第36話 目覚と来襲
ロッドは吸血鬼の君主との戦いから丸3日間以上意識を失なっていた。
戦いで消耗した精神力の量が膨大であり、回復するのに時間が掛かった為である。
ピーちゃんが落下するロッドを救った後、アイリスとハム美を乗せて山脈の方向に向かった一行は、山中の洞窟でずっと意識のないロッドを守護していたのだった。
「うっ。ここは……」
ロッドが目を覚まし、辺りを見回す。
「ロッド様! お気づきになられましたか。ここはアステルの街から少し離れた山の中腹にある洞窟になります」
アイリスが優しく背中に手をあて、ゆっくりと体を起こす介助をしながら答える。
それをハム美とピーちゃんも心配そうに見ていた。
「そうか……心配をかけて済まなかった」
皆に笑いかけるロッド。
手に指輪を握っていたが、とりあえずストレージに格納しておく。
「アイリス、あれからどの位経った?」
「はい。ロッド様が敵を倒された夜から、4回目の朝を迎えました」
「そんなに長く寝ていたのか! 皆、済まなかったな……」
ロッドはアイリス、ハム美、ピーちゃんがずっとここでろくな食事もせず、自分が目を覚ますのを見守ってくれていた事に気付いて申し訳なく思った。
そしてロッドは上半身を起こした状態で〔遠隔知覚〕を使い、周囲と街の様子を探って魔物の反応が無い事を確認した。
「もう街に魔物の反応は無いみたいだ。アイリス、ハム美、ピーちゃんもさすがだな、お疲れ様。吸血鬼の上位種もいたし、結構数も多かったから大変だっただろう?」
「いいえ! ロッド様のお役に立てたようで光栄です」
(『はいデス! ご主人様のお役に立てて良かったデス!』)
(『はいデチュ! ハム美、頑張ったデチュ!』)
アイリス、ピーちゃん、ハム美はロッドに褒められて喜ぶ。
「そういえば俺が吸血鬼の君主を倒した時の、あの力は何だったんだろう? もう全く感じないんだが……」
ロッドは両の手を見つめながら一人呟くように言った。
「ロッド様が上空で金色に輝いていた時〈英雄〉という以前は無かったギフトが鑑定で見えました。ですが、現在は消えているようです。私の知識にもこのような話はありませんが、何らかの条件を満たしている時だけ使用可能な隠されたギフトなのかも知れません」
アイリスが予想を交えて説明してくれた。
「なるほど。アイリス説明ありがとう……よし! 一旦食事にして、風呂にも入ろうか。それから街に行ってマリーを回収しないとな」
ロッドは分からない事を考え続けてもしょうがないので、そう宣言すると食事の支度を始めるのであった。
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2時間後〔瞬間移動〕でマリーのいる部屋に現れたロッドが話し掛ける。
「マリー! 置いていって済まなかったな!」
「ロッドお兄ちゃん!!」
マリーは一瞬驚くが、すぐさまロッドに走り寄って抱きついた。
「ジュリアンとジョアンナが見てくれるとは思っていたが、無事で良かった」
ロッドも抱きついて来たマリーの頭を優しく撫でる。
ハム美とピーちゃんもマリーの両肩に乗って挨拶する。
暫く再会を喜んでいると、マリーお世話の為に侍女が部屋に入って来た。
それは、この辺境伯領までずっと一緒に旅をしてきた侍女の一人であった。
びっくりした侍女もロッド達との再会を喜び合い、その侍女が今度はジョアンナを呼んできた。
「ロッド様!!」
ジョアンナは泣きながらロッドに抱きついた。
ジョアンナは街を吸血鬼の君主から救ったロッドが、ピーちゃんに助けられた事は理解していたが、一向に連絡が無いため不安に思っていたのだ。
「ジョアンナ。済まなかったな。限界まで力を消耗したみたいで、今朝やっと目を覚ましたんだ」
ロッドは心配させた事を申し訳なく思い、今度もジョアンナの髪を優しく撫でながら言った。
「いいえ! お疲れなのは当然です! あれだけの奇跡を起こして、街を、領民を救ってくれたのですから。ロッド様、本当にありがとうございました!」
