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ストライク  作者: ライト
32/38

十六回表:決戦への決断

 決勝戦前日。


俊介たちは部室で落ち込んでいた。


あの猛虎学園の力を見てショックを受けているのだ。果てしなく遠い実力の差。それをこの前の試合で嫌というほど思い知らされた。


「あれ? 隼人くんと最連寺さんは?」


 勇気は2人がいないことに気づいた。それを俊介が猛虎学園の雑誌を読みながら答えた。


「ああ、2人は病院だ」


「病院?」


 真治が聞き返した。龍也が説明する。


「腕を診てもらいにいったんだ。この前の隼人の痛みは尋常じゃなかった。勝つことはできたが、その分代償も大きいかもしれん」


 そこでみんなうつむいてしまった。あの試合で、隼人は腕を壊した可能性が高い。もしかしたら……。


そんな暗いムードを直人が吹っ飛ばした。


「おい! 隼人がいないからってなにしょげてんだよ! あいつは最後まで戦った。もし投げれなくても、今度は俺たちが点を取り巻くって優勝しようぜ!」


 そのことばに俊介はうなずいた。


「そうだな。よし! 今から練習始めるぞ! 打倒猛虎学園! あと一つで甲子園だ!」


「おう!」


 みんな気合を入れると部室を飛び出した。




 そのころ、隼人と縁は神龍外科へ向かった。


「大丈夫でしょうか。もしかしたら……」


 さっきから縁は悪いことばかり考えていた。


「大丈夫さ。どうってことないよ」


 隼人は軽い気持ちで考えていた。


だが、そう簡単にはいかなかった。


「肘が壊れてますね」


「えっ……?」


 医師に突然そんなことを言われ、隼人は戸惑ってしまった。後ろにいる縁は口を抑えていた。


「多くの連投によるものでしょう。しばらくは一球も投げないで下さい」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 隼人は勢いよく椅子から立ち上がった。


「明日は決勝なんですよ? 俺が投げなきゃ、誰が昨年優勝の猛虎高校を抑えるんですか?」


 医師はふっと息を吐いて隼人を見た。


「いいのかね? これ以上投げれば、二度と投げられなくなるよ。選手生命にかかわるんだ。今から慎重に治していけば、来年の六月には治る」


「ろ、六月って……。そんなことしてたら、何もできないじゃないですか! 一年間練習も何もせずただ待ってろって言うんですか!」


「その通りだ! 今投げて負けても、ただ肘を壊すだけだ。君には来年ある。まだ来年チャンスがあるんだ!」


 医師が少し声上げて説得する。だが、隼人は悔しそうに拳を握った。


「でも……でも……ここまで来たんだ。もうすぐ辿り着くんだ。あと一つで、俺は約束を果たせるんだ! 甲子園にいけるんだ!」


 隼人は医師の胸元を掴んで訴えた。医師はじっと隼人の目を見て微動だにしない。


隼人はそっと手を離すと椅子に座って頭を抱えた。そんな隼人を見て医師は肩に手を置くと口を開いた。


「私も投げさせてやりたい。あの準決勝から君のファンになってね。なんとか協力したいんだが……。君には未来がある。プロになる器だよ。今より先のことを考えたらどうかな。一年間ゆっくり治していけばきっと大丈夫」


「……はい」


 隼人はうつむいたままその場を後にした。縁は一礼すると隼人のあとを追いかけた。


 2人は病院をあとにすると歩いていた。


「俺、どうしたらいいんだ……」


 隼人がうつむきながらそっと呟いた。縁はそっと隼人を見て口を開く。


「隼人さん。みんなを信じましょう。きっと勝ってくれますよ。もう、一人で野球しないでください。あの時みたいなチームではありません。一緒に頑張ってきた、最高の仲間です。信じることも大切ですよ」


