第31話 限界と降雪
冒険者ギルド前では沢山の冒険者達が地に伏していた。
わずか30分ほどの戦闘で600人以上いた冒険者達もほとんどが死ぬか重症で動けなくなっていた。
健在な者は全体の数パーセントもおらず、いたとしても体力魔力共に尽きかけ満身創痍であった。
吸血鬼も20体ぐらいは倒したはずであったが、まだ向こうは200体以上いるようで、それどころか徐々に増えているようでもあった。
元々吸血鬼は討伐難度を考えると金級パーティー以上が必要であり、それが1パーティーもいない状態で20体も倒せた事自体が奇跡に近い事であった。
精霊の扉はまだ倒れていはいなかったが、皆もう体力も魔力も限界であった。
バーンが借りている銀の短剣はもう刃がボロボロであり、バーン自身の体力も尽きかけていた。
クラインの盾は原型を留めておらず、もう盾としての役割を果たせそうに無かった。
ザイアスは元々持久力に欠けるため、もう重い斧を満足に振れそうに無かった。
エスティアは魔力が底を付き補助魔法も掛けられず、マックスも同じく魔力が枯渇して武器への魔法付与も出来そう無かった。
フランももう矢が尽きて短剣を投擲していたがその短剣ももう無く、皆が直接攻撃や魔法の爆風などのダメージで総じて傷だらけであり、全滅は必至であった。
「くっ。ここまでだね…」
かろうじて健在であった、傷だらけの冒険者ギルドの支部長カーラが呻くように言った。
吸血鬼達はニヤリと邪悪に微笑みながら、もう抵抗出来ない冒険者達に迫った。
その時、夜空が明るく輝き白く輝く巨大な光球が、青白い光を纏った人影と共に夜空にゆっくりと昇っていくのを、生き残った冒険者達と吸血鬼達の双方が驚きを持って見る。
精霊の扉のメンバーだけは、それを見て薄い笑みを浮かべるのであった。
ーー
ガストンはギルドでロッドに敗れて以来ずっと家に閉じ籠もっていた。
ギルドメンバーの誘いにも応じず、自分の冒険者としてのあり方を考えていたのだ。
当然、今回のギルドの緊急招集にも応じていなかったが、辺りが騒がしくなり何事かと外に出ると驚く事に周辺は既に魔物だらけであった。
ガストンはこれはまずいと思い、急いで装備を身に付けると冒険者ギルドに避難しようと駆け出す。
そこに数匹の魔物に追い詰められているまだ幼い兄弟を見掛けるのであった。
一見してガストン一人では到底勝てそうに無い魔物達だったので、見て見ぬふりをしてそのまま通り過ぎようと考えた。
「兄ちゃん!怖いよ!」
「だ、大丈夫だ!兄ちゃんが守ってやる!」
少年は弟を後に庇い、両手で木の棒を持って魔物達を牽制していた。
一匹でも無理なのに数匹が相手であれば尚更少年に勝ち目は無く、弟と一緒に殺されてしまうだろう。
だが自分には関係ない…
ガストンは英雄的な冒険者になるのを夢見ていた。
だが現実には無為に年齢だけを重ねギルドで燻る毎日であった。
ここで兄弟を助けても英雄にはなれない。
いや勝つ事も難しいだろう。
死ぬかもしれない…
ここでガストンはかつて自分達の村をモンスターの群れから救ってくれた冒険者を思い出した。
自分が憧れた冒険者に。
あの冒険者達はあの後英雄になったのだろうか?
否、そんな話は聞いた事が無かった。
ガストンは思い出した。
あの頃の想いを。
自分はただ英雄になりたかったのではなく、窮地に陥った村を自分の命さえも顧みずに救ってくれる冒険者に憧れたのだ。
そんな冒険者にこそなりたかったのだ!
