第9部
フォローレンス学院中学部女子部1年2組 大山のぶ美のクラス担任は、有名女子大の教育学部を卒業して教員採用試験に受かったばかりで初めてクラス担任を任された榎小夜子(22歳)であった。
クラスのみんなにサヨちゃん先生と呼ばれていて姉認定。
ぱっちり眼の整った顔立ち。美人であるが目が悪くコンタクトレンズがすぐズレる困った人。巨乳で美ボディなのだが箱入り一人娘。優秀なのだが受験勉強しかしたことない非常に常識を知らない脳ミソお花畑の天然娘である。普段は控えめなのだがすっとんきょうな声を出して「さぁーっ、みんながんばろーねっ!Let's all do our best!」というのが口癖。
普段は薄い口紅だけのほとんどノーメイクだが、ときどき、お化粧を間違えてとんでもないケバいド派手メイクをして「この人誰?」と生徒を混乱させることもある。(この人お酒が入るとひどい泣き上戸なのは有名な話)英語の教師である。
今日は、運動能力測定会である。
雲は少しあるが、晴れ上がった空に適度にそよ風が吹き寒くも暑くもないとても気持ちの良い天気だった。
自分で記入する用のプリントが配られ、そこに書かれている全種目の記録を測定し記入する。
好きな種目から巡って良いが、項目をすべて埋めなければならない。
他の学年の教師たちも動員されて、体育委員が数名ずつ手伝いに入り、かなり本格的である。
教室で、体操服のジャージに着替えた生徒36人を前にサヨちゃん先生が、一通り運動能力測定会の説明を終えて
「さぁーっ、みんながんばろーねっ!Let's all do our best!」とすっとんきょうな声をあげてから、あたふたと出て行った。
ジュノが前に行こうとしたとき、欧井戸との子の取り巻き女子 由美が通路にひょいと足を出し、ジュノを転ばそうとしたが、ジュノは彼女の足にはふれずに、ひょいと飛び越えた。
後ろに続いた大山のぶ美が、まともにズデーンとこけた。がジュノがひょいと支えて、ケガもしなかった。
そこを、もう一人のとの子の仲良し冬子がなぜか持っていたテニスボールが入ったバケツをひっくり返した。
「あらーごめんね」教室の床にテニスボールが沢山転がった。
それをまともにふんずけた大山のぶ美は、すっころんだがこけなかった。ジュノが微笑んで支えてくれていた。
だれも怪我せずに、そして36人全員が運動場へ出た。
欧井戸との子がジュノの前に現れた。
「私との約束を覚えてるかしら。」「ええ、もちろん覚えてるわ」
「じゃあ、二人で全種目を回りましょう」と欧井戸との子
競技は同時に二人づつ測定するようになっている。
「私はのぶ美と二人で巡るつもりでいるので、あなたはあなたで勝手にやってよ。あとで先生が全種目の上位3人づつの記録と名前を発表するそうだから、それでいいじゃない。」
「そんなのぜんぜん面白みが無いわ。二人でみんなの注目を集めて勝負しましょうよ」
「そんなの他の人の迷惑でしょ」「優秀な私たちの勝負を観戦できる他の人は感動と感謝しかしないはずよ」と両手を大きく掲げて感動的に欧井戸との子は高らかに宣言した。
ジュノは無視して、大山のぶ美と手近な種目の列にさっさと並んだ。
競技を二人の勝負にして見せ場にして、そこで学校中の女子と隣の男子部の運動場で計測中の1年男子の人気もあわよくば手に入れようと、二人の勝負の臨場感を盛り上げようとした欧井戸との子だが、たった一人の空回りに終わった。ジュノが相手にしてくれなかったからである。
自分の華麗なる演技でギャラリーを魅せる、という欧井戸との子の自己顕示欲は満たされずに、彼女は悔しさで悶悶としていた。
得意のはずの走り幅跳びも、走高跳も、彼女は最後になってしまい一人でプレイして測定係の初老の男性の先生方だけで
一人も見物の生徒はいなかった。
ジュノがプレイする向こうで歓声が上がる。
女子もみんな自分の記録測定を忘れてジュノのプレイを熱気を込めて見物した。フェンスの向こうで男子たちもジュノのプレイをなんとか見ようとジャンプしたり肩車したり、木に登ったりしているのが見える。
しかし、最後の最後でとの子はやっと、50メートル走を、二人っきりのプレイに持ち込んだ。
のぶ美が直前で「トイレいってくる」といきなり抜けたので、そこへ滑り込んだのである。
ジュノはチラと見てスターティングポーズを止めてのぶ美を待とうとしたが、先生に注意されて、諦めて走ることにした。
二人がスタートの位置につき、欧井戸との子の気迫で、周囲のギャラリーは大興奮。
「スタート!」
スタートのフォームは二人とも完璧にスタートして加速して……
なんと、時・間・が・止まった
ここでジュノはなぜか、時間を止めた。
自分のグラビトンコンピューターに自分の 疑問 を問うたのだった。
「アンドロイドの私が生身の人間と競争して勝って、人間に『勝って』マウンティングしてもいいのかしら?」と
ジュノのグラビトンコンピュータから「あなたが自分の判断で決めればいい。」という返事があった。
ーー欧井戸との子のような、本来この集団で勝利する能力をもった人間に挫折を味合わせて、その人間の人生観に影響を与えても良いのかーーという疑問をぶつけたのだが、メインコントロールコンピュータから「効率を重視しなくていいから自分で考えて自分で判断するように」と返されただけだった。
ジュノは悩んだ。時間を止めてはいたが……1時間くらい悩んだ。
自分で結論を出すと、時間を……止めていた時間を戻して再び動かした。
ジュノは欧井戸との子に勝利を譲り、その場で1秒間静止した。
記録測定会の50メートル走は、ジュノVSとの子戦はとの子が0.11秒速くて勝利した。
「ふっ、私と競うなんて1万年早いわね」ととの子は照れながら嬉しそうに笑顔で言った。
ジュノも笑顔で返した。「あなた、強いわね、との子さん、素敵よ!」
ジュノに「素敵よ!」と言われてとの子は、ドキン、とした。
これまで誰も、好き、にもなったことの無いとの子が、初めて誰かをーーこの子好きだーーと感じた。
との子の中で何かが変わり始めた。
運動能力測定会は終了し、1年生女子部全員4クラス140人が集合したところで、各競技の上位者3名の名前と記録が発表された。
50メートル走以外は、すべてジュノが1位で欧井戸との子が2位だった。
結局、賭けはジュノが勝利した。
この後、青春物の王道シーンが待っていた。
校舎を夕日が赤く染めていた。
その夕日を背にして、欧井戸との子は他の生徒が教室に引き上げた校庭で
「ジュノさん、私負けたわ!」と
歯をキラリとさせて笑った。
しかし、周りにはだれもいなくて、サヨちゃん先生の大声がとの子にむけて飛んできた。
「欧井戸さ~~ん、早く教室に入ってさっさと下校しちゃってくださいねぇ。でないと先生おうちにかえれませ~ん。え~~ん!」