第23話 方針と報酬
ロッドがいきなりガストンに向けて短剣を投げたので、ガストンを始め勝負を見守っていた観衆は皆驚いた。
キン!という高い音を立てて短剣同士が弾け、2本の短剣が地面に落ちてからロッドが飛んできた短剣を弾いてガストンを救ったのだと皆が理解した。
「ちっ!やるじゃねえかよ」
観客の間から体に蛇の入れ墨をした柄の悪い男が進み出て、悪態をつきながらロッドが弾いた短剣を拾う。
「お前もCランクなのに、こんなのに負けてんじゃねえよ!」
入れ墨の男はガストンの腹に蹴りを入れる。
「うぐっ!」
ガストンは模擬戦の疲労もあったのでまともに食らってしまい、痛みで蹲ったがその相手を見て酷く怯えた表情になる。
「誰だか知らないが、やめろ」
ロッドは勝負に水を差された事に静かに怒りながら言った。
「あ〜ん。俺を知らないだと?新参者か、おれはこの街の金級パーティー〈暁の戦団〉のBランク冒険者リックだ。生意気言ってると俺様の短剣術の餌食にしてやるぞ!」
リックがロッドに近付いて顔を寄せながら脅すように話した。
「息が臭いな。お前」
ロッドは顔を背けながら挑発気味に事実を指摘した。
リックは数秒ほど経って言われた事を理解すると、顔を真っ赤にさせて激昂してロッドの顔を目がけて切り掛かった。
「何だとゴルァ!!」
ロッドはリックの斬撃を躱しながら後に下り、最初はリックに次の言葉は観衆に向け話した。
「お前から切り掛かってきたんだ。これは正当な防衛だからな?」
皆が聞いたのを確認したロッドは、超能力は使わずに高速でリックに接近すると、ほんの一瞬だけ拳に〔サイコ纏い〕を発動し、リックの横っ面を恐らく死なないだろうと思われる程度の加減をして殴り倒した。
「ごがっ!」
それでもリックは3mほど吹き飛び、白目をむいて気絶した。
顎も変な感じで曲がっており、歯も何本か折れていそうであった。吹き飛んだ先で腕を巻き込んでしまい、片方の腕もあり得ない方向に曲がっている。
ロッドはずっと他人に流されるこの状況にイライラしていたのもあったが、いきなり人に刃物を向けてくる人物に危うさを感じ、ちゃんと冷静に考えて自分の意志を乗せてリックを叩きのめした。
どのような立場の者だろうと、こういう危うい人間を社会に野放しにしてはならない。諭したとしても素直に話しを聞くようなタイプでもないだろう。力には力で、は前世では悪とされるような考えだがこの世界では必要悪に思える。少なくとも誰かが分からせないと駄目だし、放っておくと善良な者の悲劇を招くだろう。
これから先、貴族や国などとも揉める可能性もあるが、基本的には自分の考えを貫き通すつもりだ。相手の身分などはある程度考慮するつもりではいるが、理不尽にやられたまま黙るような事はしないつもりである。
それによって自分の力や、変装がバレてしまって親しい者に嫌わたり恐れられたりしても、それはそれで仕方が無いと考える。
但し、これから先もだが問答無用でいきなり殺すような真似はなるべくしないと、自分の中で折り合いを付けるロッドであった。
ーー
リックが倒され、シンとする訓練場。
もう終わったとばかりにロッドが自分のサバイバルナイフを回収し、ガストン達に声を掛けてギルド内に戻ろうとすると、訓練場に怒号が鳴り響いた。
「リーック!!なんじゃこりゃあ!」
一目で戦士と分かる大柄な男が訓練場内に飛び込んできて、リックを助け起こす。
「リック!リック!誰だ誰がやったんじゃ〜!!」
リックを揺さぶり、辺りを憤怒の形相で見回す大柄な戦士。
「気絶している者をあまり強く揺すらないほうがいいぞ」
ロッドが親切心で忠告する。
「うるせい!誰がやったんじゃあ!」
まさか目の前の小柄な少女のような者がやったとは夢にも思わない男は、リックを床に戻すとロッドに背を向けて観衆を舐めまわした。
少しして観衆の間から4人の人物が現れて、大柄な戦士とリックに近寄った。
その中で神官のような格好をした若い女性が呪文を唱え、しゃがんで倒れているリックに触れて魔法を発動した。
〚初級治療〛
リックは魔法での治療を受けてうめき声を上げながら目を覚まし、大柄な戦士が側にいるのを見て縋りついた。
