第28話 軟禁と包囲
ロッドは再会した侍女達と話をするため、とりあえずロッド達が宿泊している宿屋に行くことになった。途中で旅で一緒だった御者達も合流し5人で宿屋に向かう。
宿屋についたロッド達はアイリス達の部屋をノックし、声を掛けた。
「アイリス、マリー。いるか?戻ったぞ」
「ロッド様お帰りなさいませ」
「ロッドお兄ちゃん!お帰り~」
扉を開けて出てきたアイリスとマリーがロッドに挨拶する。マリーはロッドにギュッと抱き着いてきた。どうやらロッドを心配して不安だったようだ。
ロッドはマリーの頭を優しく撫でて振りほどくと、部屋に入ってゆく。
ロッドは急遽、背もたれの無い折りたたみ椅子を6脚取り寄せた。
・パイプ折りたたみ椅子☓6(9,000P)
ロッドはストレージから椅子を取り出して皆に座るよう促し、マリーだけはベッドに腰掛けた。
ロッドは最初に話しかけてきた侍女に聞く。
「さて、どうしたんだ?ジュリアン達に何かあったのか?」
侍女達の話を要約すると、ロッド達の宴会の様子を見に来た侍女が特別報酬を払わないと宣言したローモンド子爵とロッド達の確執を目撃し、後から現れたジュリアン達にそれを伝えたところジュリアン達が激怒してローモンド子爵を呼び出したが、直後に騎士団からの指示でジュリアンとジョアンナ、リーンステアが騎士達に連行されていったとの事であった。
連行される時にジュリアンからこの事をロッドに伝えて欲しいと密かに指示されたので、信用の置ける者にだけ伝えてロッドを探していたという事だった。
そのため旅で一緒であった侍女2名と御者2名で昨日からロッドの足取りを探していたが、今日のお昼過ぎに市場で乱闘騒ぎがあったというのでそこを重点的に探していたら、やっと会えたとの事。
侍女達は一度城に戻ったが騎士団によってジュリアン達には会えない状態で、恐らく全員が軟禁状態になっている様であった。
事情を聞き終えたロッドが話す。
「話は分かった。恐らくローモンドと騎士団がグルになって、例のブランドル伯爵の陰謀にはめられているのかも知れない。城内で軟禁されているのであれば直ぐに命を取られるとは思えないが、なるべく早く連絡を取ってみよう。もし緊急事態になったらこの宿屋に集まってくれ」
侍女や御者には今のところ危険は及ばない様で、御者共々一旦城に戻ると言う事であった。全員がジュリアン達を助けるのに必要があれば、命をかけても手伝いたいと言い残して帰っていった。
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「それにしても良くこんなに早く王命の書状を持って来れたな。私の予想では早くてもあと数日後だと思っていたが」
家宰の執務室でローモンドがブランドル伯爵家の使いである下級貴族に話す。
「ええ、暗殺者ギルド経由で襲撃失敗の連絡がありましたので。ギルドの幹部を金で抱き込んで情報を流してもらっているとか。それで早々に伯爵様が動いて帝国と辺境伯家の密約を王家に告発したそうです。実際にはそんな事実は無いのですが捏造した証拠があるのと、宰相も金で抱き込んでいますので問題は無い様でした」
下級貴族が嬉しそうに話した。
下級貴族にジハルトが質問する。
「辺境伯はどうなった?」
「ロードスター辺境伯は王城の地下牢に入っています。一家が王都に揃えば近いうち裁判が開かれるでしょう」
ローモンドが厳しい目つきで下級貴族に問い質す。
「ジョアンナは助かるのだろうな!」
「も、もちろんでございます。嫡男ジュリアンは共謀者として告発していますが、成人していないジョアンナ様は無関係としておりますので!」
下級貴族は汗を拭いながら答えた。
「そ、それにしても既に辺境伯一家を軟禁されているとはさすがの手腕でございますねローモンド子爵様」
下級貴族は続けて胡麻をするようにローモンドを持ち上げた。
「これは私の案だから偽の書状くらいは用意してある。ジュリアンは私が護衛冒険者を遠ざけたのを怒っていたようだったからな。半分は仕方なくだ」
ローモンドは想定内だと下級貴族に話した。
「王命の書状に従って明日にでも辺境伯一家を王都に連行しよう。ジハルトはそれまでに護衛騎士の人選も済ませてくれ」
続けてローモンドがジハルトに指示する。
「分かった。生き残った騎士リーンステアはどうすれば良い?」
