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ストライク  作者: ライト
30/38

十五回表:激闘での代償

 隼人はマウンドの上でうずくまっていた。


左手でぎゅっと力強く右腕を抑える。球場にいる人たちが全員その光景を見てざわつき始める。


そして全員がマウンドに集まった。


「隼人! おい、隼人! どうしたんだ!」


 俊介が声をかけるが隼人は反応せずうずくまっていた。


「もしかして、お前腕壊したんじゃ」


「え?」


 全員が直人の方を見る。


「あれだけの剛速球で何試合も投げているんだ。そして疲労も溜まって腕に負担をかけていることを気づかなかった。まだ二年なんだ。体ができていないオレらにはよくある」


「で、でも、これからどうするんだ?」


「やむを得ないが、交代するしかないな。一応そのための控え投手があそこにいる」


 龍也が指すところに翔一がいた。そのときだ。


「ま、待てよ……」


 隼人がゆっくりと起き上がった。痛みに耐え、体が小刻みに震えている。


「隼人」


「ま、まだいけるぜ。このくらい、なんともねーよ」


「で、でもよ」


「大丈夫だって。ほら、戻って戻って」


 隼人に言われ、みなしぶしぶ戻っていく。


そして交代なしが分かると全員が驚いた。


「おいおい、交代なしって、今のはやばいだろ」


「あきらかに腕壊してんじゃん。一生投げれなくなるぞ」


 青龍高校のベンチは隼人を見て言う。


「京介、あいつ……」


 前川が京介に話し掛けた。


「ああ、完全にやった。こっちにしてはありがたい。ま、次あんなことがあれば審判が止めるだろ」


「ねぇ、隼人くん大丈夫なの? 痛そうだったよ」


 灯が心配した表情で言う。縁はじっと隼人を見ていた。


「隼人さん……」


 鬼塚監督は恐れていたことが起き、少なからず動揺していた。


あの剛速球を投げさせたときからいつかこうなると思っていた。だが、止めることができなかった。


鬼塚監督はそっと縁を見た。こいつのために……。


 隼人は腕を握る。


「くそ。何もしてねーのに痛みが……」


 隼人はボールを掴む。


なんとか握れる。握力は戻った。あとは投げれるかどうかだ。


隼人は俊介のミットめがけ投げる。


「うっ!」


 投げようとするだけで激痛が走る。まだボールは投げていないのに。


「くそ!」


 力の無いボールが放られた。それを青龍高校のバッターが打つ。ライト前ヒットだ。


「ちっ」


 そして隼人は痛みをこらえ投げていく。あきらかに球速も球威も落ちていた。甘いボールを青龍高校は打つ。


そしてワンアウト。ランナー一、二塁。隼人はボールを握る。


「クソ……。握力も落ちてきた……」


 それでも隼人は襲いかかってくる痛みに耐え投げる。


バッターは打った。センターに転がりそうな打球。それを龍也が飛びつき捕球する。


「広和!」


 龍也が二塁へトス。広和は捕ると二塁を踏んですかさず一塁へ。勇気は背の高い体を伸ばす。判定はアウト。ダブルプレーでようやくこの回が終わった。


「よ、よし……」


 隼人は腕を抑えながらゆっくりとマウンドを降りた。


 ベンチに戻ると隼人は椅子に座った。そして全員が隼人を見る。


「隼人……」


「はぁ、はぁ……何してんだよ。俺らの攻撃だろ。……次は龍也だな。う、打てよ」


「あ、ああ……」


 龍也はヘルメットをかぶりバッターボックスにむかって歩いていく。


「隼人さん」


 縁が隼人の前に立った。


「なんだよ、縁……」


 縁の表情は今までのように穏やかではなかった。真剣な表情で隼人を見つめる。そしてそっと口を開いた。


「腕……見せてください」


 隼人は笑みを浮かべた。


