第39話 進軍と魔法
ジュリアンは国境の砦の壁上で帝国軍を睨んでいた。
数日前、吸血鬼の君主の襲撃から2日ほど経った辺境伯領の領都アステルに、帝国軍が国境近くに集結しているという報告があった。
知らせを聞いたジュリアンは、領主代行の権限で一番信頼できる騎士リーンステアを騎士団長代行に任命すると、生き残った騎士団と警備隊から最低限の治安維持の人員だけを残し、国境の砦の増援に急行した。
ジュリアンが砦に到着する頃には既にこちらへの進軍が始まっており、およそ3万の大軍が陣を構築しつつあった。
この国境の砦に常駐しているのは辺境伯領の騎士団と王国所属の守備隊、民兵、冒険者を含む傭兵からなる約1,200人である。
帝国軍来襲時は本来であれば、辺境伯領からの援軍が進軍を抑えている間に王都および周辺諸侯の軍を集結して対抗するはずであるが、辺境伯に謀反の疑いがある状況ではそれは望めなかった。
ローモンドの分析では、ブランドル伯爵自身が実は帝国と通じており、辺境伯に謀反の罪を着せて援軍が来れないようにしている可能性もあるとの事であった。
ジュリアン殺害の正否とは無関係に陰謀が発動され、帝国軍と呼応していたのではという事である。
恐らくブランドル伯爵が、辺境伯を謀反の罪に陥れる策謀を利用し、以前から通じていた帝国側に呼応するように呼び掛けた可能性が高いと考えられた。
今回の吸血鬼の君主の襲撃で騎士団の主力は壊滅し、守備隊の約半数が死亡または戦闘不能にされていたたため、ジュリアンが連れて来れた援軍は千に満たない数であった。
3万対2千では、いくら砦側が有利であったとしても、援軍がこれ以上望めない状況では長くは持ちそうに無かった。
ジュリアンの頭に一瞬ロッドの顔が思い浮かぶ。
だが、あれだけの戦いをしたのである。
無事でいるとは思っているが、力を消耗して倒れているのかも知れない。
そして何よりこれは、ジュリアン自身の貴族としての義務なのである。
ジュリアンは何としてもこの砦を守り抜こうと決心するのであった。
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カーンマイル帝国はランデルス王国やその他の小国と隣接し、大陸のほぼ中央に位置する国家である。
数年前まで国の規模はランデルス王国とほぼ同じであったが、皇帝が代替わりしてから積極的に近隣の小国を攻め滅ぼして吸収し、国土の差が徐々に開きつつあった。
帝国には強い者が正義という風潮が強く、力や魔法の才能がある一部の人や貴族など特権階級の人々は優雅に暮らし、ほとんどの人々は重税や身分差別等からなる圧政に苦しんでいる状況であった。
現在の帝国皇帝は強大な軍を擁しており、圧政に立ち上がる地域や人々がいても瞬く間に攻め滅ぼされてしまうため、人々は抵抗を諦めるしかなかった。
帝国社会には奴隷が多く存在し、犯罪者や借金を返せない者、特権階級に楯突いた者、戦争で捕縛された者や近隣の亜人などが長らく奴隷として扱われていた。
軍にも各種の奴隷や、征服した国で徴兵した者達も多く組み入れられ、外政の度に捨て駒にされ、命を散らしていった。
今回ランデルス王国のロードスター辺境伯領に進軍してきた軍も、半数以上は奴隷や徴兵した民兵を多く含む混成軍であった。
その帝国軍は今朝から砦への攻撃準備を始めており、午後には攻撃にかかる様相であった。
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ロッドは暗殺者ギルドを〔限定メテオ〕で始末した後、一応ローモンドにもその旨を伝え、ジョアンナ達と辺境伯城で食事をとって、その日は城に泊めてもらった。
朝になり、しばらく出来なかったので少し長めの精神統一行った後、アイリスに魔法について詳しく教えてもらう事にした。
吸血鬼の君主戦で、自分の手札の少なさを痛感したからである。
奴にはこちらからの攻撃はほぼ通じなかった。
あの土壇場で発動した金色の力が無ければ、死んでいたのは自分の方であった。
これから先も、超能力一辺倒では通じない相手が出てくるかもしれない。
そのため魔法や物理での手札を増やすと共に、今後は己の基礎能力も高めていかなければならないと考えるロッドであった。
アイリスがしてくれた魔法の説明は以下のようになる。
※魔法に関してのうんちくが長いので、読み飛ばしたい方は一番下までスクロールして下さい。
〈魔法階級について〉
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初級魔法……基礎的な生活魔法を含む初心者用の魔法。
必要属性値:知力属性値D(中位)、魔力属性値E(下位)
例:着火、明かり
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下級魔法……一般的な者が習得出来る威力の低い魔法。
必要属性値:知力属性値D(中位)、魔力属性値D(中位)
例:動物制御、炎の矢、妖精の祝福、武器火属性付与、武器魔法付与、妖精の針
