第46話 巫女と処罰
猫獣人のミーアは帝国の第一皇子と夕食を共にした後、皇子の私室に呼び込まれお茶を飲んでいた。
皇子には屈強な3人の護衛騎士が付いており、ミーアにも猫獣人の女性が護衛兼侍女として一人だけ付いていた。
但し、獣人側の護衛は形だけであり、武器の携帯は許されていなかった。
「なあ、ミーア姫。そろそろ決心したらどうだ? 獣人だから正妻にはしてやれないが、俺の女になれば何不自由なく暮らせるし、お前達獣人の待遇を良くするように、俺から皇帝陛下に申し出る事もやぶさかではないぞ」
そう言って脂ぎった顔で肥満気味の第一皇子は、ミーアの若く美しい顔や体を舐め回すように見て唾を飲み込む。
「それは以前からお断りしているはずです。私がお仕えするのは神様と半神様だけです」
鈴の音を鳴らすような綺麗な声で、ミーアが拒絶の意を表す。
ミーアは獣人の里で生まれ、今年成人となる数年前から帝都で暮らしていた。
族長の後継であるため、約定により帝国の監視対象となっているためである。
ミーアは獣人には珍しく高い魔法適性があり、知力も高く勉学に優れていた。
それだけではなく、ミーアは10歳の時に神の啓示を受けたのである。
それは獣人の中でも族長間だけの秘密とされていたが、内容はミーア自身がいずれ神の巫女となり、この世界を救う半神に仕えよという物であった。
ミーアは獣人に伝わる伝承も知っていたので、いずれ獣人を窮地から救ってくれる半神の守護者様に、神の巫女としてお仕えするのが自分の使命であると考えていた。
そしてほぼ囚われの身ではあるが、いつその日が来ても良いように、勉学や巫女としての歌や舞踊を修練してきたのである。
猫獣人は獣人の中では兎の獣人と並んで容姿に優れているが、ミーアはその中でも一番美しく可愛らしい獣人であった。
15歳になった今では、帝都で人間を含めても一番の可愛らしさであると、人々に噂されるようになっていた。
ある時、その噂を聞き付けた帝国の第一皇子がミーアに会いに行ったところ、まるで獣人を感じさせず、躍動的で人間以上に美しく可愛らしい容姿に魅了され、以降は会うたびに口説かれていたのである。
当然ミーアにその気はないが、帝国の皇子の招待を毎回無碍に断る訳にも行かず、時折こうやって仕方なく食事などを共にしていたのであった。
ーー
「神だかなんだか知らないが、そんな物どうでも良いじゃないか! ミーア姫、今夜こそは帰さないつもりだ!」
荒い息で椅子を立って回り込んだ第一皇子が、ミーアの腕を乱暴に掴む。
「えっ! 嫌っ!」
ミーアは驚いて立ち上がり腕を振り払おうとするが、人間であっても男性の力には敵わない。
「ミーア姫様! うっ! 何をする!」
護衛の侍女がミーアを護ろうと動いたところ、回り込んできた護衛騎士が二人掛かりで床に押さえつける。
「皇子、程々にしてください……あまり問題を起こすと第二皇子あたりに隙を突かれますぞ」
残った大柄で強そうな護衛騎士の男がそう言って嘆息する。
「ぐふふふ。わかっておる。さあミーア姫、隣の寝室に行くぞ!」
皇子はミーアを無理やり横抱きにし、抱え込んだ。
「きゃーっ! やめて!」
ミーアは恐怖で震えて手を固く握り締め、目を瞑って叫んだ。
脂ぎった皇子からは凄く嫌な匂いがした。
獣人は皆総じて鼻が良いのだ。
このような匂いの人など生理的にも受け入れられない。
こんな男に一度でも汚されたら、もう生きてはいられないだろう。
神様から半神の守護者様に仕えよという啓示を受けていたが、こうなってはもうそれも守れそうも無かった。
仮に今、この男を何とか出来たとしても、その後に獣人の里が帝国の報復でどうなってしまうか分からない。
里の皆を守る為にもこのまま従うしか無い……
希望を持つのは今日でもうおしまい。
この事が終わったら、もう……
そう思った時だった。
突如、部屋が青白く光ったかと思うと、ミーアはいつの間にか皇子とは違う誰かの腕の中にいたのだ。
その者は青白い光を纏い、白い仮面を被って赤い燕尾服を着た者であった。
