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第四話 人喰いの箱

 白く清潔な個室にハルトとオウラはいた。

 部屋のベッドには病衣の男が一人、腰掛けている。


 男の名は霜村。霜村は髭面で、がっしりした体格の三十男だった。

 霜村はハルトの持ち帰った灰から蘇生に成功した超幸運の冒険者だった。


 真剣な面持ちで霜村は訊いてくる。


「俺の名が尋ね人の掲示板にあった事情は理解した。だが、依頼はもう三十年も前の依頼だ。依頼人はとっくに死んでいる。俺を助けて何の得がある」


「実は仕事ができる人間を探していましてね」

 霜村はハルトの言葉に納得しなかった。


「俺の蘇生に掛かった代金は馬鹿にならなかったはずだ。蘇生代金があれば、現役の凄腕忍者も雇える。なぜ、他の奴に仕事を依頼しなかった?」


「内容が内容なものですから、普通のルートの依頼では断られると思いました」


「なるほど。ダンジョンで死に損なっている人間なら、足も付きにくい。それに、恩義も感じる。だから引き受けると踏んだか。だったら、甘いぜ。俺は嫌な仕事はしない」


「義理は感じない、と?」

 霜村は平然と言ってのけた。


「感じないね。そっちの都合は俺には関係ない。俺は、俺の腕を高く買ってくれる奴に技を売るだけだ。前もそうだし、これからもそうだ」


 オウラは苦い顔をして意見する。

「霜村を蘇生させたのは、失敗でしたな」


 むっとした顔で霜村は軽口を叩く。

「俺を殺しても、坊主どもは蘇生代金を返さないぜ」


「なら、霜村さんの腕を高く買いましょう」

 ハルトは指を一本、さっと立てる。


 霜村は馬鹿にした顔で言い放つ。

「金貨百万枚か? はん、俺はそんなに安くないぞ」


 この当時、忍者一人に貴族や商人の暗殺を頼むと、金貨千枚を払うのが相場だった。

「違いますよ。一国で、どうです?」


 霜村の顔が不機嫌に歪む。

「国を一つ、くれるだと? 恩人のお前にこう言っちゃ何だか、お前は馬鹿か?」


「僕が捜しているものは呪われた王冠です。呪われた王冠の伝承が本当なら、国が複数手に入る。手に入った国の一つを上げますよ」


 霜村はハルトの言葉を露骨に疑った。


「あんた呪われた王冠なんて、本当にあると信じているのか? もう、御伽噺を信じる歳でもないだろう」


「残念なことに、と表現するのは、いささか違うのかもしれません。ですが、呪われた王冠は存在します」


「わかった。なら、一国は要らない。ハルトが俺の蘇生に使った代金分は働こう。ありもしないお宝の夢物語を追ってやるよ」


 ハルトは小さな紙切れを霜村に渡した

「では、何かわかりましたら教えてください。僕たちは、ここに宿を取っています」


 霜村の個室を出る。オウラはむすっとした顔で話し掛けてくる。


「当てになりませんな、霜村は。やる気も、それほどあるとは思えません。別の忍者を探してきたほうが、よいかもしれませぬな」


「信じてやらねば人は動かず、だよ。さて、今日は冒険者の店に行こう」

 オウラが心配する。


「まだ体の調子が戻りませぬか?」


「さあ、風邪を引いた経験はある。けど、首を刎ねられた経験はないからね。どれくらいで調子が戻るか、わからないや」


 街で一番大きな冒険者の店に行く。


 冒険者の店とは、冒険に必要な雑貨を売る店である。冒険者が経営する店を「冒険者の店」とは呼ばない。


 冒険者が経営する時は《〇〇の店》と、冒険者の名前が屋号で呼ばれる。


 また、冒険者の店ではダンジョンから出土する珍しい武器や防具、宝飾品なども売買している。大きな店になると、攻城バリスタのような兵器も置いていた。


 大手冒険者の店の後ろ盾は、国王がやっている。国は、ダンジョンから出土した珍しい品々を他国に輸出して、財政を賄っていた。街で一番大きなアンジェリカ冒険用品店に行く。


