で、悪役令嬢って何ですか?
のんびり気が向くまま進めていきたい………。
それは我が屋敷の(ポンコツ)お嬢様が。
「私、悪役令嬢になっているじゃない!!」
といきなり喚きだした事から始まった。
「…………そうなんですか」
どう答えればいいのか分からないが、この若干(?)おつむの軽いお嬢様は規格外の事を平然と行うのでまた何か言いだしたなと軽く流しておく事にする。
正直、関わるのがめんど……ゲフンゲフン。いつもの気まぐれだろうから。
「お嬢様。お茶の用意が出来ましたよ」
「ほんとっ♪ 今日のお菓子は何かしら♪」
「本日はワッフルにアイスを載せてあります」
これで(鳥頭の)お嬢様の頭から抜け落ちてくれるだろう。
「ありがと~♪」
用意してあった、椅子に腰を下ろし、上品にお菓子を口に運ぶ。
「う~ん♪」
まさしく至福。そう顔に書いてお菓子を口に運んでいく様を見てこちらも嬉しくなるが、顔に出さない。
「セバスも食べようよ」
「………あいにくですが」
勤務中なのでと断ると。
「むぅぅ。昔は一緒に食べてくれたのに」
不満げに頬を膨らませている。
確かに昔……お嬢様に拾われた時はお嬢様とお茶をして、一緒に食事をした。だが、お嬢様に仕えると決めた時に俺は……いえ、私達はお嬢様に甘えるという事を止めて、お役に立つためのスキルを育てようと決めたのだ。
いくら、お嬢様が望んでいてもお嬢様のためにならない事はけしてしない。その意思を変えるつもりはない。
……………だが、まだまだ俺も甘いな。
「………勤務が終わったらいただきますので」
安心してください。
そう告げるとぱあぁぁぁぁぁぁあぁと嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、後で感想を教えてよ!! きちんと食べたか確認したいし!! セバスだけじゃなくて、メアリもだから!!」
絶対だからねと言い聞かせるような口調になるお嬢様に嬉しくなるが、今は勤務中だからと気を引き締める。
「アイスが溶けますよ」
「きゃっ、大変っ!!」
溶けないうちに食べないと。慌てて食べるお嬢様を見て、これで社交界で化けの皮が脱げない物だと感心してしまう。
知らない人が見たら彼女があのルーズベルト侯爵家のご息女であると言っても信じないだろう。
社交界では、銀の百合と呼ばれた母親にそっくりな顔立ち。今はまだ可愛らしいと呼ばれる見た目だが、咲き誇る姿を期待させる代物。
御年10歳であるが、そうとは思わせない将来有望な一輪の花。
シルビア・ルーズベルト御令嬢だとは。
ぱくぱく
子供のようなあどけない表情でお菓子を食べているさまは真実を知っている者でも二度見三度見をするだろうな。
まあ、年相応といえばそうだが。
(まあ、こういう時間も必要だけどな)
と、たぶん11歳である俺こそセバスチャンは思ったりする。
ちなみに身分はこのお嬢様専属の執事だ。言っても信じてもらえないが。
幸せそうにお茶を終わらせて一息つく。
「――セバスチャン」
声が気品ある。さっきまでの雰囲気と異なるものに変化する。
「はい」
何でしょうか。
後ろに控え、尋ねる。
「お父様から。第一王子の婚約者としての打診が王家から来たと言われたわ」
やんわりとした申し込みだが、実質は命令。
拒否権はない。
「………第一王子。ですか」
それはそれは厄介な事だ。
第二王妃の産んだ第一王子。
第一王妃の産んだ第二王子。
その二人のどちらが後を継ぐかと水面下の争いが起きている。
「ええ。第一王子であるイルヴァン殿下は私と歳は釣り合いがとれるし、第二王妃は実家は子爵家。第一王子が皇太子になるには今一つ弱い。それ故に侯爵家に殿下の後見になってもらいたい……という事ですか」
第二王子であるリヒャルトさまは第一王妃のご実家は小国とはいえ、王族。先に生まれたのは第一王子とはいえ、皇太子になれる可能性は高い。
「年齢で言えば第一王子ですが、そうとも限りませんから」
「……………同盟国とはいえ、外の国にいちいち口を出されたくないという事ですか」
同盟国だからこそ隠したい事柄もあるが、第二王子が皇太子になり、第一王妃の権力が高まればそこから国の機密事項も漏れてしまう恐れがある。
「子供がいなければ揉めなかったのに………」
お嬢様がぶつくさと文句を言う。まあ、確かに、後宮に出入りしても通わないで清い結婚という形もできたのだが。
「まあ、それもそうですけど、それは問題になると思いますよ。かの国はこの国とより強いつながりが欲しいですし」
あちらからしたらこの国とつながりがあると言うのは外交で大きな武器ですからね。
「それで媚薬を買われていたわ。うちのお得意様よ」
第一王妃様が。
あっさりと国家機密ですよねという内容を漏らしてくれる。
「お嬢様……」
「セバスの前だから言うに決まっているでしょ。人前では言わないわ」
何も知りませんという顔でいるに決まっているでしょうと自分もうっかり口に出してしまったがお嬢様に忠告しようとしたら先に言われた。
「で、それを防ぐための婚約ですか」
第二王子の勢力を削り取りたい者たちの思惑で。
そして、何よりも。
「ルーズベルトは中立なのよ。権力争いなんてしていたくないのよ。なのに第二王妃直々の頼みだという形での命令よ」
やんわりとした言い方だけど断れるわけないでしょう。
「王妃様になれなんて面倒なのごめんよ。だって、今だって、貴族の体面を保つのにいっぱいいっぱいなのに~!!」
領地でのんびりしたいのに。
そんな事を告げるお嬢様の顔にはアイスやらワッフルの欠片やらがしっかり付いている。持っていたナプキンでそんなお嬢様の顔を拭く。
………それくらい自分で拭けと言われそうだが、以前それをして結局取れないし化粧がはがれるしと散々だったのでやるのが当たり前になってしまった。
過保護だと言われたが、手間を省くためだ。
「確かに人の顔を覚えるのが苦手でよく紙に落書きを書いてそれで特徴を覚えていますからね」
「ほんと。カンニングペーパーが無いと覚えられないのに。流行りだと言ってはみんな髪形を同じにするからまた分かんなくなるし~!!」
セバスがいなかったら挨拶もおぼつかないのよ。
「そんな自分が王子の婚約者なんて無理に決まっているでしょう」
「自分のできない事を口に出すのもどうかと思いますよ」
というかいい加減顔を覚えられると思うがそんなに難しいか。
「難しいわよっ!! いつ言い間違えないかとひやひやしているんだから……」
そんな自分の欠点を大きな声で言わなくても。
ほんとこれが社交界で人気の御令嬢だろうか。見る目ないのかそれだけ擬態がばっちりなのか。
「――で」
聞きたくないのだが聞かないといけないだろうと仕方ないので口を開く。
「悪役令嬢って何ですか?」
と――。
一応恋愛……。