第53話 死闘と援軍
帝国丞相が変化して現れた悪魔は、体長2mほどで頭部に角が3本、背中にコウモリの様な羽と長い尻尾があり、全身に文字のような模様のような入れ墨をして、少しの衣服で局部を隠していた。
「くくく。皇帝を含めたここにいるお前達が全員死ねば、最後に帝国を混乱させる事も出来るだろう。さあ、我を楽しませながら死ぬがいい! 悪魔召喚!」
大悪魔の身体の模様が一瞬暗く明滅すると、周囲に複数の魔法陣が現れる。
そして、それぞれの魔法陣からは多数の下級悪魔、悪魔、目玉悪魔が現れた。
下級悪魔は短い角と翼を持ち、体長1.5mほどで鋭い爪と牙を有している悪魔で、討伐難度はCランク。
悪魔は頭に山羊の角を生やし、体長2mほどで翼と尾を持っている悪魔で、討伐難度Bランク。
目玉悪魔は1.5m程の巨大な目玉で、外周にいくつかの触手を備え浮遊する悪魔で、討伐難度は悪魔と同じくBランクだ。
大悪魔を護るように、およそ300体程の悪魔達が召喚されたのだ。
「凄い数の悪魔よ!」
「ひっ!」
「何て数だ!」
大量の悪魔の出現に、近衛兵の間に動揺が走る。
「怯むな! 皇帝陛下をお護りしろ! 近衛兵の近接部隊は盾として前へ! 魔法兵と弓兵は後方からの援護だ!」
近衛兵団長が激を発しながら、指示した。
近衛兵団と悪魔達との死闘の始まりであった。
ーー
ロッドは大悪魔からの不意の一撃は〔サイコバリア〕で防いだが、丞相が悪魔に乗っ取られ、皇帝が操られていた事自体は帝国内の問題なので、自分から積極的に大悪魔との戦闘に加わる気は無かった。
ロッドは、誰彼構わず救う正義の使者を気取ろうとは、思っていなかったのである。
既に大多数の獣人は王国側で保護したし、今までの皇帝が意図せず操られていたのであれば、もう他国への強引な侵攻は行わないであろう。
ここへ来たロッドの当初の主目的は、少し形は異なるが達成しているのである。
ロッドは彼らが悪魔の殲滅に匙を投げ、助けを求めて来るのであれば応じるつもりでいたが、恐らく彼らの面子もあるので自分達で何とかしようとするであろう。
だからと言って、この危機的な状況ですぐにさようなら!と帰ってしまう訳にもいかない為、とりあえず下がって戦況を見守る事にした。
少し前に警備兵を相当数〔サイコバリア〕で隔離していたので、帝国側の戦力を増やすために全員を開放し、避難出来るように宮殿の者を囲っていた〔サイコバリア〕も解除した。
王国に攻め込んで来ていた帝国の将軍と参謀役の二人も開放し、二人には非戦闘員の避難と帝国側の冒険者ギルドなどへの協力要請を促した。
その際、参謀役の男がどうしてもとロッドに頭を下げるので、帝都の中央付近に男を〔物質転送〕で送りつける事となった。
そして、かなり後方に下がってジュリアン、リーンステア、アイリス、ミーア、ハム美だけを〔サイコバリア〕で再度囲み、戦況を見守るのであった。
ーー
「何っ! 皇帝陛下の宮殿前に、大量の悪魔が出現しただと!」
報告を聞いた帝国の冒険者ギルド本部長が、目を見開いて驚愕する。
「はい! 皇帝陛下の宮殿に現れた大悪魔が召喚するのをこの目で見ました! 先程言ったように、丞相閣下が実は大悪魔だったのです! 皇帝陛下を救うため、宮殿への緊急出動を要請いたします!」
ロッドに町中へ転送してもらった帝国軍の参謀役の男が、冒険者ギルドに駆け込んで緊急出動を依頼しているのである。
「分かった。現在帝都にいる高ランク冒険者パーティへ、直ぐに緊急出動を要請しよう!」
ギルド本部長の男がそう言うと、早速部下に指示を出し始めた。
「ありがとうございます! 私はこれから傭兵ギルドに行って、援軍を要請してきます! それと、宮殿では白い仮面で赤い服装の者には、絶対に攻撃を仕掛けないで下さい! それをしてしまうと帝都が滅ぶ可能性があります!」
帝国軍の参謀役の男はそれをいい捨てると、今度は傭兵ギルドの本拠地に向けて走るのであった。
ーー
近衛兵と宮殿の警備兵は力を合わせて悪魔達と戦う。
基本は近衛兵の近接部隊と警備兵が、各種の悪魔と対峙し、後方から魔法兵と弓兵が援護する形だ。
近衛兵団長は動こうとしない大悪魔の動向を見張りつつ、全体の指揮を取り、隙を見て分が悪そうな部隊の救援を行った。
但し、大悪魔が目を光らせているため、皇帝を別の場所に避難させる事は出来ていなかった。
「グオーッ!」
悪魔が槍を振り降ろすと、盾を持たない警備兵は直撃を身体に受け、戦闘不能になった。
下級悪魔は爪や牙に毒を持っており、鎧の隙間から引っ掻かれたり、噛みつき攻撃を受けた者は毒状態となって倒れる。
