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ストライク  作者: ライト
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三回表:魔の手と想い

 勇気をいじめていた茶髪と坊主の二人は、名前は中村に荒田というらしく、あの後寺田先生に捕まり、校長や教頭と話し合いの結果退学処分となった。


ついでに、勇気を助けたということで隼人、俊介、縁はちょっとした有名人になった。


そのせいで、休み時間は質問だらけだった。


「ねぇ、ねぇ、屋上で助けたのも隼人くんでしょ? すごいよね」


「最初に助けたのも隼人くんでしょ? かっこいい!」


「しかも野球部でピッチャーでしょ? 私マネージャーになろうかな」


 知らない女子たちが毎回話し掛けてきて、隼人はしょうじき困っていた。


「まあ、あのときはたまたまその場に居回しただけだし。体が勝手に動いて……」


 隼人は同じことを何回も言い、口も精神的にも疲れてきた。それにもかかわらず、お調子者の俊介はみんなの前で一人力説していた。


「いや〜、あの瞬間をみんなに見せたかったぜ。隼人が荒田、俺が中村を倒して、そのとき隼人にこう言ったのよ。『お前だけいいかっこさせねーよ』ってな。隼人と俺のコンビは無敵だぜ」


 俊介はそのときのことを思い出しながら実演していた。その度に、聞いている人たちは歓声を上げていた。


 縁の周りにもクラスメートに囲まれていた。ほとんどが男子だ。


「い、いえ、私はなにもしていません。近くで見ていただけです。あとは、ちょっと勇気さんの顔を拭いてあげただけですし……」


「いいな〜、俺も最連寺さんに拭かれたい」


「お前じゃ無理だよ」


「ハハハハハハハ」


 噂によると勇気も有名になり何人かの友達ができたみたいだ。これでいじめられることはもうないだろう。


あとは、みんながこのことにすぐに飽きるのを、願うばかりだった。




 そのころ中村と荒田は校舎から出て校門へむかっていた。


「あ〜あ、俺ら退学だってよ。これからどうする? なにもすることないし。やっぱり少しやりすぎたかな」


「でもよ、もとはと言えば全部大野さんのせいだろ? あの人があいつをいじめろって言ったんだからよ」


「そうだぜ! あいつが悪いんだ! あいつが退学になるべきだ。そうなったら裸踊りしてやるぜ!」


「ハハハ」


 二人が話しをしながらちょうど校門についたとき声が聞こえた。


「やけに機嫌がいいな。中村義和。荒田正明。オレが退学したらそんなにおもしろいか?」


 校門の前には、以前なにもせず勇気がやられるのをただじっと見ていたあの生徒が腕を組みながら壁にもたれかかっていた。そして、じっと二人を睨みつけていた。


「あっ、い、いや、大野さん。……じょ、冗談ですよ。俺たち本気でそんなこと……。な、荒田」


「そうですよ。大野さんの悪口なんて言いませんよ」


 大野はその言葉を聞き、不適に笑いながら二人の前に立った。


「ふふ、そうか、冗談か。お前らは冗談がうまいな」


「そうですか? ありがとうございます」


 中村が言ったそのとき、周りから数人の不良が突如あらわれた。二人は困惑して、目を見開いていた。


「お前らはもう用済みだ。計画も崩れてしまった。それに、オレは冗談が嫌いでな。……やれ」


 周りにいる不良たちは、大野の合図で二人にゆっくりと歩み寄って来た。


二人は逃げようとするが足が震えうまく動かせなかった。


「うわっ、うわーーーーーー!」


 大野はそこから高笑いをしながら校舎に向かって足を運んだ。


「オレの計画を邪魔したのは野球部だったな。ふふ、オレの邪魔をするやつは許さん。これからやつらに地獄を見せてやる」




 新しく勇気が加わった野球部は、放課後、またも6組に集まり自由発表の出し物を考えた。すでに時間がない。今日決まらなかったら諦めるしかない。そんな状況だった。


みんな案がないかいつも以上に頭を働かせた。


 そのとき、寺田先生が教室に入ってきた。なぜか深刻そうな顔をしている。先生はみんなを見て重い口を開いた。


