十五回裏:王者降臨と監督の秘密
準決勝の青龍高校との対決を何とか勝利に収め、天龍高校の名は今まで以上に上がった。
「おい、見ろよこれ。『決勝に進んだ天龍高校。その力は本物。全員が力を発揮すれば甲子園も夢じゃない』だってよ」
真治は嬉しそうに読んでいた。
「こっちもすげぇぞ。『注目ナンバーワンの天龍高校。新チームはどこまで行けるか。その力は計り知れず』」
広和も嬉しそうに音読する。
「こっちは『青龍高校倒した天龍高校。激闘を征したが猛虎学園に通用するか。一番熱い戦いになるだろう』だって」
翔一も興奮している。
そのとき、部室がノックされた。
「こんにちは。天龍高校の野球部のみなさん」
俊介は立ち上がると問い掛けた。
「あ、あの、どちらさんで?」
「ああ、悪かったね。私は、こういう者です」
俊介は記者から名刺を受け取った。
「熱闘スポーツ雑誌記者、森本雄作?」
「じゃ、取材に来たんですか?」
真治が嬉しそうに言う。
「まぁ、そうだね。仕事といや仕事で来た。せっかくだ。ちょっと取材していいかな?」
「あ、はい」
それから選手一人ずつ取材された。
真治は自慢の足を、広和は得意のバントをアピールする。勇気はここまで活躍していないが、森本さんはミートの良さを評価していた。直人にはここぞというバッティングセンス、龍也には鉄壁の守備について聞き、メモしていく。キャプテンの俊介にも、これからの意気込みとチームの特徴を聞き、キャッチャーの上位争いについて話した。一位は兄の京介だが、今のところ俊介は二位らしい。
そして最後は隼人である。
「今注目ナンバーワンの投手、和田隼人くん。決勝まで駒を進めたが、その感想は?」
「絶対に勝って甲子園に行きます。それが、約束ですから」
その言葉に森本は食いついた。
「約束……って言ったね。誰と約束したんだい?」
「それは……」
隼人はそっと縁を見た。森本も縁に気づいた。
「なるほど、そういうことか。おもしろいね。ちょっとプライバシーに関わるな。このこと、記事にしてもいいかな? 『天才ピッチャー和田隼人。マネージャーとの約束のために甲子園を目指す』おもしろい記事になるな。頼む。許可してくれないか?」
「でも、縁が……」
「もちろん。許可してくれるなら二人から話しを聞こうと思う。彼女もこっちに来させてくれ」
縁も取材に加わり、森本さんに話した。
「なるほど。幼いころの約束のためか。実におもしろいな。いいネタもらったよ。本当にありがと。雑誌ができたら無料で送るよ」
森本は立ち上がった。そして部室を出ようとするところで立ち止まった。
「ああ、そうだった。監督の鬼塚さんはどこかな?」
「え? たぶん、体育の先生なので、体育職員室にいると思います」
「ああ、ありがと。あと、今日の午後から猛虎学園対白虎高校の準決勝があるよ。それ見に行ったらどうかな?」
「もちろん。見に行くつもりです」
「そうか。では、いろいろありがと」
そういって森本は行ってしまった。森本は背伸びをすると職員室に向かった。
「旧友の顔でも見に行くか……」
森本は俊介に言われたとおり、体育職員室に向かった。
「こんにちは。鬼塚さんはいらっしゃいますかな」
鬼塚監督は顔を上げた。そして森本を見て驚いた表情になった。
「お前、なんでここに……」
「へへ、仕事だよ。鬼塚投手」
午後になると、隼人たちはみんなで準決勝を見に行った。自分たちの対戦相手が決まる大事な試合だ。
「今日はじっくり観察して明後日の決勝に生かすぞ。気合入れろ!」
俊介は元気だった。隼人たちは一塁側ベンチに座った。運良く前のほうを取れた。
バックボードにはすでに選手の名前が書かれてあった。そこで隼人は自分の目を疑った。しかし、確かにそこに書かれてある。
四番キャッチャー西条明弘と。
「隼人さん。西条さんは……」
縁も気づいたようだ。
隼人は知らなかった。隼人の中学時代バッテリーを組んでいたあの西条が猛虎学園にいた。そしてスタメンマスクをつけている。
西条はブルペンで榎本のボールを取っていた。
ドパァァァンッ
ミットからは気持ちのいい快音が響いてくる。榎本は笑みを浮かべて調子がいいことをあらわしていた。
