プロローグ【1】
プロローグ【2】の投稿は次週2019/05/13を予定しております。
少年は自分の部屋から、そのヘイゼルの瞳で真っ暗な空に星々が灯っている窓の外を眺めていた。
その夜空には地平線も山々の稜線もなく、ただ果てなく広がっている。少なくともこの窓からではどれも確認することは出来なかった。
普通の夜空と違う、深淵のような深く広がる暗闇。その中にところどころ灯っている瞬かずにじっと見ているかのような星々。そんな不思議な夜空が少年の瞳に映っていた。
少年の年の頃は10歳ぐらい、健康そうな浅黒い肌に黒い髪を上品に短く整えている。服も一見すると高級品ではなく質素だが、木綿を主体としたしっかりした生地と縫製で、よく見ると安物ではないとすぐにわかる。顔立ちも知的な、とまではいかないが、二重で強い意思をたたえていそうなくりっとした瞳や、低めながらも細い鼻梁は、上品で利発そうであり、年相応な可愛らしさにあふれている。
一方、部屋の中は殺風景で、こぢんまりとした部屋には床に固定してあるベッドと、同じく固定してある机と椅子しかない。
子供の部屋にしては、いや、大人の部屋でも一般家庭では珍しく、椅子までが木でできた地肌がむき出しの床にボルトで止めてある。よく見ると床や壁、天井までが金属で作られているらしい部屋のようだ。
他には、ベッドの反対側の壁に埋め込まれている、大人の拳ほどもある赤い水晶玉らしきものに、机の横の壁にはめ込まれている両手の平程度の黒光りしている板も、ただの子供部屋としては変わっているだろうか。
そんな、印象が農村の一般家庭かのようでありながら、牢屋のような作りの部屋で、少年はベッドに寝そべりながら、たった一つしかない、ベッド脇にある自分の顔より少し大きいだけで嵌め殺しの丸い窓から外を眺めていたのだった。丸い窓は大型の船舶のものともよく似ている。
だとするとここは、夜の海を航行中の大型船舶だろうか。それにしては船舶に乗っているときのゆったりした揺れはないし、潮の香りもしない。微かにでも響いてくるはずの波音は聞こえてこない。帆船の静けさはなく、ガレー船にあるようなオールで漕ぐ振動とも異なった、独特な細かい振動が伝わってきており、漕ぎ手の息遣いや掛け声などはなく、これも洋上の船舶の物とはまた違っているようだ。
ともあれ少年は退屈だった。普通でないとしても、船舶の中だとすれば無理もない。
いつもは母と田舎での二人暮らしで、都会と違って学校などもなく、朝の水汲みや、数頭いる羊や牛の世話などは少年の仕事だ。牧歌的生活は基本が自給自足であり、明日の生活を支えるために今日がある。
小さいながらも畑もあり、耕したり草むしりなども母と一緒に行なった。
時間が空いていれば、普段はいない父から教わっていた剣術の稽古として木剣を振るう、近くの村まで行って、村の子供たちと走り回り、小川まで行って釣りをしたり、林の木に登って木の実を集めるなど、だいたい一日中外にいた。
雨が降って家の中の家事を手伝っていたり、母に勉強を教わっているのだとしても、隙間も多い丸太作りの天井が高い家なので開放的であり、こんな閉鎖された空間にずっと閉じ込められているのは慣れていないのだ。
学校は山を越えた向うの大きな町にしかないので、代わりに母が読み書き計算を教えてくれていた。母は田舎暮らしの女性にしては非常に博学で、少年の質問にはいつも丁寧に応え、教えてくれていた。村の子供たちは農家の子も多く、読み書きすらできないことがほとんどなので、少年は恵まれていたといってもいいだろう。
父はいろいろと頼まれた物を運ぶ仕事をしているらしく、あまり家にはいないが、時々まとまった休みを取っては家に帰って来て、そういう時には少年の一日は激変する。
日ごろ構ってくれていない贖罪でもあるのか、朝からの少年の担当する家事を一緒にやってくれたし、そのおかげでいつもより多い空いた時間では、仕事で出かけている間に起きた面白い外国の話を聞かせてくれた。木でできた剣で実際に打ち合いながら剣術も教えてくれた。未だに少年は父から一本も取ることが出来ないが、実践的な剣の扱いとして真剣に教えてくれる内容は少年も真面目に教わっていた。
それは田舎の地で暮らしていることからも当然なのかもしれない。この地では昼でもたまに狼などの肉食の害獣も生息していて襲ってくることもあれば、夜になればもっと恐ろしい魔物がうろつくこともある。やさしい旅人が寄ることもあるが、旅の商人に化けた盗賊が出ることもあるのだ。
身を守るすべは知っておいたほうがいい、と父はよく言っていた。俺が居ないときはお前が母さんを守るんだぞ? とも。少年はそんな、なかなか家には居てくれないが、自分と母をいつも気遣ってくれる父が大好きだった。