「俺は何ともねーよ。ほら、龍也を応援しようぜ」


「見せてください!」


 縁が強引に隼人の腕を掴んだ。


「うっ! は、離せよ!」


 隼人はすぐに腕を振って縁の手を離させた。


「は、隼人さん……」


 隼人は縁を睨んだ。


「はぁ……大丈夫って言ってんだろ……」


 縁は初めて見た。自分に対する隼人の怒り。そんな目を今自分に向けられている。隼人が縁に怒ったのは初めてだった。


そしてラストバッターの翔一がアウトになり、この回も0点で終わった。


「はぁ、はぁ、チェンジか……」


 隼人は立ち上がるとマウンドに向かった。


「縁ちゃん……」


 灯が縁に声をかけた。


縁の体は震えていた。怖かった。初めて隼人を怖いと思った。恐怖を覚え、止めることができなかった。縁は手で口を抑えながらその場にくずれ落ちた。


「隼人さん……」


「うおおおお!」


 隼人は激痛が走ろうと声を上げて吹っ飛ばした。これでいい。このまま抑えれば。


八回裏。青龍高校の攻撃を3人で終わらせ、残るは最終回のみとなった。


「いけ! 真治!」


「打て!」


「おし!」


 真治は気合を入れて打席に入った。


そして初球、疲れて甘く入ったボールを打った。打球はサードとショートの間を抜ける。


「よし!」


「いいぞ、真治!」


 京介はマウンドの前川に話し掛けた。


「気にするな。ゲッツーとればいい」


「はぁ、はぁ、おう……」


 そして前川がセットポジションに入り広和に投げる。真治は疲れた前川を見て走った。


「盗塁だ!」


 京介は捕った瞬間二塁へ送球。綺麗に回転したボールが一直線に二塁へ。審判が腕を上げた。


「アウト!」


 真治はがくっと落ち込んだ。


「……そんな」


 天龍高校のベンチの雰囲気は暗かった。もう点が取れず、このまま負けてしまうと想ってしまう。


「ナイス、京介!」


「よし、ワンアウト!」


 青龍高校のナインは声を掛け合う。続く広和はナックルを打ち、セカンドゴロに終わった。


そして三番の直人が打席に入る。


京介はミットを構えた。


一番やっかいなバッターだが、この回はこいつで終わらせる。


前川はうなずいた。そして初球からナックルを投げる。それを直人はジャストミートし、打球はセンターの後ろへ。


「ナイス、直人!」


「よくやった!」


 直人は楽々のツーベースヒット。そこで京介を見た。


「そう何度も見たらいい加減打てるよ」


 京介は舌打ちした。


だが、これで終わりだ。次はあいつだ。


 俊介はぎゅっとバットを構えると打席に入ろうとした。そこで声が聞こえた。


「俊介!」


 俊介は振り返った。そこにはぼろぼろになって立っている隼人がいた。


「お前でこの試合決めろ。兄貴を越してやれ」


 隼人は拳を見せる。俊介はうなずくと一緒に拳を見せた。


「おう!」


 そして打席入ってかまえる。


九回表。ツーアウトランナー二塁。1‐2の青龍高校リード。ここで逆転しなければ。俺たちは終わってしまう。


俊介は前川を睨む。前川は俊介めがけおもいっきりボールを投げる。


俊介はバットを振るが空振り。外角高め。そこは俊介が苦手なコースだ。それを京介は知っている。


「打たせるかよ。絶対に……」


 次も苦手なコース。俊介はそのボールをファールした。


「クソ! クソ!」


 次はナックルだ。これで終わってしまうのか。


そこで俊介は気づいた。


俺がここでキャッチャーならナックルを投げさせる。ずっとそれでアウトを取ってきたからだ。だが、京介は……。


「これで終わりだ」


 京介はサインを出しミットを構える。前川はうなずくと投げた。


インコースへのストレートだ。もらった。


京介がそう思ったときだった。俊介がバットを振ってボールに当てた。


「え?」


カキンッ!