「どうよ、俺のピッチング。もう絶好調だぜ。これなら全部三振できそうだな」
「お前は本当に生意気だな。先輩たち怒ってるぞ。ま、おもしろがってもいるけど」
「お前もスタメンマスクつけれて嬉しいだろ? 俺とバッテリー組めてどうよ」
榎本は西条のミットめがけおもいっきり投げた。それを西条はがっちりと受け止める。
「これであいつに借りが返せるんだ。嬉しいに決まってるだろ」
そして試合が始まった。準決勝第一シードの猛虎学園対第二シードの白虎学園。どちらが勝っても不思議ではない組み合わせだ。だが、やはり猛虎学園のほうが一枚上かもしれない。
まずは猛虎学園の攻撃からだ。一番センター神風。二番セカンド皇乃。三番サード海道。四番キャッチャー西条。五番ピッチャー榎本。六番ショート赤織。七番ファースト一鷹。八番ライト大村。九番レフト松本。
神風は左打席に入ってバットを軽く構えた。
「こいよ」
神風は完全に相手ピッチャーを舐めていた。白虎学園のピッチャーは初球おもいっきり投げる。それを神風はミートした。
「よっしゃ!」
そして二番皇乃。皇乃はじっとピッチャーを見た。白虎学園のピッチャーは一塁の神風を気にしながら投げる。
そして神風は走った。そして楽々盗塁を決める。
「は、速い……。なんて足の速さだ」
真治は開いた口がふさがらなかった。自分と比較しても神風のほうが速い。
そして信じられないことが起きた。神風はまた盗塁をした。三盗だ。キャッチャーは捕ると三塁に送球しようとする。だが、すでに神風は三塁にスライディングしていた。
「楽勝。もう少し楽しめろよ」
そして皇乃は絶妙なバントでスクイズ。神風はホームに還ってくる。だが、皇乃も足が速く、絶妙なバントは一塁線を転がり、間に合わないと思い見送った。だが、ボールは出ることなく白線の上で静止した。
「すごいバントだ。完全に球の勢いを殺している。あそこまでコントロールするなんて……」
広和は悔しそうに見ていた。
「ピッチャーは悪くない。どこでもエースをはれるくらいの投手だ。だが……相手が悪すぎたな」
龍也に言うとおりだった。三番の海道はレフトフェンスに当たる長打を放つ。
ランナー三塁、二塁。ここで四番西条が出てきた。
「西条……」
隼人はじっと西条を見た。隼人は西条が四番で納得していた。それほどあいつのバッティングは良く、何度もあいつのバットで助けられたことはあったのだ。
西条は甘いストレートを振り抜いた。
カキンッ!
打球はすごい勢いをつけ、バックボードに当たるホームランになった。
そこで周りから一斉に歓声が上がる。スタンドはお祭り騒ぎだった。
西条はガッツポーズもせず悠々とベースを回る。ホームインすると、待っていた皇乃と海道にハイタッチした。
「二年生でこれほどのバッティングはいないね」
「ああ、なかなかやるじゃねーか」
「……どうも」
そして五番榎本。榎本はピッチャーだがバッティングが悪くない。鋭い打球をセンターに放ちヒット。そして六番キャプテンの赤織がライトフェンス直撃のタイムリースリーベースヒット。七番の一鷹がヒットで追加点を取るなど、初回から猛虎打線は爆発していた。
「な、なんだよ、あいつら……。こいつら本当に同じ高校生か?」
俊介が驚きながら言う。
「俺たちが強くなったからわかる。あいつらは強すぎる。これが、全国の力だ」
直人の言葉で全員が固まった。
全国の力。猛虎学園に勝つには、同じように自分たちも全国の力がなければ。甲子園に手が届くことは、二度とない。
次は白虎学園の攻撃だ。ようやく一回の裏が始まる。猛虎学園は守備についた。そして観客たちはこの男に注目していた。
未だ無失点。奪三振数30個。あの猛虎学園で二年生でエースをとった驚異の怪物ピッチャー榎本雄斗。
隼人のライバルであり、中学時代は県の選抜にも選ばれ、西の最強ピッチャーと言われていた。誰もが知っている甲子園の一回戦でした六連続奪三振で一躍全国に名を轟かせたのだ。
「榎本、ラスト一球だ」
投球練習最後のボールを榎本は投げると、西条はすぐさま捕って二塁へ送球。ショートの赤織が捕って終わった。
