表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストライク  作者: ライト
34/38

十七回表:東西対決

 四回を終え、五回表の天龍高校の攻撃から始まる。バッターは四番の俊介からだ。4‐0で猛虎学園のリード。


猛虎学園のエース榎本は十二連続三振で全てのアウトを取っている。隼人も負けておらず、三回の途中から登板し、四連続三振を奪った。


「よし! いけ、俊介! 一発でかいの打ってこい!」


 隼人は俊介に声をかける。俊介はバットを掴むと、無言のままバッターボックスに向かった。


 マウンドにいる榎本はロージンをつけボールを握った。


「俊介か。最初は三振取ったけど、一番パワーがあるからな。お前も要注意だな」


 榎本は初球渾身のストレートを投げる。それを俊介は打ってファール。そして次もファール。簡単に追い込まれた。


「タイミング合ってるぞ、俊介!」


 隼人の声が聞こえる。


俊介はそっと隼人を見た。あいつの球を捕るたびに思う。やはりおかしかった。いつものような球じゃない。ただの速い球だった。まるで機械が投げてるように。あいつのボールは、もっと生きているようにすごかったはずだ。


 榎本が大きく振りかぶって投げてきた。俊介は無心でそのボールを打った。


カキンッ


 打球は高く上がった。空に一直線に登って行く。球威が落ちると静かに落ちてきた。そのボールを、ピッチャーの榎本は掴んだ。


「アウト!」


 審判が腕を上げた。俊介は榎本を一目見ると、ベンチに戻って行った。


 榎本は悔しそうにそのボールを握っていた。それに気づいた西条は急いでマウンドに上がった。


「落ち着け、榎本。ヒットを打たれたわけじゃない」


 だが、榎本は聞こえていなかった。三振が取れなかったから怒っている。そこが榎本の悪いところだ。一度予定が崩れると短気なせいか、すぐに怒りをあらわにする。


すると、その榎本の頭をショートの赤織が叩いた。


「コラ。ピッチャーがそんな簡単に表情出してどうする。三振取れなかったくらいで怒るな」


 榎本は少し睨んだような目つきで赤織を見た。


「でも、せっかくここまで全部三振にしたんですよ。それなのに」


「ほ~う。なら、おれらは暇だな。突っ立ってるだけなんてつまらんな。お前、ちょっと外野に行って変わってもらうか?」


「え? そ、それは……」


「落ち着いて投げるのと、外野に行くの、どっちがいい?」


 赤織が迫ってくる。榎本は少しうつむきながら前者を選んだ。


「それでいい。気にするな。全三振はなくても、完全試合くらいはしてやるよ」


 そういって赤織はショートに戻って行った。


「ほら、いくぞ」


 西条も自分の場所に戻って行った。


榎本はふっと息を吐き、心を落ち着かせた。このままマウンド下ろされてたまるか。せっかく隼人と投げ合えるんだ。こんな楽しい野球、これからいつできることか。


 次は五番の龍也が打席に入った。龍也は軽くバットを回して構える。


「いくぞ、西条」


 榎本は振りかぶって、おもいっきり投げた。ボールはインコースへのストレート。


龍也はそれを見逃した。さすがにすごい球だ。隼人のほうが速いが、いいところに決まる。


 そして二球目は高速スライダーだ。真ん中からアウトコースへと曲がりストライクを奪った。三球目はストレート。これを龍也はファールした。四球目はカーブ。これもファールする。そして最後はチェンジアップでサードゴロに終わった。


「ドンマイ、龍也くん」


 六番の勇気は龍也に声をかけて打席に入った。


だが、龍也は悔しそうにしていなかった。それよりも笑っていた。わかったぞ。あのバッテリーの弱点。そして、点を取るための突破口を。


 六番の勇気はくせのない綺麗なスイングをする。きちんとした指導を受けることにより得ることが出来たスイングだ。チーム一ミート力のある勇気は、ボールを良く見て振っていく。


だが、勇気はストレートに強くても変化球に弱い。粘ったが、最後の高速スライダーで三振に終わった。


 これで榎本は十三奪三振を奪った。どこまでその数を増やすかに、周りの観客たちは期待を膨らませていた。


 五回裏。猛虎学園の攻撃。打順は四番の西条からだ。


「西条……」


 隼人はボールを掴むと西条を睨みつけた。西条も隼人を睨みつけた。


因縁の対決だった。初めての敵同士での対決。いつも隼人が投げ守り、西条が打ち勝っていた。それが、2人がいた中学時代、青雲中学の勝ち方だった。だが、今2人は別々の高校で野球をしており、こうして対峙している。


