十六回表:決戦への決断
決勝戦前日。
俊介たちは部室で落ち込んでいた。
あの猛虎学園の力を見てショックを受けているのだ。果てしなく遠い実力の差。それをこの前の試合で嫌というほど思い知らされた。
「あれ? 隼人くんと最連寺さんは?」
勇気は2人がいないことに気づいた。それを俊介が猛虎学園の雑誌を読みながら答えた。
「ああ、2人は病院だ」
「病院?」
真治が聞き返した。龍也が説明する。
「腕を診てもらいにいったんだ。この前の隼人の痛みは尋常じゃなかった。勝つことはできたが、その分代償も大きいかもしれん」
そこでみんなうつむいてしまった。あの試合で、隼人は腕を壊した可能性が高い。もしかしたら……。
そんな暗いムードを直人が吹っ飛ばした。
「おい! 隼人がいないからってなにしょげてんだよ! あいつは最後まで戦った。もし投げれなくても、今度は俺たちが点を取り巻くって優勝しようぜ!」
そのことばに俊介はうなずいた。
「そうだな。よし! 今から練習始めるぞ! 打倒猛虎学園! あと一つで甲子園だ!」
「おう!」
みんな気合を入れると部室を飛び出した。
そのころ、隼人と縁は神龍外科へ向かった。
「大丈夫でしょうか。もしかしたら……」
さっきから縁は悪いことばかり考えていた。
「大丈夫さ。どうってことないよ」
隼人は軽い気持ちで考えていた。
だが、そう簡単にはいかなかった。
「肘が壊れてますね」
「えっ……?」
医師に突然そんなことを言われ、隼人は戸惑ってしまった。後ろにいる縁は口を抑えていた。
「多くの連投によるものでしょう。しばらくは一球も投げないで下さい」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
隼人は勢いよく椅子から立ち上がった。
「明日は決勝なんですよ? 俺が投げなきゃ、誰が昨年優勝の猛虎高校を抑えるんですか?」
医師はふっと息を吐いて隼人を見た。
「いいのかね? これ以上投げれば、二度と投げられなくなるよ。選手生命にかかわるんだ。今から慎重に治していけば、来年の六月には治る」
「ろ、六月って……。そんなことしてたら、何もできないじゃないですか! 一年間練習も何もせずただ待ってろって言うんですか!」
「その通りだ! 今投げて負けても、ただ肘を壊すだけだ。君には来年ある。まだ来年チャンスがあるんだ!」
医師が少し声上げて説得する。だが、隼人は悔しそうに拳を握った。
「でも……でも……ここまで来たんだ。もうすぐ辿り着くんだ。あと一つで、俺は約束を果たせるんだ! 甲子園にいけるんだ!」
隼人は医師の胸元を掴んで訴えた。医師はじっと隼人の目を見て微動だにしない。
隼人はそっと手を離すと椅子に座って頭を抱えた。そんな隼人を見て医師は肩に手を置くと口を開いた。
「私も投げさせてやりたい。あの準決勝から君のファンになってね。なんとか協力したいんだが……。君には未来がある。プロになる器だよ。今より先のことを考えたらどうかな。一年間ゆっくり治していけばきっと大丈夫」
「……はい」
隼人はうつむいたままその場を後にした。縁は一礼すると隼人のあとを追いかけた。
2人は病院をあとにすると歩いていた。
「俺、どうしたらいいんだ……」
隼人がうつむきながらそっと呟いた。縁はそっと隼人を見て口を開く。
「隼人さん。みんなを信じましょう。きっと勝ってくれますよ。もう、一人で野球しないでください。あの時みたいなチームではありません。一緒に頑張ってきた、最高の仲間です。信じることも大切ですよ」
隼人はその言葉を聞いてそっとうなずいた。
「そうだな。ごめん。なんか一人で背負ってたかも」
縁は笑みを浮かべた。
「どんなに重い荷物でも、力を合わせれば軽くなりますよ」
「そうだな」
だが、隼人はこのときすでに決めていた。後戻りはできない、大きな賭けになる選択を……。
2人は部室に戻ってきた。すでに俊介たちは午前の練習を終え、部室で休憩を摂っていた。
「あっ、隼人病院どうだった?」
俊介が問い掛けるとみんなが注目した。隼人はなかなか口を開こうとしない。そこで縁が口を開いた。