ジハルトがローモンドに尋ねる。
「護衛騎士などどうでも良い。簡易裁判の上、すぐ処刑でも問題無いだろう。自分の裁量で処分しろ」
ローモンドが面倒臭そうに返す。
「そうか。では殺す前に楽しんでからとしようか」
ジハルトはリーンステアを自分の好きに出来る事を考えニヤリと笑みを浮かべるのであった。
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夕方を過ぎて辺りが少し暗くなってきた頃、冒険者ギルドに複数の冒険者達が叫びながら入って来た。
「大変だ!街が魔物に囲まれているぞ!」
「凄い数の魔物だ!」
「アンデッドもいたぞ!」
「蝙蝠の魔物が一番多いぞ!」
複数の冒険者達の叫び声でギルド内は騒然となった。
「いったい何があったんだい!」
支部長のカーラが騒ぎを聞いてやって来た。
カーラが皆の意見を聞き纏めるとこういう事だった。
街の周囲に様々な魔物が集まってきているのを依頼帰りの冒険者達が見つけた。特にこちらをすぐに襲ってくるでもなく街を囲む様に増え続けていた。乗合馬車なども魔物の群れを見て引き返している。既に街の外に逃げた冒険者や商人も何人かいるとの事であった。
「まずいね。これは緊急事態だ!今すぐにこの街にいる冒険者全員を訓練場に集めておくれ!魔物は多分夜になるのを待っているんだろう。それと辺境伯城にもこの事を知らせる使いを出すんだ!」
サラは矢継ぎ早に指示をして、冒険者がある程度集まるのを待った。
「皆聞いておくれ!冒険者ギルドの緊急動員令を発令するよ!どうやらこの街が魔物の群れに囲まれてるらしい!恐らく数は数千~数万になると思う!街の全てを守る事は無理だ、街そのものの守りは警備兵や騎士団に任せよう!皆には守りを突破して人を襲う魔物や、空からくる魔物から民衆を守ってほしい!このギルドは大きいから詰めればかなり沢山の人を収容できる!ここで出来るだけ多くの人を守るんだよ!この動員令中に倒した魔物の貢献度は普段の10倍にするよ!怪我の治療費も無料とする!後は各自で戦闘の準備をして欲しい!」
サラは集まった冒険者に演説した後に城壁まで様子を見に行った職員との打ち合わせに入った。
この場には精霊の扉パーティーもいて皆真剣な顔付きであった。
「バーン。蝙蝠の魔物が多く、街を囲むという事は仲間を殺された吸血鬼が来るのではないですか?」
マックスが自分の予想を話す。
「そうかもしれないが、今はまだ奴らには勝てないぞ。有効な武器が無い!」
「くそっ!またあいつらかよ?当たっても傷付かねんだから無理だっての!」
「苦しい戦いになるぞ。仮面の守護者がいつも助けてくれるとは限らないからな」
バーン、ザイアス、クラインがそれぞれの意見を話した。
「そうね…仮面の守護者様がいてくれたら全部倒してくれるんでしょうけど…」
エスティアが残念そうに言う。
「外は凄い数の魔物よ?いくら仮面の守護者でも無理じゃない?」
フランがエスティアに疑問を投げる。
エスティアは首を振り答えた。
「ううん。理屈じゃないの。人を超えた何かを感じたわ。あの方にはこの世の誰も敵わないと思う。今思うと精霊達は皆、あの方にひれ伏していたのよ!」
「そ、そうね。私も噛まれて魔物にされたけど回復してもらったしね。でも、この状況はどうしようかしらね?」
力説するエスティアに引き気味に答えるフラン。
「ねえ。吸血鬼って銀製の武器か魔法の武器なら通じるのよね?ギルドの武器庫から借りられないかしら?」
「そうね!良い案だわ!聞いてみましょうよ」
エスティアが案を出しフランもそれに追随する。
「考えたんですが魔法の武器が効果あるなら、僕の武器への魔法付与も有効なのかなと。あと霧化されてなければ盾で防いだり武器での回避なども有効かもしれません」
マックスが自分が考えていた吸血鬼への対策を話した。
「よし!これから皆で対策を練ろう。他の魔物は皆に任せて俺達は対吸血鬼専門で準備しよう!」
精霊の扉はバーンの掛け声で本格的に対策を練り始めるのであった。
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リーンステアは辺境伯城の地下牢に閉じ込められていた。脱獄できないように手足を壁から伸びた鉄の鎖で繋がれている。
リーンステアは苦々しく思い返す。