「良い肩してるな、西条のやつ」
俊介は感心していった。隼人は集中して榎本を見た。これからあいつの真の力が見れる。
榎本は余裕の笑みを浮かべながら西条のミットめがけおもいっきり投げる。
ドパァァァンッ
ミットからの凄まじい音が聞こえるたびに観客たちは歓声を上げていた。その球速は145キロ。榎本の最高速だ。
「あいつも速い球投げるな。でも、隼人のほうが速いな。投手戦は隼人の勝ちだな」
真治が言う。だが、直人はそれを否定した。
「球速だけなら隼人の勝ちだ。だが、それだけで猛虎学園で二年生からエースは取れない。あいつはただのピッチャーじゃないんだ」
「どういうこと?」
広和が聞く。
「あいつはあのストレートに加え、三つの変化球を持っている。高速スライダー、カーブ、そしてチェンジアップ。この組み合わせで、あいつのストレートは生きるんだ」
「どういうことですか?」
勇気は疑問の表情になっていた。それを龍也が説明した。
「お前たちは暗い部屋から明るい場所に出ると最初はすごく眩しく感じないか?」
「ああ、なるなる」
「それは明順応という目の性質だ。その反対が暗順応。人の目は明るさや暗さを調節するために瞳孔が開いたり閉じたり、調節することによって見えやすくなるのだ」
「それで、それがどうかしたの?」
真治が訊く。
「うむ。つまり、それは慣れなのだ。慣れてくれば見えてくる。隼人のボールも、何度も同じように見れば見えるのだ。だが、榎本のボールは違う。あいつは変化球を持っている。それと組み合わせることによって一見速くないストレートも速く見えてしまう。相手バッターに球速に慣れさせないピッチングをしているのだ」
それに直人が付け加えた。
「そしてあいつの変化球もやっかいだ。高速スライダーはあのストレートのスピードで向かってくる。あれを見極めるのは難しい。そしてカーブも。なにより、チェンジアップだ。あれを投げられたらまったくタイミングが取れない。ストレートと思って振れば、まだボールが来ていないときに振ってしまう。……本当に、怪物的なピッチャーだ」
初回。榎本は三者三振であっという間に終わらせた。そして二回以降も、強力打線は点を取りにいく。その打線の力は緩むことを知らない。
榎本は最初から飛ばしてどんどん三振の山を積んでいく。打ったとしても、猛虎学園の守備相手に叶うはずない。ショートの赤織を中心とする守備に穴が無かった。
そしていつしか、点差はどんどん開いていき、気づけば五回17‐0のコールドで終わっていた。
隼人たちは唖然として見ていた。この試合を見て、弱点を見つけて決勝に勢いをつけようと思った。だが、見なければ良かったのかもしれない。わかったのはあいつらに弱点がないこと。隼人たちはただ、絶望を思い知らされただけだった。
「くそ……」
隼人は拳を握って小さく呟いた。遠い。遠すぎる。天龍高校と猛虎学園の力量はあまりにも遠すぎた。あの合宿で地獄のような練習をして、死ぬような思いで耐えてきたのに……。それでも、今のあいつらに勝てる気は微塵も無かった。
榎本は西条とダウンしていた。軽くキャッチボールをしていく。
「とうとう決勝だな。やっと隼人と対戦できるぜ。嬉しいな」
榎本はしゃべりながらボールを投げる。西条は無表情のまま受け取る。
「俺、あいつ嫌いなんだ」
「なんだよ、自分が目立たなかったくらいで怒ってんのか? ガキだね」
「違げーよ。なんか、合わないんだよ。バッテリー組んでたけど、息合わねーし、考え合わねーし。相性悪すぎるんだよ。そう思うだけで腹立つ」
「だったら、その想いを決勝でぶつけるんだな」
「もちろん……そのつもりだ」
榎本はにやっと笑みを浮かべた。
感謝するぜ、隼人。お前が特待けったおかげでこの西条と巡り合えた。そして今バッテリーを組んでいる。
俺のストレートや変化球を捕れるやつは、中学じゃいなかった。だから、いつも本気が出せず一回戦か二回戦負け。ずっと思ってた。勝ちたい。決勝にいって東の最強ピッチャー和田隼人と戦いたいって。でも、それは最後まで叶わなかった。