「あ、あのですね、隼人さんの腕は……」
「大丈夫だ」
「え?」
縁はそっと隼人を見た。隼人は笑顔を見せるとみんなに言った。
「何ともないって。一日休めれば、決勝には間に合うってよ。今日練習はできないのは残念だが、仕方ねーな」
「隼人さん……」
縁は呟く。みんなは隼人の言葉を聞いて安心した。
「なんだよ、オレてっきりもうダメかと思ったよ。これなら決勝はなんとかなるな」
真治が言ってみんなうなずいた。
「これでなんとか対抗できるな。負けられない戦いだ」
龍也の言葉で隼人はうなずいた。
「あ、悪い、俊介。俺ちょっと用事があるから先帰るわ」
「あ、そっか。まあそれじゃ練習もできないからな。じゃあな」
「ああ。あと、翔一と縁は来てくれ。話があるんだ」
隼人は軽く左で手を振ると出て行った。その後ろを縁と翔一が追いかけた。
3人は部室の裏に来た。隼人は2人に向き直る。
「翔一、決勝の先発はお前だ」
「え? な、なぜですか? さっき先輩大丈夫だって」
「大丈夫ではありません」
縁が口を開いて翔一は驚いた。
「隼人さんの腕は深刻に悪いです。投げることなんてできません」
「そ、そんな……」
「隼人さん、何でしょうじきに言わなかったんですか? みんなを信じてないんですか?」
縁の鋭い目つきが隼人を捉える。隼人はうつむきながら答えた。
「……いや、ただ心配かけたくなかったんだ。ベンチにいるだけでも変わるだろ。まだ俺がいると思えばみんなやりやすくなると思って」
「本当にそれだけですか?」
縁の疑いの目が隼人を捉える。隼人は縁から視線を外すとうなずいた。
「……あ、ああ」
「……わかりました」
「……じゃ、またな」
そういって隼人は行ってしまった。
「隼人さん……」
隼人は家に着いた。そしてすぐさま部屋に入りベッドに横になる。天井を見つめ、左手で目を抑えた。
そのとき、隼人の目から涙がこぼれた。
「くっそ……。ここまできて……。ここまできて、俺は……」
隼人は起き上がると右手で枕を掴んで投げようとした。しかし、激痛が走り落としてしまった。左手で腕を抑える。
「ちくしょ……。ちくしょ……。ちっくしょ……」
夜。
窓から月の光が差し込み、その眩しさで隼人は起き上がった。泣き疲れたのか、そのまま寝たらしい。時間は午後八時を回っていた。
隼人は目を袖で拭くと起き上がった。そのときふと思った。
「神社に行くか……」
なぜか無償に行きたくなった。隼人は玄関を出ると、神龍神社まで歩いていった。
夜の歩道は静かだった。車はあまり通らず虫の鳴き声が聞こえる。いつも走っていたが、歩いて周りの景色を見るとけっこう新鮮な気分になった。
そして神龍神社に着いた。目の前にはあの大木がある。名も無い大きな木。昔、神様がとり付いているということで一時期有名になった。そんな話しはでたらめだとわかると人気はなくなったが。
でも、隼人はこの大木には神様がいるような気がした。なぜなら、縁と出会えたから。
隼人は大木に近づいた。そこで気づいた。そこには一つの人影があった。
「誰だ?」
そこにいたのは縁だった。大木を前に立っている。隼人は隠れてその様子を見ることにした。近くにあった木の陰に隠れた。そこで思った。前にも同じようなことがあったような。
すると、縁が大木に触れ静かに口を開いた。
「何ででしょう……」
「え?」
「なんで、いつもこんなつらい目にあうんでしょうか。……なんで、こんな悲しい想いをしないといけないんでしょうか……」
「縁……」
縁は両手で大木を力強く爪を立て掴んだ。
「なんで、隼人さんの腕までも奪うんですか? 隼人さんが、何かしたんですか? ……いつも……いつも、私との約束のために頑張って……努力してここまで来たのに。……そんなに人をこけにするのがおもしろいんですか!」
縁の目からは大粒の涙が流れていた。悔しそうに歯を食いしばり、大木に拳をぶつけた。
「何か言ってください……。答えてください……。返事してくださいよ!」
そのまま縁は崩れ落ち、地面に手を着けた。隼人はそんな光景を見て、額に手を着いた。