 隼人はその言葉を聞いてそっとうなずいた。


「そうだな。ごめん。なんか一人で背負ってたかも」


 縁は笑みを浮かべた。


「どんなに重い荷物でも、力を合わせれば軽くなりますよ」


「そうだな」


 だが、隼人はこのときすでに決めていた。後戻りはできない、大きな賭けになる選択を……。




 2人は部室に戻ってきた。すでに俊介たちは午前の練習を終え、部室で休憩を摂っていた。


「あっ、隼人病院どうだった?」


 俊介が問い掛けるとみんなが注目した。隼人はなかなか口を開こうとしない。そこで縁が口を開いた。


「あ、あのですね、隼人さんの腕は……」


「大丈夫だ」


「え?」


 縁はそっと隼人を見た。隼人は笑顔を見せるとみんなに言った。


「何ともないって。一日休めれば、決勝には間に合うってよ。今日練習はできないのは残念だが、仕方ねーな」


「隼人さん……」


 縁は呟く。みんなは隼人の言葉を聞いて安心した。


「なんだよ、オレてっきりもうダメかと思ったよ。これなら決勝はなんとかなるな」


 真治が言ってみんなうなずいた。


「これでなんとか対抗できるな。負けられない戦いだ」


 龍也の言葉で隼人はうなずいた。


「あ、悪い、俊介。俺ちょっと用事があるから先帰るわ」


「あ、そっか。まあそれじゃ練習もできないからな。じゃあな」


「ああ。あと、翔一と縁は来てくれ。話があるんだ」


 隼人は軽く左で手を振ると出て行った。その後ろを縁と翔一が追いかけた。


 3人は部室の裏に来た。隼人は2人に向き直る。


「翔一、決勝の先発はお前だ」


「え? な、なぜですか? さっき先輩大丈夫だって」


「大丈夫ではありません」


 縁が口を開いて翔一は驚いた。


「隼人さんの腕は深刻に悪いです。投げることなんてできません」


「そ、そんな……」


「隼人さん、何でしょうじきに言わなかったんですか? みんなを信じてないんですか?」


 縁の鋭い目つきが隼人を捉える。隼人はうつむきながら答えた。


「……いや、ただ心配かけたくなかったんだ。ベンチにいるだけでも変わるだろ。まだ俺がいると思えばみんなやりやすくなると思って」


「本当にそれだけですか?」


 縁の疑いの目が隼人を捉える。隼人は縁から視線を外すとうなずいた。


「……あ、ああ」


「……わかりました」


「……じゃ、またな」


 そういって隼人は行ってしまった。


「隼人さん……」


 隼人は家に着いた。そしてすぐさま部屋に入りベッドに横になる。天井を見つめ、左手で目を抑えた。


そのとき、隼人の目から涙がこぼれた。


「くっそ……。ここまできて……。ここまできて、俺は……」


 隼人は起き上がると右手で枕を掴んで投げようとした。しかし、激痛が走り落としてしまった。左手で腕を抑える。


「ちくしょ……。ちくしょ……。ちっくしょ……」




 夜。


窓から月の光が差し込み、その眩しさで隼人は起き上がった。泣き疲れたのか、そのまま寝たらしい。時間は午後八時を回っていた。


隼人は目を袖で拭くと起き上がった。そのときふと思った。


「神社に行くか……」


 なぜか無償に行きたくなった。隼人は玄関を出ると、神龍神社まで歩いていった。


 夜の歩道は静かだった。車はあまり通らず虫の鳴き声が聞こえる。いつも走っていたが、歩いて周りの景色を見るとけっこう新鮮な気分になった。


 そして神龍神社に着いた。目の前にはあの大木がある。名も無い大きな木。昔、神様がとり付いているということで一時期有名になった。そんな話しはでたらめだとわかると人気はなくなったが。


 でも、隼人はこの大木には神様がいるような気がした。なぜなら、縁と出会えたから。


 隼人は大木に近づいた。そこで気づいた。そこには一つの人影があった。


「誰だ?」


 そこにいたのは縁だった。大木を前に立っている。隼人は隠れてその様子を見ることにした。近くにあった木の陰に隠れた。そこで思った。前にも同じようなことがあったような。


 すると、縁が大木に触れ静かに口を開いた。


「何ででしょう……」


「え?」


「なんで、いつもこんなつらい目にあうんでしょうか。……なんで、こんな悲しい想いをしないといけないんでしょうか……」


「縁……」


 縁は両手で大木を力強く爪を立て掴んだ。


「なんで、隼人さんの腕までも奪うんですか? 隼人さんが、何かしたんですか? ……いつも……いつも、私との約束のために頑張って……努力してここまで来たのに。……そんなに人をこけにするのがおもしろいんですか!」


 縁の目からは大粒の涙が流れていた。悔しそうに歯を食いしばり、大木に拳をぶつけた。


「何か言ってください……。答えてください……。返事してくださいよ!」


 そのまま縁は崩れ落ち、地面に手を着けた。隼人はそんな光景を見て、額に手を着いた。


「縁……」


 縁は手を握り合わせて声を上げた。


「神様! どうしてそこまでして私から何もかも奪うんですか! 記憶も、家族も、そして、隼人さんの腕まで! どうして邪魔ばかりするんですか! ……もうこれ以上苦しめないで下さい! もし、約束を諦めるなら……記憶も、家族も、求めることを諦めて願いが叶うなら……隼人さんだけは苦しめないで下さい!」


