第35話 爪痕と決意
ジュリアン達や冒険者を始めとする街の人々は、街の上空で繰り広げられる戦いを見守っていた。
人々はこの戦いの結果がもたらす意味を分かっていた。
正体不明の人物が負けてしまったら、自分達は皆殺しにされてしまうだろう。
勝ってほしい。死にたくない。負けないで。護って欲しい。死なないで。
人々の色々な想いが、祈りが夜空に星のように広がってゆく。
驚きを禁じえない、まるで神話のような戦いにおいて人々は生き証人となる事を求められているようでもあった。
そして劣勢になり、負けてしまったと思った人物が金色の光と共に復活し、遂には恐ろしいまでの化け物に変貌した吸血鬼の君主を滅ぼすのを目撃したのである。
人々は正体不明の人物の勝利に歓声を上げ、笑顔で涙し、肩や胸を叩き合い、喜びを分かち合った。
そして正体不明の人物は光を失い、地に落ちていく。
街の人々はそれを見て悲鳴を上げるが、何処からか現れた巨大な鳥がその人物を拾い上げて背中に乗せ、山脈の方角に飛んでいくのを見るのであった。
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朝になり、冒険者ギルドは生存者の救助や傷の手当、今だ気絶している者への介抱、崩れた瓦礫の撤去、戦死者の安置、保護した住民への炊き出しなど大忙しであった。
昨夜の襲撃の爪痕は大きく、城壁は壊され、正門付近は跡形も無いどころか地面がえぐれて大穴が空いている状況であった。
冒険者ギルドでは辺境伯城とも密に連絡を取り合い、街の治安維持や救助、復旧に人手を貸す事にもなったのである。
冒険者ギルドの支部長であるカーラは、斥候に出していた複数の冒険者に街の様子や、正門跡や城門で行われていた戦闘などについての報告も受けていた。
特に正門跡での戦闘は、半神の守護者が召喚したと思われる今まで見たことの無い魔物と、吸血鬼の貴人を含んだ多数の吸血鬼とで戦闘が行われたとの事であった。
そんな忙しさの中、冒険者ギルドの支部長の執務室に精霊の扉は呼び出されていた。
支部長のカーラが疲れた様子で話す。
「来たね、精霊の扉。お疲れさん。今回の吸血鬼との戦いではお前さん達には助けられたよ。あのまま心が折れていたらもっと沢山の死者が出ていただろうね」
精霊の扉のリーダーであるバーンが返す。
「ああ、事前に皆で練った対策が当たって良かったよ。それとやはり半神の守護者のおかげでもあるな。彼の存在が無かったら俺達だって心が折れていたよ」
「そうね。守護者様のおかげね」
エスティアも頷いて同意する。
「しかし、あの仮面の人物は一体誰なんだい? あの強さは尋常じゃないよ! アタシはSランク冒険者を何人か知っているがそれと比べても異常すぎる。とても同じ人間とは思えないね。まだ神だと言ってくれた方が納得できるよ!」
支部長カーラは少し興奮したように問う。
「私達も詳しくは知らないの。でもオルストの街でも上級悪魔を倒してくれたわ。しかも魔法一つでね」
「私は噛まれて下級吸血鬼になってしまったのを回復してもらったわね」
「そういう事もあったな」
「そうそう。あんときゃ絶望したな~」
エスティア、フランが知っている事を言い、クライン、ザイアスが相槌を打つ。
「彼については皆が今言ったように殆ど分かっていないんだ。分かっている事と言えば、オルストの街で俺達を助けてくれた事、途中の村で盗賊に攫われた村人を救っていた事、同じく途中の野営場所で吸血鬼に襲われた俺たちを助けてくれた事、そして今回の件だ。彼は救った村人に自分を守護者だと名乗ったらしい。それで俺たちも最初は仮面の守護者と呼んでいたんだ」
「そうですね。そしてあまりにも絶大な神のような力を持っているので、半神の守護者と呼ばせてもらう事にしました」
バーンが纏めるように説明し、マックスが補足した。
「やはり正体は不明かい。実は街の正門跡での戦いの報告によると、仮面の人物は配下に2体の非常に強い魔物を従えていて、その魔物達が残りの吸血鬼共を倒したらしい。
配下には覆面をした人間の魔法使いも一人いて、その魔法使いが吸血鬼の貴人をなんと一人で全員倒したらしいね。
