第32話 疲弊と恐怖
「あ、あれが精霊の扉が言っていた、半神の守護者かい?」
冒険者ギルド支部長のカーラは街の中空から光の矢を降らせ、次々と吸血鬼共を屠り、その後キラキラ光る雪のような物を街中に降らせている仮面の人物を驚愕の瞳で見つめた。
その光の粒に触れたカーラは傷付いた身体が内部から修復され、回復している事に気付き誰に言うでもなく呟く。
「これは治癒魔法なのかい?何という凄まじい力だ。Sランクとかそう言うレベルじゃない。これじゃあまるで神様じゃないか…」
精霊の扉のエスティアが笑顔で話す。
「ふふふ。精霊も半神の守護者様のお手伝いをしているわ。怪我をしている人に一生懸命に光の粒を集めて運んでくれているみたい」
時折、光る雪のような粒が上から下へではなく左右に動く事があるのは、どうやら精霊の仕業であるようだった。
「また守護者に助けられたな」
「そうですね。まるで神のような力です。半神と言われる所以ですね」
「ええ、もう駄目かと思ったもの。本当に助かったわね!」
「まあ俺は全然大丈夫だったけどな!」
「またお前は適当な事を…」
バーン達も光の雪で回復してきており、マックス、フラン、ザイアス、クラインもいつもの調子に戻った。
冒険者全体では死者も多かったが、生き残ったものは相当数いて光の粒により回復に向かっていた。
そして冒険者達は皆口々に半神の守護者を讃えあうのであった。
ーー
ガストンは巨大な光から放たれた何かが眼の前の魔物に突き刺さり、周辺の魔物が続々と断末魔の叫び声を上げながら焼き尽くされ消滅してゆくのを見ていた。
まるで自分の祈りが叶えられたかのような出来事であった。
続いて降ってきた光の雪が上からも横からもガストンに纏わり付き、傷を癒やしていった。
ガストンは結果として兄弟が救われた事に神に感謝して言った。
「お前達怪我は無いか?何か分からないが助かったようだ。神に感謝するんだな」
「ううん!オジちゃんのお陰だよ。魔物から助けてくれてありがとう!」
「オジちゃんは俺と兄ちゃんの英雄だよ!俺、大きくなったらオジちゃんのように弱い人を助ける冒険者になる!」
兄弟はガストンを英雄を見るような瞳で見つめお礼を言う。
そして弟の方はガストンのような冒険者になりたいと言った。
それを聞いたガストンの瞳から涙が溢れ落ちる。
かつての自分を見るようであった。
例え血塗れになり敗れたとしても自分の矜持の為にこそ戦う。
ガストンは小さい頃思い描いていた冒険者に、英雄になれたのだ。
ガストンはすぐに涙を拭うと、兄弟を護りつつ冒険者ギルドに避難するのであった。
ーー
ローモンドは白く輝く巨大な光が中空で弾け、警備兵を蹂躙していた魔物が次々と倒されるのを見た。
続いて降ってきた光の雪が、まだ生存していた負傷した城の警備兵を癒やしてゆく奇跡を見て涙する。
これはティファニーが呼んでくれた奇跡であると。
この光の雪と一緒に流された涙で洗い流されるように、ローモンドから復讐する気は無くなっていた。
もうブランドル伯爵に協力する気も無い。
そして、ジュリアンとジョアンナはきっと生きている。
ローモンドは2人が戻ったら自分の知る限りの陰謀を全て吐露し、罪を償おうと決心するのであった。
ーーーーー
ロッドは〔光の降雪〕を発動し終えてかなり疲弊してまっていた。
超特大の〔サイコシャワー〕の分を合わせると、既に全精神力の2/3を消費してしまっていたからである。
徐々に回復するとはいえ残り1/3の精神力で吸血鬼の君主と残った魔物とを倒さなければならない。
ロッドは〔遠隔知覚〕でこの街に残る悪意のある存在を数十体確認していた。
あえて吸血鬼の君主とその近辺には〔サイコシャワー〕を降らせていなかった為である。
ロッドは街を救い吸血鬼の君主を倒すと宣言はしたが、万全の状態ならともかく今の状態で吸血鬼の君主以外の魔物まで相手をするのは厳しそうだと考えた。
ロッドは急遽、指輪でアイリスの変装用のアイテムを取り寄せる。
・ゴシックドレスセット黒(90,000P)
・ゴシックハット黒(10,000P)
・レースフェイスマスク白(5,000P)
取り寄せたアイテムを〔物質転送〕でアイリスに送り付け〔精神感応〕でアイリス、ハム美、ピーちゃんに話し掛ける。
(アイリス、ハム美、ピーちゃん、吸血鬼の君主以外の魔物がまだかなり残っている。
格好を付けて倒すと宣言したんだがこの魔物の処理を頼みたい。
ハム美とピーちゃんは事前に変身しておいてくれ。
アイリスは今送ったアイテムで魔女スタイルに変装をして欲しい。
『はい。承知しました!ロッド様』
『はいデチュ!頑張るデチュ!』
『はいデス!ご主人様!』)
そして中空でそのまま精神統一を行ない精神力の回復を図るが、すぐに向こうから敵がやって来るのであった。
ーー
空中を飛行してロッドに近づく者達がいた。
数十匹の大蝙蝠と5体の吸血鬼と思われる魔物であった。
ロッドの数m手前で停止すると、中央にいる巨躯に豪華な漆黒のマントを羽織り赤い目を怒りにギラつかせた者が激怒して周囲に重厚な威圧を放ちつつ、大音量で街中に宣言した。
「我こそは闇を統べる者吸血鬼の君主なり!
