第26話 商売と因縁
ロッドはまた今日も早起きして日課の精神統一を行なう。
その後、宿屋だと全員揃っての食事は出来ないので、先にハム美とピーちゃんに水と餌を与え、ふたりが食べるのを眺めながらロッドはこれから先の事を考えた。
まず何をやるにしても金が足りない。辺境伯家から貰うはずだった特別報酬の金貨8枚の事は一旦置いておくとして、マリーの落ち着き先を確保するのにも金貨の出費は考えておく必要がある。
これから先のロッドの旅路は危険な物となるだろうし、そこにマリーを連れ回すわけには行かない。マリーには悪いが何処かの街の孤児院などに寄付金を払って預かってもらい、時々様子を見に来るしかないだろう。
宿代など旅の旅銀も最低限は必要となるだろう。現在の所持金は今日の朝食代を宿屋に払うと、残りは銀貨2枚と大銅貨1枚と銅貨2枚(日本円で21,200円相当)となってしまう。
ロッドは当面必要な金を次のように試算した。
・マリーの初年度の年間養育費 金貨10枚(日本円で100万円相当)
(入所に金貨5枚、年間の預かり費用で金貨5枚を提示)
・各地を巡る旅の年間費用 金貨25枚(日本円で250万円相当)
(宿泊80%、移動20%とした場合の年間の宿代が金貨15枚、宿屋に滞在している間の食費が金貨約10枚)
旅の費用はどこかの街に拠点を持ち、その都度瞬間移動で行き来するとかなり圧縮出来そうであるが、少なくともマリーの養育に必要な金貨10枚分は人口の多いこの領都で稼ぎたいところである。
ロッドは指輪に対し心の中で現在のポイント残高を確認したいと考える。
直ぐに心の中で機械的な声が残高を教えてくれた。
残高:96,305,950P
およそ9,630万ポイント残っている様である。
ロッドは残ポイントを使って手っ取り早く地球の物品を売り、金を稼ぐ事を考えた。だが、取り寄せ出来る現代テクノロジーをそのまま流してしまうのは、この世界の文明レベルを破壊する行為になってしまうだろう。それを望まないロッドは売る品目を日常的に消費できる食料品に限る事にしようと考えるのであった。
ーー
少し考えが纏まったロッドはアイリス、マリーを起こして宿屋で朝食をとった。
食事後、ロッドは宿屋の主人に街の市場で店を開くにはどうしたら良いのかを聞いてみたところ、宿屋の主人は商業ギルドで店の出店許可が貰える事を教えてくれた。
その後、商業ギルドに来たロッドは市場に店を開きたい事をギルドの職員に伝えると、どのような店かの希望を聞かれたので、その場で調理した食べ物を売りたい旨を説明した。
ギルドの職員は店の規模を確認すると市場の隅の方なら大体3m☓3mより少し小さい位のスペースで1日大銅貨5枚(日本円で5,000円相当)で店を出せる事を教えてくれた。ロッドは場所を確認して大銅貨5枚を支払い今日の出店許可を得たのであった。
ーー
商業ギルドで指定された市場の場所までやって来たロッドは、組み立て式折り畳みテーブルを幅一杯まで横に展開し、カセットガスコンロ☓2と鍋、フライパンをセットした。そして売る予定の食べ物を取り寄せる。
品目は考えた末にホットドッグとオレンジジュースの2つに絞ったが、商品宣伝用の看板やテイクアウト用の包装などを考えると思ったよりも多い物を取り寄せる事となった。
・ホットドッグパン、ソーセージ10本セット☓100個(200,000P)
・ホットドッグ用マスタード800g☓40個(40,000P)
・ホットドッグ用ケチャップ500g☓100個(25,000P)
・ホットドッグスリーブ100枚セット☓10袋(10,000P)
・使い捨て紙コップ1,000個(6,000P)
・業務用オレンジジュース200L(120,000P)
・スタンドボード(立て看板)(8,000P)
・チョーク、チョーク消し(1,000P)
・カップホルダー2個用50枚入☓20(10,000P)
・角底袋100枚入☓10(5,000P)
・六ツ折紙ナプキン100枚入☓20(2,000P)
・ブラックのカラーボックス1段(3,000P)
ロッドは早速調理に入る。鍋で沸騰した湯を弱火にしてホットドッグ用の長いソーセージを30本ほど入れて3分間茹でたあと、湯を切ってフライパンで1分ほど表面を焼き入れ、ホットドッグ用のパンに挟んで上からマスタード、ケチャップを適量掛けて紙で挟むタイプのホットドッグスリーブに入れた。
