冷たい鎖がとける時
秋月 忍様主催『アンドロメダ型企画』参加作品です。
……間に合った……!
どうにか間に合った……!
企画最終日の滑り込みですが、お読みいただけましたら幸いです。
『人類超化計画』。
それは人間に超常的な力を科学的に付与する計画であった。
「げへへへへ! お嬢ちゃん可愛いな〜! この後ちょっと付き合えよ!」
名目は悪化する環境問題やエネルギー問題の解決とされていたが、付与する能力はそれを大きく逸脱していて、人間兵器の開発と同義であった。
そんな計画が最悪の結末を迎えたのは、ある意味当然だったのかもしれない。
「や、やめてください! お金を払って大人しく帰ってください!」
被験者七人の逃走と宣戦布告。
『完璧な人類』を自称する七人の超越者は、人類の支配を掲げて戦争を始めたのだ。
たった七人と侮っていた各国首脳は驚愕した。
物理法則すら無視するその力は、一人でも天災級の破壊力を持っていた。
最新鋭装備の軍隊を蟻のように蹂躙され、各国は手を取り合い、対抗する事を決めた。
「おうおう! 俺様に逆らうのか? これを見ろよ! ウィシャームだ! 俺様は『超越者大戦』で戦った戦士だぞ?」
『人類超化計画』の成果をかき集め、持ち手の力を吸収して超常的な効果を発揮する武器を開発。
超越者の力と比べれば劣化版でしかないその武器『希望の武器』、通称ウィシャームを量産。
希望者には無条件で配布して、超越者との戦闘に送り込んだ。
「そ、それはありがたく思っていますけど、だからって無銭飲食やセクハラは容認できません!」
そのなりふり構わない物量の前に、超越者達は戦闘を止め、姿を消した。
敵を失った兵士達は大半がウィシャームを返却したが、返却しなかった者による暴行、略奪行為は後を絶たなかった。
「何だとぉ!? 痛い目見ないとわからねぇか!?」
「そこまでだ」
そんな無法者の背に、凛とした声が叩きつけられる。
「あぁ!?」
振り返った無法者の手に鎖が絡みついた。
「施錠」
切れた鎖が、腕輪のように無法者の腕にはまる。
「な、何をしやがった!」
「さてな」
無法者は店の入口に立つ長身の男に、拳銃型ウィシャームの銃口を向けた。
男の整った顔が余裕に満ちているのを見て、無法者の怒りは更に高まる。
「何余裕こいてんだ! こいつは電撃を放つウィシャーム『サンダー・マグナム』だ! 全力で撃てば、人間一人黒焦げにするのはわけないんだぜ!」
「そうか」
「すかした顔しやがって! 土下座して謝りな! そうしたら半身不随くらいで許してやるぜ!?」
「断る」
「なら死ねぇ!」
無法者が引き金を引いた。
「きゃあ!」
無法者に絡まれていた女給が、悲鳴を上げて惨劇から目を背ける。
しかし無法者の銃からは何も出なかった。
「あ、あれ? な、何で出ねぇんだ!?」
何度も引き金を引くが、銃はまるでおもちゃの拳銃のように、カチカチと音を立てるだけだった。
男がロングコートの袖から垂らした鎖を無法者に見せつける。
「これは『禁ずる鎖』。今お前の腕に絡ませた。これでお前の力をそのウィシャームに送る流れを『禁じた』」
「な、な、な!」
慌てて何度も引き金を引くが、男の言葉通り銃はうんともすんとも言わない。
左右を入れ替えて試してみたり、腕の鎖を外そうとしたりもするが、それも叶わない。
「さぁこれで戦士さんはただの一般人。この後どうする?」
「お、覚えていやがれ!」
無法者は慌てて駆け出そうとしたが、
「おっと」
「ぎゃふっ!」
男の鎖が腕ごと胴体を絡め取り、店の床へと転がった。
「お金、まだ払っていないんだよな?」
「え、あ、な、何だこの鎖、冷たい……!」
「今お前の体温を『禁じて』いるからな。さ、このまま凍死するのが嫌なら、代金とそのウィシャーム、置いて行きな」
「わ、わかった! わかったから解いてくれ!」
鎖を解かれた無法者は、拳銃型ウィシャームと財布を置いて、転がるように逃げ去る。
「あ、おい、これじゃ俺が強盗みたいじゃないか……。ま、いいか。お嬢さん、いくらだい?」
「え、あ、はい! ありがとうございます!」