だが、先日、両親とともに開放的な生活を離れてここに訪れてからと言うもの、外に出ることは禁止され、父も母も何か色々と子供には判らない事を話し合っており、父は特に忙しくしていたので剣術なども教われず、少年はこうして外を眺めているか、部屋の中でできる軽い運動か、母の時間が空いた時に共用語や古代語の読み書きを教えてもらうぐらいしかできなかったため、少年は退屈をもてあましていた。
勉強が好きであればそれでも良かっただろうが、彼は読み書きや魔法などの頭を使うことはあまり得意ではなく、身体を動かしたり、剣の稽古の方が好きだったので、母が教えてくれるというのを何やかにやいいわけをつけ、ここでの自室にこもっていた。
そもそも部屋に勉強するための本などが沢山あるわけではない。この時代、本は貴重品であり、活版印刷などの印刷技術もなく、本はすべて羊皮紙にペンで手書きの写本である。貴族はともかく、一般の人々に手の届く品ではないのだ。そんな貴重な本が数冊あるだけである。
ゆえに、母が手ほどきしてくれる古代語と、それを用いた魔術は、母自身が手書きした写本に基く口伝であり、一般の農家や漁師などが得られるものではない。
しかしまだ10才程度の子供である少年にはそんな価値がわかるはずもなく-母は教えてるのではあるのだろうけれど-ただただ退屈な時間だと感じられていた。
ここに来て数日は経っていたが、今日もそうしてこの部屋で、時々は普段の日課である腕立て伏せやスクワットに木剣での素振り、等をしては休憩に窓の外を眺めていたのだ。
せめて、母があまり得意でない、父の方が詳しく時々手ほどきしてくれる、仕事にも使っている精霊の力で動く乗り物-精霊機と呼ぶらしいが-の仕組みや動かし方などであれば少年も興味を持って学ぶのだが。
今回、父は、数日前に帰ってきていた。そして母と何やら相談すると、普段なら遊んでくれると期待していた少年に、旅の支度をしろと言い、そのまま母と「港」まで連れて行かれ、一緒にこの船に乗せられた。
そう、ここは父が仕事で使っている精霊機の中なのだ。オールで漕ぐ振動とは違う独特の振動は精霊機の動力、精霊機関と呼ばれるものの脈動だったのだろう。
乗り込むときに見た、この精霊機は小さな丘ほどもある大きさで、いろいろな物を乗せることが出来る大きさだ。父の「物を運ぶ」仕事には役に立つのだろう。
そんなわけで、少年はその船の中で与えられた一室にこもり、星空しかない外の景色を眺めるしかない生活を余儀なくされており、非常に退屈していたのである。
退屈も極まり、本日何度目か、数えるのももう忘れたあくびをした。
その時だ。
涙の出た目を拭いて再び目を開けた時、窓の外の星空に、一瞬、流れ星が見えたような気がして、少年は窓に顔をぺったりとくっつけた。
「何だろう? ずいぶん近いような気がするけど……」
少年は窓にかじりつき、夜の星空を凝視する。
窓から見る夜空の景色は、普通なら水平線があり、その上に星々がちりばめられているものだ。だが、この窓からの景色は水平線などなく、船腹についた窓のくせに天窓のように全面に星空が広がっている。
そんな、ただでさえ船舶の窓からの景色としては変わった星空の中に、明らかに異常な星がある。
流れ星は上から下に降るものだ。だが、明らかに少年が注目した星は、下から上、どころか左右に振れたり、螺旋的な軌道を取ったりしている。
「変な動きのする流星……」
少年が見つめる星は不可思議な軌道を辿り、徐々に近づいているように見える。
そんな時、ドアの外から漂って来る美味しそうな匂いにはっとなり、少年の興味はその匂いの元に移ってしまった。
「今日の夕食はシチューかな? お母さん、あまり香辛料入れないといいけど。美味しいんだけど、時々カラいんだよなぁ、そろそろお腹もすいたし、早く呼んでくれないかなぁ」
心には夕食の団欒が思い描かれる。
その思いを感じ取ったのか、部屋の上から母の声が響く。伝声管のような物から伝わってきているのか、声は少しくぐもっている。
「ネッドっ! 晩御飯よ!」
「はーい! 今行きまーす!」
ネッドと呼ばれた少年は転がるように食堂へと駆け出して、部屋のドアへと取り付いた。
「お父さんも今日は一緒に食べれるのかなぁ」
ネッドの心は、夕食のメニューと、家族全員が食卓に揃うのかとの思いでいっぱいだったが、そのメニューをネッドが味わうことは----なかった。
<神聖史バラダ・ハーン>ノベライズ《剣と魔法のの宇宙冒険記》シリーズ
「星翔の精霊機」
当作品は、テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム(TRPG)サークル「無限大陸開発室」にて、某有名ファンタジーTRPGを参考に作成した、オリジナル・スペース・ファンタジーTRPG「神聖史バラダ・ハーン」のルールと世界観により繰り広げられる物語です。
