29.元の世界
「♪〜♫〜」
スマホのアラームで目を覚ます。
すずが元の世界へ戻ってきて半年が過ぎていた。
半年前のあの日、すずが目を覚ますと病院のベットの上だった。
最初に目に入ってきたのはこちらを覗き込んで涙するお母さんとお父さんの顔、あと白衣を着た人達が数人立っていて自分が目覚めたことに喜んで慌ただしく動き回っている状況にすずは混乱し戸惑った。
白衣を着た人達が話している言葉が韓国語だと気が付き、ここは韓国の病院なんだと分かった。
そして診察を終えてすずの状態が安定していると分かると、病室には両親とすずだけになり、すずの母がゆっくりと説明してくれた。
あの日、すずが乗っていた飛行機はエンジントラブルにより急降下した。が、墜落した訳ではなく奇跡的に韓国の仁川国際空港に不時着し、
重傷19名
意識不明の重体2名
の飛行機事故だったらしい。
その重体2名は旅行中だった私と、韓国の有名なアイドルだったという。
すずは事故後、この病院に運ばれ精密検査をしたが外傷もなく脳の異常もないのに1週間眠ったまま目を覚まさなかったらしい。
事故後すぐに飛行機でこの病院へかけつけたという母が言うのだから間違いなく、自分はこのベットで眠っていたのであろう。
(…どういう事だろう…
あの異世界での出来事が1週間?
そんなはずはない。)
すずは理解も納得も出来なかった。
そして久しぶりに無事だった自分のスマホを開いた。友達や会社の人達から連絡がきている。
そして最近のトップニュースにはこの自分が巻き込まれた飛行機事故が1番に上がってきている。
(…本当に事実なんだ…)
そしてELEVENのジョンガンが飛行機事故で意識不明の重体というニュースも同時にトップニュースとしてあがっており、世界中のファンの心配する声と共に大変な騒ぎとなっていたのを知った。
すずはジョンガンが同じ病院にいると思い探そうと試みたが、個人情報のため教えてくれなかった。
ネットで調べようとしたがやはり韓国では言葉の限界があり分からなかった。
すずは数日後、無事に退院し日本へと帰国することになった。
異世界での出来事は、誰にも話すことも相談する事もできなかった。
すずは日本で仕事にも復帰し今まで通りの日常を過ごしている。
しばらくしてニュースでジョンガンが仕事に復帰したと知って心からホッと安心した自分がいた。
そして時間が経つにつれて、あれは自分の都合の良い夢だったんだと思うようになった。
いや、思うようにした。
(色々な事が矛盾しているし、説明がつかない出来事だったしね。)
それでもちょっぴり期待してしまっている自分もいた。
(もしかしたら私を探しに日本に来てくれるかも…)
しかしジョンガンが現れることはなかった。
やはり夢だったのだろう。すべてが。
死ぬ間際は走馬灯が見えるという。
眠っている間に自分の頭の中が作り上げた世界を見ていたにすぎないのだ。
もしも、あの異世界での出来事が本当だったとしても、ジョンガンは探しようがないのであろう。
すずの事は名前しか知らないはずだ。
こちらから連絡をとる手段もない。
(もし電話番号を異世界で教えてもらっていたら…)
(もし病院で会うことができていれば…)
色々な「もし」が頭を過ぎるが、今更どうすることも出来ない。
信じたい気持ちと信じたくない気持ちが混沌していた。
気持ちの整理がずっとつかないままだった。
あの日からすずの胸には
ポッカリと大きな大きな穴が空いている。
何をしていても埋まらない。
この半年、大好きだった韓国のアイドルを見れなくなった。
ELEVENがだしたNEWアルバムも聴けない。
怖くて聞きたくない。
私の事を好きだと言ってくれたジョンガンは、存在しないんだと思い知らされるのが怖い。
すずは食欲も落ちて思わぬダイエットにも成功してしまい、30歳直前にしてモテ期が到来したようで、職場でも「連絡先教えて下さい」と大学生くらいの男の患者から声をかけられたり、電車に乗れば隣に座った男性から「彼氏はいますか?」と声をかけられる。
それでもすずの心は一度も揺さぶられる事はなかった。
(このまま私はずっと一人で歳を取っていくのだろうか…)
(こんな虚無感を抱えて…)
すずは目を瞑り、深呼吸した。
(このままじゃダメだ!!)
(昔の私みたいにポジティブになろう!!前に進まなきゃ!他に趣味とか習い事とか何か夢中になれる事を始めよう!)
と、決断した瞬間、
ブーブー すずの携帯が鳴る。
親友リナからのLINEだ。
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❘ 年末のLIVE当たったよーー! ❘
❘ 3年ぶりのELEVEN会えるっ ❘
❘ すず一緒にいこうー!♪ ❘
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「……このタイミングでぇ!?!?」
すずの声が部屋に響いた。
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