よくもこれ程我が眷属達を滅ぼしてくれたな!この行ないは万死に値する!
時期尚早だと思っていたが、この地上から人間という家畜を残らず駆逐してくれるわ!」
街全体に響いたこの声を聞き、街の住民達は全員恐怖に震え上がった。
お供の者達の一人が代表して声を上げる。
「我らは君主を守護する吸血鬼の貴人なり!人間共よ覚悟せよ!!」
街の中央では被害が大きくなると考えたロッドは吸血鬼達に一言着いてこいと告げると〔念動力の翼〕で街の正門跡、今は巨大なクレーターと化した場所まで移動するのであった。
ーー
光の降雪で回復した冒険者達は空を見上げ、固唾を呑んで見守っていた。
伝説の吸血鬼の君主に上位種である吸血鬼の貴人、周りにいた大蝙蝠も吸血鬼だとするとこのままでは1対多数の戦いとなってしまう。
自分達を助けてくれた半神の守護者は大技と思われる技で数万もの魔物を屠り、さらに光る雪まで降らせて全員それも街全体にまで及ぶ治療を行っている。
誰が考えても相当消耗していると思われた。
「支部長、半神の守護者を応援に行かなくても良いのか?」
「助けてもらったんだ、こちらも守護者を応援に行こう!」
「そうよ、守護者様を助けに行きましょう!」
「そうだ!」「そうだ!」「行こう!」
ロッド達が正門の方に飛び去り戦う場所を変えたと思われるタイミングで、冒険者達が口々に冒険者ギルド支部長のカーラに訴えかける。
精霊の扉のメンバーはその様子を静観していた。
「待ちな!気持ちは分かるが相手は吸血鬼の君主だよ!
討伐難度にすると恐らくはSSだろうね。人間に勝てる相手じゃないんだよ!
上位種の吸血鬼の貴人だって難度Sはあるだろう。
それがあんなにいるんだ!
私等じゃどうしようもないし邪魔になるだけだ!
今はあの半神の守護者が勝ってくれるのを祈るしかないよ…」
カーラは無謀にも突撃しに行こうとする冒険者達をそう言って宥めた。
精霊の扉を含め、冒険者達は半神の守護者が強大な悪に勝利出来るよう神に祈るのであった。
ーー
ジュリアンとジョアンナ、リーンステアは幾多の光の閃光が街に降り注いで魔物が滅ぼされるのを目撃し、これで領民が救われると互いに抱き合って喜んだ。
そしてジョアンナは街の中空に浮かぶ半神の守護者=ロッドを見て、些細な仕草からロッドが相当疲れている事に気付いた。
「ロッド様、大丈夫でしょうか?凄くお疲れの様です…」
心配した様子でジョアンナが話す。
「そうだね。あれだけの大魔法を使ったんだ。かなり消耗しているかもしれない」
ジュリアンは様子では分からなかったが状況から推測して答えた。
「あ!あれを見て下さい!」
その時、リーンステアが中空に浮かぶロッドの前方を指差して、新たな敵が現れた事を示した。
その直後、吸血鬼の君主の宣言が街を恐怖で覆った。
その後、ロッドは相手を引き付けるように街の正門の方に飛んでいったが、このままでは多勢に無勢である。
「ロッド様…」
「ロッドさん…」
「ロッド殿…」
強大な悪に一人で立ち向かうロッドを想い、心配で項垂れる3人。
「大丈夫です。配下の私達がいる限りロッド様に敗北はあり得ません」
「シャーッ!シャーーッ!」(『やるデチュ!ハム美は頑張るデチュ!』)
「ハイデス ゴシュジンサマハ マケナイデス!」
そこには大きさは小さいが既にユニークモンスターフォームに変身したハム美、ピーちゃんと、小悪魔風の魔女スタイルに変装したアイリスがいて、ロッドは絶対に負けないと宣言するのであった。




