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第十話 侍と親子の情

 屋敷の座敷に通された。千葉の隣には菊野が座った。オウラも足を拭いて座敷に上がった。

「さて、何から語ったらよいか」と、千葉が沈んだ顔で語り出す。


 これは黙って聞いていたら話は長いな。長い話はするほうはいいけど、聞くほうは苦痛だぞ。

 ハルトは長々と話される前に、先手を打った。


「僕は島津の過去に興味は一切ありません。欲しいのは島津が持つ闘神無双の名刀のみ」

「そうですか。ならば必要な話だけしましょう。菊野、鈴を」


 菊野は座敷の地袋から漆塗りの箱を取り出し、ハルトの前に置いた。菊野が箱を開ける。

 中には胡桃ほどの大きさの銀の鈴が入っていた。鈴にはどれも組紐が付いていた。


 千葉が鈴を勧める。


「この鈴を一つ進呈しよう。この鈴を付けて修羅の館をしばらく歩けば、鈴の音を聞いた島津が現れるでしょう」


 鈴を一個、手に取る。鈴からは微かに魔力が感じられた

 彷徨(さまよ)う侍を呼び寄せる魔法の鈴か。これで、手間が省けた。


 ハルトが鈴を仕舞おうとすると、千葉が真摯な顔で頼んだ。

「鈴をお譲りする条件ではありませんが、一つお願いしてもよろしいでしょうか」


 ただより高い物はないというが、何を頼む気だ。

「聞くだけ聞きましょう」


 千葉は背筋を伸ばして頼んだ。

「島津を倒せた暁には、島津の首を持ってきていただきたい」


「島津を蘇生させるつもりですか?」


「いいえ。島津は伝説の刀を持ち帰れとする、主君の()(じま)(のかみ)に命に背きました。島津の首を国元に送らねば、菊野が国に帰れぬのです」


 オウラが理解できないとばかりに口を出す。


「ダンジョンで人が消えるなぞ、日常のこと。任務に失敗した人間の首を持ってこいなぞ、無茶もいいところ。追い出す口実にしか思えませんな」


 千葉が厳しい顔で告げる。

「それが、主君に仕える侍なのです」


 菊野は下を向き、千葉の言葉を聞いていた。菊野の表情は沈痛そのものだった。


 そんな無茶を命じる主君なぞ、見限ってしまえばいいと思う。だが、他人のことなので、どうでもよかった。


「そうですか。それは大変ですね。でも、国元に帰れないだとか、日島守がどうだとか、僕に関係ありますかね?」


 千葉が真剣な顔で申し出る。


「闘神無双を日島守は一万石の所領と交換してもよいと触れを出しております。もし、手に入ったら当家にお持ちくださらぬか」


「一万石って? なに」

 オウラが知的な顔で教えてくれる。


「人間一人が一年に消費する米が一石(百五十㎏)と、聞いたお覚えがあります。単純計算で、人間一万人を養えるだけの米――千五百トンを算出する領地と交換ですな」


「そう聞くと、凄いな」

 ハルトは相槌を打ったが、別の可能性を考えていた。


 日島守は報酬を渡す気ないな。または渡すが、後から無理難題を吹っかける。できなければ理屈を付けて取り上げる気だろう。権力者がよくやる手だ。


 ハルトは日島守を全く信用していなかった。また、仮に日島守が信用できる人間だとしても、異国の遠い領地を貰っても邪魔なだけとの思いもあった。


「なるほど。高く買ってくれるのなら、売却先として考えておきます」


 断る、とは答えなかった。はっきり断ると仮定する。今度は千葉が主命として多数の武士や侍と一緒に乗り込んでくる危険性があった。


 別に、道場にいる武士の五十人や百人なら相手ではない。だが、千葉クラスは少々面倒だとハルトは考えていた。


 千葉の先の唐竹割。あれは、まだ千葉の本気ではない。

「話はそれだけですか?」


 千葉は険しい顔でハルトを手で制する。


「お待ちください。一つ助言がござる。いかにハルト殿の技が優れていようと、島津の一撃目は決して受けてはなりませぬ」


「受けると、どうなります?」

「ダイヤモンドより硬かろうが、龍より生命力があろうが、一撃で確実に死にます」


 島津の攻撃もまた剣の理屈を超えた攻撃なのか。これは有益な情報だな。

「ご助言、感謝します」


 千葉との会談を終えて屋敷を出た。二百m歩くと、誰かが駆けてきた。

 振り返ると、菊野だった。菊野は思い詰めた顔で頼む。


「ハルト様。もし、父に勝った時は、首は私に渡してくれませぬか」


 くどい人だ。忠犬よろしく、そんなにご主人様に尻尾を振りたいのか。それとも家禄が欲しいのか。どちらにせよ、僕には関係ない。


「家に帰るのに必要でしたね」

 菊野は痛々しい顔で絞り出すように発言した。


「違います。私は家を捨てる事態になっても、父に戻ってきて欲しい」

 つまらない女だ、とハルトは正直に思った。


 菊野の心からの願いもハルトを動かすに足りなかった。

 ハルトは正直に告げた。冷たい言葉だとは思わなかった。