その腕の中は先程の皇子とは全然違い、もの凄く良い匂いがした。
ミーアは先程までの状況も忘れ、その者の良い匂いにうっとりして本能でスリスリしていたが、ふと横を見ると里にいるはずの猫獣人の長の婆の姿があった。
「えっ? 長婆様!」
ミーアは突然の事に驚愕する。
「この子がミーアで良いのか? ずいぶん可愛らしい獣人だな」
白い仮面の者=ロッドが猫獣人の婆に確認した。
「そうですじゃ! ミーア、無事で良かったの。さあ里に帰ろう、他の者も向かったんじゃ!」
猫獣人の婆が孫であるミーアに話した。
ミーアは婆の言うことはあまり聞いておらず、良い匂いのする仮面の者に褒められた言葉だけが脳内で繰り返されており、薄っすらと頬を染めていた。
「可愛らしいだなんて……恥ずかしい」
「お前はこんな時に何言うとるんじゃ、早う逃げようぞ!」
婆がミーアを嗜める。
「し、侵入者め! おい、俺を護るんだ! この怪しい者達を殺せ!」
第一皇子が混乱から立ち直って叫ぶ。
「お前達、そいつはもういい! 皇子を護れ!」
大柄で強そうな護衛騎士のリーダーが指示する。
侍女を取り押さえていた護衛騎士達は、手を離して皇子の前に移動してロッドに向けて剣を構える。
護衛のリーダーも剣を流れるような手付きで剣を抜き、構えて問う。
「お前は何者だ! これは獣人の反乱なのか?」
ロッドは嘆息して言った。
「お前達に教える事は何も無い。このまま立ち去っても良かったが、権力を笠に着て婦女子に暴行を加えようとした事に罰を与えてからにしようか。一つ忠告しておくが、俺の邪魔をしようとすればその者も相応の罰を受けるぞ」
ロッドはしがみついているミーアを、優しく降ろしてドルフに預ける。
護衛兼侍女の猫獣人の女性も、姫様!と叫びつつミーアの傍に駆け寄った。
ロッドは〔サイコ纏い〕で身体強化した状態でツカツカと無造作に皇子に向って歩くが、そこへ護衛騎士のリーダーが斬り掛かった。
「死ねい!」
男の鋭い斬撃を〔思考加速〕を使用して紙一重で避けたロッドは、死に体となった護衛のリーダーの下顎を、横からフック気味にフルスイングした。
「ゴガッ!」(ドン!)
男は頭を先にするように吹き飛び、部屋の壁に勢い良くぶつかって倒れた。
白目を剥いてピクピクと痙攣する男。
顎下は見た感じ破壊されてグシャグシャになっている。
致命傷にはなっていないのでギリギリ生きている様子だった。
「ひぃっ! ご、護衛騎士長が一撃で!」
皇子が驚愕し、恐怖のあまりに腰を抜かして失禁する。
護衛2名も護衛騎士のリーダー=護衛騎士長とロッドを交互に見て、自分達の未来を想像して怯んだ。
ロッドは〔遠隔知覚〕で天井に3名が隠れてこちらを狙っている事も気付いていた。
「ハム美。そこの天井に斬撃を軽く放て!」
(『はいデチュ!』)
ロッドが近くの天井を指さして指示すると、肩に乗っていたハム美が手を巨大化させ、全てを切り裂く爪の斬撃を放つ。
「ぎゃあ!」
「ぐあっ!」
「ひぎい!」
天井が斬撃で部分的にズタズタになり、黒装束の男達が3人落ちてきて苦悶の叫び声を上げた。
3人とも手脚のどこかしらが切断されているようで、苦痛でのたうち回る。
この者達は恐らく皇子や皇族を影から守る者達だと思われた。
ロッドは再度皇子に静かに歩み寄る。
今度は誰も邪魔をして来なかった。
残りの護衛騎士は恐れおののき、抵抗の意志を見せず武器を取り落とした。
「二度とこんな事が出来ないように、お仕置きだ。腕を出せ」
ロッドが冷たい声で第一皇子に命じる。
皇子はもう言葉も出せず、涙目でフルフルと首を左右に振った。
ロッドは構わず皇子の腕を掴むと、肘で腕の骨を叩き折った。
「ぎゃあああ!! 腕が! 痛い!痛い!痛い~」
皇子は骨折の痛みで腕を押さえ、泣き叫ぶ。
「うるさい。次は命が無いと思え」
ロッドは皇子の後頭部に蹴りを入れて気絶させ、無理やり黙らせた。
「さて、そろそろ行こうか」
ロッドはお仕置に満足して踵を返し、呆気に取られている皆のところに戻ると、獣人の里に〔瞬間移動〕するのであった。




