第57話 虐殺と責任
ロッドは緊急で辺境伯城の一室に、マリー以外の全員を集合させた。
守護者スタイルのロッド、アイリス、ミーア、ハム美、ピーちゃん、
ジュリアン、ジョアンナ、リーンステア、ローモンド
そして、ロッドが所属不明の軍勢から奪取した、村娘=以前立ち寄った村から攫われた女性である。
ロッドが説明する。
「先程、空から警戒中のピーちゃんが、この領都に近付いて来る謎の軍勢を感知した。遠目から見たところ、領都に来る途中の村で助けた村娘がいる事が分かったので、こちらに移動させて話を聞いたところ、その村から攫われたという事だった。そこにいる村娘が本人だ。悪いな、まだ名前を聞いていなかったが……」
村娘が頭を下げ、クレアと名乗った。
ロッドが皆の反応を伺いながら続きを話す。
「これだけだと野盗や盗賊の仕業だと思えるが、軍勢の装備や規模を考えると、何処かの軍隊ではないかと感じた。規模は正確じゃないが、1万ほどだと思う」
「ロッド殿、何か旗とか紋章のような物はありませんか?」
リーンステアが尋ねる。
「ああ、そう言えばあったな。待ってくれ書いてみる」
ロッドはそう言うと〔自在の瞳〕で確認しながら、紙に数種類の紋章のような絵を書いた。
「これは!」
「王国の貴族達の紋章です!」
ローモンドとリーンステアが叫ぶ。
ジュリアンやジョアンナも不安そうな顔になった。
「つまり辺境伯家に対しての貴族連合の軍勢と言う事か?」
ロッドがリーンステアに聞く。
「はい。出頭せよとの王命の書状が送られてからかなり日が経っていますので、討伐軍が編成されたのではないかと思います」
リーンステアが答えた。
「ですが、王国の紋章は無いようですな。私の記憶では、全てブランドル伯爵家と親しい貴族家だと思われます。そのブランドル伯爵家の紋章が無い様ですので、恐らくはブランドル伯爵が他の貴族を焚き付けて編成した、私設討伐軍といった感じではないでしょうか」
ローモンド子爵が自分の知る情報と合わせ、自分の見解を話した。
「そうか。だが、貴族の軍にしては見た感じ野盗っぽい者が多いな。村の女性を攫ったりしているし」
ロッドが自分の感想を口にする。
「あの……守護者様」
クレアが恐る恐るロッドに話し掛ける。
「どうした?」
ロッドが尋ねると、クレアは平伏しながらロッドに願い出る。
「お願いします、守護者様! 私達をお助け下さい! 私以外にもまだ同じ村や違う場所から連れて来られた娘がたくさんいます……それに、私の村は食料を全て奪われてしまいました……村には子供もいるのです。食べ物が無ければ小さい子供は死んでしまいます!」
クレアは感極まって泣き出してしまう。
すかさず肩にハム美を乗せたミーアが、駆け寄ってクレアを慰める。
「大丈夫ですよ。半神の守護者様が皆をお救い下さいますから!」
「そうだな。理不尽に弱い者から搾取するのは、俺の最も嫌いなパターンだ! 捕われている女性達は今日中に救い出し、貴族の軍勢は追い払おう。村は……直接様子を見てみるか?」
ロッドは全員を見回して皆が頷くのを見ると、以前立ち寄った村に超能力で移動するのであった。
ーーーーー
以前と同じ様に村の中央に瞬間移動して来たロッド。
もう夕方なのに、村には明かりが一つも灯っていない。
全く音のしない辺りを見回すと、村人だと思われる死体がそこら中にあるのを見つける。
「えっ!」
「う!」
「こ、これは!」
「酷い……」
「何て事を……」
ジュリアンとローモンドは言葉も出ず、リーンステア、ジョアンナ、ミーアもあまりの惨状に驚きを隠せなかった。
「そんな!」
クレアはここが自分の住んでいた村である事に驚いていたが、ただならぬ村の様子を認識すると、自分の家があると思われる方向に突然走り出した。
「ミーア、クレアに付いて行ってくれ! ハム美は二人の護衛だ! ピーちゃんはこの周囲に人影が無いか空から探索して、生きている者が居れば教えてくれ! アイリスとリーンステアは攻撃してくる者がいないか、警戒してくれ」
ロッドが矢継ぎ早に指示を行なう。
ロッドは〔遠隔知覚〕で周囲の反応を探るが、自分達以外に生きている人間を感知する事は出来なかった。
生きている村人がいれば感知できるはずだし、逃げるにしても仲間の死体をそのままにしておくはずが無い、そもそも死体が多すぎる……
(皆殺しにしたのか? 少なくともここは街道に近いだけで、辺境伯領とは関わりが無いはずだぞ! ただ食料や女を得るためか! ここではたしか、俺が怪我人を順番に癒やして村人に感謝され……子供達もたくさんいて、俺の事を仮面の守護者と連呼して……くっ!)
「何故だ。力無い村人達を殺す必要があるのか?」
ロッドが力なく呟く。
ロッドはいくつかの死体を指輪のストレージに回収しながら〔念視〕で当時の状況を探った。
(「おい! ここの領主にでも告げ口されたら敵わん、皆殺しにしろ!」
『ひぃお助けを! ぐあ!』
『し、死にたく無い! ぎゃあ!』
『殺さないで~! があっ!』
『お願いです! 子供だけは助けて下さい! ぐはっ!』
「駄目だな! ひゃっははは。死ね!」
『ぼ、僕怖いよ! 仮面の守護者様、助け……うわぁー』)
胸糞悪い過去の状況のいくつかを、ロッドは超能力で認識した。
(俺は皆に守護者だと名乗ったが、この村を護る事は出来なかった……死の間際に俺の名を呼ぶ者もいた……)
「くそっ!」
(ドゴゴゴォッ!)