 西条は一打席目、翔一の球をホームランしている。二打席目はフォアボールで進出。


「いくぞ、西条。勝負だ!」


 隼人は振りかぶると、俊介のミットめがけおもいっきり投げた。渾身のストレート。西条はバットを回した。


バァァァァンッ


 ミットから凄まじい音が響いた。これでワンストライク。


隼人は俊介からの返球を受け取りマウンドの土を慣らした。西条はぐっとバットを構え、隼人の球を待った。


 二球目。インコースへのボールを西条はファールした。三球目も同じようにファールする。そして次も。何球もファールが続く。何度同じことが繰り返されたか、お互い疲れてきて、荒く呼吸していた。


 隼人はぎゅっとボールを握り、アウトコースに投げた。西条もバットを振った。アウトコースの軌道にバットが回る。西条は打ったと思った。だが、ここでボールの軌道が変わった。


「え?」


 ボールはアウトコースからボールゾーンに出た。ここで隼人はスライダーを投げたのだ。俊介も驚いていた。何とか捕れたが、スライダーを投げるとは思わなかった。


 夏の合宿では、隼人は毎日スライダーの練習をしていた。そのボールが今ここで発揮された。


 隼人はにやっと笑みを浮かべると西条を見た。


「昔の俺と思うなよ、西条」


 そこで西条は悔しそうに隼人を睨みつけた。


「隼人……」


 そして五番の榎本が打席に入る。榎本は気合いを入れてバットを握った。だが、隼人のストレートに手も足も出ない。自分よりも速い球が襲い掛かる。それを始めて目の当たりにした。


「す、すげぇ。やっぱ和田隼人はすげぇ」


 榎本は無邪気に笑っている。それは隼人も同じだった。今思う、野球は楽しい。強いやつと戦い、競い合って行く。これが、野球の一番おもしろいところだ。


 そして最後は隼人のストレートで勝り、榎本を三振で終わらせた。


「くっそ!」


 榎本は悔しそうに、だがその反面嬉しそうに、バットを地面に叩きつけてベンチに戻った。


 次は六番のショート赤織。


隼人はずっとこの赤織に疑問を浮かべていた。なぜ打順が六番なのか。赤織はチーム内でも一番のバッティングセンスを持っているはず。なのに、なぜ四番ではないのだろうか。


 それは俊介も思っていた。俊介はマスクごしから、そっと赤織に話しかけた。


「赤織さん。ちょっと訊きたいことがあるんですけど、なんで六番なんて打ってるんですか? 赤織さんなら四番でしょ?」


 それを聞いて赤織はバッターボックスの土を慣らしながら笑みを浮かべた。


「よく訊かれるぜ、その質問。なぜか教えてやるよ。それはな……一番点が取れるからだ」


「え?」


「おれたちの打順は一見四番の西条を軸に決めてるようだが違う。猛虎学園の打順はどれだけ多くの点が取れるかで考えている。一番の神風が打って、二番の皇乃が進めて、三番の海道が続いて、四番の西条がホームランを打てばいいが、打てないときがある。そのときは、榎本が打って続く。そしてこいつら全員を還らせるのが、六番のおれの仕事だ。後ろの3人は、長打力もパワーもないからな。シングルヒットしか打てない。それに一番アウトになりやすい。だから、俺が打って、チャンスを潰す前に、さっさと掃除するわけよ」


 それで俊介は納得した。つまり、この人は第二の四番。ある意味一番怖いバッターだ。責任感と重圧から負けない根性を持っているからできる仕事。だからキャプテンを任されている。


 俊介は慎重に構えた。隼人はうなずき、そこめがけて投げる。ボールはアウトコースギリギリ外す。そこにちゃんとボールは来た。


「ボール!」


 赤織は振らない。審判は正しい判定をした。赤織はやはり目がいい。


 次もアウトコース。だが中に入れる。隼人はそこにおもいっきり投げた。赤織はバットを振り当てた。打球は後ろへ飛んでファール。


 やはり振ってきた。この人はストライクゾーンに入ればどんな球でも振ってくる。翔一のときは、一打席目にライトへのツーベースヒットで1点与えてしまった。二打席目はフォアボール。未だアウトを取っていない。


 俊介はインコースに構えた。ここならどうする。隼人はそこに投げる。赤織はバットを振らなかった。なぜ? そのときだ。


「ボール!」


 俊介はつい審判のほうを向いた。だがすぐに前を向いた。


ギリギリ入らなかったようだ。インコースだし、審判もちゃんと見ているはず。そこで俊介は気づいた。隼人のコントロールが狂い出した?


