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第十六話 来客

 闇の者には到達できない場所に、呪われた王冠の宝石を隠す。

 ハルトが脅威ならば有効な手段に思えた。


 力をなじませながら日々どうしたものかと悩む。

「ハルト様、よろしいでしょうか?」


 襖の外から島津の声がした。

 島津か。部屋に来るとは珍しいな。


「どうした? いいぞ。何か、あったか?」

 島津が部屋に入ってきて座る。


「冒険者が売り込みに来てござる。冒険者は光の者でござるが、ケルス聖王国の光の者とは距離を置くもの。いってみれば、フリーランスの光の者でござる」


 闇に属するものが全て呪われた王冠を守護するものではない。同じく、光の者も全てが王冠の呪いを解こうとするものでもない。


 だが、冒険者の売り込みなんて、一々、僕が相手をする用件だろうか? ハルトは疑問に思った。

 だが、幹部である島津が持ってきた話である。無下に断るのもどうかと躊躇(ためら)った。


「冒険者を雇う、雇わない、はオウラに聞いてくれたほうが話は早いと思いますよ」

 島津は厳しい顔で説明する。


「冒険者の名は島津菊野。(それがし)の娘にござる。菊野は是非ともハルト様にお会いしたいとのことです」


 縁故関係の推挙か。これは、他の冒険者より条件を良くして欲しい、って口利きの依頼かな?


 菊野の特別扱いは問題がなかった。菊野に働きはなくとも、島津は一命を賭してハルトの蘇生に協力した。


 島津の働きをお褒めの言葉だけで済ませる気はなかった。

「わかった。島津には世話になっている。会おう」


 十分ほどして、羽織袴を着た菊野が現れた。菊野の歳は四十近い。だが、そこには老いを感じさせない妙齢の美しさがあった。刀は預けてきていたが、菊野は立派な武者に見えた。


 主に仕えていたら立派な女侍だな。羽織も袴も良い生地を使っている。金周りは良いんだんな。

菊野が頭を下げて礼をする。


「この度は、お会いしていただき、ありがとうございます」


「顔を上げてください。それで、ご用件は何ですか? 島津殿の推挙があれば、雇用は問題ないと思います」


「私は既にメリクリオ様に仕える身ゆえ、私を直接に雇い入れて欲しい訳ではございませぬ」

「それでは、何が欲しいのです?」


「私たち一党がダンジョンより聖なる力を持ち帰った場合、買い取っていただきたい」

 闇の者を強くするのが呪われた力。ならば、光のものを強くするのが聖なる力か。


「いいでしょう。できるだけ高く買い取りましょう」

「されど、買い取っていただくに当たって、条件があります」


 ここから本題か。安い条件ならいいんだが。

「聞きましょう。仰ってください」


「ハルト様は王冠の呪いが解かれると、世がどうなるか、ご存じなのですか」

 呪われた王冠がない世界を教えるかどうか迷った。


 教えれば、菊野が何も働かずに情報だけ持って帰る可能性がある。

 ハルトが迷っていると、菊野は巾着から袱紗を取り出す。


 菊野が袱紗を開くと、中には白い宝石があった。

「聖なる力の一つでございます」


 手を伸ばすと、静電気のような痛みが走った。宝石の力がハルトを拒絶していた。

 ハルトは直感的に、宝石に宿る聖なる力は本物だと思った。


 誘っているな、と感じた。目の前に、ハルトに必要な品がある。どこでどうやって手に入れたかは、知らない。だが、現状では菊野たち一党が取ってきた品と考えるのが普通。


 ここで、島津に命じて菊野を斬って力を手に入れるのは容易い。

 だが、聖なる力はまだ五つある。菊野たちなら、あと五つを手に入れて来るかもしれない。


 目の前に欲しい物をぶら下げられたから飛びつくって行動は、(けもの)と変わりがない。


 回収できる時に取っておかないと、まずいかな。ケルス聖王国にでも先に取られたら、回収が大変だぞ。


 ハルトは目先の利益を優先した。


「いいでしょう。実力がある者には、知る権利がある。呪われた王冠が消える時、この迷宮都市から、ダンジョンが消えます。また、混沌王国は土地が痩せた貧しい国になるでしょう」


