その時からこの方たちのために尽くそうと決めたんだ
少し昔のお話
橋の下は川の水が増える時は大変だが、風よけにもなるし、だれにも迷惑を掛けない場所だ。
がたがたがた
「兄さん……」
寒さで震えるメアリは何度も何度も吐いた息を手に当てている。
熱を逃がさないように寄り添い、互いを守るようにしていく。
家はない。
両親が亡くなったとたん追い出された。
父は商売をしていた。
その父が亡くなり、母も後を追うように亡くなった。
すると親戚が実は企業がうまくいっていないで借金だらけだと告げて家にあったものすべて奪っていった。
何もない無一文の子供二人を面倒見る気がないと手放したので二人で助け合いながら生きるしかなかった。
「お腹すいた……」
メアリは感情を顔に出すのが苦手になってしまった。両親が生きていた時は優しい叔父叔母がまるでケダモノのように荒らしてすべてを奪っていったからだろう。
「そうだな。お腹すいたな」
俺も笑い方は媚びたようなものになりつつある。
分からないのだ。笑うという行為がどんなものだったか。
寒い。
お腹すいた。
寂しい。
苦しい。
辛い。
…………生きている意味があるのだろうか。
死んだ方が楽なのではないか。
不安しかなかった。
未来を信じる事が出来なかった。
「…………メアリ」
呼び掛ける声は掠れていた。
声を出すのもやっとなのだ。
「もう止めようか」
生きるのを。
こくん
メアリが頷く。
それを見て、二人でそっと川に近づく。
この寒さだ。川に飛び込めばあっという間に死ねるだろう。
そう思った矢先だった――。
「駄目だよ!!」
抱き付いて止める少女。
「そんなの駄目!! 死んだ方が楽なんて言わないで!!」
ぼろぼろぼろ
泣きながら少女は服を掴む。
「死にたくなかった。たくさん生きたかった。命を捨てるなら私にちょうだいよ!!」
私が大事にするから。
ぐしゃぐしゃな顔でそう泣きじゃくる少女に。
「死んでも何も残らないし、生きていてもいらないものとして扱われて、無価値だと言われるのは辛いけど」
そっと着ていたコートをメアリと俺に掛ける少年。
「どうせなら、惜しまれて死のうよ」
誰の記憶にも残らない死は虚しいだけだから。
心に染み込んでくるような声だった。
「うちにおいでよ!!」
「俺の野望の共犯者になってくれない?」
泣きじゃくる少女の懇願と。
何かをたくらむ少年の差し出す手。
必要とされている事実が。
生きていいと言われた言葉が。
救いだった――。
「俺はね。仕えていた者の責任を取らされて自殺したんだ」
前世の記憶があると少年――レオンハルトは告げた。
「主の命令に従って、いろんな事をしたけど、ある日それが週刊誌にリークされてね。そこで主から命じられたのは自分の一存でしたと一筆書いて自殺しろだったんだ」
それもう自殺じゃないよね。
「で、すべては秘書がやりました。私は無実ですと報道の前で謝罪して俺に罪を押し付けたんだ」
でね。そんな記憶がなぜか生まれ変わってもあったんだ。
「ならばこそ。今度はそんな死を与えられない生き方をしてみようと捨て駒にされないでやりたいようにしようと思ってね」
だから、それに協力してよ。
そう笑っていたレオンハルトに。
「レオンと一緒にみんなが幸せになれるようにしようね!! 諦めて死を受け入れるんじゃなくて、いい人生だったと言えるような人を増やそうよ」
どこかおかしい事を告げるシルビア。
変な二人だった。
貴族の姉弟だと聞いていたが、一番上の兄はいかにもな貴族だったからこそ違和感を感じた。
だけど、この二人に救われた。
笑い方を忘れていた俺が笑い方を思い出した。
「多分。姉さんも潜在的に前世の記憶があるようだよ」
だからこそ浮いてしまっている。
「弱い者ほど不幸になる世界なんて間違っているだろう」
せっかく権力があるのだ。そんなのぶち壊してやろう。
「あのね。貴族って、その言動一つ。行い一つで世界を動かせるのよ。だから、他にない何かでこの領地を裕福にしようよ」
すべての悲しみを取り除く。
そう宣言したすぐに俺たちの両親の借金は叔父叔母が偽装したものだという証拠を突き止めて処分した。
「まずは側近の不幸を無くさないとね」
そう有言実行をしてしまうレオン様。
「あのね。出来る人を増やす努力をしないと助ける力がないんだよ」
と、言い出して、学校を作って、人手をかき集めて、様々な専門知識を持った者たちが集い協力し合う体制を整える。
時折、ポンコツな事を言い出すシルビアお嬢様のフォローをレオン様が行い領地をより良い方向に進めていく。
そんな信じられない光景を目の当たりにして当然のように忠誠を誓う。
この方たちのために力を尽くそう。
その為に出来る事を増やす事を二人で決めたのだ。
それはまだ年齢が一桁の時――。
レオン様の前世。某政治家の秘書。悪事が明るみになった時に秘書の責任だと押し付けられて自殺させられた。
シルビアさまの前世。実は医療系のお仕事をしていたが、何としても助けたいと無理をして過労死。その時病院は人手が足りない自転車操業だった。