5.もちろん魔獣の登場
すずは立ち止まっていた。
いや、立ち尽くしていた。
谷とは言ってたが本当に谷だった。すぐ後ろには美しい自然が広がっているのに、目の前には草木が一本もない茶色く露出した岩、底深い谷が続いている。
落ちたら即死だ。
本当にこんなところに薬草がはえているのだろうか?
本を開き確認してみると、緑の長細い葉に、細かなスカイブルーの花が数個ついている薬草。
魔獣は見渡す限りいなさそうだ。
すずは意を決して足場を確認しながら底へと進み始めた。
人が歩けるギリギリの道はある。
本が重い。アラサーに谷はかなりキツイ。
だが、苦しそうなジョンガンの顔を思い出しては自分を奮い立たせる。
(絶対に私が守るんだ。)
どれくらい歩いたのだろうか。谷底に到着すると太陽は真上から少し傾き始めていた。
特に生き物とも遭遇せずに道は砂や岩ばかりで歩きにくいが、運動神経に自信のあるすずは歩きながら去年富士山へ登山したことを思い出していた。
あの時は「社員旅行でなぜ登山!?」って文句を言ったけど、今あの時の経験が役に立ってて感謝しかないよ。
(院長!!ありがとう!!)
と、元の世界にいる院長へ感謝の気持ちが込み上げてくるすず。
ふっと上を見上げると、降りてきた場所とは反対側の斜面にブルーに光る花を見つけた。
「あっ!あれだ!!」
少し急な斜面のためカバンを地面におろし身一つで登りはじめるすず。
(人生初のロッククライミングーーーーー)
ヤケクソになりならが花のところまで到着し、花を観察してみるとさっき本で見た薬草で間違いなさそうだ。
(よしっ急いで帰ろう)
そーと足元を確認しながらおり始めると、キーーーーっと高い鳴き声とともに砂埃が舞い上がる。
(なっっなに?)
声のする方を見上げると、そこには大きなプテラノドンのような恐竜、いや魔獣だ。
魔獣は羽をバサバサと羽ばたかせ、風を起こしながら「ギーーーー」と、さっきより甲高い鳴き声を出す。
すずも悲鳴をあげた。
魔獣の起こした風で谷底まで数メートルの高さからズリ落ちた。
左手に握った薬草は離していない。
上空を見上げると今にも襲いかかってきそうな魔獣。
逃げ隠れできそうな場所もない。
魔獣は「ギーーーッッ」と鳴くと嘴をこちらに向け飛びかかってくる。
その瞬間、反射的に目をつぶったすずの耳に魔獣の断末魔が聞こえた。
「ギャーーーー」ッッドンッ
砂埃が舞い上がり、視界が悪い中恐る恐る目を開ける。
すずの前には灰色のローブを着た人間が立っていた。
その向こう側で魔獣は痙攣し血を吐き倒れている。
灰色のローブの人が広げた手の向こう側には、薄っすらと魔法陣のようなものが空中に浮かび上がっていた。顔は見えないが被ったフードから銀色の髪が風になびくのが見えた。
助けてくれたのだと思ったすずが、お礼を言おうと口を開きかけたが、一瞬でその人の姿は消えてしまっていた。
すずがココの家に戻る頃には空は夕焼けに染まっていた。
村に住んでいると思われる人々が、ココの家の周りに集まり、数人がこちらに気づいて頭を深々と下げ始めた。
すずは「こんにちは〜」と小さく会釈しつつ急いで家へと入る。
ココは本当に薬草を持って帰ってきた事に驚いた顔と、さっきまで泣いていたような赤く腫れた目をしていた。すすが薬草を渡すと素早く薬草を砕いて沸かしていたお湯に溶かしジョンガンに飲ませてくれた。
しばらく様子を見ていると、嘘のように熱が下り穏やかな顔で眠っている。
すずはその様子を見てようやく肩の力が抜け、ずっと持ったままだったカバンや着ていたコートを脱いでココに渡した。
そしていつの間にか部屋にはココのお父さんと思われる、ココと同じミルクティーベージュ色の髪の男性が立っていて、ココの頭にゲンコツを落とす3秒前だった。
「このバカ息子がーーーー!聖女様一人でいかせるなんて!!」
涙目になるココ。
「いっったーい!だって、あの谷見たら諦めて帰ってくると思うよ!普通行かないよ!」
その言い争いを見たすずは、自分がどれだけ危ないことをしていたのか身に染みて分かった。
が、1ミリの後悔もないのだった。
つづきます。