サークル内でTRPGとしてプレイするときも、オリジナル度が高すぎて、世界観がよくわからないと言われることが多かったので、この世界観でのベーシックな物語はどんなものだろうと考え、小説にしてみようと執筆したのがこの物語です。
元々は市販のゲームに独自ルールを追加して遊んでいたのですが、基本部分以外に追加したものがあまりにも多いため、当該TRPGの掲示板などでも元の世界観について質問していると最終的に、それはすでにオリジナルだから好きにして下さいと言われる始末で、それならばと、当初は市販のゲームのものを使用していたキャラクター関連のルールも、サークル内で遊ぶ場合を除いて、公式にはすべて、オリジナルで作成した未発表の「Ma.De.S.H」というルールに移植することになりました。
そのため、この物語は参考にしたゲームの二次創作ではなく、オリジナル作品としての公開で、一般的なモンスターや魔法などの用語は「共用語」としてそのままですが、参考にしたゲーム固有の神々の名前や魔法の名称など、著作権を侵害してしまうことになると思しき部分は、元作品の用語を「西方語」と位置づけて文中の表現には使用せず、この世界独自の用語である「東方語」へ置き換えてあります(参考にしたゲームの世界観にも「東方語」はあることになっていましたが、表現されているものを寡聞にして知らないので、元々サークル内で展開していたイメージを壊すことなく変換することが出来ました)。参考にしたゲームが判った方はそのままこっそりとほくそ笑んでお楽しみ下さい。
東方語はオリエンタルな雰囲気が出て好きなので、当初は共用語のカタカナ語のほとんどすべてを置き換えてしまおうかとも考えましたが、西方語の面白いところも割とあるので、一部だけに留めました。
例えば、西方語は英語的な言語として扱われているので、単語の頭文字を取った「アクロニム」としての単語も発生したりするところです。「ウィル・オー・ウィスプ・ドライバー」を略した「ワウアー」などですね(これが何であるかは、当サークルのサイトやコンベンションでTRPG「神聖史バラダ・ハーン」を知っている方以外には?ですが、後々出てくると思いますのでお楽しみに)。
小説本文は「共用語」での語りである前提で書いており、作中世界において「共用語」は「西方語」圏の人々が主に広めていった、としているため、文中に出てくるカタカナ用語は英語的なものが多いですが、ときおり得体の知れない単語が出てきた時は「東方語」が「共用語」に採用された部分なのだ、と思って読んで下さるとよいかもしれません。
最後に、参考にしたTRPG世界では、プレイヤーの演じるキャラクターは「英雄予備軍」としての扱いですが、<バラダ・ハーン>の世界でもこれは踏襲させていただきました。冒険譚や戦記で「(結果的だとしても)英雄予備軍」ではない主人公の物語は読みたい方が少ないと考えているからです。むろん、脇役的な主人公もいるかもしれませんが、世界の歴史に関わったり、サーガに残るようなキャラクターであれば、それはやはり「英雄予備軍」であると考えています。外伝的な日常系のみで完結するお話を書くことがあれば「普通の村人」的な主人公も登場するかもしれませんが、物語としてその世界に「残っている」ということはそれすらサーガの登場人物なのかもしれません。
この世界での英雄予備軍としての存在であればどこにでもいそうな少年は、プロローグの試練を発端として、成長し、旅人となって世界に影響を与えうる存在――現在の異世界物語で多く呼ばれている呼び名でなら「冒険者」――としての成長を遂げてゆきます。
個人的には「冒険者」という用語は参考にしたTRPGを開発された方々が作り出した用語ですので一般的なものとは考えておりません。ですので作中で誰かがそういった名称を広めて職業集団を形成したりしない限りは「冒険者ギルド」などといったものも存在せず、「旅人」や「探検家」などと同列な用語として扱わせていただきます。通りがよい言い方ですので作外のみでだけ使用させていただきます。
プロローグは毎週月曜日に投稿する予定で、まだ数話続きますが、本編では少し成長したネッドの物語から始めさせていただきます。彼は惑星パリマのある大陸に広がる大森林の外れの小さな村に住まい、狩を生業とし、鍛治に興味を持つ寡黙で変わった青年となっています。ここから、今どきのファンタジーゲームやライトノベルの敵であれば物足りないであろう矮小な怪物達との戦いを経験し、世界へと旅立ってゆく予定です。
書きたい事は山ほどあれど、作者は相当に遅筆ですので、せかざす、時々思い出したように読んでいただけると幸いです。
2019年05月06日 偉鷹 仁 拝