そして配下の鳥の魔物が仮面の人物を落下から救い、去っていったとの報告が入っているのさ。これに心当たりはあるかい?」
「いや、半神の守護者の仲間は見た事が無いな。しかしそうか、あの巨大な鳥は仲間だったのか、良かったな!」
バーンがカーラに答えながら、最後の言葉はパーティーメンバーに向けて言う。
精霊の扉のメンバーは半神の守護者の無事が分かり、皆が笑顔となった。
カーラは精霊の扉に休むように言い解散となった。
そしてその日、冒険者ギルドから街の住民に向けての情報公開があった。
そこには今回の街への襲撃者は吸血鬼の君主とその一党である事、そして街を救ったのは正体不明の〈半神の守護者〉と呼称される者と記されていたのであった。
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ロッドが金色の光に包まれ吸血鬼の君主を倒した後、ジュリアン達もロッドが力尽きピーちゃんに運ばれて去ってゆくのを見ていた。
恐らくアイリス、ハム美も一緒だろうと思われる。
「ロッド様……」
「ロッドさん……」
「ロッド殿……」
ジュリアン、ジョアンナ、リーンステアは夜通しロッドが戻って来るのを待っていたが戻って来る気配は無かった。
心配する3人であったが、朝になり皆で現状を踏まえて相談する事になった。
まず、リーンステアが口を開く。
「騎士団長はブランドル伯爵側の人間でした。私は地下牢で拘束されていたのですが、騎士団長がやって来て自分でそう言いました。そのまま無理やり犯されそうになったので舌を噛んで死のうとしましたが、そこをロッド殿に助けられ、この宿屋に来たんです」
「リーン……」
「そうだったのか……たぶん家宰のローモンドもブランドル伯爵側だと思う。僕たちは城の最上階に軟禁されていたんだけど、黒ずくめの暗殺者が来たんだ。ピーちゃんに助けてもらわなかったら、僕とジョアンナはたぶん殺されていたと思う」
ジョアンナがリーンステアの手を取り、ジュリアンもここに来るまでの状況を話した。
侍女や御者は街に魔物が入って来たという情報を得たので、連絡を取り合ってこの宿屋に来たという事であった。
とりあえず冒険者ギルドに行って、また護衛を雇おうかという話になった時、外の異変に気付いた。
いつのまにか宿屋の周りが警備兵に囲まれていたのだ。
リーンステアは険しい顔で抜剣してジュリアン、ジョアンナを庇うように前に立つ。
後にはジュリアン、ジョアンナ、侍女2名、御者2名、マリー、リーンステアの母が心配そうに控えた。
ーー
警備兵の輪を掻き分けて現れた家宰のローモンドが話す。
「ジュリアン様、ジョアンナ様、お迎えに参りました」
「ローモンド! お前達の企みは分かっているぞ!」
「お兄様……」
ジュリアンは叫び、ジョアンナは兄にしがみつく。
ジュリアンの言葉を聞いたローモンド子爵は、抜剣しているリーンステアを物ともせずに前に出ると、ジュリアンの前に跪いた。
「ジュリアン様の仰る通りでございます。ブランドル伯爵の企みに乗った事は私の不徳の致すところです。私が知る限りの全てをお話し致しますので、どうか城にお戻り下さい。もうお体を拘束されることは無いと、この命に掛けてお約束いたします」
ローモンドはジュリアンの訴えを認め、憑き物が落ちたような穏やかな顔で真摯に返答する。
ジュリアン達は顔を見合わせ戸惑うが、意を決してジュリアンはリーンステアに頷いた。
リーンステアはジュリアンの決断に渋々ながら剣を納刀する。
「分かった、ローモンド。一度城に戻ろう」
ジュリアンが今までに無い毅然とした態度でそう宣言する。
ジュリアンも今までの旅やこの騒動を経験し、少しずつ成長していた。
ロッドに頼れないこの状況では、自分が皆を守るしかない。
ジュリアンは何とかして、辺境伯家に掛けられた謀反の疑いを晴らす事を誓う。
そして、ロッドが命を掛けて救ってくれたこの街を辺境伯領を、貴族として将来の領主として自分が守ってゆくのだという決意を、静かに心の中で固めるのであった。




