第24話 報告と共謀
リーンステアは騎士団長に与えられている城内の部屋の扉をノックし、応答を聞いて中に入った。
「失礼します。騎士リーンステア、帰還の報告に参りました」
騎士団長は書類から目を離しリーンステアに向き直って問い質す。
「ジュリアン様の護衛ご苦労であった。随分早いな引き返してきたのか?」
リーンステアは厳しい顔つきで報告する。
「はい。オルストの街を通過した先で約50名の野盗に襲われ、その際の戦闘により私以外の護衛騎士が全員殉職しました。そのため急遽引返してきました。野盗を率いていた指名手配犯の双剣のディックは、何者かの依頼によりジュリアン様の殺害を企てたようです」
「全員殉職だと!12名全員か?」
騎士団長は大袈裟に驚いた様子で再度、質問する。
「はい。正確には御者2名を含めると14人になります。その際ジュリアン様も襲われてお怪我をされましたが、幸運にも通りがった冒険者の助力により撃退に成功し、ジュリアン様や私も含めて魔法での治療を施されています。その後オルストで雇った護衛冒険者パーティー等の助力により、本日無事に領都まで帰還しました。騎士達の遺体も冒険者達の助力で持ち帰り、今は城内の安置所にあります」
リーンステアはあらかじめロッドから自分の事は極力他言しないようにとのお願いをされていた為、野盗撃退も少しボカして報告を行った。
リーンステアが続ける。
「双剣のディックにはオルストで脱獄され、逃げられましたが事前に尋問した結果ではブランドル伯爵家から依頼を受けた旨の供述をしていました。オルストからジュリアン様が王都の辺境伯様へも書状を送ったので今頃はもう届いているはずです。目を治せるという王都の薬師は恐らくジュリアン様をおびき寄せる罠だと思われますが、幸運にもオルストの街に滞在していた魔法使いの治療で、ジュリアン様の目は回復されています」
騎士団長は今度こそ本当に驚いた様子であったが、すぐに冷静さを取り戻すとリーンステアに労いの言葉をかけた。
「なるほど、分かった。後は私に任せて旅の疲れを癒やしてくれ」
報告を済ませたリーンステアは、ジュリアン達と昼食をとるべく急ぐのであった。
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ロッドと一旦別れたジュリアンとジョアンナは侍女を伴って城内に戻り、旅装から着替えを行った後、まずは昼食をとる事になった。
ジュリアンは城内用の普段着を着用し、ジョアンナはロッドに見せたいが為に一番お気に入りのドレスに着替えるのであった。
家宰のローモンドの話では現在文官が冒険者ギルドの護衛依頼の内容精査と完了処理を実施しており、その間に護衛冒険者一行は別室で労いの食事や酒で宴会をしているとの事。ジュリアンはロッドには特別報酬を支払う約束をしてある旨を説明し、合わせてオルストの龍の翼亭へも賠償の要請があれば応じるようにと付け加えた。
2人は昼食でロッドとすぐに再会できると思っていたが、護衛冒険者が揃っている中でロッド達だけを呼ぶわけにもいかず、騎士団に報告に行ったリーンステアが戻るのを待って3人だけで昼食をとる事にした。
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ロードスター辺境伯騎士団の団長であるジハルト・ハインマールは、ロードスター辺境伯領に隣接するハインマール子爵家の三男として生を受けた。子爵家は長子が継ぐ事になる為、ジハルトは幼い頃から騎士団に入るべく武一辺倒の教育を受けて育った。本人も懸命に努力し体格や才能にも恵まれていたため、ジハルトは辺境伯騎士団に入団するとすぐに頭角を現した。
ここ辺境伯領は隣の帝国領への備えが必要であるため、他領に比べ武を重んじる風潮が高かった。着実に実績を上げ続けたジハルトは、前の騎士団長が演習中の事故による怪我で引退する事になった時、その武力を期待され異例の28歳の若さで騎士団長に任命されたのである。
騎士団長になったジハルトは実家の子爵家には及ばないが、辺境伯の裁量で男爵として叙爵される事になった。
それを機に今まで必死に武に生きてきたジハルトは結婚を意識するようになり、最近亡き父の代わりとして騎士に叙爵され、同年代に敵なしと言われ始めていたリーンステアに密かな恋心を抱いた。容姿も好みであったがそれ以上に自分と似たような感じを抱いたからである。しかしリーンステアには興味が無いと断られる。
意気消沈したところにブランドル伯爵が近づいた。
ブランドル伯爵はジハルトを辺境伯領にある別邸に度々招き入れ、ジハルトにはもっと上の爵位がふさわしい、美しい伴侶も用意出来るなど言葉巧みに懐柔した。
ジハルトはようやく自分の価値を見い出されたように思い、ブランドル伯爵の陰謀に乗るのであった。
ジハルトは共謀者を通じてブランドル伯爵からの指示を受け、ジュリアンが王都に行く際の護衛として自分に振り向いてくれなかったリーンステアを指名し、お供の護衛騎士には実力の低いものばかりを配置した。
これでジュリアン、リーンステアなどが殺され、辺境伯家がブランドル伯爵家の手に入ったあかつきには、いずれジハルトは実家と同格の子爵に陞爵される約束が成されていたのである。
だが、ここに来てジュリアン、リーンステアがブランドル伯爵家の陰謀に気付いてしまったようである。既に王都の辺境伯にも知らせがいったようであり、ここでブランドル伯爵が糾弾されるような事になれば自分もタダでは済まないだろう。
これはまずいと焦ったジハルトは、共謀の同士であるローモンド子爵に相談すべく急ぎ足で部屋を出るのであった。