「みんなに話しがある。自由発表の件だが……、出られなくなった」


「えっ!」


 あまりに突然で頭の中が混乱してしまった。俊介がさっそく抗議した。


「どうしてですか? 自由なんだから俺たちは出られるはずですよ。それに発表者はそんなにいませんでした」


 今回の自由発表は10組募集しており、応募したのは隼人たちを入れて7組と余裕だった。


「すまない。生徒会が言い出したんだ。クラスや何人かが集まったグループならかまわないが部活動関係は許可できないそうだ」


「でも、まだ部はできていませんよ。つまり、グループみたいなものじゃないですか」


 真治も負けずと言い返す。たしかに隼人たちはまだ部ができていないから部活動関係ではない。それなら大丈夫のはずだ。


「私達はグループではなく同好会扱いとなった。同好会も部活動関係ということで……」


 その言葉を聞いて、隼人たちは愕然となってしまった。それと一緒にやる気をなくした。これからどうすればいいのだろうか。他に案があるのだろうか。みんな椅子に座りながら脱力してしまった。


すると、俊介が勢いよく立ち上がり真剣な顔をして教室を出ようとした。


それに気づいた隼人が呼び止めた。


「おい、俊介、どこにいくんだ?」


「生徒会室だ。今から抗議しに行ってくる」


 その言葉を聞き、みなうなずいて、隼人たちもすぐに生徒会室へむかった。


 生徒会室は一階の一番奥にあり、用事がないかぎりあまり見ないところにある。行くのは今回が初めてだった。


 ついた瞬間、俊介がドアをおもいっきり引いた。壊れるのではないかと思うくらいわれんばかりの音が響いた。


中には一人の生徒しかおらず,長机の端に腰掛けており、ポケットに手を突っ込んでいた。外を見ており、隼人たちに気づくとそっとこっちを振り向いた。


振り返った生徒を見たとき、隼人には見覚えがある顔だと気づいた。以前、勇気がトイレでいじめられ隼人が助けたとき隼人のウソを見破った人だ。


勇気は少しびくびくして大きな体で隠れようとしていた。


「どうしたんだい? そんなに勢いよくドアを開けて。生徒会室に恨みがあるのかい?」


「生徒会長をだせ、今すぐにだ!」


 俊介が興奮状態で叫んだ。すると、その生徒は笑いながら答えた。


「生徒会長は僕だ。自己紹介がまだだったね。僕の名前は大野龍也。君と同じ1組だよ。池谷俊介君。僕に何か用かな? 野球同好会の諸君?」


「お前が生徒会長か。なぜ俺たちが文化祭の自由発表に出られないんだ! 説明しろ!」


 俊介の言葉を聞いて大野は少し驚いた顔をした。


「あれ? 寺田先生に聞かなかったのかい? 君達は野球同好会だ。自由発表は部活動関係のものは出られず同好会もその中に加わるのだ。これで理解したかな?」


「できるわけねーだろ! そんなの納得できねーよ!」


「俺たちはまだ同好会でもなんでもない! つまり、グループみたいなものじゃないですか」


俊介と一緒に真治も立ちはだかり、さっき言ったことを大野にも言った。しかし、


「ふぅ、それも聞いてないのか。部を作ろうとしているんだから同好会みたいなものだろう。一緒のことだ。それに君達は、よく朝にチラシ配りをしているじゃないか? 本来ならば禁止なのに、仕方なく認めてやっているのだ。少しは感謝してほしい」


 隼人もできる限り抗議しようとした。考えた末、一つの疑問がでてきた。


「大野さん、どうして部活動関係のものは出ることができないんですか? 自由だしどこが出てもいいのではないですか?」


 俊介、真治、広和は隼人の発言を聞きうなずいた。


「もちろんそれにも訳がある。この前いじめの事件があり2人の男子生徒が退学になったのは知ってるね? 君達も現場にいたみたいだし。その事件は野球同好会が関係している。文化祭にはたくさんの保護者や関係者、数々の高校の校長や教頭、その他多くの人たちが来日するのだ。またあのような事件が文化祭でも起こったら大変だ。生徒会は生徒だけでなく幅広く多くの人たちの安全を考えねばならない。だから、部活動関係は禁止にしたんだよ。すまないがどうか分かってくれ。それに一番危険なのは君達だ。そこの西田勇気くんを助けたのは君達だろ? それならば、あの2人が腹いせにまたなにかをするかもしれないからな」