その内の1本とオレンジジュース1杯を見本としてトレイに置き、残りは冷めてしまうのでストレージに入れておき、スタンドボード(立て看板)にチョークでメニューと金額を書いておく。
《ホットドッグ 銅貨6枚》
《オレンジジュース 銅貨2枚》
《ホットドッグとオレンジジュースのセット 銅貨7枚》
あまり高いと売れないだろうからセットで一つ銅貨7枚(日本円で700円相当)とした。これぐらいなら一食の食事代としてもそれほど高くないから庶民にも手が届くだろう。
ロッドは採算を計算する。
今回取り寄せで使用したポイントは全部で430,000Pになるが、1,000セット全て売れた場合は銅貨7,000枚=大銅貨700枚=銀貨70枚=金貨7枚になる。
頑張ればもう少しおいしい商売が出来そうだが、今は効率よりもこの世界の金が早めに欲しいので、一旦これで良いだろう。問題は売れるかどうかだが…
ロッドはテーブルの上にブラックのカラーボックスを一つ置き、ストレージ操作をする場合はここに手を入れて行なうようにカモフラージュしながら、客が来るまで残りのホットドッグを粛々と調理していった。
ーー
「よお。この食べ物は何だ。美味いのか?」
少し柄の悪い男がソーセージを湯から上げていたロッドに尋ねる。
「ホットドッグっていう異国の食べ物だ。肉が間に挟まっていて甘辛くて美味しいよ!飲み物とセットで銅貨7枚だ」
ロッドがソーセージを焼き入れしながら説明した。
「ふうん。いい匂いだな。試しにセットで一つ貰おうか」
男は銅貨7枚をテーブルに置いた。
「はい。セット一つ!ありがとうございます」
ロッドは店員として礼を言うと黒いカラーボックスに手を入れ、ホットドッグスリーブに入った温かい出来立てのホットドッグと、使い捨て紙コップに入れた冷たいオレンジジュースをストレージから取り出して男に手渡した。
男はホットドッグを横から一口かじり、目を丸くするとバクバクとあっという間に残りを食べてしまい、オレンジジュースをゴクゴクと飲み干した。
「う、美味い!美味いな兄ちゃんこれ!こんな美味いもの食べたことないぞ。飲み物もだ!もう1つ、いや2セットくれ!」
男は興奮したように言って銅貨14枚をテーブルに置いた。
「これは家にお持ち帰りですか?」
ロッドは前世のファーストフード店員のように尋ねた。
男は頷いて女房と子供に持って帰ると言う。
ロッドはそれを聞き、角底袋にカップホルダー2個用を敷き、男に見えるようにオレンジジュースを2つホットドッグを2つ綺麗に入れ、紙ナプキンも2枚入れると袋を閉じて男に手渡した。何歳か知らないがホットドッグ用のマスタードなら子供でも食べられるだろう。
「毎度ありがとうございます。傾けないようにお持ち帰り下さい」
「ありがとな。また来るぜ!」
男は満足そうに紙袋を持って帰っていった。
男とロッドの一連のやり取りを見ていた何人かが、何を売っているか気になったようでテーブルの近くまで様子を見に来る。
ロッドは調理を続けながらここぞとばかりに宣伝する。
「さあさあ!これはホットドッグという珍しい異国の食べ物だよ!お肉が真ん中に挟んであって甘辛いソースが掛かっていて食感もプリッとしてて美味しいよ!単品なら銅貨6枚、飲み物がセットで銅貨7枚だ!昼食にも丁度良いよ〜!」
「1つくれ!」
「おれは2つだ!」
接客と調理を続けるロッド。
ホットドッグを食べた客は必ずと言って良いほど、すぐにもう一度買いに来てくれた。30分もしないうちに客が客を呼び、長い行列が出来てしまった。
嬉しい悲鳴である。
ロッドはワンオペに限界を感じてアイリスとマリーにも手伝って貰うことにした。
ロッドは調理に専念して一定間隔でブラックのカラーボックス内にホットドッグとオレンジジュースをストレージから配置する。アイリスが客から注文を聞いてカラーボックスから商品を取り出して手渡す。マリーは文字があまり読めない人への商品の宣伝とお金を受け取って袋に入れる係とした。
アイリスは人間を下に見る傾向があったので少し心配していたが、笑顔で完璧に接客をこなしていた。マリーはお金の種類と価値が分からず数もあまり数えられないようであったが、そこはもう諦めてただ受け取ってもらうだけとした。お釣りが必要な場合はアイリスが対応した。