ジョアンナはそう言うと、ロッドをもう離さないという勢いでまた抱き締める。
「そういえばジュリアンとリーンステアはどうした?」
ロッドは2人が見えないので先程の侍女に聞いて見た。
普段ならジュリアンとリーンステアも一緒に来ても良いはずである。
ジョアンナと侍女たちは少し暗い顔となった。
「それは私からご説明させていただきましょう」
そう言いながらまだ少し開いたままの扉から出てきたのは、このロードスター辺境伯家の家宰、ローモンド子爵であった。
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「まずは、以前のロッド様への非礼をお詫びさせていただきたい」
ローモンド子爵はロッドにそう言うと、深く深くお辞儀をした。
心を読まなくても、本当に心からの謝罪が伝わって来るようであった。
ローモンドが顔を上げ、続けて話す。
「ジュリアン様、ジョアンナ様にはご説明しましたが、私はブランドル伯爵に与しておりました…」
ローモンドは自分がブランドル伯爵に手を貸していた事、
王国への謀反の疑いも自分がブランドル伯爵へ提案した事、
全てジュリアンとジョアンナの母親を想っての事、
もうブランドル伯爵には手を貸すつもりが無い事、
事が終わった暁には罪を償うつもりでいる事などをロッドに話した。
「ロッド様、ここからが本題でございます。2日前、国境の砦から帝国軍来襲との急使がやって来ました。そのため、ジュリアン様は騎士団の生き残りを編成して国境の援軍に行かれました。これに騎士リーンステアもお供をしております。
過去に国境付近での小競り合いは何度かありましたが、今回はこちらの状況がまるで分かっていたかのようなタイミングで、かつてない規模で進軍してきたとの事です。
この辺境伯領の他の街や、冒険者からも援軍を募っていますが、兵力が全く足りていない状況です。他領や王都への報告、援軍要請を行っていますが、謀反の疑いを掛けられている以上、協力は望めないでしょう…
あなたが吸血鬼の君主を倒し、街を救った仮面の人物である事は承知しております。今一度、この辺境伯領の為にお力をお貸し願えないでしょうか?」
ローモンドはそう言うとロッドにまた深く頭を下げる。
ジョアンナは兄やこの辺境伯領を心配しているが、これ以上ロッドに危険な目に合ってほしくないという思いがあるため、顔を伏せた。
「ジュリアンはこの国にとって必要だと俺は判断している。だから頼まれなくても死なせる訳にはいかないな。帝国の出方にもよるが、帝国軍が退却するように仕向けてみよう」
ロッドはジョアンナの背中を安心させる様に軽く叩きながらそう言った。
「ロッド様、ありがとうございます!」
ロッドの返事を聞いてジョアンナは笑顔になり、ローモンドや侍女は頭を下げるのであった。
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オルストを所管する闇の女神教団第11地区の大司教に、2件の報告が上がってきた。
1件は教団本部から幹部宛に通知された闇の女神様からのお告げであり、
「闇の一角が光の神の化身により滅ぼされた」
という物であった。
またもう1件は、この地区の教団と協力関係にある闇の勢力に、ランデルス王国辺境伯の嫡男一行の、殺害の代償として差し出した6人の無垢な乙女が全員帰ってきたとの報告であった。
もう少し詳しく確認すると、闇の勢力の拠点には誰もおらず、やむを得ず引き返してきたとの事だった。
冷や汗を大量に流す大司教。
奇妙な一致を見せる報告に嫌な予感が漂う。
まさかとは思うがお告げにある滅ぼされた闇の一角とは、自分が仕事を依頼した吸血鬼の君主ではないのか?
もし、そうであるなら仕事を依頼した自分の失態になってしまう。
これは黙っておかなければならない…
こうして、本来は迅速に協会本部に届けなければならない重要な情報が、握り潰されたのであった。