「縁……」
縁は手を握り合わせて声を上げた。
「神様! どうしてそこまでして私から何もかも奪うんですか! 記憶も、家族も、そして、隼人さんの腕まで! どうして邪魔ばかりするんですか! ……もうこれ以上苦しめないで下さい! もし、約束を諦めるなら……記憶も、家族も、求めることを諦めて願いが叶うなら……隼人さんだけは苦しめないで下さい!」
縁が涙を流し、大木に訴える。だが、何一つ変わらず大木はそのままだった。それを見て縁は大声で泣き出した。その声が耳に重く響いてくる。自然と涙が出てしまう。
隼人はそこから飛び出すと、縁の元に走った。
「縁!」
縁は声がしたほうを振り向いた。隼人はそのまま縁を抱きしめた。
「は、隼人さん……。どうしてここに……」
「もういい。もういいから……。縁、これ以上泣かないでくれ……」
「でも……でも……」
「いいんだよ、縁。もう泣かなくていいんだ。俺が、俺が絶対連れて行くから」
「でも、もう隼人さんの腕は……」
隼人は閉じていた目を開き、そっと呟いた。
「……明日の試合、俺は投げる」
「え? ……だ、ダメです。これ以上腕に負担をかけたら」
「でも、俺は勝ちたい。なんとしてでも、勝って甲子園にいきたい。縁、約束したろ?俺が甲子園に連れて行くって。もう、今しかないんだ」
「そんな……隼人さん」
「みんなには言わないでくれ。頼む、縁」
「でも……でも……」
隼人はそっと縁を離した。
「縁、もう一度ここで言わせてくれ。……俺が、甲子園に連れて行く」
縁は泣きながらうずくまっていた。体が震えている。それが肩を掴んでいる隼人の手にも伝わっていた。
「大丈夫。縁はただ、応援してくれるだけでいいんだ」
縁は黙ったままだった。隼人は踵を返すと、立ち上がってその場を去ろうとした。
そのときだ。
「隼人さん!」
隼人はそっと振り向いた。後ろには立ち上がって隼人を見ている縁がいた。眼が赤く、頬には涙の流れたあとがあった。
縁はぐっと拳を握り、胸元にやった。そして頬を赤くし、固唾を飲み込むと、意を決して言った。
「隼人さん、私は……私は隼人さんが……好きです!」
「え?」
隼人はいきなりの言葉に戸惑ってしまった。
縁、今……。
「私は、ずっと隼人さんが好きでした! 私の気持ちが届くなら……明日は投げないで下さい! 投げれば苦痛を味わうだけです! そんな隼人さん、見たくありません!」
「縁……」
「お願いです。隼人さんは……隼人さんだけは苦しまないでください。私は大丈夫です。だから、だから……」
縁は溢れる涙を流しながら必死に隼人を見る。じっと見つめ、隼人の言葉を待っていた。
隼人はうつむき、縁に背を向けた。そのとき、隼人はぐっと拳を握り締め、歯を食いしばった。そして目から涙が溢れ、地面へと落ちて行った。
縁、なんで今いうんだ。こんなときにいうなんて、卑怯すぎる。ずっと縁のために頑張ってきたのに。どうして、今想いを伝えるんだ……。
隼人は涙を拭いた。そして口を開いた。
「縁、ありがと。でも俺……明日は投げる」
そういって隼人は歩き出した。
「隼人さん……」
縁はその場に崩れ落ちると嗚咽をもらして泣いた。
どうすれば止まるのだろうか。どうやって止めることができるのか。何も思い浮かばなかった。もう、隼人が傷つくところを見たくないのに……。
隼人は神社から離れ、縁の姿から見えなくなったところに出た。そこで近くにあった木にもたれかかり、悔しそうに顔を手で抑えた。
なんでこんなことになったのだろうか。運命はこうなることを知っていたのだろうか。いつから自分の人生は狂いだしたのだろうか。それに、縁の告白……。嬉しかった。初めて告白され、自分もこのどうしようもなくこみ上げてくる想いを伝えたかった。なのに、神はそれすら許さなかった。
「運悪すぎるぜ。俺……」
隼人は笑いながらその場に座り込み、静かに涙を流していた。
試合開始数時間前。
隼人は神龍病院の中にいた。医師と隼人。診察室に2人はいた。
「本当にいいんだね?」
隼人はそっとうなずいた。
「……はい」
「わかった」
