第25話 解散と暗雲
「しかし、ロッドがあんなに強いとはな。最初は辺境伯家の長女に雇われた護衛という体裁の側使いなのかと思っていたよ。悪かったな」
ロッドと同じくギルドを出た精霊の扉のバーンが笑顔で頭を掻きながら告げた。
「そうよ。アレはともかく短剣術と拳術は凄かったわね!」
アレとは恐らく催涙スプレーの事だと思うがフランも感心した様子だった。
「そうね。相手の剣が全然ついていけないスピードだったわ!」
エスティアもロッドの素のスピードを褒める。
「俺は知ってたぜ、ロッドの実力をな!俺様の目は誤魔化せないぜ!」
「全く。またお前は調子いい事を!魔獣使いじゃないかって疑ってただろう!」
「ザイアス。またロッドにアレを掛けられますよ?」
ザイアスは調子良く自分の想定通りのような事を言い、クラインとマックスにたしなめられていた。
「ひいぃ〜」
ロッドがシュッ!とアレを掛けるマネをすると、顔を両手で隠すザイアス。
それを見て皆で大声を上げて笑い合うのであった。
笑いが収まった頃、ロッドは精霊の扉のメンバーにお礼と別れの言葉を告げる。
「今日の勝負はたまたま運が良かっただけだ。それより精霊の扉の皆にはアイリス共々色々と世話になった。ありがとう。それとエスティア、先程の支部長への説明は助かった。それについても礼を言わせてもらうよ。護衛のやり方も今回はいい勉強になったと思う。また何処かであったらよろしく頼むよ」
バーンの話しでは精霊の扉は一週間ぐらいはこの領都で依頼をこなしてからオルストに戻り、最終的には王都を拠点として各地の迷宮に潜り、装備を充実させたいと言う。吸血鬼との一戦で為す術なく敗れた原因として装備不足があるからとの事であった。
ロッドもしばらくは領都に滞在するという事を話し、そのうちにまた何処かで会おうとバーン達と話し、今回のジュリアン一行の護衛チームとしては解散したのであった。
ーー
ロッドは精霊の扉と別れた後、安めの宿を探して部屋を借りる事が出来た。アイリスとマリーの2人1室で一泊大銅貨5枚(日本円で5,000円相当)、ロッドの1人部屋が一泊大銅貨3枚(日本円で3,000円相当)の素泊まりが出来る宿であり、とりあえず3日分を確保して銀貨2枚と大銅貨4枚の支払となった。
残りは銀貨4枚と大銅貨8枚であり、このお金で食事をしたりしなければならない。
食事は宿屋で食べると宿泊客は安く食べられるらしいが、まずはマリーの服がボロボロなので新調するために市場へと行く事にした。
領都の中央付近にある市場まで来ると色々な店が出店されており、人も多く活気に溢れていた。そのなかで女性物の服を扱う店があったので、アイリスと一緒にマリーにいくつか選んでもらい気に入った服を数着と靴を買い、そのうちの一着をその場で着させてもらった。
「ロッドお兄ちゃん、ありがとう。私こんな綺麗な服や靴は初めて!」
お礼を言った後、笑顔でクルクル回って喜ぶマリー。
「そうか、良かったな」
ロッドも笑顔で返し、その日は市場巡りを少し堪能して宿屋へ帰るのであった。
服を買ったので、残りは銀貨2枚と大銅貨3枚となっていた。
ロッド達3人は夕飯として宿屋で宿泊客は1人銅貨3枚と安くなる定食を食べ、ハム美とピーちゃんにも餌をあげたいので今日は早めに各自部屋で休む事になった。
ーーーーー
城内で昼食を終えたジュリアンはリーンステアに尋ねた。
「リーン、ロッドさん達は何処にいるのかな?」
リーンステアが答える。
「城の一階です。精霊の扉の皆さんと一緒に食事中のはずです。お酒も振る舞われると聞いたので、たぶん宴会中だと思いますが」
「少し顔を出そうと思うんだけど良いかな?護衛のお礼も言いたいし」
ジュリアンがリーンステアとジョアンナを見て話す。
「お兄様、私も行きたいわ!ロッド様にこのドレスを見ていただきたいもの!」
ジョアンナは折角お気に入りのドレスを着たのにロッドと食事できない事に不満であったが、これからロッドに見て貰えるかもと喜ぶ。
「私ももう少ししたら挨拶に顔を出そうと思っていました。では、この足で行きましょうか」
リーンステアはそう軽く答えると給仕に食事は終わりだと告げ、ジュリアン、ジョアンナを先導するように辺境伯家の食堂から歩き去るのであった。
ーー
「あれ?確かにここにロッド殿を案内したのですが……あ!お〜い給仕係」
リーンステアはジュリアン達をロッド達の元に案内したが、そこはもぬけの殻であった。食器なども全て片付けられた様子である。おかしいと思ったリーンステアは通りがかった給仕係の者を見つけたので声を掛けた。
「ここでジュリアン様を領都まで護衛してきた冒険者の一団が、労いの宴会を行っていたと思ったのだが場所を移動でもしたのか?」
リーンステアはロッドや精霊の扉が何処へいったのか給仕係に尋ねた。
「いえ、冒険者様方は少し前に食事もそこそこに城を出られました」
給仕係の男は質問された事にびっくりした様子で答えた。
「もう片付けまで終わっているとは、いくらなんでも帰るのが早すぎないか?酒は出さなかったのか?」
リーンステアは給仕係をさらに問い詰める。
「いえお酒も出して宴会をしていたのですが、ローモンド子爵様が来られまして冒険者様方に文官から書類をお渡しになってから程なく、皆様揃って帰られました」
給仕係の男が申し訳なさそうに答えた。