助けられた女給は、目を輝かせて代金を受け取った。
「お強いんですね!」
「よしてくれ。見てただろう? 後ろから不意打ちで武器を封じただけさ」
「それでも私、助けてもらいました! ありがとうございます!」
「結果論さ。俺はこいつを回収したくてね」
男は無法者から取り上げたウィシャームを掲げる。
「ウィシャームを、ですか?」
「あぁ」
「……でもそれって生体認証とかそういうので、本人以外は使えないんじゃ……」
「その通り。ウィシャームは持ち主の力を吸収して放つ構造上、登録し調整した本人にしか使えず、他人が持っても効果は発現しない」
「そ、それなのに何故……?」
首を傾げる女給に、男は軽く笑って答えた。
「俺には使えなくても、ああいう馬鹿の手にあるよりマシだと思うからさ。仲間と回収して回ってるんだ」
「すごい! 正義の味方ですね!」
「いや、そんなんじゃ……」
目を輝かせた女給の言葉に、男はたじたじとなる。
「あの、是非うちでご飯食べて行ってください!」
「え、いや、その」
「お礼したいし応援したいんです!」
「そ、それは有り難いけど気持ちだけで」
「あ、何てお呼びしたらいいですか!? 私は日向葵って言います!」
「あ、れ、玲って呼んでくれたら……」
「玲さんですね! では少々お待ちください!」
「え、あ、うん……」
葵の勢いに押された玲は、深々と溜息をついた。
「参ったな……」
「お待たせしました!」
「おぉ……」
テーブルの上に料理が並べられていく。
ハムとチーズを挟んだトーストサンドに、色とりどりの野菜サラダ、湯気の立つコンソメスープに良い香りのコーヒーまで添えられていた。
「喫茶店なんで、こんなのしかありませんけど……」
「いや、嬉しいよ。いただきます」
玲が料理を食べる姿を、葵は盆を抱えながらじっと見つめる。
その頬は桜色に染まっていた。
「ごちそうさま。とても美味しかった」
「喜んでもらえて良かったです!」
「お代はいくら?」
「お金は結構です! お礼って言ったじゃないですか!」
「いや、こんなに美味しい食事には、ちゃんと金を払いたいのさ。受け取ってほしい」
「……! あ、ありがとうございます!」
顔を赤らめる葵に代金を支払うと、玲は席を立つ。
「あ、あの、また来てくださいね!」
「ありがとう」
手を振る葵に笑顔で返し、店を後にする玲。
その後ろを尾ける人影。
しばらく歩き、人気のないところで玲は振り返る。
「……誰だ? 俺に何の用だ?」
「へっへっへ……。よぉ。また会ったな」
先程の無法者がにたりと笑って立っていた。
すると玲は警戒を解き、無法者につかつかと近づく。
「何だお前か。良かった。財布返すぜ」
「え、あ、はい……」
「領収書はその中に入れてある。それ以外は使ってないから安心しろよ」
「そ、そりゃどうも……。じゃなくて! 俺のサンダー・マグナムを返せ!」
「断る。どうせ使えないんだ。持っていても仕方ないだろう」
「い、いや、ウィシャームは国に返却すればいくらか金がもらえるだろう!? そいつをもらって、後は堅気になるからよ!」
「ふむ……」
「な、頼むよ……」
少し考えた玲は、首を横に振った。
「いや、やはり返す事はできない。金なら真っ当に働いて稼ぐといい」
「くそ……!」
と、そこに無法者の携帯電話が鳴る。
取り出した無法者の顔が下卑た笑みに歪んだ。
「……俺様の勝ちだ」
「何?」
「さっきの店の小娘を、俺の弟分が人質に取った。今は俺様達のアジトに連れて行ってある」
「……」
「錫利もウィシャーム持ちだ! さぁ大人しく俺様のサンダー・マグナムを返して、お前のウィシャームを解除しな!」
「馬鹿だろお前」
勝ち誇る無法者を、玲は素早く鎖で縛り上げる。
「んなぁ!?」
「そっちが人質ならこっちも人質だ。さ、案内してもらおうか」
「や、やめろ! 離せ! あぁ! 冷てぇ!」
「早く行かないと凍傷になるぞ」
「ひいいいぃぃぃ!」
玲は無法者を急き立てて、アジトへと向かった。
「れ、玲さん……!」