医師はケースの中からあるものを取り出した。それを隼人の腕に近づける。隼人は腕を出して目を閉じた。
「ごめん、縁……」
隼人は覚悟した。これで、隼人に未来が無くなった……。
決勝戦。
すでに球場のスタンドは満員だった。この試合で一番が決まる。甲子園に行く一校が決定するのだ。
みなその瞬間を一目見ようと足を運ぶ。すでに熱気に包まれた興奮は未だに上昇していた。どちらのチームもおもしろいチームだ。果たしてどちらが勝つのか。
スタンドにはたくさんの知っている選手や生徒がいた。すでに夏休みに入っているので、多くの生徒たちも観戦に来ている。
一塁側には天龍高校の生徒たちが応援に来ていた。吹奏楽部やチアリーダーなど応援団をはじめ、先生方や全校生徒が見にきている。
三塁側も猛虎学園の生徒たちが見にきていた。何十人といる猛虎学園の野球部がいる。
他にも、隼人の両親や縁の両親。そして倒してきた海龍高校の選手や玄武高校の千石、朱雀高校の隼人の元チームメイト。青龍高校の前川や俊介の兄京介までいる。
そして森本も記者室にいた。
「とうとう始まりますね。決勝戦。どっちが勝つんでしょうね」
川端は興奮していた。森本はタバコをくわえながら考えごとをしていた。
これで天龍高校が勝てば……。あの子はようやく再会する。本当の家族に。
「川端、賭けようか。どっちが勝つか」
「いいんですか? じゃあ、何倍ですか?」
「猛虎学園は2倍。天龍高校は3倍でどうだ」
「いいですよ。なら僕は猛虎学園に一万円です。森本さんは?」
森本はタバコを灰皿に入れて言った。
「天龍に五万円」
「ご、五万円ですか? しかも天龍に」
「ああ。お前が勝ったら一万の2倍と俺の五万あげるよ。だがな、俺が勝ったら五万の3倍とお前の一万くれよ」
「いいですよ。絶対猛虎学園ですし」
森本は鼻で笑った。
「そう簡単にはいかないよ。勝負は想いが強いほうが勝つんだ」
そのころ、球場の外では俊介たちがいた。もうすぐ試合なのに隼人が来ないのだ。
「なにやってんだよ。遅刻ぐせは治ったんじゃないのか」
俊介は焦りながら呟いた。
「最連寺は何か聞いていないのか?」
龍也が縁に訊いた。だが、縁は首をふるだけだった。そのときだ。
「あっ、来たよ!」
みな灯が指すほうを見る。そこには確かに隼人がいた。バッグをかつぎ、とぼとぼと歩いて来る。
「おい、遅いぞ! 何やってんだよ」
「ああ、悪い。ちょっと寝坊して……」
「こんなときに何してんだよ」
真治があきれて言う。
「だが、緊張していないと言う意味かな。いや、緊張して寝れなかったのかも」
龍也が笑いながら解明しようとする。
「まぁ、いいや。いこうぜ」
俊介を先頭に中に入っていった。
「隼人さん……」
縁が隼人を見る。隼人は一目縁を見ると、うつむいたまま歩いていった。
中に入ると、耳が痛くなるほど歓声がすごかった。
「さすが決勝戦。燃えてくるぜ!」
「うん!」
「頑張りましょう!」
真治や広和、勇気は気合十分だった。これなら大丈夫のようだ。下手に緊張もしていない。
「とうとうここまできたぜ」
「ああ。僕のデータもこの日のためにとって来た。生かすのに十分な機会だ」
直人も龍也もいい感じだ。
「とうとうここまで来たか」
「先輩たちすごいですね。あと一回で……」
「お、おら、試合に出ないのに緊張してきた……」
一年生も少しはいい感じではいる。翔一だけは深刻な顔でいる。いつものようにはしゃがず、口を閉ざしじっとしていた。
予想していたときと比べたら随分いい。あとは……。
俊介は一人の選手を見た。
隼人。あいつだけはどうもおかしい。何か隠している。それが何かわからない。だが、あいつがみんなに心配かけるようなことはない。俺は、少しでも投手を助ける。それが捕手の役目だ。
鬼塚監督は全員を集めた。
「オーダーの確認をする。一番センター風間。二番セカンド高杉。三番サード刹那。四番キャッチャー池谷。五番ショート大野。六番ファースト西田。七番ピッチャー紅崎。八番ライト青山。九番レフト杉村。以上だ」
そのオーダーを聞いて誰もが思った。
隼人は? なぜ隼人の名前が聞こえない?