 起こる災いを話したが、詳細はぼかした。

 菊野は厳しい視線をハルトに向けた。


「それだけでしょうか? 沿岸部では土地が水没し、国土の三割は砂に飲まれると聞きました。また、多くの百姓が土地を捨てざるを得なくなる、とも聞いております」


 菊野め、知っているな。何が起きるか。それでいて、僕の口から言わせる気か。


「他にも、まだあります。世界は変わります。死者が蘇らなくなります。死は永遠の真実となるでしょう」


 魔法での蘇生ができなくなり、全てのアンデッドが消え去る。これが世界に起きる一番大きな変化だった。


 蘇生ができなくなれば、当然に寺院は困る。権力者も悲嘆にくれ、冒険者だって苦しむ。


 アンデッドは闇の者たちの先兵にして一大勢力。アンデッドがいなくなれば闇の者たちの衰退も目に見えていた。


 生と死の境が明確になる。光も闇も妨害したがる理由、死の絶対化であった。

 菊野は悲しい顔で訊く。


「それだけですか? 他に、まだ起きる変革はありませんか?」

 他にも細々とした変化はある。だが、ハルトにとって些細な事象だった。


 菊野の奴、何を気にしているんだ。

「あとは細々とした変化だけですね。取るに足らない」


「ハルト様は、どうです? 無事に済みますか?」

 何だ? 僕がどうなるかも知っているのか。


「僕は呪われた王冠が生んだ産物。アンデッドとは違いますが、消えてなくなりますね」

 島津の眉が動く姿が見えた。だが、島津の表情に大きな変化はなかった。


 島津が口を出す。

「ハルト様が消える。それは、本当ですか?」


「本当だよ、島津。それが僕の願いの行き着く先だ」

「ハルト様に覚悟があるなら、何も言いますまい」


 菊野はハルトを見据えて尋ねる。

「ハルト様は消える――それで、いいのですか?」


「良いも悪いもないでしょう。世界は真実の姿に戻ることのほうが大事だ」


自棄(やけ)になっているのとは違うのですか? 私にはどうして、自分を捨ててまで世界を変えようとするのかが、わからない」


 これは僕にだけ尋ねているのとは違うな。大方、光の者の中にも、王冠の呪いを解いたら消えるが者がいて、そいつにも同じ質問をしたな。


「この世界に生きる人間は、生まれつき天命を与えられています。天命を忘れて生きるのも、いいでしょう。ですが、また天命に従って生きてもいいでしょう」


 天命はいい訳だった。ハルトがなぜ、世界を真の姿に戻したいのか。


 突き詰めれば、ハルトは消えてなくなりたい。アンデッド化も蘇りもない世界。天国にも地獄にも行かず。転生もない。完全なる無になり、世界の森羅万象からも自由になる。


 苦しみも、喜びも、楽しみも、怒りも、悲しみもない世界、そんな世界で終焉の時を迎える。それがハルトの願いだった。


 普通の人間からすれば、歪んでいる精神状態。だが、ハルトにとって、それが正常だった。

 ハルトは自らの消えたいとする願いを持つ。ハルトは自分が歪な者である事実を受け入れていた。


 ハルトの願いなど知らない菊野は、静かに訊く。

「天が死ねと言えば、ハルト様は死ぬのですか?」


 天が命じようが、地が望もうが、僕には関係ない。僕の願いは僕がある限り存在する。

 ハルトは本心を偽り、平然と語る。


「天命が尽きる時、人は死ぬものです。それが、命です」


 本当は違う。天命なぞ信じていない。ハルトは願いのためなら、結果的に多くの現世の人間が悲嘆にくれてもいい。人が新たな世界でどんなに苦しみ、世を嫌い、また疎もうとも気にしない。


 ハルトの本心を知らない菊野は、疑わなかった。

 菊野はハルトを糾弾(きゅうだん)するように言い放つ。


「ハルト様は聖人にでもなったおつもりか」

「僕は聖人ではない。僕の名は、ハルト・クロウ。歪なる者にして、呪われた王冠の呪いを解く者です」


 菊野の悲し気な視線がハルトを捉える。菊野の瞳がなぜ悲しい色を帯びるのかわからなかった。

 他人が見たら菊野の感情は憐憫と指摘するだろう。だが、ハルトには他人を憐れむ心が理解できなかった。


 ハルトは負けずに菊野を見返した。

 菊野は静かに請け合った。


「ハルト様の決意は、わかりました。残りの聖なる力も手に入れた暁には、持参しましょう」

「島津。菊野を送っていってやれ。あと、手に入れた聖なる力はオウラに渡してやれ」


 島津が頭を下げる。

「ハルト様の仰せの通りにいたしまする」


 菊野が帰ってから三日後、オウラが部屋にやって来る。オウラの表情は明るかった。

「呪われた王冠の情報が、掴めました。王冠自体は二つに分かれております」


 ハルトはオウラの報告を喜んだ。

 千年財団を持って正解だと感じた。オウラたちにも感謝した。


「よくやった。それで、場所は特定できたのか?」

「まず一つは、王冠は人間の中に隠されております」


 人の中に隠す。魔法を使って人間と王冠を融合させる。できない話ではなかった。


 取り出すためには、人間を殺す経緯になるかもしれない。だが、ハルトにとって願いを叶えるためなら、人の命など、とても安かった。


「どこのどいつの中に隠してあるんだ?」

「混沌王の妻です。十中八、九まで間違いがありません」


 一言も口を利かなかった少女を、混沌王は晩餐会に連れていた。

 ハルトはどんな人物かを思い出そうとした。だが、思い出せなかった。


 印象が薄いな。話さなかったせいもあるが、本当に印象が薄いだけか?


