第43話 獣人と予言
ロッドはジュリアンが砦を掌握した後、ジュリアンとリーンステアに2つの事を約束をした。
一つ目は砦の門はロッドの力で絶対に破らせない事、2つ目はロッドによる怪我の治療である。
もし門が壊されでもしたら、そのまま大軍になだれ込まれて即落ちとなってしまうし、両軍の人数差が激しいので怪我人の治療が出来ないと、守る事自体も困難となるためである。
この2点の手助けを行っても砦が落ちるようであれば、ロッドはジュリアンとリーンステアだけは死なないように護り、最後は砦を捨てて領都アステルに戻るつもりでいた。
その後、ロッドは一旦辺境伯城に戻り、現在の状況をアイリス、ジョアンナ、ローモンドに手短に共有すると、アイリスにジョアンナとマリーの事を託し、ハム美を連れて砦に戻った。
ハム美が一緒なのは、万が一の事を考えたアイリスから、配下の護衛を連れて行くように言われたからである。
砦に戻ったロッドは、砦の門を〔サイコバリア〕で包み込み、その後は砦の治療室に引き籠もる事となった。
ひっきりなしに運ばれて来る怪我人を、片っ端から〔治癒〕で治療してゆくロッド。
時折〔自在の瞳〕で戦況を確認しつつ、ハム美を肩に乗せて治療に励むロッドであった。
ーー
砦を攻めていた帝国軍の先鋒隊は、このままでは砦を落とす事が出来ないと分かると、一旦後退して帝国軍の陣地まで戻って行った。
先鋒隊は獣人約2千、奴隷約3千、民兵5千で構成されており、対して砦側は2千に満たない兵力であったが、砦からの矢、魔法、投石、投油からの着火、壁上の戦闘などで、帝国軍の先鋒隊は死者、負傷者合わせて約2千人ほどの兵の損失を出していた。
とはいえ全軍では3万の兵となるので、損耗率はまだ7%弱であった。
砦側も相応に負傷者が出たが、絶対に無理をして負傷したまま戦わないようにとの通達が出ており、その都度ロッドの治療を受けて復帰するので、帝国軍側から見たら、当初の情報が違っており砦側に大量の兵士が駐留しているように思えるのであった。
ーー
ロッドは戦闘中に時折〔自在の瞳〕で砦を見回していた。
特に門は絶対に破らせないと豪語してしまった手前、頻繁にチェックしていたがそんな時、奇妙な獣人を目にしたのである。
戦闘中にも関わらず門の前で膝をつき、祈るように両の手を組み合わせて項垂れる狼の獣人。
周りの獣人は〔サイコバリア〕を張った門を、無駄な努力とは知らずに破ろうと必死になっており、砦の壁上からの攻撃に次々と倒されて行く。
祈る獣人にもいつ矢や魔法が当たってもおかしく無い状況であったが、何も恐れる物は無いとでも言うようにピクリともしない獣人。
ロッドは少し興味が湧いてきたので、この獣人だけ隔離して後で事情を聞いてみる事にした。
〔物質取得〕
超能力で、件の獣人をこの部屋に呼び寄せ〔サイコバリア〕で囲って逃げられないようにするロッド。
強制的に移動させられた獣人は、あり得ない事態に放心していたが、立ち上がって〔サイコバリア〕を内側からドンドンと叩いた。
「な、何だここは! 出してくれ!」
「お前には後で聞きたいことがある。今はそこで大人しくしておけ」
ロッドは獣人に一言そう告げると、やって来た怪我人の治療に戻る。
獣人は目も鼻も口も空いていない仮面のロッドに、ギョッとした様子で驚愕し、次いでなんとか逃げ出そうと暴れだした。
その時、ロッドの肩からハム美が飛び降りて獣人の前まで行くと、小さいが青白い光に包まれてユニークモンスターの姿になり、唸り声を上げて獣人を威圧した。
「シャーッ!」
それを受けた獣人は、全身の毛を逆立たせてガタガタと震えあがり、〔サイコバリア〕の隅で大人しくなった。
これはハム美のギフトにある獣王の威圧(ターゲットまたは周囲を威圧する。獣系への効果絶大)の効果であった。
獣人も獣系であるため、威圧効果が絶大になる。
ハム美は体長17cmしかなく、獣人の身長は190cmぐらいである。