 俊介ははっと隼人を見る。隼人はすでに疲れ始め、肩で息をするほどになっていた。俊介は舌打ちをした。まずいな。あまりきわどいところは投げられない。


 俊介はインコースにかまえる。ギリギリではなく、明らかにストライクゾーンの中だ。ここに渾身のストレートを投げろ。


 隼人は振りかぶると、そこめがけておもいっきり投げた。そこで赤織は笑みを浮かべた。


「ストレートばっかじゃ打たれるぜ!」


 俊介は焦った。やばい。打たれる。


 だが、聞こえたのはミットに収まる音だった。赤織のバットは回っている。なのに、ボールはミットの中だ。


 俊介はなぜボールがミットに収まっているのかわからなかった。すると、赤織が呟いた。


「ここでスライダーか。やってくれるぜ」


「え?」


 そこで俊介はわかった。隼人はストレートではなくスライダーを投げたのだ。それも、俊介のミットの位置に来るように。


「あいつ……」


 隼人は帽子を被りなおし、俊介を見てにやっと笑った。


「これで七奪三振。あと6つで追いつくな」


 そして余裕の表情でマウンドを降りた。


「あのやろ」


 俊介も笑みを浮かべると隼人のもとに走って行った。


 スタンドでは大いに賑わっていた。2人のエースによる投手戦。どちらもハイレベルで、三振記録をどこまで増やすかに注目していた。


「やっぱあいつすげぇな。つーか、おれ以外のやつから打たれんなよ」


 玄武高校の千石は隼人を応援していた。他にも、元中学のチームメイトの朱雀高校も同じように応援していた。


「頑張れ、隼人!」


「甲子園行け!」


「榎本倒せ!」


 その声が周りにも伝染し、隼人を応援する数が少しずつ増えていく。


「京介。どう思う?」


 青龍高校の前川が京介に話し掛けた。


「ああ。榎本よりも、和田のほうが球は速い。体力でも、初回から登板している榎本より、和田のほうが有利だろ。だが」


 そこで前川がうなずいた。


「いつ傷み止めが切れるか、だね」


「ああ。和田がここまで投げているのはそのおかげに違いない。そうじゃなければ、あんな剛速球投げられるはずがない。あとは……どれだけ多く投げられるかだ」


 それを考えているのはこの2人だけでなく、天龍高校のベンチにもいた。


鬼塚監督は隼人を見て思う。隼人が傷み止めを打ってどのくらい経つだろうか。そろそろ、その効果が切れるころだ。


「すごい戦いですね。どちらも高校生とは思えない。レベル高いですね。両投手準決勝までの三振数は同数で41個。これで多く取ったほうが三振王ですよ」


 記者室で、川端は興奮状態で今の状況をメモしていく。森本はタバコを吸いながら見ていた。


「まったく。ひやひやする試合だぜ。昔を思い出すな。……頑張れよ、和田。あいつのために」


 六回の表。天龍高校の攻撃。未だノーヒットだ。打順は七番の隼人からだ。決勝戦初打席。


隼人は打席に入ると榎本を見た。


「やっと来たな。和田隼人」


 榎本は嬉しそうに笑みを浮かべた。そして初球、球威のあるストレートを投げる。それが西条のミットに収まった。


「ストライク!」


 隼人はそのボールを見て呟いた。


「なんだ。そんなもんか」


 次の球を隼人は打った。鋭い打球がサードのほうへ。だが、惜しくもファールになった。


榎本はその打球を見て驚いた。それは他のナインも同じだった。まさか、あんな簡単に打たれるとは思わなかった。


「さて、次はヒットかな」


 隼人はバットを構える。榎本は笑みを浮かべた。


「おもしれーじゃん」


 三球目はストレートと同じ球速の高速スライダー。それを隼人はファールした。打球は一塁側スタンドに消える。四球目はタイミングを狂わせるチェンジアップ。だが、これも隼人はファールした。