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中級魔法……優秀な者だけが習得出来る威力の高い魔法。
必要属性値:知力属性値C(上位)、魔力属性値D(中位)
例:炸裂する火球、|光の精霊召喚《コール=ウィル・オ・ウィスプ》、初級治療、迸る稲妻、絡み合う蜘蛛糸、氷柱の爆発
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上級魔法……一握りの者だけが習得出来る威力の高い魔法。
必要属性値:知力属性値B(一流)、魔力属性値C(上位)
例:邪悪なる炎柱、猛炎の打撃、強力な物理耐性の向上、強力な魔法耐性の向上、連鎖する稲妻、邪悪からの強大な護り
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最上級魔法……最優秀の者だけが習得出来る高難度魔法。
必要属性値:知力属性値A(超一流)、魔力属性値B(一流)
例:崩壊する物質
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極大魔法……人間ではほぼ習得不可能な超高難度の魔法。
必要属性値:知力属性値S(英雄級)、魔力属性値A(超一流)
例:氷結する牢獄、流星群の衝撃、灼熱の獄炎
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神級魔法……通常では習得できない神レベルの魔法。
必要属性値:知力属性値SS(人外)、魔力属性値GOD(神級)
例:なし(人間には知られていない)
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固有魔法……生物またはアイテムに固有の魔法。
必要属性値:なし
例:闇の衣、死の腐食風、神秘的な魔力の護り、魔法の威力向上
※必要属性値は世界の理がそうなっているというだけであり、人間の知るところではない。(鑑定出来る者もほぼいない為)
〈魔法の適正について〉
魔法を使える者は、世界の理により明確に定められてる。
魔法階級に必要な知力属性値、魔力属性値の条件を満たす者であっても、魔法適性の無い者は魔法は習得できず、魔法使いにはなれないのである。
この適性有無は生まれた時に定められ、通常は一生変化する事は無い。
〈魔力属性値ついて〉
魔法適正に対しての「高さ」である。
知力属性値と合わせて魔法階級の習得条件にもなる。
魔法発動に対しては「質」となり、同一の魔法でも魔力属性値が高い方が、高威力、広範囲となる。
〈魔力について〉
魔法の源となる神秘的な魔力の「量」である。
魔法発動に必要であり、発動時に必要量が消費される。
魔力属性値が高いほど魔力量が多い傾向があるが完全な依存関係ではなく、親からの遺伝や生まれつきの体質によっても異なる。
また、一定の値で固定されておらずその日の体調等にも左右される事もあり、年齢によっても変わってくる。
外部からは判別ができず、本人だけが総量に対して大体どの位消費したとか残っている等が、おぼろげながら分かるといった感覚的な物になる為、明確な数値化やランク分けは出来ない。
魔法発動により消費されるが、完全に枯渇した場合でも疲労するだけで生命には直接影響はしない。
〈魔法の習得について〉
魔法を得るには習得したい魔法の魔法階級の条件を満たし、呪文を魔法書や魔法の巻物から自分の魔法書に写して覚えなければならない。
覚えた魔法はこの世界の理により、元となった魔法書や魔法の巻物からは消えてしまう。
魔法使いは一定の間隔で自分の魔法書を再学習し、日常的に使用しない魔法の呪文を失念しないように務めなければならない。
〈魔法の発動について〉
魔法に必要な呪文を詠唱した後に、必要な魔力を消費して発動が行える。
呪文を暗記している場合は、自分の魔法書を用意しておく必要は無い。
呪文の詠唱に不備がある、または発動する為の魔力が不足している場合は発動出来ない。
一部の魔法には触媒が必要な物も存在する。
魔法の巻物などのアイテムに事前に蓄えられている魔法は、呪文の詠唱は必要なく魔法名などのキーワードで発動が行えるが、発動後にアイテムの魔法は消え去ってしまう。
〈魔法の効果について〉
魔法の効果は使用者の知力属性値と魔力属性値、およびその魔法の熟練度に依存する。
よく使う魔法は呪文の詠唱速度が向上すると共に、その効果も上昇する。
魔法によっては威力、速度、効果範囲、有効時間を調整可能な物もある。
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魔法に関しての細かい説明を受けたロッドは、アイリスを連れて〔限定メテオ〕の練習場だった誰もいない岩場に移動した。
そしてアイリスのチョイスで、今後使えそうな魔法をいくつか実演してもらい、ロッドに与えられている〈神の血族〉の能力である模倣で習得する。
ロッドは時折〔自在の瞳〕で遠く離れたジュリアンやジョアンナの様子を伺いつつ、各種の魔法を何回か使用して熟練度を高めると共に、魔法の使用感を確かめていくのであった。