「か、監督、もう一度言ってください。先発は誰ですか?」
俊介が恐る恐る尋ねる。鬼塚監督は俊介を見てはっきりと言った。
「今日の先発は紅崎だ」
翔一は申し訳無さそうにうつむきながら後ろにいた。俊介は隼人を見た。隼人はベンチでうつむき下を向いていた。
「は、隼人は? なんで隼人が投げないんですか?」
すると、隼人がいきなり笑い出した。
「はは、はははは。何だよ、俊介、その顔。なに動揺してんだよ」
「だって……お前……昨日大丈夫って」
「ああ、大丈夫だぜ。ただな、さっき遅刻したせいで監督が先発降ろしたんだよ。もう怖かったぜ。叩かれると思ったもん。悪いな。やばくなったら交代する約束だから」
「でも……」
「仕方ねーよ。それより、俺が戻ってくるまで頑張れよ。いきなり十点差とかなったらシャレになんねーからな」
俊介はぎゅっと拳を握った。その様子を見て隼人は俊介に目を向ける。
悪い、俊介。
そのとき練習が始まった。
「おら、練習しないと体動かねーぞ。いってこい!」
みんなは気合の抜けた表情でノックにいった。
「いいのか、和田」
鬼塚監督はバットを持って隼人に尋ねた。
「ええ、いいんですよ。これで……」
鬼塚監督はうなずくとノックしにいった。
「隼人くん。大丈夫かな。何か、いつもより元気ないし、落ち込んでいるように見えるよ」
灯は隼人を見て呟いた。その隣で縁は悲しげな目で隼人を見ていた。
ブルペンでは翔一が俊介のミットめがけ投げていた。
「翔一、こうなったら仕方ねー。お前が踏ん張るんだ。得意の変化球主体のリードで抑えるぞ」
「はい!」
翔一は生意気なことを言わず、素直に返事をした。
そのころ猛虎学園は練習が終わり、キャプテンの赤織の元に集まっていた。
「オーダーの確認をする。一番センター神風。二番セカンド皇乃。三番サード海道。四番キャッチャー西条。五番ピッチャー榎本。六番ショートおれ。七番ファースト一鷹。八番ライト大村。九番レフト松本。……いいか。相手がどこだろうと関係ない。徹底的に叩き潰すだけだ。おれたちは王者猛虎学園。負けることは許されない。もう一度、あの舞台に立って一番になるのはおれたちだ!」
赤織の言葉に全員がうなずいた。
「いくぞ!」
「おう!」
天龍高校の練習を終え、あとは試合が始まるだけとなった。みな期待を胸にグラウンドを見つめる。さっきまでざわついていた球場が一斉に静まり返った。多くの観客たちが口を閉じ、ただ試合が始まるのを待っている。
審判たちが中央にあつまると主審が大きく手を上げた。
「選手集合!」
「いくぞ!」
「勝つのは俺たちだ!」
両チームの選手が一斉に中央に整列した。
「おい、隼人。何でお前が先発じゃないんだ?」
怒りに満ちた目で榎本が睨んでくる。隼人はその視線から目を反らすと口を開いた。
「切り札は温存だ。俺と戦いたければ、うちの一年を倒しな」
そこで榎本たち猛虎学園のレギュラーメンバーはにやっと笑った。
「コールドギリギリのときに出てくるんだな」
榎本が見下して見てくる。隼人はその目を睨みつけて返した。そして右腕に触れる。
頼む。一回でもいいから多くもってくれ。
「只今より、決勝戦猛虎学園対天龍高校の試合を始めます。礼!」
「しゃっす!」
今始まった。頂点が決まる死闘の戦いが。どちらが勝っても史上初。
王者猛虎学園の四連覇か。天龍高校初出場初優勝か。
みな固唾を呑んで見守る。その球場は異様な雰囲気に包まれていた。
空に恵まれた快晴の中、ただ一人の選手はすでに大きな賭けに出ていた。その選手を見守る一人のマネージャーは一球の白い硬球を握りしめていた。
天龍高校からの攻撃。一番の真治が打席に入る。猛虎学園のナインは余裕の表情で守備に着いていた。
榎本はロージンを着け、ベンチに座っているは隼人を睨みつけた。
「すぐに引きずり出してやるよ。和田隼人……」
そして今、試合開始を告げる合図が上がった。その場にいる誰もが、予想できなかった決着が待っていることを知らずに……。
「プレイボール!」