騎士達に同行、実質的には連行された先には家宰のローモンドと騎士団長がおり、ジュリアン達に王命の書状を見せつけたのだ。
辺境伯家と隣国の帝国が通じており、王国に対して謀反を起こそうとした罪により王都で辺境伯が捕縛されたとの事であった。
その為、暫定的にこの辺境伯領は王家直轄領となり、騎士団などの辺境伯軍は軍権を王家に移譲し、辺境伯一家は速やかに王都まで移送されるとの事。
リーンステアも共謀を疑われて牢に入れられる事になった。
こうしてはいられないリーンステアであったが、拘束され武器・防具も取り上げられているためどうにも出来ない状況であった。
「くそっ!」
(ロッド殿にこの状況を知らせないと!城内も敵の手の内だったとは)
何回か暴れて手足が擦り切れて血が滲み、牢でぐったりとしていたリーンステアだったが、夜になって訪問者を迎えた。
「いい様だな。リーンステア」
騎士団長が人払いをした上で牢に入り、リーンステアを嘲るように話した。
「騎士団長!これは陰謀です!ジュリアン様達を開放して下さい!」
リーンステアは叫んだ。
「ふっ。そんな事は知っている、俺もそちら側だからな。俺は将来子爵の地位を約束されているんだ。正式な妻にはしてやれないが、どうだ俺の女にならないか?」
騎士団長ジハルトは笑みを浮かべてリーンステアに提案した。
「断る!!この裏切り者め!大恩ある辺境伯家を裏切り敵方に与するとは恥を知れ!」
リーンステアは激怒して答えた。
「そうか。無理矢理は俺の趣味では無いんだがな」
ジハルトは拘束されたリーンステアに近づき、片方の手首を掴むともう片方の手で上着を引き千切った。服を放り投げるとジハルトは空いた手でリーンステアの胸を鷲掴みにする。
「くっ!」
涙で滲んでくる瞳だが気丈にも騎士団長を睨み返す。リーンステアは10代で子供を産む事が珍しくないこの世界において、今まで武に生きてきた為まだ男は知らなかったが、これから何をされるかの最低限の知識は持っていた。ふと脳裏にロッドの顔が思い浮かぶ。
(このまま穢されるくらいなら、舌を噛み切って死のう…母様すみません…)
リーンステアが覚悟を決めた時、脳裏に思い描いていた人の声が牢内に響いた。
〔物質取得〕
気付くとリーンステアは青白い光に包まれ赤い燕尾服を着て白い仮面を付けた人物の腕の中に納まっていた。
「ロッド殿!」
リーンステアは死の覚悟から一転して救われた事に気づき、今度は嬉し涙を流してロッドの胸にしがみついた。
「な、何だ!何者だ?お前は!」
ジハルトはこれから楽しもうと思っていたリーンステアが急にいなくなり、代わりにそのリーンステアを横抱きにして背後に現れた人物を見て驚愕する。
「お前の様な輩に名乗る名は無い。好きな様に呼べば良い」
ロッドは興味が無いとばかりにそう言うとストレージから毛布を一枚取り出し、素肌が見えない様にリーンステアを優しく包み込んだ。
「それより外は大変な事になっているぞ。騎士団を出動させなくて良いのか?」
ロッドは続けてジハルトに言い放った。
「はっ!ジュリアン様とジョアンナ様が!」
リーンステアは思い出し、ロッドに救援を請う。
「大丈夫だ。そちらにはピーちゃんに空から迎えに行ってもらった。ある場所で落ち合う事になっている。こちらも急ごう!」
ロッドはリーンステアの手を取って立ち上がらせると、牢の出口に急ぐ。
「牢からは出れないぞ!この鍵が掛かっているからな!ははっ!直ぐに警備の騎士達も来る。この地下牢からは逃げられないぞ!」
リーンステアは武器を持っていない。正体が不明だが一対一で自分が負けるとも思えなかったジハルトは気を取り直して笑いながら告げた。
「ハム美!やれ!」
ロッドが声を掛けると、ロッドの懐から踊り出たハム美が手だけを部分的に巨大化させて一瞬で牢の扉をバラバラに切り裂いた。牢に対しては意味が無いが回復不能属性が付いた全てを切り裂く爪の斬撃だ。
ロッドは戻ってきたハム美にひまわりの種を与え良くやったと褒める。ハム美はひまわりの種を小さな両手で受け取ると後で食べるために頬袋の中に入れ、ロッドの懐に戻った。
ジハルトは恐ろしい威力の斬撃で破壊された牢を見て、驚愕して立ち尽くす。
その間にロッドは笑顔を取り戻したリーンステアの手を引いて地下牢の階段を駆け上り、地上に出るのであった。