 隼人たちは口を開かず黙って聞いていた。何を言っても正当な理由で言い返してくる。もう打つ手がない。諦めるしかなかった。悔しいがそこまで言われれば仕方がない。


隼人は拳に力を入れ冷静さを保った。


「……分かりました。お騒がせして申し訳ありません。……行こう」


 隼人の言葉でみんなとぼとぼ生徒会室をあとにした。俊介は最後まで大野を睨みつけていた。


そんな隼人たちを見て大野はみんなが出て行ったあと、一人口元が緩んで笑っていた。




 隼人たちは6組に戻ってきた。教室には縁と寺田先生がじっと待っていた。


縁は隼人たちを見ると椅子から立ち上がった。


「ど、どうでしたか?」


 隼人が代表して答え、首を振った。


「そ、そうですか……」


 寺田先生は組んでいた腕を解き、その場に立ち上がると全員に言った。


「まあ、しょうがない。みんなの安全を考えるのが生徒会だ。今日はもう帰りなさい」


「……わかりました。さようなら」


 隼人たちは教室から出ていき、誰も口を開かず、それぞれ重い空気の中帰っていった。中でも俊介は悔しそうで、さっきからずっと歯を食いしばっていた。


隼人は途中でみんなと分かれ、縁と一緒に帰った。


「はぁ〜、これからどうしようか。また新しい対策考えないとな〜」


「そうですね……」


 しばらくの間、重苦しい空気と沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは縁だった。


「あっ、あの、隼人さん。こんなときになんですけど……、隼人さんに話しがあるんです」


「ん? なに?」


 聞き返したが、縁は頬をちょっと赤らめ、なかなか言い出せないでいた。話始まるのに数分かかってしまった。


「え〜と、あっ、あのですね。文化祭なんですけど……。午後から、い、一緒に回りませんか? そ、その……2人だけで……」


 隼人は咄嗟に縁の顔を見た。縁の顔は真っ赤になって下を向いており、目をきょろきょろとしていた。


隼人は信じられない気持ちでいっぱいだった。まさか、縁にそんなことを言われるとは思わなかった。それも二人だけで。そう考えると緊張してしまう。


縁はさっきからこっちをちらちら見て、返事を待っていた。


隼人はいつものように冷静に言った。


「いいぜ。じゃあ、一緒にまわるか」


「は、はい。ありがとうございます」


 縁は顔を上げ、満面の笑顔で返事をした。その笑顔を見てドキッとしてしまい、またもや心臓が苦しくなってきた。少しずつ鼓動が早くなっていく。


まただ。いったいこれはなんだろう。


「隼人さん、……どうかしたんですか?」


 隼人の異変に気づいた縁は心配した表情で顔を覗いてきた。隼人はできるだけ平静に保とうとした。


「ああ、大丈夫。なんともないよ」


「そうですか」


 縁はいつもどおりの表情になった。


どうやら気づかれなかったようだ。


隼人は少し安心した。


 二人はさっきまで落ち込んでいたのがウソみたいに明るい雰囲気で帰っていった。




 文化祭当日。校舎や体育館は人で溢れていた。見渡すかぎり人だらけ。


今回の文化祭は、生徒が一年生だけということなので、各クラスから一つ自由に何かをしなければならない。また、商店街の人たちも参加でき、屋台や教室を借りて好きに使えるようにしてある。