 縁が涙を流し、大木に訴える。だが、何一つ変わらず大木はそのままだった。それを見て縁は大声で泣き出した。その声が耳に重く響いてくる。自然と涙が出てしまう。


隼人はそこから飛び出すと、縁の元に走った。


「縁!」


 縁は声がしたほうを振り向いた。隼人はそのまま縁を抱きしめた。


「は、隼人さん……。どうしてここに……」


「もういい。もういいから……。縁、これ以上泣かないでくれ……」


「でも……でも……」


「いいんだよ、縁。もう泣かなくていいんだ。俺が、俺が絶対連れて行くから」


「でも、もう隼人さんの腕は……」


 隼人は閉じていた目を開き、そっと呟いた。


「……明日の試合、俺は投げる」


「え? ……だ、ダメです。これ以上腕に負担をかけたら」


「でも、俺は勝ちたい。なんとしてでも、勝って甲子園にいきたい。縁、約束したろ?俺が甲子園に連れて行くって。もう、今しかないんだ」


「そんな……隼人さん」


「みんなには言わないでくれ。頼む、縁」


「でも……でも……」


 隼人はそっと縁を離した。


「縁、もう一度ここで言わせてくれ。……俺が、甲子園に連れて行く」


 縁は泣きながらうずくまっていた。体が震えている。それが肩を掴んでいる隼人の手にも伝わっていた。


「大丈夫。縁はただ、応援してくれるだけでいいんだ」


 縁は黙ったままだった。隼人は踵を返すと、立ち上がってその場を去ろうとした。


そのときだ。


「隼人さん!」


 隼人はそっと振り向いた。後ろには立ち上がって隼人を見ている縁がいた。眼が赤く、頬には涙の流れたあとがあった。


 縁はぐっと拳を握り、胸元にやった。そして頬を赤くし、固唾を飲み込むと、意を決して言った。


「隼人さん、私は……私は隼人さんが……好きです!」


「え?」


 隼人はいきなりの言葉に戸惑ってしまった。


縁、今……。


「私は、ずっと隼人さんが好きでした! 私の気持ちが届くなら……明日は投げないで下さい! 投げれば苦痛を味わうだけです! そんな隼人さん、見たくありません!」


「縁……」


「お願いです。隼人さんは……隼人さんだけは苦しまないでください。私は大丈夫です。だから、だから……」


 縁は溢れる涙を流しながら必死に隼人を見る。じっと見つめ、隼人の言葉を待っていた。


隼人はうつむき、縁に背を向けた。そのとき、隼人はぐっと拳を握り締め、歯を食いしばった。そして目から涙が溢れ、地面へと落ちて行った。


縁、なんで今いうんだ。こんなときにいうなんて、卑怯すぎる。ずっと縁のために頑張ってきたのに。どうして、今想いを伝えるんだ……。


 隼人は涙を拭いた。そして口を開いた。


「縁、ありがと。でも俺……明日は投げる」


 そういって隼人は歩き出した。


「隼人さん……」


 縁はその場に崩れ落ちると嗚咽をもらして泣いた。


どうすれば止まるのだろうか。どうやって止めることができるのか。何も思い浮かばなかった。もう、隼人が傷つくところを見たくないのに……。


 隼人は神社から離れ、縁の姿から見えなくなったところに出た。そこで近くにあった木にもたれかかり、悔しそうに顔を手で抑えた。


なんでこんなことになったのだろうか。運命はこうなることを知っていたのだろうか。いつから自分の人生は狂いだしたのだろうか。それに、縁の告白……。嬉しかった。初めて告白され、自分もこのどうしようもなくこみ上げてくる想いを伝えたかった。なのに、神はそれすら許さなかった。