「うがあ。痛い…、あ!兄貴〜痛えよ〜」
「リック!気がついたか。良かった!良くやったぞ」
大柄な戦士はリックが気が付いた事に喜び、回復させた神官女性を褒めた。
「お前、誰にやられたんだ?」
目を覚ましたリックに大柄な戦士が聞いた。
「そ、そいつだよ!兄貴!そこにいる女みたいな奴が俺を殴ったんだ!痛え、腕がまだ治ってねえし、歯も痛えよ〜」
リックは痛みに喘ぎながら兄に説明する。
「お前!こんな奴にやられたのかよ?嘘だろう!」
大柄な戦士が驚いて問い正す。
「本当なんだよ!ガストン達がコイツにやられて、助けに入った俺も後ろから不意にやられたんだよ!」
リックが嘘を交えて報告する。
「むう。不意打ちとは許せん。俺が叩きのめしてくれる!」
大柄な戦士はそう言うと、荒々しい呼吸を繰り返すと共に全身の筋肉を何度も膨張・収縮させて血液の循環速度を上げ戦技を発動した。
〚身体強化〛
大柄な戦士は、習得が非常に難しいと言われている身体強化の戦技を発動し、力属性、敏捷属性、耐久属性を一時的に向上させた。
=============== 〔戦技〕
戦技は魔法とは異なり、戦士系などで体の制御が必要な事柄を修練によって覚え込ませ、戦闘時に発揮・発動する技である。武器で発動すれば各種の武器技、盾で発動すれば盾技とも呼ばれる。見方によっては戦士用の魔法の様にも見える物だ。
例えば精霊の扉のバーンが使用している三連撃などもこの類で、三回連続の攻撃を繰り返し繰り返し修練する事によって体に動作と感覚を覚え込ませ、実戦で武器技としてスムーズに発動させる事が出来るようになる。武器を使う技は武器が大きく変わればまた相応の訓練が必要となる。
基本的に戦技は使用回数などの制限は無いが、使えば使うほど筋肉が疲労する、集中力が保てなくなるなどの理由により無限に使える物ではない。基本的には魔力も使用しており大方は本人が意識していないくらいの微量だが、中には意識的に魔力が大きく使われる戦技も存在する。
大柄な戦士が使った〚身体強化〛についてはロッドの〔サイコ纏い〕による身体強化とは異なり、特殊な呼吸法などにより身体中の血液の流れを速くしたりする事で一時的に身体能力が増すという技となる。修練度合いにより火事場の馬鹿力的な物まで制御できるようになれば、一時的には相当の高倍率で身体を強化できるが、身体を長時間酷使する場合はその後に相応の代償が必要となってしまう。
上記とは別に、純粋に魔力を纏う事での身体強化を行なう方法も存在するが、これには天賦の才が必要となるため使用者はほとんど現れていない。
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「何か勘違いしているかもしれないがソイツは嘘を吐いているぞ。勝負に割り込んできたんで叩きのめしただけだ。これは警告だが問答無用で襲いかかって来るなら今度は俺も手加減しないぞ」
ロッドは凄い剣幕の大柄な戦士に告げる。
大柄な戦士の仲間もロッドの言葉で全員が臨戦体勢となる。
いつの間にかロッドの後ろにはアイリスが控えており、杖を構えていた。
精霊の扉もリック兄のパーティー乱入にこれ以上の我慢ができず、訓練場内に入ってロッド側に付き、双方の睨み合いとなった。
「お前達!何をしてるんだい!!」
静寂を破る怒声が聞こえ、全員の顔がその方に向く。
「ギルド内で殺し合いはさせないよ!全員頭を冷やすんだね!」
老婆は歳に似合わない声量で皆を諭した。
「支部長!」
受付嬢キャサリンが青い顔で叫んだ。
ーー
ギルドの大会議室に全員が集められた。
「見た事無い顔もいるね。アタシは冒険者ギルドアステル支部長のカーラだよ。訓練場で殺し合うとはね。何があったんだい?キャサリン、説明しな!」
受付嬢のキャサリンは青い顔でしどろもどろで説明する。
「そ、それは…その…Fランク冒険者が嘘を吐いて護衛の達成報酬をもらおうとしたので…それを注意したら…ガストンに頼んで訓練場で実力を見る事になったんです…そしたら暁の戦団のリックも現れて…」
老婆は目を瞑って説明を聞いていたが、キャサリンの説明を聞いて理解出来ず困った顔で思案する。
