した。
黒竜は生き残っている攻撃してきた者達を、鉤爪や尾を振り回して屠ってゆく。
「ひぃ!」
「た、助けて!」
次々と倒れ、死んでゆく討伐隊。
遠距離攻撃部隊を護ろうと盾戦士達が出てくるが、竜の牙で盾ごと穿たれて倒れていった。
そこへ力を溜めていた白金級パーティー〈正義の剣〉の物理アタッカーの戦技が黒竜の首目掛けて振り下ろされた。
〚全身全霊の一撃〛
事前に様々なバフで強化されたアタッカーが、力を溜めて戦技を放ったのである。
これ以上は無いタイミングで放たれた戦技に、討伐隊の皆は今度こそ期待した。
「「やった!」」
「勝ったぞ!」
だがその攻撃は、黒竜の硬度の高い鱗に阻まれ、鱗に少し傷を付けた程度のダメージしか与えられなかったのである。
討伐隊に取って不運だったのは、黒竜が通常の竜よりも耐久属性値が高い種族であった事と、悪魔の秘術で召喚された事により、通常よりも高い能力が付与された状態である事であった。
普通の竜であれば最初の爆裂する閃光で飛行能力を奪えたし、弱ったところに強力な戦技を入れれば倒す事も出来たであろう。
「そんな!」
「攻撃が全く効かないぞ!」
絶望し、パニックになる討伐隊。
そこに非情にも黒竜がまた空中を旋回し、竜の息吹を放つために突撃してきたのであった。
ーー
「もう駄目だ!」
「こ、殺される!」
そこに誰かの声が響き渡る。
「「まだよ!」」
〚精密射撃〛
〚水精霊の水弾〛
そして低空飛行中の黒竜の両目に攻撃が当たる。
精霊の扉のフランとエスティアが、それぞれピンポイントで目に攻撃を加え、一時的に視界を奪った。
エスティアは実戦で初めて水精霊の力を借りた。
旅の途中、ついに念願であった水精霊との契約を行なっていたのだ。
次にクラインが黒竜の横っ面に丁度良いタイミングで打撃を加えた。
〚盾打撃〛
油断していた黒竜は頭部に加えられた強い衝撃で脳が揺さぶられ、一時的に気絶状態となった。
ベッタリと地面に横たわる黒竜の片目にバーンとザイアスの戦技が炸裂する。
それぞれの武器には事前にマックスが魔法を付与して威力を上げていた。
〚渾身の一撃〛
〚剛刺突〛
『ギャアオッ!』
(ぐおお! 我の目が!)
バーン達精霊の扉が連携した攻撃により、ついに黒竜の片目にダメージを与えたのであった。
戦技の剛刺突は少しでも強くなりたいバーンが、アステルから王都への旅路で毎日修練していた新技であった。
「恐れるな! 竜だって無敵じゃない! 連携して防御の薄いところを狙えばダメージを与えれられるぞ!」
バーンが討伐隊の全員に激を入れる。
討伐隊の者達は、精霊の扉の奮闘に希望の火を灯して立ち上がった。
「精霊の扉へ続け! 絶対にここで倒すんだ!!」
「「「「おおおーっ!!!」」」」
冒険者ギルドの本部長や冒険者達、傭兵団や警備兵もその激に応えた。
かくして吸血鬼達との死闘から、さらに成長した精霊の扉と共に、討伐隊全員が一丸となって、黒竜との死闘を繰り広げるのであった。