「運悪すぎるぜ。俺……」


 隼人は笑いながらその場に座り込み、静かに涙を流していた。




 試合開始数時間前。


隼人は神龍病院の中にいた。医師と隼人。診察室に2人はいた。


「本当にいいんだね?」


 隼人はそっとうなずいた。


「……はい」


「わかった」


 医師はケースの中からあるものを取り出した。それを隼人の腕に近づける。隼人は腕を出して目を閉じた。


「ごめん、縁……」


 隼人は覚悟した。これで、隼人に未来が無くなった……。




 決勝戦。


すでに球場のスタンドは満員だった。この試合で一番が決まる。甲子園に行く一校が決定するのだ。


みなその瞬間を一目見ようと足を運ぶ。すでに熱気に包まれた興奮は未だに上昇していた。どちらのチームもおもしろいチームだ。果たしてどちらが勝つのか。


 スタンドにはたくさんの知っている選手や生徒がいた。すでに夏休みに入っているので、多くの生徒たちも観戦に来ている。


一塁側には天龍高校の生徒たちが応援に来ていた。吹奏楽部やチアリーダーなど応援団をはじめ、先生方や全校生徒が見にきている。


三塁側も猛虎学園の生徒たちが見にきていた。何十人といる猛虎学園の野球部がいる。


他にも、隼人の両親や縁の両親。そして倒してきた海龍高校の選手や玄武高校の千石、朱雀高校の隼人の元チームメイト。青龍高校の前川や俊介の兄京介までいる。


そして森本も記者室にいた。


「とうとう始まりますね。決勝戦。どっちが勝つんでしょうね」


 川端は興奮していた。森本はタバコをくわえながら考えごとをしていた。


これで天龍高校が勝てば……。あの子はようやく再会する。本当の家族に。


「川端、賭けようか。どっちが勝つか」


「いいんですか? じゃあ、何倍ですか?」


「猛虎学園は2倍。天龍高校は3倍でどうだ」


「いいですよ。なら僕は猛虎学園に一万円です。森本さんは?」


 森本はタバコを灰皿に入れて言った。


「天龍に五万円」


「ご、五万円ですか? しかも天龍に」


「ああ。お前が勝ったら一万の2倍と俺の五万あげるよ。だがな、俺が勝ったら五万の3倍とお前の一万くれよ」


「いいですよ。絶対猛虎学園ですし」


 森本は鼻で笑った。


「そう簡単にはいかないよ。勝負は想いが強いほうが勝つんだ」


 そのころ、球場の外では俊介たちがいた。もうすぐ試合なのに隼人が来ないのだ。


「なにやってんだよ。遅刻ぐせは治ったんじゃないのか」


 俊介は焦りながら呟いた。


「最連寺は何か聞いていないのか?」


 龍也が縁に訊いた。だが、縁は首をふるだけだった。そのときだ。


「あっ、来たよ!」


 みな灯が指すほうを見る。そこには確かに隼人がいた。バッグをかつぎ、とぼとぼと歩いて来る。


「おい、遅いぞ! 何やってんだよ」


「ああ、悪い。ちょっと寝坊して……」


「こんなときに何してんだよ」


 真治があきれて言う。


「だが、緊張していないと言う意味かな。いや、緊張して寝れなかったのかも」


 龍也が笑いながら解明しようとする。


「まぁ、いいや。いこうぜ」


 俊介を先頭に中に入っていった。


「隼人さん……」


 縁が隼人を見る。隼人は一目縁を見ると、うつむいたまま歩いていった。


 中に入ると、耳が痛くなるほど歓声がすごかった。


「さすが決勝戦。燃えてくるぜ!」


「うん!」


「頑張りましょう!」


 真治や広和、勇気は気合十分だった。これなら大丈夫のようだ。下手に緊張もしていない。


「とうとうここまできたぜ」


「ああ。僕のデータもこの日のためにとって来た。生かすのに十分な機会だ」


 直人も龍也もいい感じだ。


「とうとうここまで来たか」


「先輩たちすごいですね。あと一回で……」


「お、おら、試合に出ないのに緊張してきた……」


 一年生も少しはいい感じではいる。翔一だけは深刻な顔でいる。いつものようにはしゃがず、口を閉ざしじっとしていた。


予想していたときと比べたら随分いい。あとは……。


俊介は一人の選手を見た。


隼人。あいつだけはどうもおかしい。何か隠している。それが何かわからない。だが、あいつがみんなに心配かけるようなことはない。俺は、少しでも投手を助ける。それが捕手の役目だ。


 鬼塚監督は全員を集めた。


「オーダーの確認をする。一番センター風間。二番セカンド高杉。三番サード刹那。四番キャッチャー池谷。五番ショート大野。六番ファースト西田。七番ピッチャー紅崎。八番ライト青山。九番レフト杉村。以上だ」


 そのオーダーを聞いて誰もが思った。


隼人は? なぜ隼人の名前が聞こえない?