大きさは小さいが、獣人にとってハム美はこの世で一番恐ろしく、抵抗など全く考えられない存在なのであった。
ーーーーー
「なぜ砦を落とせなかった! 役立たずの奴隷どもが!」
帝国軍の将軍は報告を聞き、怒りで怒鳴り散らした。
「こちらに入っていた事前情報が間違っていた可能性があります。2千近くの敵兵を負傷させたとの報告が入っていますが、見たところでは当初砦に配置されている兵数が減ったようにも見えません。あの様子であれば、恐らく砦の兵数は軽く5千を超えていると思われます」
参謀役の男が淡々と説明した。
「ランデルス王国の裏切者などを信じるからこうなる! 俺はどうも初めから胡散臭いと思っていたんだ!」
将軍の男はそう叫ぶが、王国の裏切者からの情報でこの領地を攻める話が持ち上がった時、楽をして勝てそうだと自ら志願したのである。
それを伝え聞いていた参謀役の男は、内心苦々しい思いでいた。
参謀役の男は考える。
事前情報が間違っており、守備側が想定以上の兵数であるならば、恐らくは砦を陥落させる事は困難となるだろう。
報告では、砦の門を破壊する事は不可能だと聞いている。
あり得ないほどの強度だとか。
仮面の魔法使いという不安定要素もある。
ここは一旦引いて情報を集めるべきであるが、この男はきっと言う事を聞かないだろう。
万が一の為に事前に根回ししていた、あの部隊を投入するべきかどうか…
帝国軍の将軍は、また感情のままに参謀役に指示を与える。
「全軍だ! 明日は全軍を出撃させろ! 援軍が来ないうちに攻め落とすんだ! それと例の大金で雇ってある傭兵達にも働かせろ!」
参謀役の男は仕方なく了承のお辞儀をする。
そして直属の配下を帝国領に走らせるのであった。
ーーーーー
ジュリアンとリーンステアはロッドの居る治療室を訪れていた。
帝国軍が一時的に引き上げて行ったからである。
ジュリアンとリーンステアは部屋に入ると〔サイコバリア〕に囲まれている獣人を見てギョッとする。
「ロッドさん! これは?」
「獣人が何故ここに?」
驚くジュリアンとリーンステア。
「ああ、この獣人か。何故か戦いの最中に祈る様な事をしていたんで、理由を聞こうと思って連れてきたんだ」
ロッドはそういうとサイコバリアを解除して、獣人を開放した。
思わず身構えるジュリアンとリーンステア。
だが予想に反して、獣人は暴れることなくロッドに跪いた。
そして恐らくは獣人なりの敬意を示すポーズなのか、両の手をお腹にあてる。
「俺は……守護者だ。お前の名前は?」
ロッドが今は守護者スタイルである事を思い出しながら、獣人に名前を尋ねる。
獣人はロッドの名乗りを受けて驚き、そして涙をながしながら答えた。
「!! 狼獣人のドルフと申します……」
ロッドはいきなり泣き出した獣人を訝しく思い、尋ねる。
「ドルフ。お前は戦いの最中に何を祈っていたんだ? それとなぜ泣き出した?」
獣人ドルフは涙を拭いながら答える。
「はい。帝国に戦争で捨て石にされている事に絶望し、里の皆がいつの日か帝国の圧政から開放されるようにと、祈っていました」
一息つくとまた獣人は話す。
「それと、我らの里には昔からの言い伝えがあります。その言い伝えが真実であると分かったので、涙が出たのです……」
「言い伝え?」
ロッドが問う。
「〈我らが苦痛に喘ぐ時、いつの日か聖獣を従えた半神の守護者が現れて、皆を救うであろう〉という物です。守護者様」
獣人ドルフが真剣な表情で答えた。
傍で聞いていたジュリアンとリーンステアも、まるでロッドの事を現しているような予言に、顔を見合わせて驚く。
(これはイクティス様の手回しなのか? 神は未来を見通せると言うが、まさか俺の存在が言い伝えになっているとは)
「この場合、ハム美が聖獣という訳か……後でアイリスにも聞いてみないとな」
とりあえず、皆で夕食をとりながら続きを聞こうと思うロッドであった。




