第38話 拒否と始末
治療の為に列に並ぶ人々を無理に掻き分けてきたのは、それぞれ担架のような物に乗せられたリックとゴードンの兄弟であった。
担架は金で雇ったと思われる人夫が担いでおり、〈暁の戦団〉と思しき他のパーティーメンバーも側に控えていた。
リックとゴードンはロッドに市場で倒された後、知らせを受けたパーティーメンバーによって救出され〈暁の戦団〉の拠点まで運び込まれ、保護されていたのだ。
リックとゴードンの怪我を理由に、冒険者ギルドの緊急招集にもパーティー全員が不参加であり、魔物の襲撃時も住民の保護をせずに自分達だけが安全な拠点に籠もっていた。
襲撃時、近くの住民から助けを求める声もあり、せめて子供達だけでも保護してくれないかとの要請もあったが、そのことごとくを無視して自分達だけの安寧を図った。
そのため近隣住民からの評判は地に落ちていたが、暴力では金級パーティーには敵わないので、住民は下を向いて黙らざるを得なかった。
人々を押しのけて一番前まで来たリックが、得意げに話す。
「そうそう早く退けばいんだよ! まずは俺から治療だ! 兄貴もそれでいいよな?」
ゴードンも担架の上から答える。
「ああ。それで構わない。お前の方が重症だしな」
そしてリックは自分が治療されて当然とばかりに、ロッドの前まで担架を移動させ、期待を込めた目で軽く腕を突き出して治療を促した。
ロッド=半神の守護者はリックを一瞥して一言だけ言う。
「失せろ。お前達の治療などする気は無い。はい次の人」
リックは半神の守護者の言葉を聞いて一瞬の間放心状態になったが、言葉の意味が浸透すると大きく目を見開いて騒ぎ出した。
「いやいやいや! 俺達は金級パーティーなんだって! この街、いや国に必要な存在なんだ! 治療しないとかあり得ないだろ!」
〈暁の戦団〉の他のパーティーメンバーも、それぞれがおかしい! 治療しろ! と騒いだ。
「なああんた、金級パーティーって分かるか? 特に俺はAランク冒険者でもあるんだ。俺の怪我が治らないのは、冒険者ギルドにとっても、国にとっても大きな損失だぞ。その責任がとれるのか?」
ゴードンは呆れたような口調でこんな事も分からないのかと、自分の怪我を治すべきだと主張した。
そこへ誰かが急いで呼んで来たのか、冒険者ギルドの支部長カーラがやって来て、その場を一喝する。
「何を騒いでんだい! せっかく守護者殿が治療してくれているんだよ。皆、効率良く治療して貰えるように大人しくしな! 半神の守護者殿に迷惑掛けるんじゃないよ!」
Aランク冒険者のゴードンが支部長を見て喜んで話す。
「支部長! 丁度良いところに来た。直ぐに我々の怪我を治療するようにコヤツに命令してくれ。俺達は金級パーティーなんだ。当然ただの住民達よりも優先されて然るべきだろう?」
支部長カーラが呆れたように話す。
「何を馬鹿な事を言ってんだい。守護者殿はね、わざわざ善意で皆の治療を申し出てくれているんだ。それを命令なんざ出来ないね! そもそも緊急招集に応じない金級パーティーなんざ意味が無いのさ。他の者は必死に魔物と戦って、命を掛けてこの街の住民を守ったんだ! それにその怪我は街中での喧嘩で負ったらしいじゃないか!」
支部長は自分の言葉でだんだんと怒りが湧いてきたようで、最後はヒートアップした様子で話した。
リックとゴードンは支部長カーラの言葉を聞き気まずい顔となった。
だが、リックが食い下がって話す。
「そ、そうだ! ロッドだ! ロッドがいきなり不意打ちで、俺と兄貴を襲って来たんだ! 俺達は被害者なんだ! 悪くね~んだよ!」
「ロッドが、あの子がそんな事するもんかい。すぐ分かる嘘を吐くんじゃないよ!」
カーラがリックの言い分を一蹴する。
「頼むよ~。この怪我が治らね~と、俺も兄貴も冒険者を引退になるかもしれね~んだよ。それとも金か? 金払えばいいのか? 金が欲しいだけなんだろ! この金貨くれてやるから直ぐに治せよ!」
泣き落としにかかったリックはやがて癇癪を起こし、握っていた金貨を乱暴にロッドに投げ付ける。
しかし骨が折れていたため狙い通りにはいかず、あさっての方向に投擲された金貨は治療を待っていた子供の脚に勢い良く当たる。
曲がりなりにもBランク冒険者の力の入った投擲に、子供の身体が耐えられる筈も無く、直撃により脚の骨が折れた子供が倒れて大泣きする。
その子供の親や住民は、倒れて脚を抱えて大泣きする子供を見て、リックを憎々しげに睨む。
「お前、いい加減にしろよ?」
それを見たロッド=半神の守護者は怒りながら立ち上がると、下から顎をアッパーカットの要領でギリギリ死なない程度の力加減で殴り飛ばした。
殴られたリックは住民の列の頭を軽く超えて飛んでいき、大通りの真ん中に強行着陸となった。
見た感じ折れた骨が着地の衝撃でさらに複雑な骨折となり、顎も全ての歯と一緒に粉砕されて気絶するリック。
そしてロッドはすぐさま金貨を飛ばされた子供の元へ行き、飴玉を優しく口に含ませるとその隙に超能力で治療し、治療後に金貨をその子供に慰謝料だと言って手渡しそのまま持たせて親と一緒に帰らせた。
一連の様子を見てゴードンや〈暁の戦団〉の他のパーティーメンバーの顔が、青ざめて引き攣る。
「お前等も消えろ!」
ロッドはそう言うとゴードンを含めた〈暁の戦団〉全員を〔念動力〕で3mほど宙に浮かせ、一纏めにすると大通りに吹き飛ばされたリックの上まで移動させ、わざとリックの上に落とした。
「があああああああ!」
「うごあぁあぁぁぁ!」
皆が団子状に重なって落下する事になり、関節部分を骨折しているゴードンは骨折部をさらに圧迫されて痛みで喘ぎ、リックは気絶から目覚めるが痛みで絶叫した。
「やれやれ。次の人、どうぞ」
リックとゴードンの2人に呆れつつ治療を続けるロッドであった。
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ロッドは夕方までに全ての治療を終えた。
大金を払うからなんとか治療して欲しいと、再度泣きながら頼み込んできた〈暁の戦団〉のパーティーメンバーには目もくれず、カーラに治療終了を告げると、一旦とある場所に〔瞬間移動〕した。
そこは単なる誰もいない岩場であり、そこで〔遠隔知覚〕で付近に誰もいない事を確認すると、ロッドは魔法を発動した。
〚流星群の衝撃〛最小バージョン!