「……お前が通兄貴のウィシャームを奪った男っすか……」
案内されたアジトの中では、大きな椅子に座った線の細い男が、床に座らされた葵に拳銃を突き付けていた。
その周りを取り囲む手下らしき男達。
「錫利! た、助けてくれ! この鎖、早く解かねぇと凍傷に……!」
「……うるさいっすよ兄貴。とっ捕まっといてギャーギャー言わないでください」
「なっ……! 錫利お前……!」
通と呼ばれた無法者の叫びを無視して、錫利は玲に鋭い視線を向ける。
「で、通兄貴のサンダー・マグナム、返してもらえるんですか?」
「返すのはこいつだけだ。それでその子を離せ」
「ダメっすか。じゃあいいや」
言うなり錫利は通目がけて引き金を引いた。
「きゃあ!」
圧縮された空気が着弾と同時に爆発的に膨張。
響く轟音に葵が叫び、錫利が高笑いを上げる。
「ひゃはははは! ウィシャーム取り上げられた上にあっさり捕まる無能のくせに兄貴ヅラしやがって! いい気味だ!」
「す、錫利……」
「!」
舞い上がる粉塵の中から聞こえた声に、錫利は顔を引き締め銃を構えた。
粉塵が収まったそこには、信じられないと言った顔をして床から錫利を見上げる通と、その身体に繋がれた鎖を両手で握る玲の姿があった。
「ちっ、咄嗟に鎖を引いたか……」
「な、何で、錫利、俺様を……!?」
「当たり前だろ? お前みたいな馬鹿を兄貴なんておだててたのは、サンダー・マグナムっていう使い勝手のいいウィシャームを使えたからだ」
「え、そ、そんな……!」
「それがないならお前はただの馬鹿だ。その鎖野郎共々死にな」
錫利が何の躊躇いもなく、通に照準を合わせる。
「……仕方がない」
「なっ、お前……!」
「いやあああぁぁぁ!」
その爆発は、通の前に立ちはだかった玲の胸元で起こった。
建物の壁すら砕くその威力に、しかし玲は膝すら折らない。
「玲さん! 大丈夫なんですか!?」
「心配かけて悪かったね。俺は無事だよ」
「な、何だお前……! 俺の『エアロ・グレネード』を生身で食らって無事なわけが……!」
その時錫利は確かに感じた。
身体の底から感じる震えを。
「な、何だ、この寒気は……!」
「……まったく、ウィシャームを二つ見つけられたのは良かったが、正体を明かす羽目になるとはな……。運が良いのか悪いのか……」
「な、何だお前! 何なんだ!」
恐慌に至った錫利が狂ったように引き金を引く。
しかし放たれた圧縮空気は、全て玲に届く前に霧散した。
「消えた!? くそ! 何をしやがった! ふざけやがって! おい! 野郎共!」
『へい!』
錫利の指示に、手下達が銃を構える。
「どうだ! どんな手品か知らないが、これだけの人数の攻撃、かき消したりできないだろう!」
「やってみると良い」
「……やれぇ!」
『おう!』
通から鎖を解いてつかつかと近寄る玲に、手下達は一斉に引き金を引いた。
しかしその弾の全ては玲に当たる前に空中で静止し、金属音と共に足元に落ちる。
「え、な、何で……? く、来るな! こ、こいつがどうなってもいいのか!」
「きゃあ!」
「もうお前には何もできない」
「何ぃ!? はっ! え、エアロ・グレネードが凍った……!?」
錫利は葵に突き付けた銃が、銃身から弾倉まで凍り付いた事に驚き、慌てて投げ捨てた。
手下達の銃も同様に凍り付き、抵抗できる者は誰もいない。
その圧倒的な力に、錫利が絶望の声を上げた。
「こ、この能力……! まさかお前! あらゆるエネルギーを奪い、停止させ、凍り付かせる超越者、『絶対零度』!?……!」
「正解。この鎖で能力は抑えていたんだ。お前さんがそいつで砕いたりしなければ、な」
コートの前を開いて見せる玲。
鎖帷子のように巻き付いた鎖の裂け目から、冷気が吹き出していた。
「ちょ、超越者だぁ!」
「逃げろぉ!」
手下達は一目散に逃げ出し、残ったのは腰を抜かした錫利と、動けずにいる葵、そしてへたり込んだ通だけとなった。
「ひ、ひいぃ……。こ、殺さないで……」
「人聞きの悪い事言うなよ。俺達は戦場で一人も殺してないぜ? 俺は凍傷にしたり、風邪ひかせた程度だ。さてはお前、前線に出た事ないな?」