「おっかしいな。なかなか前に飛ばない」


 榎本と西条は動揺していた。隼人がここまでバッティングがいいとは思っていなかった。それは天龍高校のベンチもだった。


「隼人のやつ。あんなにバッティングいいんだ」


「やるじゃねーか」


 真治と広和は驚いていた。


「あいつはけっこう打つぞ。県の選抜でもよく打ってた。でも、ここまでやるとはな」


 直人も感心して見ていた。


「おそらく、あいつは今誰よりもこの試合に勝ちたいと思っているんだろ。そういう想いが強いと、ここぞというとき力が不思議とみなぎるもんだ」


 龍也はノートを見ながら呟いた。


 榎本の五球目。渾身のストレートを、隼人はおもいっきりバットを振って当てた。快音が響き、打球は飛んで行く。しかし、センターの神風によってアウトになった。


「チッ。センターフライか」


 隼人は悔しそうにベンチに戻って行く。榎本は少し驚きながらマウンドに立っていた。


 これでワンアウトになった。それでも、何とかしてランナーを出さなければ。下位打線だが、なんとしても出て欲しい。


 そのとき、縁がベンチに戻ってきた。


「ゆ、縁ちゃん……」


 灯の声に、全員が縁のほうを見ていた。縁の目は赤くなっており、じっとその目で隼人を見ていた。


「縁……」


 ベンチに座っていた隼人は一目縁を見てすぐに視線を反らした。縁は隼人の前に立った。そしてそっと口を開いた。


「……投げたんですか?」


 その質問に隼人は口を閉ざし答えない。縁はぎゅっと拳に力を込めた。


「投げたんですか!」


 縁の怒声に全員が驚いた。みんな少し怖気づき、びくびくしながら縁を見ていた。


「答えてください! 隼人さん!」


 隼人はチラッと縁を見てうなずいた。そして小さく呟いた。


「ああ……投げた」


 そこで縁は手を上げて隼人の頬を叩いた。隼人の顔が反れ、帽子が下に落ちた。


「……どうして。……どうして投げたんですか! わかってるのですか? 隼人さんは、自分が何をしたかわかってるのですか!」


 縁の怒声が再びベンチ内で響く。それでも隼人はうつむき、黙ったままだった。


「……答えてください。……答えてください! 隼人さん!」


 そこで俊介が縁を止めた。


「おい、最連寺。ちょっと落ち着けって」


「でも、俊介さん。隼人さんは」


「いいんだ」


 隼人がそっと呟いた。その声で全員が隼人のほうを見る。


「頼む、俊介。縁の好きにさせてくれ」


「隼人……」


 俊介は縁から離れた。隼人はそっと縁を見た。


「縁。もう遅い。俺は投げた。お前が控え室で泣いている間、俺は何十球も投げた。おもいっきりな。ここでどうしようと、俺に来年はない」


 そこで全員が疑問を抱いた。


「ちょ、ちょっと待てよ。来年ないってどういうことだ?」


 真治が訊く。それを龍也が止めた。


「今は、隼人の話しを聞くんだ」


 隼人は話しを続けた。


「このままマウンドから降りたら、俺は絶対後悔する。それに、もう今しかないんだ。縁と甲子園行くには、今しかないんだ。……わかってくれ、縁」


 縁は隼人の話しを聞き、その場に立っていた。じっと隼人を見つめている。


 そのとき、9番のレフト健太が三振で終わり、この回も0点で終わった。これで榎本は十四奪三振。


「チェンジか。おい、行くぞ!」


 直人の言葉で全員が守備につく準備に入った。隼人もマウンドに上がろうと立ち上がる。


「隼人さん」


 ベンチから出ようとする隼人に縁が話し掛けた。


「昨日の言葉、覚えていますか? 私、想いをぶつけましたよね」


 隼人はそっとうなずいた。


「ああ。覚えてる。……忘れるわけないだろ」


 そう言って隼人はマウンドに向かって走り出した。その後ろ姿を見て、縁は自分の無力さに腹が立った。


「隼人さん……」


 六回裏。猛虎学園の攻撃。七番のファースト一鷹がバッターボックスに上がった。


「おら、こい!」


 赤織が言ったことが本当ならここがアウトの取りやすいところだ。一鷹も要注意人物だが、ここは抑えておきたい。この回はこの3人で終わらせる。


 俊介はミットを構え、隼人を見る。そのとき、隼人の言葉が頭の中で甦った。


