前略、物語と主人公と
「私は今、とても悲しいです」
数日前、リリアンに言われた言葉ずっと頭に残っている。
あれからどのくらい時間がたったのだろう。2日か3日か、1週間か、1ヵ月か。
はっきりとはわからない。だけど時の流れに無関心になるぐらいには、あたしの心は冷めきっていた。
「はぁ〜い!今日の授業を始めるわよ〜♡」
ラヴさんの声が響き、今日も戦いとは別の道を探す為の授業が始まった。
あたしも無気力ながら、課題をこなす事にする。
「どぉ〜〜して!リリアンちゃんは味見をしないのかしら!?」
「味見?こんなものを食べるだなんて、毒見の間違いでは?」
「自覚があるんじゃない!」
「確かに、今回は珍しく失敗しましたね」
遠くでリリアンとラヴさんの掛け合いが聞こえる、あれからリリアンとは一言も話せていない。
あたしが話しかけるのを怖がっているし、リリアンもあたしから興味をなくしてしまったようだ。
「怖い……怖い……怖い……」
手を止め、呟く。
自分がこんなにも怖がりだと言うことに、今更ながら気づいた。
思い返せばこれまでの冒険も怖かった。
「ここに危険はない」
何もできない無力さよりも、今はこの場所の安心感の方が心の割合を多く占めていた。
「セツナちゃん、少しお時間いいかしら?」
無気力ながら授業を終えたあたしに、ラヴさんから声がかかる。
なんだろう?特に大きなミスはしてないと思うんだけど……
内容を聞かされないまま、連れていかれラヴさんの自室までやってきた。
「どうかしら?紅茶とクッキー、どちらも会心の出来よ〜♡」
「……おいしいです」
紅茶はとても良い香りを出していて、クッキーを食べれば口の中にバターの風味が広がり幸せな気持ちになれる。
やはり匂いというものは食べ物の基本であり、大事な要素の1つだろう。もちろん、味も最高だった。
「それで、あたしはなんの為によばれたんですか?」
自分から切り出す、ただのお茶の誘いということはないだろう。
「そうねぇ、悩める若者の人生相談ってところかしらね」
紅茶を一口。カップを置いて、ラヴさんはあたしを見る。
「セツナちゃんが何かを怖がってるようにみえたから」
いつの間にかラヴさんはいつもの口調ではなく、まるで本当の先生のような真面目な口調で話していた。
「あたしはそんなに怖がってるように見えますか?」
「えぇ、見えるわ」
即答。無気力な、とかならわかるけど、怖がってるように見える……
リリアンにも言われたように、あたしの恐怖は人の目から見ても明らかなものらしい。
「わたしの過去の話を聞いてくれる?もしかしたらなにかきっかけになるかもしれないし」
「いいんですか?あたし、脱走しましたよ?」
「脱走してようがなかろうが、わたしの生徒よ」
力強い言葉に胸が温かい。
しばらくの間、あたしはラヴさんの話に耳を傾けた。
3年ほど前に大規模な戦いがあったらしい。突如大量に現れた新種の魔物、魔物たちはこの周辺の土地を荒らしに荒らした。
「その時の戦いでわたしたちは先代のアニキを亡くしたわ」
先代のアニキさんは女性で、戦いなんてした事のない優しい人だったらしい。
彼女の優しさに惚れ、この街の特別な称号『アニキ』にまでのしあげてしまったことを、後悔してると語ってくれた。
「それからよ、戦えない人が武器を取らないでいい世界にしようと誓ったのは」
そして今のアニキさんが『アニキ』になり、ラヴさんはテンカ塾の塾長になったらしい。
「昔のテンカ塾は先代アニキのお料理教室だったんだけどね」
いつものラヴさんの喋り方は戦いで亡くなった、先代アニキの右腕に憧れてとのことだ。
「わたしはもちろん、今の『テンカ』の在り方に賛成よ。戦わなくていいって聞いたとき素直に嬉しかった」
力強い目で見られる、その過去を聞いてあたしは……
「セツナちゃん、あなたはどうなの?」
目を閉じて、振り返る。ネオスティアに来てから今日までのことを。
『コガラシ』では姉妹と猿に出会った。妹のノノちゃんには勇気をあげたし、あたしももらった。
猿たちには共存の選択肢をつくってあげれた、ボスたちは元気にしているだろうか。
道中では山賊に会った。出会いは褒められたものではなかったけど、その後の遺跡で友情が生まれた。彼らは今、何をしているのだろう。
『ラックベル』ではもっといろんな人と出会った。そして多くの別れがあった。
孤高なる暗黒騎士は優しかった。すべてがあたしの成長を願っての行動だった。
リッカは明るく、あたしたちにはない発想で石像との戦いで大事なピースになってくれた、最後にあたしのように誰かの夢を応援したいと言ってくれた。
ラルム君とは一緒に夢を追うと約束した。別れ際にあたしのような主人公になりたいと言ってくれた。
『テンカ』この街ではイレギュラーが起きた。
あたしは今も戦えない。友達だと思ってたギンも、他の人達も、あたしとは違う信念をもって生きていた。
これまでの道程が浮かんでは消えて、リリアンの事が頭に浮かんだ。
どの街よりも、どの人達よりも、どの出来事よりも強く思い出せる。
出会い頭に殺され、道中には理不尽に思える特訓、大きな戦いに付いてきてくれたことはない。
それでも、だんだんとあたしと距離を縮めてくれた女の子。
思えば、リリアンはあたしの物語の1番の読者と言っても過言じゃないだろう。
ならばリリアンはどんな物語を、どんな主人公を期待して読み進めてくれたのだろうか。
「そっか……みんなの主人公になんてなれるわけないんだ……」
目を開く。滲んだ視界、どうやらいつの間にか泣いていたらしい。
「答えはでた?」
長い回想。その間、ラヴさん静かに待っていてくれた。
「はい、ありがとうございます」
やっとわかったよ。
「そしてごめんなさい。きっとラヴさんのほしい答えじゃないです」
ラヴさん優しい顔をして答える。
「それでいいのよ、今ここには悩める若者と人生の先輩しかいないんだから」
「さぁ、答えが出たなら行きなさい!休んだ分しっかりと働かないとね♡」
「はい!ごちそうさまでした!」
クッキーを2つ口に入れる。あたしは走る、もう一度、主人公になる為に。