「は、はい! その通りです! 超越者の皆様に逆らった事はありません! だから許して……!」
「ウィシャームさえ手放せば、お前と戦う理由はないよ」
「わ、わかりました! ありがとうございます!」
差し出されたウィシャームを受け取り、その腕に玲は鎖を絡める。
「施錠。もし今後悪事を働いたら、この鎖がどうなるか……」
「ひぃ……!」
「じゃ、お嬢さんは返してもらうぜ」
「は、はい! どうぞ!」
「さ、行くよ」
「……は、はい……」
鎖を修復しコートの前を閉じた玲は、放心状態の葵の手を引いて、アジトを後にした。
後ろから聞こえた通の怒鳴り声と錫利の悲鳴を聞き流しながら……。
店に戻る道すがら、玲は葵に努めて明るく声をかけた。
「いやー、あいつら凄くビビってたなぁ。俺の鎖は能力の発現を『禁じる』力と、俺の意思による自切・自己再生だけで、それ以外の力はないのになぁ」
「……はい……」
「あ。後さ、体温を『禁じる』ってのも実は嘘でね? 鎖が冷たいのは、単に俺の能力を抑える副作用みたいなもので、ははは……」
「……はい……」
反応の薄い葵に、玲はばつが悪そうに頭をかいた。
「……悪いな、怖い思いさせちゃって。店まで送ったらすぐ街を出てくから」
「え!? そ、そんな事……! 怖くなんかないです! 助けて、くれましたし……」
「それも半分は俺のせいだしなぁ。あの時すぐ店を出れば、あいつらも直接俺を狙っただろうし」
「……それは、その、私が無理を言ったからですし……」
「……何よりさ、俺が超越者って知って怖いだろう? あの大戦の元凶なんだから」
「……」
葵はわからなくなって頭を振る。
超越者大戦の間、連日悪魔のように報道されていた超越者達。
それと目の前で寂しげに笑う玲の姿が、どうしても結びつかない。
「……あの、聞いてもいいですか……? 超越者大戦を起こした理由……」
「……あー、信じられないかもしれないけどさ。俺達は超越者っていう世界共通の敵を作る事で、国同士の争いをなくしたかったんだよね」
「……え? そ、そんなめちゃくちゃな……!」
「でも各国は協力してウィシャームを作り上げただろう?」
「あ、そ、そう、ですね……」
「そこまでは狙い通り。後は適当なところで姿を隠せば、俺達の影に怯えて国同士の戦争は起きなくなる予定だった」
「じゃあ人類の支配っていうのは……」
「たった七人で支配なんてできないよ。単なる脅し。ただ、真に受けてウィシャームをここまでばら撒かれたのは計算外でさ。こうして回収に回ってるってわけ」
「……!」
荒唐無稽な話。
しかし葵には、その話を語る玲に嘘はないように見えた。
「……やっぱり、正義の味方じゃないですか……」
「……そんな格好の良いもんじゃないよ。自分達のやらかしの後始末をしてるだけさ」
「そんな事ありません。あなたは世界を救ったヒーローです……!」
「っ……! ありがとう……」
超越者と知ってなお微笑みかけてくれる葵に、感謝の笑みを返す玲。
超越者になってから『人間兵器』だ『化け物』だと恐れられ罵られていた玲には、その笑みに雪原に差す春の日差しのような暖かな希望を感じられた。
店の前で立ち止まった玲は、おそるおそる葵に問う。
「……なぁ、あ、葵ちゃん」
「はい?」
「……その、ウィシャームの回収が全部済んだらさ、仲間と一緒に、コーヒー飲みに来ても良い、かな……?」
「勿論です!」
葵はそんな玲に、花開くような笑顔で応えたのだった。
読了ありがとうございます。
『……どっかで見た事ある展開だなぁ』と思われた方はきっと時代劇好き(暴論)。
ド派手な剣戟? 今はこれが精一杯……。
恒例の命名由来。
主人公は『絶対零度』のゼロから玲。
ヒロイン日向葵は向日葵から。
でこぼこ兄弟は北欧神話の雷神トールと風神スズリから。
あと『ウィシャーム』が最初は『希望の武器』略して『ウィシュポン』だったのは内緒。
新手の柑橘類みたいで緊張感なんかあったもんじゃなかったので。
秋月 忍様、この度は素敵な企画をありがとうございます!