 アンジェリカ冒険用品店は二千㎡の店舗に一万㎡の倉庫を併設した店だった。

 店舗に入る。雑貨コーナーには大きな棚が立ち、ずらりと商品が並んでいた。


 貴重な武具や宝飾品は魔法の強化ガラスのケースに入って並んでいた。だが、量産品の武具は普通に手に取って見られる。また鎧は試着してのサイズの直しを承っていた。


 店の中はそれほど混雑しておらず、客は五十人くらいだった。

 オウラが感心する。


「なかなか、流行(はや)っているようですな」

「そうだね。低価格帯の品もよく揃っている。でも、最高品質まではないね」


「きっと、特別なお客用の取り置きなのでしょうな」

 若い男性店員が通りかかったので訊く。


「呪われた王冠に関する品は置いてありますか?」

 店員は素っ気なく答えた。


「児童書でしたら店には置いていませんね。ライク書店なら置いていると思いますよ」

 オウラを見る。オウラは小首を傾げた。


 店の中を見渡す。いつか冒険者の酒場で占いをした老婆がいた。

 老婆は冒険者ではない。老婆が何をしに来たか、気になった。


 何だろう? 店に知り合いでもいるんだろうか?

 老婆は買い取りコーナーに手提げ袋を持って行く。


 手提げ袋の中から組木細工を取り出して売りつけようとした。

 だが、買い取りコーナーの店員の表情は渋く、拒絶していた。


 少し傍に行ってみる。話し声が聞こえてきた

「残念ですが、エレノーラさん、未鑑定アイテムは買い取れません」


 エレノーラは懇願する。


「だから、街の入口にいる連中じゃ、駄目なんだって。若い連中は鑑定しただけで卒倒しちまう。ベテラン連中は怖がって手を出さない。寺院に頼めば、とんでもない金額を要求される」


