前略、リリアンとプリンと
前略、ピンチです。
いや、それはよくない、しっかりと説明しよう。
「さぁ、食べなさい、今すぐに」
今現在、あたしはもはや慣れ親しんだ病室にいる。
ベッド以外に何もない部屋だったが、小さな机を持ち込んだ。ベッドより少し背が高く、座りながら食事ができるように。
明日の出発のために食事をすませ、今日は早めに。と言っても気絶から目覚めたのでもう日付が変わりそうだけど、それでもとにかく休むことにした。したんだけど……
食器を片付けて部屋に戻ると、リリアンが持ち込んだ机に何かを置いた。
それが悲劇の始まりだった……
「リリアン、これはなに?」
気づいてない、とぼけた感じで聞いてみる。
お願いだ、これをあれだと言わないでくれ。
後生だから、あたしの大好物と言わないで。
「なぜ分からないんですか、プリンです」
あぁ……絶望だ……
机には何かが二つ載っている、容器に入った何かが。
あたしはプリンが好きだ、基本的にはプリンなら何でもいい。何でも好きだ、プリンなら。
高かろうが、安かろうが、カラメルがあろうが無かろうが、牛乳がメインだろうが、卵がメインだろうが、プロが作っても、素人が作っても。
全て好きだ、プリンなら。
「プリンは見るものではありません、食べるものです」
急かすようにリリアンが言う、あたしの隣で圧をかけ続けながら。
そんなことは言われなくてもわかっている、こちとらプリン歴……まぁ、16年にしておこう。
先に言っておこう、今日、あたしは死ぬ。
なぜならこれを食べて叫ぶからだ、不味いと。
あたしはプリンに嘘をつかない、いやつけない。
なぜならプリンに誠実であるものが、プリンを本当に楽しんでいると考えるからだ。
持論。個人的な考えだ、否定も反論も好きにしてくれてかまわない。
「………………」
リリアンの沈黙が重い、今日のリリアンは、あたしが目を覚ましてから少しおかしい。
いつもなら、口に詰め込んであげましょう。
なんて言い出すはずだ。それなのに、なぜだか今日はあたしが自分から食べる事を待っているようだ。
思いつく。なるほどな、自分の手を汚したくないのであたしはあたしで死ね、と言うことだろう。
「じゃあ、いただこうかな……」
覚悟を決めよう、せめて、自分に素直に死のう。
不味いと告げよう、それがリリアンの為になる。
「はい、召し上がれ。言い忘れましたが、2つともあなたのものですよ」
スプーンを渡されるので受け取る。
あぁ、追い打ちまで用意されてる。スキの生じぬ二段構えに、ギンの『The・シルバーファースト』を思い出す。
机の上のプリンは、1つはキレイな見た目だが、もう1つは酷い見た目だ。
この時点で、す、が入ってしまって、食感の悪さが感じ取れる。
「いただきます」
せめて安らかに死にたい、その一心でキレイなプリンを食べる、さぁ、言うぞ。
「え……」
なんだ?言葉がでない。もう一口……いや、間違いない!
「美味しい!」
美味しい!とっても!なんだ!?すごい!すごい!
見た目はキレイ、だがあくまで素人……いや殺人料理人が作ったもののはずなのに!
もう一口、やはり美味しい。
食べるたびに濃厚な卵の味が舌で踊る。スーパーなどで買える、市販のプリンの安いぷるぷる感はなく。素晴らしいなめらかさが、味わいを最高の形で伝えてくれる。
「あぁ!なんであたしは、こんなに言葉を知らないんだ!」
この美味さを例えられない!ただ美味しい、素晴らしいと、繰り返す事しかできない!
そうだ、まだ本人には言ってない!
「リリアン、ありがとう!すっごく美味しいよ!」
後でしっかりと謝ろう、あんなに食べるのを迷ったことを、今はプリンだ!
無心で食べすすめる。至福……至福だ……
「………………」
リリアンは喋らない、それになんだか……焦ってる?
「美味しかった!もう1個!」
あたしは2つ目のプリンに手を伸ばす、この至福はまだ続く。
「…………っ!」
突然、リリアンにプリンを取られる、はて?
あぁ、見た目が悪いからか。たしかに、す、が入ってしまって食感はかなり悪いだろう。
だがあの味だ、差し引いてもまだ美味しい部類だろう。
「気にしないでよ、ちょっと見た目が悪いくらいさ」
さぁ、とリリアンにプリンの返却を頼む。
「……ダメです、プリンは1日に1つです」
急にそんな事を言い出すリリアン。
そんなルールはない、あたしはプリンなら100個は固い。
もし、プリンが完全栄養食ならそれだけで生きていきたい。
どうしても食べたい、その一心で。日付は変わった、いこうか!
「っ!」
『セツナドライブ』、リリアンからプリンをかすめとる。
さて、いただきます!
「え……」
なんだ?言葉がでない。もう一口……いや、間違いない……
不味い。甘みが強すぎて卵の味なんて分からないし、案の定食感は最悪だ。
こんなものはプリンじゃない、ボソボソした甘すぎる卵焼きだ。
顔を上げれば、リリアンは初めて見る顔をしていた。
後悔と苛立ちと、無力さと。
後は……なんと言えばいいのだろうか、そうだ。
期待に答えられなかったような、そんな表情で静かに歯を食いしばっていた。
あぁ、そういう事か。おそらく最初に食べたプリンは、ラヴさんが作ったのだろう、お手本として。
だけどリリアンはプライドが高い、おそらく自分の力だけで作ろうとしたんだ。
そして上手くいかなかった。
それでも出してきたのは……
照れくさい話だが、あたしの為だと思う。あたしを喜ばす為に、不格好でも自分が作ったものを出してきたのだ。
不味い!と叩きつけてやるつもりだった。
プリンじゃない!と叫んでやる気でいた。
あたしは……
「うん、こっちも美味しいよ、リリアン、上手になったね」
さっきのには負けるけど、付け加えて笑顔を作る。
持論?そんなものどこかに置いてきた。あたしは自分が死ぬだけなら構わないが、誰かが悲しむのは嫌だ。
「ごちそうさま、美味しかったよ!」
完食。リリアンは……?
「えぇ……はい」
歯切れの悪い返事、やっぱりダメだな、あたしは。
「お腹いっぱいで眠いや、先に寝ちゃうよ」
申し訳ない気持ちでベッドに逃げる。
反省だ。次はもっと上手く反応しよう、笑ってもらえるように。
「あの……セ……」
「ん?リリアン、何か言った?」
リリアンは何かを言いかける、この場にはあたしたちしかいない。ならばあたしに話しかけたのだろう。
「セ……背中に霊がいますね」
「マジですか!?」
思わずベッドから飛び起きる、え?霊とか見えるの!?
「……冗談です」
寝ます。リリアンはベッドにくるまってしまう。
なぜ急にそんな冗談を言うのか。あれか、下手に取り繕ったのが気に入らなかったのか。
なんか……寝るの怖いな……
仕方ない、あたしは覚悟を決めて眠ることにする。
ラヴさんの作った美味しいプリンを食べたのに、あたしの舌にはリリアンのプリンの味だけが残っていた。
その味を思い出す度に、なんだか胸がいっぱいになった。