おかげで地域の人たちが大勢参加していた。


隼人は待ち合わせ場所にむかった。待ち合わせ場所は体育館の横である。午前は野球部のメンバーで回ることになっている。


着いたとき、すでに縁以外みんな来ていた。俊介は隼人の存在に気づいた。


「あっ、遅いぞ。もっと早く来いよ。隼人はいつも遅いな」


「悪い、人が多すぎてなかなか進めなかったんだ。縁はまだなのか?」


「あそこ」


 広和が指したとこには、男子生徒に囲まれた縁がいた。知らない男子生徒がしつこいように話し掛けているように見える。縁はそれで困っているようだ。


「何してんだ、あいつ?」


「デートに誘われているみたいですよ。文化祭一緒にまわろうって」


 代わりに勇気が答えてくれた。すると、俊介が隼人の肩に腕をまわしてからかい始めた。


「おい、どうするよ、隼人。お前の恋人が持っていかれるぞ。いいのかお前は」


 そのとき、また隼人の心が痛んだ。もし、縁が誰かと付き合うようになったら……。そう思うだけで嫌だった。


そこで自分はなにを考えているんだと思い、今までどおりにふるまった。


「別に俺と縁は付き合ってねーよ。それに今日の午後、あいつには約束がある」


「ん? なんだ約束って?」


 俊介、真治、広和、勇気は興味津々で隼人をじっと見てきた。隼人はそれを無視して縁を迎えにいった。


「お〜い、縁、行くぞ」


「あっ、隼人さん。今、行きます」


 縁は隼人の顔を見て安心した表情になると、周りにいた男子生徒のみんなに頭を下げてこっちに来た。


その場にいた男子生徒たちは、じっと隼人を睨みつけていた。それに隼人は気づいていたが、気づかないふりをして俊介たちのもとに戻った。


「よ〜し、じゃあ行くか」


「おう!」


 隼人たちはまず屋台にむかった。屋台にはたこ焼き、焼きそば、クレープ、とうもろこしや、ヨーヨー釣り、金魚すくいなどがあった。


文化祭ではなくお祭りのようだった。隼人は縁にクレープと綿菓子をおごってやった。


「ありがとうございます。隼人さん」


 縁の笑顔を見るだけ幸せになれた感じがした。


それにしても、この感情はなんだろうか。今までになかった感情だからよくわからなかった。


 俊介はヨーヨー釣りを、真治と広和は射的をしていた。勇気はさっきから食べてばかりだ。 

 こうして午前の時間はあっという間に過ぎていってしまった。




 午後1時になった。それに気づいた真治が言った。


「最連寺、午後から用事があるんだろ? いいのか?」


「えっ、あっ、はい……」


 縁は顔を赤くして隼人の様子をうかがっていた。隼人もそろそろだと思っていたところだった。


「そうだな、そろそろ行くか」


「はい」


 隼人と縁は別行動を取ろうとしたとき俊介が言った。


「おい、なんだ? 隼人も用事があんのか? これから体育館に行ってバンド見ようぜ」


「悪い、真治たちと行ってくれ」


 すると、広和は隼人たちが今からしようとすることが分かったのか、にやにやしていた。


「はは〜ん、なるほど。二人の用事はデートか」


「ええ〜! マ、マジかよ」


 俊介が真に驚いていた。勇気も驚き持っていたたこ焼きを落としてしまった。真治は口をあけて固まっている。縁の顔は真っ赤になってうつむいていた。


隼人は隠しても無駄だと思い正直に答えた。


「そうだよ。今から俺と縁はデートだ。邪魔すんなよ。縁、行こうぜ」


 隼人たちは校舎の中へむかった。


後ろから4人がうらやましそうに見ていたが気にしないようにした。


「まったく、広和のやつ言わなくていいこと言いやがって。なあ、縁」


 縁はまだ赤くなっており、うつむいたままだった。隼人の言葉は聞こえていないようだ。


「縁。お〜い、縁」


「は、はい」


 ようやく縁は返事をして顔を上げた。


「そんなに緊張するなよ。せっかくだし楽しもうぜ」


「そうですね。楽しみましょう」


 縁の顔に笑顔が戻った。それを見た隼人は安心した。


「じゃあ、一通りまわってみるか。なにかおもしろうなのがあったら入ってみよう」


「そうですね」


 隼人たちはいろいろまわった。


すると、他とは違った出し物をしている教室があった。そこには迷路ゲームと書かれてあり、二人一組になって数々の難問を解いてゴールを目指すというゲームのようだった。最後に男女ペア限定と書いてある。