「島津は家を捨て、貴女を捨て、ダンジョンの住人になる決断をした」

 菊野はハルトの言葉を全力で否定した。


「違う! 父はダンジョンの闇に飲み込まれただけです。きっと、ダンジョンから連れ出せれば、元に戻ります」


 可能性はあった。だが、刀を奪った後に、生き返らせる価値は感じなかった。

 菊野の許に帰る。日島守に申し開きに戻る。ダンジョンに舞い戻る。


 三つの可能性はあれど、ハルトに仕える選択肢がない。なら、生き返らせるだけ無意味だった。

 ハルトは珍しく、親切心より忠告した。


「貴女が言っている言葉は、希望に過ぎません。力を求める見返りに自分を差し出す行動はそんなに異常な心理ではないはずですよ」


 菊野は頑なに認めなかった。

「違う。父は断じてそんな弱い男じゃない」


 オウラが顔を顰めた。そっとオウラの頭に手を置いて宥める。オウラは気分を害している。

 オウラの怒りはわかる。ハルトの父も知識欲のために子供を闇に捧げると約束した。


 闇との契約の果てに生まれたのが、歪な者のハルトである。ハルトは、また力を求めて自分を差し出し、強力な力を得た。


 菊野の言葉はハルトの存在と生き方の否定ともとれる。


 だが、当のハルトは気分を害したりはしていなかった。強く生きたい奴は強く生きればいい。弱いままでいい奴は、弱いままでいればいい。要は、何を望み、何を望まなかったのか、の違いだ。環境が違えば、欲しい物も理想の生き方も違う。


「まあ、頭の隅には入れておきましょう」

 ハルトは素っ気なく告げて、菊野と別れた。


 ハルトはオウラを連れて冒険者ギルドに行く。

 冒険者ギルドには密談部屋がある。密談部屋は秘密の話をするための場所だった。


 密談部屋での会話はプロの魔術師や盗賊でも盗み聞きは不可能である。

 オウラが畏まって尋ねた。


「ハルト様、いかかがなされました? こんな場所で」

 念には念を入れて、ハルトは部屋全体を影で覆った。わずかな魔法の明かりだけを灯す。


「どうすれば島津に勝てるか、考えていた。島津の攻略法がわかった」

 オウラは頭を垂れた。


「さすがはハルト様。このオウラ、感服いたしました。私は正直に申しまして、全てを断つ剣技の攻略法が見えません」


「僕は死ぬよ。オウラ」

 オウラが不可解だとばかりに顔を歪める。


「ハルト様は首を刎ねられても、灰にされても死にません」

 ハルトには予感があった。


「いいや。おそらく、島津は僕を殺せる。だから、僕に起きた災いが島津にも降り掛かる呪いを発動させる」


 オウラは慌ててハルトを諫める。

「お待ちください。死ぬ必要があるなら。私めが死にます」


 オウラに死んでもらう作戦も考えた。だが、オウラを死から蘇生させるには、どうがんばっても失敗が付きまとう。


 オウラは、まだ使える。ここで失うのは手痛い損失だ。

 ハルトは強い口調で命じた。


「オウラは死ぬな。オウラは、死んだ僕をこの世に呼び戻すんだ」

 いつもは狼狽える態度を採らないオウラだった。だが、この時ばかりは慌てていた。


「お待ちください。ハルト様は本来、普通の方法では死にません。ですが、もし、仮に死んだら、寺院での蘇生は不可能です」


 ハルトには充分な勝算があった。


「前に憤怒王が教えてくれた。僕たちは殺されても復活する。呪われた王冠がある限りね。僕たちは不滅だと。呪われた王冠と共にある僕なら、結果は同じだ」


「まさか、呪われた王冠が生み出したダンジョンの力を借りて復活する気ですか?」

「憤怒王にできるんだ。僕にもできるはずだ。違うか?」


 オウラは弱った顔で指摘する。

「理屈の上ではできるでしょう。ただ、問題もあります」


 オウラの考える内容は、ハルトにもわかっていた。

「時間だろう。復活に千年も百年も掛かるのなら、掛かり過ぎだ。なので、命じる、オウラよ。僕の復活を一年以内にできる方法を構築しろ。これは命令だ」


 オウラが覚悟を決めた顔で了承した

「御意にござります。全てはハルト様のおおせのままに」


 オウラとはその日から別行動となる。オウラはハルト蘇生の秘儀を研究した。

 ハルトは呪われた力の実験をしに、迷宮に出掛ける。


 四週間後、宿屋に現れたオウラが自信のある顔で申告する。

「お待たせして、申し訳ありませんでした。我が知識をもってしても、四週間も掛かりました」


 ハルトはオウラの業績を心から(ねぎら)った。

「さすがは闇の知恵の守護者たるマンティコアだ。オウラだからこそ、四週間で済んだと褒めておこう」


 オウラは畏まった。

「もったいなき、お言葉」


「よし、では、さっそく島津を討って闘神無双を手にしよう」

 ハルトとオウラは、ダンジョンにある修羅の館へと向かった。

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