『俺に来年は無い』


 つまり、自分の考えは当たっていたということだろうか。それは、自分だけじゃない。天龍高校ナイン全員が思っているだろう。


 俊介は真剣な目つきに変わった。前に兄の京介から教わったことがある。


俊介が中学時代、初めてキャッチャーのポジションに着いたときだ。そのとき、京介はこう言った。


『いいか、俊介。キャッチャーっていうポジションはな、ピッチャーのことをわかってやらないといけないんだ。ピッチャーはどんなにきつくても、苦しくても、投げなければならない。そんなとき、どうするか。それを救うのがキャッチャーの役目だ』


 俊介はそっと呟いた。


「わかってるよ、兄貴。キャッチャーは……ピッチャーを助けるのが仕事だ」


 隼人はマウンドの上でボールをいじっていた。縁の声が頭の中で響いてく。少し悲しかった。あんなことを言われ、叩かれて。


 隼人はそっと頬に触れた。やっぱり痛かった。でも、それよりも心のほうが痛かった。縁は、俺を信じてくれなかった……。


 隼人は一鷹に向かっておもいっきり投げた。


「うおおお!」


バァァァァンッ


 凄まじい音がミットから響く。隼人はふっと息を吐いた。どうでもいい。もう、どうなってもいい。甲子園にさえ、行ければ。約束さえ果たすことができれば。


 隼人は剛速球を投げ、一鷹を三振で終わらせた。


「よし。これで八つだ」


 そして八番のライト大村も三振に取る。これで九連続奪三振。あと一つで十個目だ。ラストバッターの松本が打席に入る。


「これで終わらせてやる」


 隼人は腕を振り上げ、松本相手におもいっきり投げる。放たれた剛速球は轟音をうならせて俊介のミットの中に収まった。そして二球目もミットに収まる。これでツーストライク。あと一球。そのときだ。


「うっ!」


 隼人は咄嗟に右腕を掴んだ。


「う、嘘だろ……ここで……」


 隼人の異常な状態に俊介は気づくと声をかけた。


「お、おい、隼人。どうかしたのか?」


 隼人は悟られないようにすぐに顔を上げると笑みを浮かべた。


「いや何でもない。気にすんな」


「そうか……」


 隼人は俊介からボールを受け取りマウンドの土を慣らした。頼む。まだ終わるわけにはいかないんだ。頼むから持ってくれ。


 隼人のさっきの行動に、灯は戸惑いを覚えていた。明らかに様子がおかしい。絶対に何か隠している。だけど、今日一番おかしいのは縁だ。


 灯はそっと縁を見た。縁はベンチに座り、肩を落としてうつむいていた。


「隼人さん……」


 縁が呟く。灯は縁を見て思った。おかしかった。いつもなら縁は隼人を応援していた。なのに、今は投げないでほしいという表情をしている。応援をしていない。


「縁ちゃん……」


 隼人は松本と対峙し、背の後ろでボールをいじっていた。不安が募っていく。傷み止めが切れたのだろうか。それとも切れ掛かっているのだろうか。どちらにせよ、さっき確かに痛みが走った。


怖い。次投げたらどうなるだろうか。恐怖心がこみ上げてくる。投げるが怖いと初めて感じた。だけど、自分が投げなければ、勝つことはできない。甲子園に立つことはできない。約束を、守れないんだ。


 隼人は気合で不安を吹っ飛ばし、渾身の一球を投げた。そのときだった。


「がっ……!」


 放たれたボールは俊介のミットの中に収まった。審判が腕を上げる。


「三振! バッターアウト! チェンジ!」


 これで十連続奪三振。観客席から満場の拍手と声援が送られ大いに賑わっていた。


「よし、チェンジだ」


 俊介が隼人のほうを見たときだった。


「え?」


 俊介は持っていたボールを落とした。隼人はマウンドの上で右腕を抑えながらうずくまっているのだ。


「は、隼人くん!」


 灯の声が聞こえて縁はうつむいていた顔を上げた。灯はマウンドを見て口を抑えていた。


そこで縁は嫌な予感がした。まさか……。


縁は立ち上がってベンチから体をはい出した。考えたくなかったが予想通り、マウンドには隼人が腕の痛さにうずくまっている姿があった。


縁は信じられず、大きく叫び声を上げた。


「隼人さん!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