「そうか…分かった。ありがとう。もう仕事に戻ってよろしい」
リーンステアは給仕係の男にそう言うと考え込んだ。
「リーン、ロッド様は何処なの?」
「ここにはいない様だね…」
ロッドが何処にもいないのでジョアンナとジュリアンがリーンステアに尋ねる。
「それが、もう城から出てしまったらしいんです…」
今度はリーンステアが申し訳無さそうに答えた。
その時、ひとりの侍女がジュリアン達の元に静かに進み出る。
その侍女は領都まで一緒に帰還の旅をしてきた侍女の一人であった。
ーー
「特別報酬を支払わなかっただって?」
ジュリアンは物凄く驚いて大きく口を開けて叫んだ。
「はい。高額過ぎるから支払わないと決めた異論は認めない、とローモンド子爵様が言われ、ロッド様がジュリアン様達は承知しているのか?と問われたところ、無礼者と叱責され不敬罪を適用するぞと言われているのを聞いていました…」
侍女はお世話になったロッド達が不便をしていないか確認しに来たところ、丁度ローモンド子爵と護衛冒険者一行が険悪になったのを目撃したとの事。
その後、ロッドへの態度に憤慨した冒険者の一団は城から出て行ってしまったという事であった。
「ぐすっ。ロッド様に何てことを!私もうロッド様に顔向け出来ないわ!」
「大恩あるロッド殿に何たる仕打ち!例え家宰といえども勝手すぎます!」
「馬鹿な!ローモンド子爵にはあれほど言っておいたのに!ロッドさんにどれほどお世話になったと思っているんだ!それにあれは旅の寝食の費用も入っていたのに!」
侍女から状況を聞いたジョアンナは泣き出し、リーンステアとジュリアンは憤慨した。
「今すぐに!ローモンド子爵をここに呼んでくれ!」
ジュリアンは側付きの者に叫ぶように命令するのであった。
ーー
「ジュリアン様、ジョアンナ様、我らにご同行をお願いいたします」
ローモンド使者を呼び出し到着を待っていたところ、数名の騎士が現れジュリアン達に同行を求めてきた。
「この無礼者が!ジュリアン様とジョアンナ様に同行を求めるだと!」
同行を求める騎士達にリーンステアが激昂する。
「騎士リーンステア、これは騎士団長の命令なのだ。我々は任務を遂行しているに過ぎない。それにお前にも同行してもらうぞ」
騎士は淡々と話した。
「くっ!なぜだ?辺境伯家は我々の主だぞ!騎士団の管理を任されただけの騎士団長にそんな権限は無い!」
リーンステアは剣に手を掛けジュリアンとジョアンナを庇うように立ち塞がった。
騎士達とリーンステアは睨み合い一触即発の状態となった。
「お兄様…」
ジョアンナは不安そうにジュリアンに寄り添う。
「大丈夫だよアンナ。分かった、ついて行こう」
ジュリアンはジョアンナに声を掛けて安心させ、騎士達に同行する旨を伝えて一緒に歩いていく。
すれ違い様に侍女に何事かを囁くジュリアン。
リーンステアとジョアンナもそれに従ってついて行くのであった。
ーーーーー
男は良い気分で目覚めた。
男は闇を統べる者である。
深夜、起きたばかりの男は側使えに命じ、先頃褒美として人間の始末を命じた者達を呼び出す。最近お気に入りの若者達である。
闇の女神教団からは辺境伯嫡男一行を始末する代償として6人の無垢な乙女が届けられる手筈になっていた。男はまず派遣した若者達からの報告を聞いて、女神教団から贈られてくる代償の扱いについて決めようと考えていた。
一番活躍した者には乙女を1人与えよう。思ったように活躍出来ず不満を感じている者がいればその者にも与えても良い。それからどうするか…ふふふ。
男は待った。
待たされた挙げ句、連れて来る様に言われた者達はいないという報告を受ける。
昨夜、変身して出ていってから帰って来ていないらしい。
男は考える。
我等を殺せる者などいない。
もし仮に居たとしても5人も揃った吸血鬼を殺せる者などいないだろう。
何処かで道草でも食っているのか。
男は思い付いた。
自分の眷属としての繋がりを辿れば良いと。
早速、1人目との繋がりを確かめる。
いない?…妙だな…
2人目、いない…
3人目、4人目…いない、いない!
5人目………いない…
眷属としての繋がりは魂そのものの繋がりである。
その為、距離や状態は関係なく辿れるはずである…
この世界に存在さえしていれば…
男の思考が急にハッキリする。
考えられる事実は一つしかない。
滅ぼされたのだ!
それもお気に入りの5人全員が!
なんという事だ!我が一族の者が。
男は真っ赤な瞳に涙を流す…
だが男はしばらくして憤怒の顔になった。
人間共め…復讐してやる!
街ごと全て滅ぼしてやるぞ!
確かランデルス王国のロードスター辺境伯領と言ったか…
男は自分に従属する全ての魔物に対し命じる。
5人の足跡を辿り、ロードスター辺境伯領の人間をひとり残らず滅ぼせと。
吸血鬼の君主は一族の者の復讐を闇の女神ベラドナに誓うのであった。
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その夜、ロッドはふと誰かが自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして目を覚ました。ベッドの上で暗闇に横たわり薄く目を開けるロッド
耳を澄ますが何も聞こえてこない。
気のせいだったのか…
ロッドはまた眠りにつくのであった。




