魔王を倒した真の勇士とは?
「風のはごろもを奪われたそうだな?」
黒く聳える魔王城、その城の中、玉座に座る魔王は冷たい声を出す。
「は、申し訳、ございません……」
魔王の眼前、平伏する一人の魔族が震える声で言う。
「……勇者の一行は、事前に得た情報とは大きく違い、広域炎極呪文にくわえ、炎の魔剣を持ち、我が精鋭の氷雪龍さえも屠る力を持ち、」
「言い訳ばかりか? アスラーノ四天王?」
魔王の玉座の側に控える女魔族、四天王の一人メイスが、嘲るように口にする。
「己の配下が無様なだけだろうに、見苦しい」
「ククク、仕方ありますまい。アスラーノ殿は我ら魔族四天王の中でも最弱。その采配もまた、その程度だったということでしょう」
二人の魔族が続けるように嘲笑する。魔王に仕える四天王の二人。その笑い声を聞く魔族アスラーノは、怒りに震えながらも拳を握り、堪えて静かに言う。
「……四天王メイスの情報が、古いものであり、勇者一行は随分と力をつけている様子。魔王様、決して油断なされませんよう、」
「おやおや、私のせいにしようと言うの? 身勝手なこと、己が弱いだけだろうに」
魔族アスラーノは侮辱に耐える。アスラーノが四天王の中では最弱。これは魔王城の中では知れ渡っていること。
力こそ全ての魔族、魔王もアスラーノ以外の四天王も桁外れの実力者揃い。しかし、大きな組織とは、力ばかりで成り立つものでは無い。
四天王アスラーノの特技は事務仕事。魔王軍の中での細々とした書類仕事のほとんどを、アスラーノとその部下が請け負っていた。
事実、アスラーノとその部下がいなければ、魔王軍を支える裏方がいないというのが実態。しかし、脳筋ばかりの魔王軍ではアスラーノはこうして、四天王最弱と侮られているばかり。
(先代の魔王様であれば、このようなことには。力と知、両方無ければ、あの勇者一行の前に魔王軍は崩壊するかもしれん)
四天王アスラーノは魔族の中でも古参。先代の魔王への忠誠心から今の魔王に仕えている。
しかし、先代魔王の息子、現魔王は脳味噌も筋肉であった。見た目は優男だが、頭の中身は残念な魔王だった。
「もうよい四天王アスラーノ。貴様の泣き言は聞きあきた。なぜ我が父が貴様のような惰弱な者を重用していたのか、わからんな」
(年度予算の内訳も知らぬ若造が、事務方の苦労も知らずに……)
四天王アスラーノは、今も過労で倒れそうになりながらも、魔王軍の為に働く部下を思い涙する。沸き上がる怒りを堪えようと唇を噛む。牙が唇を切り血が垂れる。
「所詮は戦闘のなんたるかを知らぬ、田舎の三流魔族か」
魔王の呆れ果てた言い様に、四天王の残りの三人が含み笑いをする。これにもアスラーノは堪えた。怒りに震えながら。今の魔王は脳筋だが、それはまだ若いからだ。成長し経験を積めば先代魔王様のような立派な魔族へと。
四天王アスラーノは、そう願っていた。
「魔法で紙ばかり作ることしか知らぬ、書類用魔族め。アスラーノ、貴様に四天王は務まらぬようだな? 貴様の一族は紙の束を増やす以外に役に立つのか?」
脳味噌筋肉魔王の馬鹿にした言い様に、ついに四天王アスラーノは、キレた。
「魔族の王が務まらぬのは、貴様の方だ!」
怒りの形相で立ち上がり、剣を抜き魔王に切り込む四天王アスラーノ。突然のことに驚く魔王。まさか先代の頃より大人しく仕えていた四天王アスラーノが、魔王に斬りかかるなど。
玉座にしがみつくように仰け反る魔王、その魔王の頬を四天王アスラーノの剣が浅く切る。
「狂ったかアスラーノ!」
四天王の残り三人が慌ててアスラーノに飛び掛かり、押さえ付ける。頬を切られた魔王は怒り頂点。
四天王の一人の反逆。頭に血の登る魔王は組伏せられたアスラーノを睨む。
「我に逆らう四天王アスラーノを処刑せよ!」
四天王の残り三人がアスラーノを玉座の間から引きずり出す。アスラーノは抗うことも無く、諦めたように引きずられていく。
こうして四天王のひとり、魔族アスラーノは処刑された。魔王軍は四天王のひとりが魔王に逆らい、処刑されたことに動揺する。
「な、なにいッ! 我が主君が、魔王様に反逆?」
「そんなバカな?!」
「碌に取り調べも無いままに処刑だとおッ!」
「アスラーノ様ッ!」
魔族アスラーノの部下は突然の報せに驚き涙する。アスラーノは四天王の中では最弱だが、その人望の高さでは四天王の中でも最強だった。
「このままでは、魔王様に反逆したことで、我がアスラーノ家は」
「領地没収から、アスラーノ家取り潰しに……」
「せめて、アスラーノ家だけでも残さねば」
主君アスラーノを失った部下達はなんとかアスラーノ家を残そうとする。しかし顔を傷つけられた魔王の怒りは深く、アスラーノ家への断罪は苛烈を極めた。
これまで魔王軍に身を捨てて尽くした四天王アスラーノ。魔王のあまりの仕打ちに、アスラーノ家の家臣は魔王への怒りを募らせる。
「もはや、致し方無し」
雪の降る夜、魔王城。
「おのおの方、討ち入りでござる」
山鹿龍神太鼓の鳴り響く中、アスラーノ四十七士は魔王城に討ち入った。
大乱戦の末、魔王が物置で討ち取られたのは翌日のことである。
アスラーノ四十七士は仇討ちを終わらせた後は、魔王軍へと投降し静かに刑を待った。
翌年、魔王殺害の罪からアスラーノ四十七士は切腹。
主君の仇を討ち、見事に散ったアスラーノ四十七士を魔族は讃えた。
「いや、アスラーノ四十七士こそ、魔族の中の魔族。亡き主君の仇を討ち、腹かっさばいて果てるとは、これぞ真の魔族ってもんよ!」
「そ、そうか。忠義に篤く、男らしい魔族もいるんだな……。それで、魔王は?」
「だから、魔王はアスラーノ四十七士が討ち取ったんだって。物置に逃げ込んで殺られるなんざ、情けねえ。先代魔王様が草葉の陰で泣いてらあ」
「死んだのか、魔王……。そうか……」
「勇者さん? どうしたんでい? 呆然としちまってよう?」
アスラーノ四十七士こそ、まことの忠義に生きた魔族の義士よ、と呼ばれ、後に忠臣蔵として魔族講談で語られることになる。ドラマや映画となり、長く魔族に伝えられることになる。
「……俺たち、どうしよう?」
勇者の一行は途方に暮れた。