「う〜ん。何だか良く分からないね」
ロッドはよっぽど自分が説明しようかと思ったが、当事者なのに声高に自分の主張をするのもどうかと迷っていた。
その時、エスティアが静かに手をあげた。
「私が説明出来ます」
「お前さん達は吸血鬼と戦ったという精霊の扉だね。全滅した商隊の件の報告をさっきまで聞いていたよ」
支部長カーラは商隊の護衛冒険者の生き残りから事情を聞いているらしかった。
エスティアは淡々と、ロッド達と護衛依頼を遂行した事、ロッド達だけ完了報告をなぜか認めて貰えずガストンとの実力勝負になった事、ロッドが勝った後にリックがガストンに暴行した事、リックが止めに入ったロッドに斬り掛かり逆撃を受けて倒された事、その後現れたパーティーにリックが嘘を教え睨み合いになった事を説明した。
「ふ〜む。キャサリン!ロッドの完了報告を認めなかったのは何でだい?それが全ての始まりじゃないか?」
支部長のカーラが受付嬢のキャサリンに問いただした。
「それは…Fランクが指名の護衛依頼なんておかしいと思ったので…」
支部長の前では以前のふてぶてしい態度ではなく、借りてきた猫のように話す受付嬢キャサリン。
「じゃあロッドは弱いのかい?聞けばガストンのパーティーとリックをたった一人で倒したみたいじゃないか。それは別にしても冒険者ギルドにFランク冒険者が指名の護衛依頼をしてはいけないという規則は無いし、ガストンに勝てたらそれを認めるなんて完全に越権行為じゃないか!」
支部長カーラはキャサリンを責め立てる。
「アタシが全く気付かないとでも思ってるのかい?お前さんには前から良くない噂がある。この際だ、徹底的に調べさせてもらうよ!取り急ぎ謹慎するんだね!」
支部長カーラは真っ青な顔になった受付嬢キャサリンに謹慎を申し渡した。
ここで受付嬢キャサリンは会議室を退場となった。
支部長カーラはロッドに向いて話す。
「さて、これは完全にアタシの監督不行き届きだ。ロッドと言ったね、申し訳なかった。お前さんの完了報告はもちろんすぐに手続きを終わらせて、報酬を払う事にするからね。許しておくれ」
ロッドは頷く。
「ああ。完了報告を受け付けてくれるのであれば俺はかまわない」
支部長カーラはロッドに頷いて次はリックに向いて話す。
「それからリック。お前さんの暴行癖は今に始まったことではないが、嘘を吐いてまでとは思わなかった。いい加減にするんだね!」
支部長カーラに諌められたリックはバツが悪くなり、苦い顔で下を向き拳を握り締めた。
支部長カーラは最後に大柄な戦士に向いて話した。
「それとゴードン。お前さんはAランク冒険者の癖に思い込みが激しすぎる。それに兄弟離れするんだね。お前さん達もロッドに謝んなきゃならないよ」
ゴードンは渋々だがロッドに対して軽く頭を下げるのであった。
ーー
「はい。これが達成報酬です。お疲れ様でした」
キャサリンとは違う若い受付嬢が、笑顔でロッドの護衛依頼の達成報酬の支払い手続きを行ってくれた。
受付カウンターには銀貨7枚と大銅貨2枚が置いてある。
日本円でおよそ72,000円ほどになる金額だ。
宿屋は安いところを探せば素泊まりで大銅貨2枚(日本円で2,000円相当)のところもあるので、しばらくは宿代には困らないだろうと思われるお金は手に入れたが、これから先の旅路やあの少年に頼まれたマリーの落ち着き先を手に入れるにもまだまだお金は必要だ。
オルストよりも恐らくこの領都の方が人口がかなり多い。
少しここに滞在して資金調達の為の商売でもしようかとロッドは考える。
それに一旦は護衛依頼を達成したが、まだジュリアン暗殺の件は解決した訳ではなく、それどころか吸血鬼のような人外の者も絡んで来るとなると普通の人間の手には負えなくなる可能性もある。これから先、暗殺者ギルドが再度仕掛けて来る可能性もあるだろう。
ロッドは選民意識の塊のような貴族の者であればどうなろうと知ったことでは無いが、ジュリアンの様な善良な者にはこの先も生きてもらい、いずれは辺境伯領を統治して欲しいと思っている。
ロッドはギルドを後にしながらジュリアン達のいる城を見つめるのであった。