羨ましかった。隼人の剛速球を捕る西条とバッテリー組んでいる姿を見て。何度も試合を見て思った。何で、自分にはキャッチャーに恵まれていないのかって。
榎本も猛虎学園に特待で入学した。だが、やはり高校でも変化球を混ぜた投球で捕れるキャッチャーはいなかった。
そこで榎本は監督に頼んだ。西条とバッテリーが組みたいと。なぜなら、西条だけが榎本のどんなボールでも捕れるからだ。高速スライダーだろうと、チェンジアップを投げようと、ストレートを放っても。西条は苦もなく捕った。
だが、西条はまだまだ経験も浅かった。そこで西条は努力した。あらゆるシチュエーションで対策を練り、毎日バットを振った。そしてとうとう正捕手の座についた。どれほど待ちわびたことか。決まったときは本当に嬉しかった。
隼人、俺たちはこの2人で、甲子園の切符を取る。それまで誰にも邪魔させない。この次世代最強チームで、初の日本一を取るために。
「おい、榎本。あそこ見ろよ」
赤織に言われ、榎本は一塁側スタンドを見た。そこにはまぎれもなくあの和田隼人がいた。じっとこっちを見ている。
「もうすぐ帰るんだ。挨拶は手短にな」
「あっざ~す」
榎本は隼人の前まで行った。そしてスタンドを見上げる。
それに気づいた隼人も立ち上がるとフェンスまで来て対峙した。
「榎本……」
「隼人。とうとう来た。明後日は決勝だ。俺たちも来た。楽しみにしてるぜ」
榎本はにやっと笑った。勝つ気でいる。負けると思っていない笑みだ。
それは隼人も同じのはず。そっと右腕に触れた。この腕が万全なら……。
だが、関係ない。万全でなくても、戦わなければ約束は果たせないのだ。
「俺もここまで来た。勝負だ! 西の最強ピッチャー榎本雄斗!」
2人は鋭い目つきでにらみ合いながら笑みを浮かべた。
「おい、榎本! そろそろ帰るぞ!」
「おう! じゃ、明後日ここでな」
榎本は大きく手を振って行ってしまった。
「隼人さん……。帰りましょう」
縁が隼人に近づいて服を引っ張った。
「ああ……」
天龍高校はとぼとぼと落ち込んだ表情で帰った。この試合で、得たものはなんだろうか。
そのころ、鬼塚監督と森本は近くの居酒屋で飲み交わしていた。
「ほんと久しぶりだな、鬼塚。高校以来だな」
「ああ。お前が雑誌の記者やってるとはな。猛虎学園のキャッチャーが何してんだ」
「ま、スポーツ関係はこれしかないからな。お前もピッチャーのくせに肩壊して野球できんのかよ」
「ま、ノックくらいはな」
鬼塚はグラスのビールを飲み干した。
「それで、聞きたいことは何だ? お前が何もせず会いにきただけとは思えないからな」
「ああ、まぁな。……まずは、何でお前先生になって、しかも監督なんてしてるんだ?」
鬼塚監督はタバコを取り出すと火を点けふっと吐いた。
「……監督は校長に頼まれたから」
「ほんとかよ。でも、なんで先生なんてやってんだよ。金か? いや、お前は金なんか困らないか」
「監督の話しは本当だ。……まぁ、教師はちょっと依頼も受けたがな」
「依頼? 何か特別に頼まれたのか?」
「ちょっとな。簡単に言うと人探しだ」
そこで森本の手がぴくっと反応した。
「なら、話しは早いな。俺が本当に聞きたいことはそのことだ」
森本もタバコを取り出すと一服して話しを切り出した。
「お前のところに来る前に、選手の取材させてもらったぜ」
そこで鬼塚監督は軽く鼻で笑った。
「あまりうちの選手をおだてないでくれ。すぐに天狗になるやつがいるからな」
「ま、たしかにそんなやつの1人や2人はいたがな。かわいいもんじゃねーか。それより、お前……あの最連寺ってやつが気にならねーか?」
そこで鬼塚監督の眉がぴくっと動いた。
「……お前も気づいたか」
「ん? お前はすでに気づいていっていう顔してるな?」
「ああ。監督に着いてからもしかしたらって思ってたんだ。その特別な依頼っていうのもこれに関係する」
「おれは今日気づいたがな。やっぱり……あの人の子だろ?」
森本は恐る恐る鬼塚監督に尋ねる。鬼塚監督はタバコの煙を吐いて答えた。
「多分……そうだろうな」
「それで、本人に言ったのか?」
「いや、まだ話してない。いきなり言っても動揺するだけだろ」