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アルス・ローモンド子爵はロードスター辺境伯に隣接するローモンド子爵家の嫡男として生まれ育った。幼い頃から頭が良く、魔法の才能こそ無かったが計算が得意で経済的なセンスも良く、貴族に必要な領地経営に向いた才能を持っていた。
同じく辺境伯領と隣接する別の子爵家とも経済的な協力関係にあり、幼馴染である同じ歳の子爵家の次女ティファニーとも親しく接しており、少年時代を共に過ごす中でいつしか恋心を抱く様になっていた。
だがアルスはその優秀さを買われて王都の王立学院に入学する事になった。王家からの打診では断れるわけがない。仕方がない状況で故郷を離れたアルスは王立学院をやっとの思いで卒業し、すぐにでもティファニーに婚約を申し込もうという思いを抱き故郷に帰ってきた時、ティファニーは既にロードスター辺境伯家の嫡男(ジュリアンの父)と婚約が結ばれてしまった後であった。時間が2人を引き離してしまい、もう遅かったのである。
落胆したアルスであったが、寄親にもなる辺境伯家に逆らう事は出来ず、影から見守る事しか出来なかった。
婚約後は結婚して一男一女を授かった辺境伯家であったが、ある時家族で避暑に出掛けた先で毒虫に刺されてしまい、母となったティファニーとジュリアンは高熱を出し生死の境をさまよう事になった。
辺境伯家は方々に回復方法を求め、やっと1つ手に入った秘薬をジュリアンに使用した。結果としてはジュリアンは目の光を失ったが生き残り、ティファニーも自力で何とか生き延びたがこの時の病が元になり2年もせずに亡くなる事になった。
ローモンド子爵家を継いでいたアルスは、病気で苦しんでいるティファニーを助けるべく、丁度空席となっていたロードスター辺境伯家の家宰の地位に着いた。アルスが優秀であったのと、ロードスター辺境伯家の親戚筋であるブランドル伯爵家の推薦もあったからである。
ローモンド子爵=アルスは辺境伯家の家宰の仕事をしながら、人を使って自領の統治も行い、裏では自費で病気に効くと思われる薬草や薬などの情報収集を行い、看病にも手厚く人を割り振っていった。だがその甲斐もなくローモンドが家宰になってから半年ほどで想い人は亡くなってしまう。もっと早くに手を打っていれば…アルスはまた間に合わなかったのだ。
悲しむアルスにブランドル伯爵が近づく
ブランドル伯爵がアルスにある情報を流してきた。曰く、当時子爵家の次女ティファニーに一目惚れをしたロードスター辺境伯家の嫡男(ジュリアンの父親)の為に、辺境伯家が王家に頼んでアルスを王立学院に推薦したというのである。親しい関係のアルスと子爵家の次女を引き離す為に。
アルスはそれを聞いて憤った。百歩譲ってそれはもう良いとしても、結果として手を打つのが遅すぎて彼女を病気から救う事は出来ずに死なせてしまっている。もし自分と結婚してくれていればこの様な結果には絶対にさせなかった。
ブランドル伯爵はアルスの心の隙を付いた。
復讐する気はないかと。アルスはティファニー以外を娶る気にはなれず、ずっと独身を貫いていた。アルス自身にも出世欲などは無く、自分が死ねば兄弟か親戚の誰かが後を継ぐだろうと漠然と考えていた。
ブランドル伯爵はジョアンナだけは殺さないと約束してくれた。傷を付ける事もしないと。ジョアンナはティファニーに良く似ていて優しく可憐な少女であった。年々美しさも増してきており、アルスはまだ少女であるジョアンナの中に、在りし日のティファニーを重ねて見ていたのである。
迷って決心の付かないアルスに、ブランドル伯爵は調査の過程で入手出来たという日記を渡す。そこにはティファニーのアルスへの想いが綴られていた。ティファニーが辺境伯家に嫁がないと実家とローモンド子爵家も潰されてしまうとも。
アルス=ローモンド子爵はそれを見て決心した。
復讐してやると。自分からティファニーとの未来を奪ったロードスター辺境伯家を潰してやると。ブランドル伯爵は事後にゆくゆくは伯爵家への陞爵と、孤独に取り残されるジョアンナが成人したら娶っても良いという事を約束してくれた。
ーー
騎士団長ジハルトと家宰のローモンドは、辺境伯家の執務室で話し合う。
「まずいぞ!ジュリアンの襲撃が失敗して王都の辺境伯に知らせがいっているらしい!どうする?ローモンド子爵!」
ジハルトは焦りながら話す。
「まずは落ち着けジハルトよ。ジュリアン達が帰還したので失敗したのはわかっている。その時点で辺境伯に手紙を出す事もな。実はお前には言っていないが、第2案も用意してあるのだ」
ローモンドが落ち着き払ってジハルトに言う。
「第2案だと!どういう事だ?」
ジハルトは驚いて問いただす。
「第2案は辺境伯家が王国に対して謀反を起こそうとしている罪を着せる案だ。詳細はまだ言えないが俺がブランドル伯爵に最初に提供した案になる。お前はとりあえず生き残った護衛騎士の口を塞ぎ、この城から出さないようにしてくれ。私はジュリアン達を護衛冒険者から引き離して同じく城から出さないようにしよう。護衛冒険者達は特別報酬を払わないと言ったら既に帰ったようだがな」
ローモンドはジハルトに説明と共に指示を与えた。
ローモンドがジハルトの武力を信頼しているように、ジハルトはローモンドの頭脳を信頼していた。ローモンドの言う通りにしておけば間違い無いだろう。
「わ、分かった。その指示に従おう」
ジハルトはローモンドに答え退出する。
残されたローモンドはジハルトが退出した後もじっと虚空を見続ける。
ローモンドの脳裏には2人がまだ幼い頃の、あの懐かしく楽しい日々の光景が延々と繰り返されているのであった。