「妙だな。僕の記憶力は悪くはない。会ったのは事実。だが、どんな人物かは、思い出せない。朧気に覚えているだけだ」


 オウラが知的な顔で見解を述べる。


「混沌王の妻については、いるのだが、詳しい容姿は思い出せないと、間者からの報告もあります。おそらく、何らかの幻術を使っているのだと思われます」


 強力な幻術で守るのだから、守るべき価値のある存在なのだろう。呪われた王冠の片割れを隠す候補としては、有り得るな。


「おしいな。事前に情報があれば、何か対策を立てて、晩餐会に臨んだんだがな。だが、現状では、記憶が曖昧(あいまい)だ。どこかですれ違っても、わからないな」


 オウラは澄ました顔で報告を続ける。


「何か、手を考えまする。それで、もう一つの王冠の片割れですが、こちらは、本の中に隠されている、との情報があります」


 王冠の片方を傍に置かない対策は、いささか妙に感じた。だが、近くに二個を隠して両方が盗難に遭う危険を回避したとも取れる。ただ、本の中では、わからないも同然だった。


「漠然とし過ぎているな。もっと絞れないか?」

「本は王宮図書館の秘密書庫、魔術師ギルドの禁書庫、ライク書店のどれかと、思われます」


 絞れないよりよりは、いい。だが、三か所とも本が百万とある場所なので、時間が掛かりそうだった。


 ライク書店は簡単に入れる。だが、王宮図書館の秘密書庫と魔術師ギルドの禁書庫は、警備も厳しい。霜村たちが果たして入れるかだな。


「三つまで絞れたので、現状はよしとするか? 他には何か、わかったか?」


「二つに割れた王冠を元に戻します。一つになった王冠に光の宝石六つ、闇の宝石六つ、合計十二個の宝石を嵌めます。それで、呪われた王冠の完成です」


「あとは、ダンジョン最下層に下りて行けばいいわけだな? ダンジョン最下層は行った経験がある。また、どうやって呪いを解けばいいか、僕は知っている」


 オウラの表情が曇る。


「それなのですが、どうやら、モルガーヌなる魔術師がダンジョン最下層への扉を封印した模様です」


 大した問題には思えなかった。

 魔術ならオウラは得意だし、いざとなれば、力業で封印を破壊すればいい。


「人間の掛けた魔術など、オウラでも解けるだろう。何が問題だ?」

 オウラは済まなさそうな顔で詫びた。


「モルガーヌは人の姿をしておりますが、人間ではありません。私とシャーロッテが力を合わせても、封印を解くのに三年は掛かります」


 またしても、運命神の横槍か。ほとほと運命神は呪われた王冠の呪いを解かせたくないらしい。


 オウラは三年と評価している。だが、三年で済む保証は、どこにもなかった。一年で済むはずのハルトの蘇生ですら、十六年が掛かった。三年は希望的過ぎる。


「遅い。遅すぎる。三年では、王冠を完成させても誰かに奪われる可能性があるぞ」

 オウラには策があるのか、表情はそれほど深刻ではなかった。


「モルガーヌの封印は光の封印。強力な闇の力なら、解けます。ただそれにはこの地に多くの血を流さねばなりません」


 迷宮では日々、冒険者の血が流れている。冒険者の血で封印は解けそうなものだと感じた。

「冒険者の血では足りないのか?」


「足りません。ですが、ご安心を」

「何か対策があるのだな、どんな策だ」


「ケルス聖王国は近々、混沌王国に攻め入ってくる動きがあります。この戦いに介入して多くの血を流させれば、モルガーヌの封印は解けます」


 ダンジョン最下層を封じる封印を解く目途が立った。ただ、戦争には大勝がある。

 ケルス聖王国が勝つにしろ、混沌王国が勝つにしろ、大勝は困る。


 片方に被害が寄れば流れる血は少なくなる。また、どちらかの強い勢力が残るのも好ましくなかった。


 結果は痛み分けで、両陣営に損害が拡大する展開が望ましい。

「よし。大分、見えて来たな、新しい世界の始まりが」


 ハルトはここで不安要素を指摘する。

「だが、気になる問題が一つある。世を照らす者の動きはどうだ」


 オウラの表情が沈む。

「ありません。不気味なほど静かです」


 敵が活発に活動していても困る。


 だが、水面下で着々と策を講じられるほうが、なお厄介だった。後手に回って取り返しが付かない事態になれば計画が覆る。


「それは、また、奇妙だな。それとも待つことで事態が世を照らす者に好転する兆しでもあるのか?」


「思い当たりません。ですが、用心が必要なので諜報活動は続けます」

「よし、わかった。では、僕は王冠の片割れがあるライク書店を探ってみる」

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