ロッドは怒りに任せ、拳を固めて地面を力一杯殴り付けた。
拳が当たった地面から放射状に凹みが出来る。
「ロッド様、私があの軍勢を一人残らず始末して参りましょうか?」
アイリスがロッドの心情を察知して尋ねる。
「いや、アイリス。手を汚すなら自分でやるさ。呑気に過ごしていた俺自身へも罰を与えたい位だ! この世界の守護者として、このような殺戮の罪を見逃すわけにはいかない。イクティス様に変わって俺が奴らに天罰を与えよう!」
ロッドは静かに怒りながら話した。
ーー
ロッドは皆を引き連れ、遺体を回収しながらクレアとミーアの方に向かった。
一軒の古びた家屋に二人はいた。
クレアは、入り口の近くで子供を庇って折り重なるように死んでいる家族の遺体に縋りつき、号泣していた。
ミーアがクレアの背中を優しく撫でている。
「ロッド様……」
ミーアがロッドが来た事に気付いて小さく声を上げる。
それにクレアも気付いて泣き顔を上げ、ロッドに向かって言う。
「父も、まだ小さな弟も、村の人も皆殺されました……皆を護ってくれるのでは無かったのですか!」
クレアが泣き腫らした目を怒りで細めて絶叫し、何処にも行き場の無い感情をロッドにぶつけた。
「……」
ロッドは下を向き、何も言う事が出来なかった。
「ロッド様に向かって無礼な!」
アイリスがクレアを睨みつけるが、ロッドが手を横に伸ばして制止する。
そしてロッドは仮面を外し、髪色も元に戻して素顔を晒して話す。
「この娘の怒りは当然だ。家族も何もかも失ったのだからな。だが、俺には全てを護る事など出来はしないんだ……済まないな……」
クレアは仮面を外したロッドの、まるで少女のような幼さの残る顔を見て愕然とした。
まだ成人したばかりの、子供のようではないか。
自分は年下の子供に、全く謂れの無い責任を押し付けようとしていたのかと気付き、再び泣き崩れた。
「ロッド様に責任などありません! 憎むべきはこのような無慈悲な事を行った、貴族達の軍勢です!」
ジョアンナがロッドを庇い、ジュリアンやリーンステア達も頷くのであった。
ーー
ロッドは全ての遺体を回収し、村の中央の広場の一角に集めた。
「じゃあ始める」
ロッドが宣言する。
〚炎の嵐〛火力強化!
ロッドが発動した魔法で炎の渦が巻き起こり、村人達の遺体を高火力で燃やしてゆく。
クレアもロッド達もしばし、炎の渦を見つめ村人達の冥福を祈った。
ロッドもイクティス神に祈る。
(クレアの家族や村人達が、どうか安らかに眠れますように)
やがて炎が消え、村人達の遺骨だけが残った。
ロッドは〔土操能力〕で穴を掘って遺骨を地中に埋め、墓標を立てる。
葬儀をほぼ終えた頃、ミーアが唐突に顔を天に向け驚く。
「!」
「どうした? ミーア」
ロッドがミーアに尋ねる。
「イクティス神からの神託です! ロッド様の願いは聞き届けられたと、村人達の魂はイクティス様の下で安らかにしているとの事、それとクレアの家族に少しだけ別れの時間を用意する、それをロッド様に伝えて欲しいとの事です!」
そうミーアが言い終わると、墓標の上に円形のディスプレイのような映像が浮かび上がり、その中には上半身だけの父親と弟の姿があった。
父「クレアよ」
弟「お姉ちゃん」
父と弟がクレアを呼んだ。
「二人とも!」
クレアが二人を見て驚愕し、再び会えた奇跡に涙を流す。
「二人ともごめんね。最後に一緒にいてあげられなくて……」
弟「ううん、気にしないで。ここはとっても気持ちのいい場所なんだ。それに、後から小さい頃に病気で死んだお母さんにも会えるんだって!」
父「そうだな。私達はこの素晴らしい場所でしばらく過ごし、いずれは神様から次の人生を与えられるそうだ」
「そうなの?」
弟「うん。だからそんなに悲しまないで。お姉ちゃんも、これからの自分の人生をいっぱい、いっぱい楽しんでね!」
父「そうだぞ。私は暫くここからお前の事を見ている事にしよう。強く生きるんだぞ!」
「うん! うん!」
クレアが泣きながら頷く。
弟「じゃあね、お姉ちゃん。僕達きっとまた会えるよ! 神様もそう言ってた」
父「娘よ、さらばだ。いつもお前の幸せを願っているよ!」
感動の再会にミーアとジョアンナも泣き、リーンステアも涙目になっていた。
そして手を振る二人が霞んでいき、やがて墓標の上に浮かんでいた物は幻であったかのように消えてしまう。
少しの間、静寂が支配していたが、クレアがロッドに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。決して守護者様のせいでは無かったのに、怒りをぶつけてしまって……それと、ありがとうございました。最後に父と弟に会わせてくれて」
「謝意は受け取ろう。だが俺は祈っただけで何もしていないさ。イクティス様に感謝してくれ」
ロッドは答え、クレアの心を救ってくれたイクティス神に、心の中で礼を言うのであった。