「隼人さん、せっかくですし入ってみましょう」


 縁のほうから誘ってきた。なら断ることもない。


「いいぜ。入ってみるか」


 隼人は入り口の前でライトを渡せられ、縁と一緒に中に入った。


中は真っ暗でなにも見えない。これならライトがないと前に進めないだろう。机などで道が作られており、意外に広い教室でよくできていた。


「は、隼人さん、置いて行かないでくださいね」


 そう言って縁は隼人の腕を掴んできた。隼人は腕に少し意識してしまい、緊張しながら進んでいった。


「あ、あそこになにかあるぞ」


 そこには看板が立てかけられており、クイズに答えて正解すると次に進めることができるようだ。間違うと恐ろしいことが起きるようだ。


『問題。神龍神社にある大木の年輪は何年でしょう』


 隼人はよく考えたが思い浮かばなかった。


そういえば、何回も見ているがそんなこと考えたこともなかった。


縁も分からないらしく、仕方なく適当に答えた。


「40年」


 すると、上の方からブザーが鳴り響いた。どうやら間違えたようだ。


そのとき、白い服を着た女性がいきなり出てきて二人を脅かしてきた。


「きゃあ!」

 

 縁が驚いて隼人の腕に強く抱きついてきた。


隼人は幽霊のことよりも縁のほうに気をとられた。女の子に抱きつかれたのは初めてである。そのせいで、どうしたらいいのか混乱してしまったのだ。


「だ、大丈夫だって、縁。ほら、先に進もう」


 縁は隼人の腕に抱きついたまま歩き始めた。腕が熱い。


 次も看板が立てられてあった。二人はその看板を覗いた。


『女性の方は紙に自分の誕生日を書き、男性の方に見られないようにして箱の中に入れてください。そして、男性の方はその女性の誕生日を答えてください』


「これなら、隼人さんはわかりますよね」


 縁はすらすらと自分の誕生日を紙に書き込むと箱の中に入れた。そして、隼人に向き直った。


「隼人さん、答えてください」


 縁は隼人に微笑んで回答を待っている。


隼人は焦っていた。しょうじき覚えていない。確か、縁の誕生日は本当は何かわからないから勝手に決めたはずだ。そのとき、何かの記念日にしたはず。


隼人は必死になって思い出そうとした。それを見た縁は、少しずつ不安そうな顔をして隼人を見ていた。


そこで隼人は思い出した。縁の誕生日は隼人と縁が出会った日のはずだ。それならば、


「7月24日」


 すると、上から花吹雪が舞い落ちてきた。どうやら正解のようだ。


「隼人さん、ちゃんと覚えていたのですね。ありがとうございます」


 縁は笑顔で喜んだ。隼人も間違えずにすんで良かったと心から思った。


 そして、第三問目。これで最後のようだ。


『これは試練です。今からしてもらうことをしなければ出られません。それは、今この場で口付けを交わしてください』


「は?」


 隼人は意味が分からず何度も読み返した。しかし、書いていることは紛れもなくキスのこと。


隼人はどうしたらいいのかわからなかった。それと一緒に、心臓が鼓動し始めた。


そこで入る前の条件がわかった。だから男女ペア限定なのだ。


隼人はバカらしく思い、ため息を吐いた。


「縁、こんなの無視して先にいこうぜ」


 しかし、縁は顔を赤くなってうつむいており、何かを考えていた。そして、震える声で言った。


「でも、しなければ……出られないんですよね? ならば、……仕方ありません……よね」


 縁は何かを決心したかのような表情になり、隼人にゆっくりと近づいてきた。


「……隼人さん、……私は、かまいませんよ……」


 そう言うと、縁はそっと目を閉じた。それを見た隼人の心臓は激しく鼓動していた。


本当にしなければならないのだろうか。それ以前に、自分は縁とキスなんかしていいのだろうか。別に付き合っているわけでもない。それに縁の気持ちもわからない。ましてや自分の気持ちも……。