ロッドは吸血鬼の君主から模倣した極大魔法を、手加減して小さ目の威力で発動させた。
上空に1つの小さい小天体=高密度の岩石が現れ、落下により速度を増しながら、最終的には白熱化して岩場に落ちる。
落ちる前にロッドは落下地点を〔サイコバリア〕で囲い、影響が限定的になるようにしてみる。
思ったよりも小天体が大き過ぎて〔サイコバリア〕の範囲外にも衝撃が発生したり、逆に小さすぎて燃え尽きてしまうなど、十数回繰り返し実験し、最終的にはある程度の範囲まで限定した破壊をできるようになった。
ロッドはこれを〔限定メテオ〕と定義し、いつでも使えるようにイメージした。
そしてロッドは半神の守護者の装束のまま、もう夕暮れ時刻となった街へ〔瞬間移動〕してこの領都の隅から隅まで移動しながら〔遠隔知覚〕を使って悪意を感知し、暗殺者ギルドの拠点を特定した。
ロッドは記憶を取り戻した後、明確に自分の意志で人を殺した事は一度も無かった。
ジュリアン達を野盗から救った際に〔サイコシャワー〕の威力調整に失敗して大勢の野盗を殺してしまった事はあったが、それは半分は事故でありロッドの意思では無かった。
これまで盗賊やならず者、暗殺者ギルドの者でも殺さずに手脚の骨を折る、捕縛などで済ませていたが、ジュリアンとジョアンナが城で暗殺者ギルドの者に襲われたと聞いた時に、己の甘さを認識する事になった。
ただ自分が人を殺したくないという理由で見逃した者が、自分が護ろうとする者を殺してしまう可能性を。
生命は尊い物だが、前世の日本人的な感覚だけで殺人をためらっていては、この先悲劇が起こる可能性は高いだろう。
ロッドには死者の蘇生は出来ない。
悲劇が起こった後では、もう遅いのだ。
半神などと呼称され持て囃されていたが、本当の神でも無いのでその能力には限界がある。
ロッドは目を瞑り思考する。
人を護るために、時には殺人を厭わないという覚悟が必要だと。
自分は一度死ぬ覚悟を固めたが、まだ決心しきれていなかった人を殺す覚悟を固めるロッド。
そして目を開き、これから殺す者達に宣言する。
「お前達の存在を俺は認めない!」
〔限定メテオ〕!
街の上空に小天体が現れ、流れ星のように加速して〔サイコバリア〕に囲まれた範囲内に衝突する。
白熱した小天体は、地下に隠された施設ごと建物内にいる30人ほどの暗殺者ギルドの者を残らず殲滅した。
地面まで白熱化してドロドロとなったが、練習通り〔サイコバリア〕の外側には影響が出ていないようである。
自然放熱が待ち切れなくなったロッドは〔水操能力〕を使って放水し、地面の冷却を行なった。
近隣の住民が地面が物凄い轟音と振動により何事が起こったのかと見に来たが、煙が流れて視界が晴れた後、以前まであった建物はそこには無くただ切り取ったような深い穴の空いた地面があるのみであった。
ーー
ロッド=半神の守護者は再度〔瞬間移動〕で冒険者ギルドにやって来た。
今度は支部長のカーラを〔遠隔知覚〕で感知して、直接近くに現れたのである。
いきなり現れた半神の守護者に驚くカーラに、ロッドは告げる。
「この街にあった暗殺者ギルドの拠点に隕石を落として、全員始末した。住民への影響は無いはずだが、もし問い合わせがあったら俺がやった事だと説明しておいてくれ」
カーラはそれを聞いてその冷徹さに驚愕とするが、一応理解出来たので半神の守護者にフンフンと頷いた。
ロッドはそれに満足するとまた〔瞬間移動〕で移動するのであった。