ロッドは途中からカセットガスコンロをさらに2つ出し、倍の調理をこなした。あまりにも忙しいので密かに〔思考加速〕まで使い調理をこなすロッドであった。ある程度の数を調理した後はアイリスと平行して販売の対応を行った。
混雑はお昼過ぎまで続き、列が途切れた時に一旦休憩とした。
「アイリス、マリーお疲れ様。アイリスは完璧な接客だったな。マリーも凄く頑張ってたぞ!」
「ありがとうございます。ロッド様もお疲れ様でした」
「わ〜い!」
ロッドに労われ、アイリスとマリーも笑顔で喜ぶ。
ハム美とピーちゃんに水と餌を与え、ロッド達もお昼は手早く売り物であるホットドッグを食べた。マリーにマスタードを抜いたホットドッグを食べてもらうと美味しい美味しいと喜んでいた。
〈およそ4時間での販売結果〉
・セット 銅貨7枚☓販売数239=銅貨1,673枚
・ホットドッグ単品 銅貨6枚☓販売数198=銅貨1,188枚
・オレンジジュース単品 銅貨2枚☓販売数36=銅貨72枚
計算上は銅貨換算で2,933枚(日本円で293,300円相当)の売上となった。売上袋をストレージに入れて数えてみたところ、実際は銅貨換算で2,924枚となっていた。支払いミスで少し誤差が出るのは仕方無いだろう。
売れるかどうか不安だった事を考えればかなり良い結果だと言えた。今日は珍しいから売れたのだとしても、午後も売る事を考えれば一週間もせず目標の金貨10枚に届きそうである。
アイリスとマリーも頑張ってくれた。初めての商売が思い通りに進み、自然と笑顔となるロッド達であった。
ーー
ゴン!!ガラガラ!ガシャ!ゴオン!ブシャーッ!
組み立て式折り畳みテーブルが蹴り倒され、上に乗っていたガスコンロや鍋、フライパン、見本のホットドッグ、ジュースなどが散乱する。
スペースの端で休憩中であったロッド達が驚いて振り向くと、6人の柄の悪い前世のヤクザのような者達が鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
「おうおう、お前ら!ここでやたら儲けてるらしいじゃねえか!俺達は聞いてねえぞ!ああ〜?」
一番前にいるリーダーらしい男が、床に落ちたブラックのカラーボックスをさらに蹴飛ばしながら叫ぶように言った。
カラーボックスは砂だらけになってしまい、鍋やフライパンは使えそうだがカセットガスコンロは鍋の下敷きになりひしゃげた物もあった。
しばし放心したロッドは男達に向き直ると怒りを隠して訪ねた。
「いきなり何だ。誰だ、お前達は?」
リーダーでは無い別の小柄な男がロッドの方に歩み寄って言う。
「ああ!俺達を知らないだと!俺達はこの辺を取り仕切っている者だ。ここで商売するには俺達の許可がいるんだよ!!」
「こちらはきちんと商業ギルドに金を払って許可を取って商売をしている。それ以外に許可が必要だとは聞いてないぞ」
ロッドは男達に反論した。
「そりゃあ表向きはそうだ。だがな俺達が認めないとここで商売は出来ないんだよ!黙って商売した罰として今日の売上は全部没収だ。あとそこの姉ちゃんもひと晩借りるとしよう。お前はそのガキと家に帰って寝てな!次からはちゃ〜んと話を通すんだぞ!」
リーダーの男がニヤニヤしながらロッドにそう告げた。
アイリスは能面のように無表情だが、マリーは酷く怯えていて泣きそうになっている。市場の周りの人達は我関せずという態度を貫いていた。恐らく男達はこの世界のヤクザかマフィアのような存在で、出店者からみかじめ料でも取っているのであろう。弱い者を脅して自分達は暴力を背景に楽をして暮らしているという事だ。
ロッドは内心の怒りを隠してリーダーの男に聞く。
「嫌だっと言ったらどうする?俺が物凄く強くてお前達がぶっ殺されるとは考えないのか?」
「くっ、ははは。ば〜か!お前みたいな女の様になよっとした子供が強い訳ないだろうが!それに万が一の時のために、お前なんかじゃ絶対に敵わない強〜い用心棒を雇ってるんだよ!」
リーダーの男は笑いながらそう言うと少し離れた場所に目を向けた。
そこには金級パーティー〈暁の戦団〉のBランク冒険者リックとAランク冒険者のゴードンの兄弟が立っているのであった。