「だが、言うなら早いほうがいいんじゃねーか? 心の準備が」
「今話して一番動揺するのはうちのエースだ。あいつに惚れてるからな。今話せば間違いなく決勝でおかしなことになる」
「……たしかにな」
鬼塚監督は灰皿にタバコを押し付けると口を開いた。
「それに甲子園に行けば、嫌でも会うことになるんだ。いや、会わせないといけないかな」
そこで森本は納得するようにうなずいた。
「なるほど。お前の特別な依頼はそれか。一番お世話になってるし、先生になればめぐり合うこともあるかもしれないからな。お前、元高野連の役員だし」
「まぁな。あの人にはけっこうお世話になった。お前もな」
「俺は高校のときだけだ。お前はその後もだろ」
「だからこうやって恩返ししようとしてるんだ。少なからず、叶いそうだが」
森本は軽く笑ったあと、話題を変えた。
「お前のところに取材する前に、秋山に会って来たぜ。猛虎学園の監督してる」
「ああ。知ってるぜ。ま、あいつは主将だったから納得だな」
「相変わらず、選手の自主性に任せてるけどな。練習のとき教えるだけで、試合は自由にしろってよ」
「俺も同じだ。練習は協力するが、試合は好きにさせてる」
「はは。やっぱりあの人の教えが身に着いてるな」
「当たり前だろ。そのおかげで俺も、お前も、そして秋山も甲子園に行ったんだからな」
森本はふーっとたばこを吐いた。
「やっぱ、猛虎学園にいたころは楽しかったな。毎日野球して、練習して、試合で勝ちまくって。優勝はできなかったけど、ベスト4ならいいほうだろ。プロにいったやつはけっこういるけど。お前は肩壊していけなかったな。何ともないならいけたのに」
「お前もいけたろ。なのに、あのときのこと引きずりやがって」
そこで森本は口を閉ざした。
「ああ、悪い。まだ引きずってんのか」
「いや。……悪かったな。俺のせいで負けて。準決勝で、あのとき俺どうかしてたんだ。お前の肩がおかしいから、そればっか考えて、それで焦って、しまいにはパスボールして、慌てて一塁投げたら暴投して、そのせいで負けた。……本当にすまない」
「気にするなって言ったろ。俺も言わなかったのが悪かったんだ」
「そういってもらえると気が楽になるぜ」
森本はビールをいっきに飲み干した。
「決勝、どっちが勝つよ思う?」
森本の言葉に、鬼塚監督は笑みを浮かべた。
「80パーセント、猛虎学園。だが、俺はその20パーセントに賭ける」
「……悪いが、俺は100パーセント猛虎学園だと思う。あいつらは本当に強い。俺らの時代と比べてもまったく時限が違う。次世代最強のチームだ。取材してその恐ろしさがいやというほどわかった。一番の神風は大会一足が速い。二番の皇乃のバントセンスと技術力は天才並だ。三番の海道は完璧なアベレージヒッターだ。どこにでも打てる。なによりまだ何か隠している。四番の西条はまだ荒削りだが、パワーと眼はいい。五番の榎本はわかるだろ。2年でエースなったやつは聞いたこと無い。あいつは天才すぎる。野球するために生まれたもんだ。七番の一鷹も、ファーストであの柔軟と捕球力、ミート力はすごい。だが、一番やっかいなのは、六番の海道だ。キャプテンでもあり、なにより守備が完璧すぎる。去年から大会に出ているが、エラーが一回もないんだ。守備範囲も広い。なにより、あいつは得点力がある。大抵はランナーをごっそり還らせる。……こいつらは相当強い」
森本の話が終わると、鬼塚は軽く笑った。
「そんなことは嫌というほど知ってる。だがな、俺のチームも負けてない。それに、監督は言ってたろ。野球は、技術や経験だけで決まらない。どれだけ、勝ちたいという想いが強いかだ」
そこで森本も笑った。
「そうだったな。俺忘れてたぜ。監督もいいこというもんだ」
「ああ。この人のために、俺は何でもするぜ。感謝してもしきれないんだ」
2人は居酒屋から出ると別れた。そして鬼塚監督は明後日の決勝のことを考えていた。あいつのためにも……。
鬼塚監督はポケットから携帯を取り出すと、ある人物に電話をかけた。
「あ、お久しぶりです。鬼塚です。例の件なんですが、見つかりましたよ。……会長の娘さん」