「エレノーラさんの話しているのはお客様の事情です。当店にとしても、そんな危険な品を買い取るわけにはいきません」


「だから、何度も言っているだろう。これは、とんでもないお宝なんだって。未鑑定だから格安で売ろうってんだ。金貨十枚でいいんだよ」


 店員は頑として拒絶する。

「駄目なものは駄目です。どうしてもと仰るなら、当店の鑑定士に見せます」


「だから、お宅の鑑定士に見せたら成否に関わらず、金貨十枚とるじゃろう。それなら、儂の取り分がのうなる」


 この後もしばらく「買え」「買えない」の押し問答が続く。

 いい加減やり取りを盗み聞きするのにも飽きた頃に、エレノーラがぽろっと(こぼ)す。


「この組木細工は呪われた王冠に繋がる宝なんじゃて」

 怪しいと思った。


 エレノーラが組木細工を売りたいがために嘘を吐いている可能性は、高かった。

 だが、手懸かりがまるでない中では、手を出したい誘惑に駆られた。


 ハルトはつかつかとエレノーラの近くに歩いて行く。

「呪われた王冠に纏わる宝ってのは、本当なんですか?」


 背後から声を掛けられたエレノーラが、びっくりして振り向く。

「おや。いつぞやの、死相が出ていた若者かい。あんた、まだ生きていたのか?」


「占いが外れて残念でしたね。それで、組木細工ですが金貨十枚でいいなら、僕が買いましょう」

 オウラが露骨に表情を歪める。無駄遣いだと思っている顔だ。


 エレノーラは金貨十枚で売れるとわかった途端に、態度を変えた。

「いやあ、金貨十枚じゃ売れないね。二十枚。いや、五十枚で、どうだい?」


 強欲もここまであからさまだと、いっそ清々しい。


「それは高いです。なら、こうしましょう。僕が鑑定料の金貨十枚を出します。鑑定結果が出たら、鑑定額の半額で買い取らせてください」


 エレノーラが、むむむと考え込む。何やら複雑な計算をしている顔つきだった。

 一分掛けて、エレノーラは結論を出した。


「その提案に乗ろう。儲けは山分けじゃ」

 オウラが渋い顔で嫌味を言う。


「安物買いの銭失いって諺があります。今回の取引は諺と似たり寄ったりだと思いますがね」

「掘り出し物って言葉も、あるよ」


 エレノーラが組木細工を差し出し、ハルトが金貨十枚を差し出す。

 両方が揃うと、店員は鑑定士を呼びに行った。


 眼鏡を掛けた、恰幅のよい中年男の鑑定士が出てくる。

 鑑定士は組木細工を手に取る。


 だが、鑑定の魔法を唱えなかった。鑑定士は暗い顔をする。

「これは私じゃ駄目だ。マスター・リックを呼んできてくれ」


 エレノーラの顔が輝く。

「リックの出番かい。これは、やっぱり、すごいお宝だったんだね」


 鑑定士は宥める。

「価値はわかりません。ただ、わかるのは私の手には負えない事実だけです」


 鑑定士の言葉を聞いても、エレノーラは上機嫌だった。


 リックがこの店の鑑定士の中でも大物なんだな。それで、高額商品の鑑定に出てくるから、期待が持てるか。


 数分後、白いローブを着た老鑑定士のリックが出てきた。

 リックも鑑定の魔法をすぐに唱えない。暗い表情でそっと、テーブルに組木細工を置いた。


「こいつは鑑定できないよ。こいつは魂喰いの箱じゃ。下手に鑑定しようものなら、魂を取り込まれる」


 エレノーラは驚愕して、がっかりした。

「何だって? じゃあ、これは危険なだけのトラップかい!」


リックは暗い顔のまま首を横に振る。


「そうとも言えんね。これを鑑定すれば、鑑定者の魂は箱に閉じ込められる。だが、箱の中が空かどうかは別の問題。上手く箱から抜け出せれば、本当にお宝を持ち出せる場合もある」


 エレノーラが期待を込めて尋ねる。

「じゃあ、価値はいくらなんだい? 金貨百枚? それとも十枚?」


 リックは首を横に振った。

「買い取りはしないよ。どうしても売りたきゃ、事情を正直に話して、命知らずの冒険者にでも売るんだね」


 リックは素っ気なく告げると帰っていった。

 エレノーラはがっくりしていた。


「そんな、呪われた王冠を手に入れたミルドラダス王の親族の墓から出た組木細工なのに。価値が零って、そりゃないよ」


 ミルドラダス王は知っていた。御伽噺によると、ミルドラダス王は呪われた王冠を手に入れた王様だった。


 中身があるかもしれない、危険な箱か。呪われた王冠に由来する品なら、挑戦する価値があるな。

「組木細工がミルドラダス王の親族の墓から出たってのは、信頼できる情報ですか?」


「私が発掘したわけじゃないがね。信頼できる冒険者から貰う時に聞いた情報さ」

 一見すると馬鹿話だな。でも、迷宮都市じゃ真実はどこにあるかわからない。


「よろしければ、魂喰いの箱。僕が金貨十枚で買いましょうか?」

 エレノーラが驚いた。


「あんた、リックの説明を聞いていなかったのかい。鑑定したら、死ぬよ」


「聞きましたよ。リスクを承知の上での申し出です。ただし、命を懸けるのは僕なので、中身は全て僕が貰います」


 ううん、と唸ってエレノーラは躊躇った。

 釘を刺しておく。


「値上げはなしですよ」

 エレノーラは心外だとばかりに意見した。


「この期に及んで、値上げなんてケチな言葉は言わないよ。でもねえ、若い命を危険に曝すことに、わたしゃ躊躇(ためら)いを持っているのさ」


「あなたが何を躊躇うんです。どうせ、他人事でしょう。僕が死んでもエレノーラさんは痛くも痒くもない」


 エレノーラは怒った。

「私しゃ、そこまで冷たい人間じゃないよ」


 面倒くさいお婆さんだな。僕には理解できない感情だ。

「なら、僕を信じてください。僕は死相が出ても乗り切った人間ですよ」


 エレノーラは決断した。


「わかった。なら、箱をあんたに金貨十枚で譲るよ。ただし、無事に戻ってきたら、中に何が入っていたかだけは教えておくれ」


「決まりですね。取引成立ですよ」

 ハルトは金貨十枚を払って魂喰いの箱をエレノーラから買った。

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