ガストンはやっと思い出した熱い想いを胸に、兄弟に群がる魔物に後ろから襲いかかった。
〚剛撃〛
魔物に背後攻撃からガストンの巨体を活かした戦技が決まり、致命的な一撃で大ダメージを受けた魔物はうめき声をあげながら倒れた。
ガストンはそのまま兄弟の前に出て、庇うように剣を構えた。
一匹はなんとか倒したが、その後は続々と魔物が集まって来た。
「来い!俺は負けねえ!今度こそ弱者を護る冒険者に俺はなるんだ!」
ガストンは己に活を入れるように叫んだ。
勝てる勝てないはもう関係なかった。
数分後、ガストンは血だらけになっていたが、それでも倒れなかった。
後ろには無力な幼い兄弟がいるからである。
ガストンは人を護る想いが己を強くする事を知った。
まだ倒れるわけにはいかない。
だが、度重なるダメージで膝がガクンと折れる。
流血で目が霞み、息も切れてきた。
ガストンは生まれて初めて神に祈った。
自分はどうなっても良いから、どうか後ろの兄弟だけは助けて下さいと。
その時、ガストンと兄弟は白く輝く巨大な光が夜の街を強烈に照らすのを見た。
その光はガストンの願いを叶える光のように思えた。
ーー
ローモンドはジハルトを送り出した後、城で守りを固めていたが突如空から流星が降り注ぐのを見た。
その後、兵士からの報告で街の正門が破壊され、魔物が続々と街に侵入している事を知った。
恐らく正門に向かった騎士団長のジハルトは、あの流星に飲まれて生きてはいないだろう。
この街はもう駄目かも知れない。
ジュリアンとジョアンナの行方も知れず、遠からず城も魔物の手に落ちてしまうだろう。
八方塞がりの状況となってしまった…
ローモンドは考える。
これは天罰かも知れないと。
ローモンドはジュリアンを殺したかった訳では無かった。
現に最初にローモンドが提示した案は血を流さず、謀反の疑いをかけた後に爵位を剥奪し地方へと追放する案であった。
ただブランドル伯爵には受け入れられず、流されるようにジュリアン殺害の手引きをしてしまった。
ローモンドはそれほど復讐がしたかった訳では無く、ただティファニーの為に何かせずにはいられなかっただけなのだ。
だが陰謀に加担した事は事実である。
既に警備兵も相当数が倒れ城が落ちるのも時間の問題であった。
このまま死んでもかまわないという覚悟はあったが、心残りはやはりジュリアンとジョアンナの事であった。
このような事態になるのであれば、事前に察知してティファニーの忘れ形見であるあの2人を、どこか安全な地に逃していれば良かったと後悔する。
ローモンドは昔と変わらぬ夜空を眺めティファニーを想った。
そして夜空に、白く輝く巨大な光が昇ってゆくのを見るのであった。
それはローモンドに取ってはティファニーがもたらした光のように思えた。
ーーーーー
ロッドはアイリス達に街を救うと宣言した後、アイリスに皆の警備を任せ一人で街の中央に移動した。
そこで充分に精神統一を行ったロッドは、かつて無いほどに巨大な〔サイコキネシスの玉〕を生成した。
以前は直径15cm程度であった玉は、ロッドの全精神力のおよそ1/3程度を消費して十数mの大きさになった。
一気に精神力を消費した為にヨロヨロとなったロッドであったが、光る玉を両手で支え一緒に〔空中浮遊〕で上空に昇ってゆくロッド。
上昇しながら〔思考加速〕も使用して〔遠隔知覚〕の応用で、敵のみを赤い点として感知する。
今回は数が多すぎるため敵だけを感知するように調整した。
〔サイコシャワー〕!
ロッドは感知した魔物の強さに合わせて〔サイコシャワー〕を射出していった。
今回は数が多いので一度ではなく何度も射出する事になった。
夜空にまるで小さな流星のようなシャワーが止めどなく降り注ぐ。
弱い魔物には小さいサイコエネルギーの光の矢が。
吸血鬼のような強力な魔物にはまるで〔サイコジャベリン〕のような光の矢が轟音を立てて突き刺さり、その存在を消し去った。
〔思考加速〕を最大限に使うと1秒間に200~300ほどの目標を捉えて射出できるロッドは、約2分ほど掛けてほとんどの魔物の掃討を行う事が出来た。
そして今度は〔遠隔知覚〕の応用で、敵でない者のみを青い点として感知する。
そして傷付いていると思われる青い点に向けて〔治癒〕を含ませたサイコキネシスの粒を振らせていった。
これをロッドは応用技として〔光の降雪〕と名付けた。
=============== 《光の降雪》
ロッドが光の降雪と名付けたこの技は〔治癒〕を含ませた小さな粒状のサイコエネルギーを雪のように降らせる事によって、非常に広範囲の治療を一度に行う応用技である。
この治療で骨折や四肢欠損は治せないが、外傷および内蔵などへのダメージの治療、各種の状態異常の回復ないしは緩和が行える。
それにより重症だった者は命を取り留める事が出来るようになるのだ。
但し、降雪させる範囲と密度にも依存するが必要となる精神力も多大である。
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ロッドは全精神力のおよそ1/3程度を消費して〔光の降雪〕で街の全域に光の雪を降らせた。
その光は活発化される自己再生力と合わせ、人々を治癒していった。
ある者は酷い外傷が塞がって目を覚まし、ある者は毒に侵され痙攣していた体が治り、ある者はボロボロの状態から動けるようになるまで回復した。
人々は皆立ち上がり街の中心で空に浮かびこの奇跡、全ての魔物を倒し、人々を光で治療していると思われる人物を見た。
その人物は青白い光を纏い、赤い燕尾服を着て白い仮面を付けた者であった。