目玉悪魔は主に後方から闇の槍の攻撃魔法を近衛兵に向けて撃ってきた。
闇の槍を受けた兵は、抵抗出来なければダメージと共に、視覚を一定時間奪われる事になってしまう。
本来、悪魔を相手にするには冒険者ギルドの基準では銀級パーティー以上が必要であり、帝国選りすぐりの近衛兵はともかく、警備兵はこの基準に全く達していなかった。
警備兵の攻撃では悪魔の硬質化した皮膚には大したダメージを与えられず、近衛兵の攻撃で傷付いたとしても継続してダメージを与えないと再生で治ってしまい、焦る帝国側の負傷と疲労がドンドン溜まってゆく。
魔法兵の撃った攻撃魔法も、魔法抵抗の高い悪魔系の魔物には大してダメージを与えられず、矢も硬質化した皮膚に阻まれて大ダメージを与える事は出来なかった。
大悪魔は邪悪な笑みを浮かべならが、この戦いを観戦し楽しんでいるようであった。
一人発奮する近衛兵団長は、所持する魔剣の能力である〈纏雷〉で身体強化を行ない、各種の悪魔を切り裂いていった。
そして戦闘開始から約30分程後、悪魔は1/10である約30体ほどを倒せていたが、警備兵の大多数は死傷か毒で戦線を外れ、近衛兵も前衛で戦える者は残り80%程度となっていた。
だが徐々に帝国側が追い詰められていた戦局は、大きい変化を迎える事になった。
冒険者ギルドからの援軍が、到着したのである。
ーー
〚祝福〛
〚武器雷属性付与〛
〚物理耐性の向上〛
〚敏捷性の向上〛
……
複数の冒険者パーティーが現れ、事前に各パーティーの魔法使いが様々なバフを付与した。
※バフ=補助魔法による強化
「我らは冒険者ギルドの者だ! はあっ!(ザシュッ!)」
高ランク冒険者が斬りかかる。
魔法を帯びた冒険者の斬撃が、いとも簡単に悪魔の腕を切り落とした。
「「「おおっ!」」」
冒険者パーティーの援軍の登場に、士気が上がる帝国側の兵士達。
「冒険者ギルドの援軍か! ありがたい! 冒険者が対処してくれる悪魔はそのまま任せて、近衛隊は他への援護に回るんだ!」
近衛兵団長は戦術に冒険者パーティーも組み入れ、全体を指揮した。
先程までの劣勢が解消され、それどころか冒険者の中には治癒魔法使いもいたので、負傷者が治療後に戦線に復帰することも出来た。
〚五連撃〛
「グオオオオーッ」
〚全身全霊の一撃〛
「グオーッ」
バフをもらった冒険者パーティーのアタッカーの大技で、致命的な一撃を受けた悪魔達が苦悶の声を上げ倒れる。
「やったぞ!」
「さすが高ランク冒険者だな」
「俺達もやるぞ!」
「「「おおー!」」」
帝国兵達も冒険者の活躍を見て、さらに士気が上がる。
「我々は傭兵ギルドの者だ!」
そこにさらに傭兵ギルドの援軍が数十名現れた。
「ありがたい! 傭兵ギルドは近衛兵が相手にしている悪魔を各個撃破してくれ! 近衛兵は俺と共に後方の目玉悪魔を倒すぞ!」
近衛兵団長が傭兵ギルドに応じ、希望を持って近衛兵に指示するのであった。
ーー
帝国側は勢いに乗り、次々と悪魔達を滅ぼした。
300体ほど召喚された悪魔はほぼ殲滅され、残りは目玉悪魔が10体程となった。
ここまでずっと動かなかった大悪魔が口を開く。
「くっくくく。人間どもめ、なかなか楽しませてくれるではないか。それ、褒美をやろう!」
右手を帝国兵に向けた大悪魔の身体の模様が、一瞬暗く明滅すると、魔法が発動される。
〚死の雲〛
帝国兵の中心に突如、漆黒の雲が出現する。
その雲に触れた殆どの者が、地面に倒れる。
「きゃあ~死んでるわ! その雲に触れたのよ!」
「うわあ!」
「にげろ~!」
死の雲は即死をもたらす雲である。
即死への抵抗に失敗した者達は、二度と起き上がる事は無い。
「とったあーっ!」
この騒ぎの隙に、纏雷で身体強化を行なった近衛兵団長が、最速で大悪魔に近付き首に斬撃を放ったのである。
(パキン!)
「えっ!」
近衛兵団長の魔剣が、根本から折れてしまう。
柄だけになった魔剣を握り締め、放心する団長。
「ふははは。馬鹿め、この姿になった我の身体には触れた武器を破壊する
〈武器破壊〉の能力があるのだ! 我は武器では滅ぼすことは出来ないぞ、素手で戦って見るか?」
悪魔は勝ち誇って説明した。
「そんな! 武器が効かないなんて!」
「相手は悪魔よ! 魔法だってあまり効かないわ!」
「か、勝てる訳がない!」
「逃げろ~!」
武器が効かないと知ると、冒険者や傭兵達は恐慌状態となり、逃げようとする者もいた。
「くっははは! 死を恐れる弱き者共よ、逃げる事は許さん。上位悪魔召喚!」
大悪魔の身体の模様がこれまで以上に明滅すると、帝国側の人間を囲む様に大量の上級悪魔が召喚されるのであった。