「か、監督、もう一度言ってください。先発は誰ですか?」


 俊介が恐る恐る尋ねる。鬼塚監督は俊介を見てはっきりと言った。


「今日の先発は紅崎だ」


 翔一は申し訳無さそうにうつむきながら後ろにいた。俊介は隼人を見た。隼人はベンチでうつむき下を向いていた。


「は、隼人は? なんで隼人が投げないんですか?」


 すると、隼人がいきなり笑い出した。


「はは、はははは。何だよ、俊介、その顔。なに動揺してんだよ」


「だって……お前……昨日大丈夫って」


「ああ、大丈夫だぜ。ただな、さっき遅刻したせいで監督が先発降ろしたんだよ。もう怖かったぜ。叩かれると思ったもん。悪いな。やばくなったら交代する約束だから」


「でも……」


「仕方ねーよ。それより、俺が戻ってくるまで頑張れよ。いきなり十点差とかなったらシャレになんねーからな」


 俊介はぎゅっと拳を握った。その様子を見て隼人は俊介に目を向ける。


悪い、俊介。


 そのとき練習が始まった。


「おら、練習しないと体動かねーぞ。いってこい!」


 みんなは気合の抜けた表情でノックにいった。


「いいのか、和田」


 鬼塚監督はバットを持って隼人に尋ねた。


「ええ、いいんですよ。これで……」


 鬼塚監督はうなずくとノックしにいった。


「隼人くん。大丈夫かな。何か、いつもより元気ないし、落ち込んでいるように見えるよ」


 灯は隼人を見て呟いた。その隣で縁は悲しげな目で隼人を見ていた。


ブルペンでは翔一が俊介のミットめがけ投げていた。


「翔一、こうなったら仕方ねー。お前が踏ん張るんだ。得意の変化球主体のリードで抑えるぞ」


「はい!」


 翔一は生意気なことを言わず、素直に返事をした。


 そのころ猛虎学園は練習が終わり、キャプテンの赤織の元に集まっていた。


「オーダーの確認をする。一番センター神風。二番セカンド皇乃。三番サード海道。四番キャッチャー西条。五番ピッチャー榎本。六番ショートおれ。七番ファースト一鷹。八番ライト大村。九番レフト松本。……いいか。相手がどこだろうと関係ない。徹底的に叩き潰すだけだ。おれたちは王者猛虎学園。負けることは許されない。もう一度、あの舞台に立って一番になるのはおれたちだ!」


 赤織の言葉に全員がうなずいた。


「いくぞ!」


「おう!」


 天龍高校の練習を終え、あとは試合が始まるだけとなった。みな期待を胸にグラウンドを見つめる。さっきまでざわついていた球場が一斉に静まり返った。多くの観客たちが口を閉じ、ただ試合が始まるのを待っている。


 審判たちが中央にあつまると主審が大きく手を上げた。


「選手集合!」


「いくぞ!」


「勝つのは俺たちだ!」


 両チームの選手が一斉に中央に整列した。


「おい、隼人。何でお前が先発じゃないんだ?」


 怒りに満ちた目で榎本が睨んでくる。隼人はその視線から目を反らすと口を開いた。


「切り札は温存だ。俺と戦いたければ、うちの一年を倒しな」


 そこで榎本たち猛虎学園のレギュラーメンバーはにやっと笑った。


「コールドギリギリのときに出てくるんだな」


 榎本が見下して見てくる。隼人はその目を睨みつけて返した。そして右腕に触れる。


頼む。一回でもいいから多くもってくれ。


「只今より、決勝戦猛虎学園対天龍高校の試合を始めます。礼!」


「しゃっす!」


 今始まった。頂点が決まる死闘の戦いが。どちらが勝っても史上初。


王者猛虎学園の四連覇か。天龍高校初出場初優勝か。


みな固唾を呑んで見守る。その球場は異様な雰囲気に包まれていた。


空に恵まれた快晴の中、ただ一人の選手はすでに大きな賭けに出ていた。その選手を見守る一人のマネージャーは一球の白い硬球を握りしめていた。


天龍高校からの攻撃。一番の真治が打席に入る。猛虎学園のナインは余裕の表情で守備に着いていた。


榎本はロージンを着け、ベンチに座っているは隼人を睨みつけた。


「すぐに引きずり出してやるよ。和田隼人……」


 そして今、試合開始を告げる合図が上がった。その場にいる誰もが、予想できなかった決着が待っていることを知らずに……。


「プレイボール!」

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