縁は今かと待ち続けている。隼人は意を決し縁の肩を掴んだ。


自分の体が小刻みに震えているのがわかる。自分の顔は緊張で真っ赤なのだろう。


隼人は生唾を飲み込んで縁の顔に自分の顔を近づける。


あと、数センチ。もう少し。そこで、隼人は目を固く閉じた。そして……、


「だ、だめだ! やっぱりできない!」


「え?」


 縁は目を開け立ち尽くしていた。


隼人は縁から離れ背を向けた。自分の心臓に手を当て静まるのを待っていた。


こんなに緊張したのは試合でも一度もなかった。


ばれないように深呼吸すると少しずつ落ち着いてきた。


 そのとき、上のほうからまたあのブザーが鳴った。どうやらダメだったようだ。


そして、奥から4人のゾンビが出てきた。


縁は驚いて隼人の体に抱きついてきた。


また心臓が激しく鼓動し始めた。体が熱い。


すると、いきなりゾンビがしゃべりだした。


「いいな〜、隼人。俺も彼女欲しい」


「おい、しゃべるなよ。ばれるだろ」


「そうだぜ。ほら、こっち見てるよ」


「もう、ばれてるんじゃないですか?」


 どこかで聞いた声だ。よく考えてみるとその正体がわかった。


隼人はため息を吐くと4人に向かって言った。


「なにしてんだ? 俊介、真治、広和、そして勇気!」


「えっ?」


 縁はきょとんとした顔でゾンビたちを見た。


4人のゾンビはいっせいにマスクを脱いだ。まぎれもなく、その四人は俊介、真治、広和、勇気だった。


「ほらな、ばれちゃったぜ。なにしてんだよ、広和」


「だってよー。うらやましんだもん。最連寺、隼人にずっと抱きついてよ。今でも」


 そのとき縁は自分の状態に気づき、あわてて隼人から離れた。


「邪魔すんなって言われたろ。ごめんな、隼人。悪気はなかったんだ」


 4人は2人にむかって頭を下げた。隼人はまたため息を吐いた。


「まったく、だいたいなんでここにいるんだよ」


「いや、それは、なんか体験できるからって。それで……」


「もう邪魔すんなよ。いこうぜ、縁」


 隼人は縁の手を取り出ていった。ライトを受付の人に返し、隼人たちは行く当てもなく歩いた。


 しばらく、無言のまま歩いた。頭に浮かぶのは、あの最後の問題。


すればよかったのだろうか。しかし、今の自分の気持ちはわからない。


縁はなにを考えているのだろうか。


隼人はこのことは忘れようと思い、首を振って気分を入れ替えた。


「縁、これからどうする?」


 縁の顔を見ると、なぜか恥ずかしそうに頬を赤らめていた。そのとき、隼人はあることに気づいた。さっきから手を繋いだままだ。


「あっ、ご、ごめん」


 隼人は慌てて手を離そうとした、しかし、縁はそうさせなかった。一度離した手を、縁が再び掴んだ。


「……縁」


「い、いやじゃないですから。このままで、いいですから……」


 隼人と縁は照れながらも、無言で手を繋いだまま歩いていった。




 文化祭は何事もなく無事終わった。隼人たちは各自の片付けや掃除をしたりした。それが終わって解散。


隼人は今日も縁と帰った。さっきから男子生徒が隼人を見てくるが気にしなかった。


「隼人さん、今日は楽しかったです。ありがとうございました」


「俺も楽しかったよ。俺のほうこそ、ありがとう」


 そのとき、ポケットに入れてあった携帯が鳴った。どうやらメールがきたようだ。メールの相手は俊介からだ。隼人は内容の確認をした。そこには、


『明日の朝10時から神龍神社で野球だ。遅れんなよ』


と書かれてあった。


「どうしたんですか?」


 縁が隼人の携帯を覗き込んだ。


「明日10時から神社で野球だって。まったく少しは休ませてほしいな」


「ふふ、頑張ってください。あっ、私お弁当作って持っていきます。みんなで食べましょう」

「いいのか、縁? みんな喜ぶぜ」


 二人は楽しそうに話しながら帰っていった。


しかし、二人の頭にはあのときのことばかり思い浮かんでいた。


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