27.涙の数だけ強くなれるはず
翌朝、身支度のお手伝いのためすずの部屋に入ってきた侍女3名はギョッとした。
一晩中泣いていたすずの顔はそれはそれはパンパンに目元が腫れ上がり、鼻水のせいで口元は赤くただれ超絶ブサイクだったのだ。
あまりの酷い顔に掛ける言葉も思いつかない様子で、侍女達は素早く冷たい水と温かいお湯を準備し、すずの顔へ水分を含ませた布を交互に押し当てて浮腫をとってくれた。
ただれた肌には塗り薬も塗ってくれているようだった。
聖女として浄化に成功してから、すずは豪華な侍女付きの部屋に案内され何をするときも常にお手伝いされた。すずは一度、服は自分で着れますっとお断りしたが「仕事ですから」と譲ってくれなかった。
そして今日は甲斐甲斐しく身支度してくれる侍女さん達にお礼を伝える余裕も失ったすずは、ずっと無表情で侍女達にやられるがままボーっと椅子に座っていた。
目の焦点も合っていないが、昨日の夜泣きすぎたせいか、ショックのせいか、声が掠れて上手く話すことができなくなっていた。
(昨日は一睡もできなかったな。
ジョンガンが…
ジョンガンが私の事好きって言ってくれたのに。それなのに……)
すずの目からまたドバっと涙が出る。
その瞬間「キャーッ」っと侍女の悲鳴が部屋に響いた。
その日の朝、すずはライアン王子と婚姻を結んだ。
神父のような証人が見ているわけでも、他に来賓がいるわけでもなかった。この前呼び出されたライアン王子の執務室で分厚い紙にすずの名前を手書きして、呆気なく事務的にライアン王子の妻となった。
「これからよろしく頼む」
ライアン王子は微笑み優しく声をかけたが、すずの掠れた「はい」の声と化粧でも隠しきれていない涙の痕や腫れた目を見てすべてを察したようで、部屋でゆっくり休むようにと促した。
ラーサイン王が倒れてしまった今、たくさんの事がライアン王子の肩にのしかかりとても忙しい様子だった。
すずのフォローをしている時間もないのであろう。
執務室をものの2分で追い出され自分の部屋に戻ったすずはベットに潜り込むと、また自然と涙が溢れていた。
そんなすずの部屋に扉をノックする音が響いた。
扉の外を確認した侍女達は慌ててすずの頭からレースの頭巾を被せ、肩に布を羽織らせた。
腫れ上がった目でかなり狭い視野になっていて、それが誰か分かるまで少し時間がかかったが、来客はグレンだった。
ベットの端でボーっと座っているすずへグレンが声をかける。
「何をしている?王子から禁書庫へ行く許可は出ているぞ。急げ」
その言葉にすずはハッとした。
(そうだった!元の世界へ帰る方法を見つける使命が私にはある)
返事のかわりにすずはコクンと頷き、グレンの後ろをついて行った。
禁書庫は城の地下にあるというのは話しに聞いていたが、実際に見てすずは驚いた。
とても広い地下だったのだ。
なんなら城のもの全員で地下に移住することも出来そうなくらいの広さだ。
そしてありとあらゆる各部屋の壁には分厚い本が並べられていた。
(ここから探し出すのに何年…いや何十年かかるんだろう…)
すずは深いため息をついた。
そんなすずを見兼ねてグレンが声をかける。
「大体の場所は覚えているから安心しろ。さぁ探すぞ」
グレンに指さされた部屋に入り、端の本から1つ1つ開いて読み込み探すことになった。
本は最近書かれたのか新しそうな物から、かなり古く字が薄くなり読めないような本もあった。
しかしすずはすぐに夢中になった。
(このコーランドル国に現れた聖女様…15歳でこの世界に召喚されて生まれ育った国の名前はインドって書いてある!?)
きっと自分の世界のあのインドの事だろうと思った。
他にも詳しく浄化までにかかった期間やその後の生活、病歴、身の回りの世話をした者の名前まで書いてあった。
こっちのジェンラルド国に召喚された聖女様は、トルドン共和国という魔力をもった人間しか存在しない世界の出身で、浄化後も国にかなり貢献したと書かれている。
(ん〜きっと私のいた世界とは違う世界から来た子って事だよな…不思議だ。自分の知らない世界が他にいくつも存在してるってことになる…)
そしてこれだけ詳しく他の国の聖女様事情が書かれている本にとても驚いた。
ライガル王国はこの莫大な量の情報をどうやって集めたのか気になった。
そしてあまり良くない想像をしてしまうので、すずは恐る恐るグレンに掠れた声で聞いてみた。
「ねぇ、この本って…」
「機密事項だ。他言無用だぞ。」
(ですよね〜)
すずは納得し、目線を本へと戻した。
すずでも読める部分も多かったが、読み進めていると所々に数式のようなものや絵で丸の中に見たことない筆記体のような字が書いてあるものがあった。
「グレン…これって何が書いてあるの?」
「この図は魔法陣だ。術者の魔力を増幅させたり封じたり様々な働きをする。こっちの数式は魔術を使う時に頭の中でイメージする…まぁ見本みたいなものだ。」
魔術にもこんな数式が必要になるのかとすずは驚いたとともに、一瞬で魔術を繰り出すグレンの頭の中はどうなっているのか気になったし、尊敬の眼差しでみてしまうすずであった。
その日は昼食をとるのも忘れて没頭して本を読んだが、何も手掛かりは得られなかった。
肩を落とし歩くすずにグレンは声をかける。
「ライアン王子からお前に出来るだけ協力するようにと言われている。明日も探そう。」
すずはコクンと頷いた。
「王が倒れた今、この国は変わろうとしている。私はライアン王子にすべてを捧げて生きてゆく覚悟だ。」
グレンは真っ直ぐに前を見据えたまま話していた。
二人の信頼関係の強さを感じたすずであった。
グレンは話そうか迷っていたのか少し間を置いてから話しだした。
「…ジョンガンは今日も朝から外を走り、舞の練習に参加していたぞ。」
「…うん」
グレンの言葉に少しホッとした。
昨日のことがあってもし何か危険な行動をしたらどうしようと少し思っていたので、いつも通りプロ意識の高いジョンガンで良かったと安心した。
ジョンガンの事を考えると瞳に涙が自然と溜まってくるので困ったものだった。
グレンがすずの顔を覗き込んで「泣いているのか?」と聞いてきたので、顔を見られたくないすずは「泣いてない」とそっぽを向いた。
するとグレンはすずの片方の瞳からこぼれ落ちた涙を指で拭った。
すずはその行動にビックリしてグレンの顔を見た。
「…お前が泣いているとあまり良い気分がしない。」
その言葉だけ残しグレンは足早に去っていった。
(…今のは何だったんだろう…)
ライアン王子は19歳の設定です。若ーい。
グレンは銀狼なので年齢不詳ですが見た目は25歳くらいの設定です。