 打球は高く上がった。快音が響き、全員が打球の行方を追う。レフトとセンターが走って追う。


「入れ!」


「入って! お願い!」


 ベンチから声をかける。直人は打球を見ながら走る。俊介も走りながら声を出した。


「入りやがれー!」


 ボールはバックボードに当たった。その光景をみんなが見る。


「入った……入った!」


「ホームランだ!」


 俊介がおもいっきり腕を突き上げた。


「やったぜ!」


 その瞬間一斉に歓声が沸き起こった。スタンドも、ベンチも喜びに浸っている。


直人が戻ってきてホームイン。そして俊介も戻ってきて2点獲得した。


そのとき京介が口を開いた。


「わかってたのか……ナックルじゃないって」


 俊介は後ろにいる京介に背を向けながら言った。


「俺ならナックルを投げさせた。でも」


 俊介は振り返った。


「兄貴は、俺の一歩前をいくからナックルじゃないとわかったんだ」


 そういってベンチに戻ってきた。俊介はみんなから頭を叩かれ痛がっているが、その反面喜んでいた。


そんな様子を見て京介は笑みを浮かべた。


「俊介。一歩前に出ているのはお前だ……」


 隼人はベンチで椅子に座りながら俊介の様子を見ていた。


「へへ、やるじゃねーか、俊介。あとは、俺が踏ん張れば……」


 九回裏。3‐2で天龍高校のリード。バッターは青龍高校一番から。


隼人は痛みを噛み締めて俊介のミットめがけ投げる。一番はそのボールを打つがショートゴロで終わる。


「よし!」


 そして続く二番もゴロで打ち取る。


「よっしゃー! ツーアウト! あと一人!」


 次は三番。こいつを抑えれば京介には回らない。


隼人は投げた。そのときだ。腕に力が入らない。ボールはスローボールになった。そのボールを打った。打球は隼人の横を抜きセンターへ。


「よし、ナイス!」


 そして四番京介が打席に入った。京介は隼人を睨む。そして俊介に呟いた。


「俊介。お前らは確かに強い。これで二年生とは驚きだ。だがな、決勝にいくのはおれたちだ。今年こそ猛虎学園を倒す!」


 京介はバットを構えた。俊介は笑みを浮かべるとミットを構える。


「悪いけど、兄弟だからって手加減はしない。勝って決勝いくのは、俺たちだ!」


 俊介は内角に構える。隼人はそこめがけて投げた。京介のバットが回る。打球は直人が飛びつくがファール。二球目も京介はファールにした。


俊介はマスクを被りなおして考えた。


今は内角ばかり攻めている。京介は何を考えるだろうか。次も内角? ここで外角へ? 


いや、俊介の心を決まっていた。俊介はミットを構える。微動だにせずずっしりとそこにかまえた。


隼人は俊介のミットを見て笑みを浮かべた。


「俊介。そこは……投手にとっては一番怖いところだぞ」


 それでも隼人はそこめがけて渾身の一球を投げた。


「うりゃあああ!」


 隼人は激痛に耐え、腕をおもいっきり振るう。放たれたボールは轟音をならして襲いかかってきた。


京介はバットを振る。その勝負の瞬間を誰もが見守った。


バァァァァンッ


 聞こえたのはミットの音。京介のバットは空を切って前に出ていた。そしてボールは俊介のミットの中に。


隼人はそっと笑みを浮かべた。


「はぁ……はぁ……。俊介……。はぁ……ど真ん中なんて博打……もうやめろ」


 主審が大きく手を振った。


「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」


 そして今日一番の歓声が球場全体で沸き起こった。


「よっしゃー!」


「よくやった! よくやったぞ、隼人!」


 俊介が抱きついた。


「おお、よくやったぜ!」


「お前かっこつけすぎなんだよ!」


 俊介に続いて真治や広和、勇気が抱きついてくる。隼人はその場に倒れてしまった。


「お前ら! 俺を殺す気か!」


 その様子を見てベンチも安心していた。


「よ、よかったですね。何とか勝ちましたよ」


「お、おら、すごい試合見たと思いました」


 健太と孝祐は立ち上がると拍手した。


「本当によかった。私……負けるかもって思ったも~ん」


 灯はあまりの感激で泣き出してしまった。


「隼人さん……」


 縁は安堵の息を吐くと椅子に座った。


「よかった。……本当に、よかった……」


 縁の目からはぽろぽろと涙がこぼれていた。


 隼人たちは整列し、中央に並んだ。


「3‐2で、天龍高校の勝ち! お互い、礼!」


「ありがとうございました!」


 全員が一斉に頭を下げる。周りから大きな拍手を貰った。


そのとき、後ろから声をかけられた。


「俊介。和田」


 隼人と俊介は振り返った。そこには京介と前川が立っていた。


「いい試合だった。ありがとう」


 京介と前川は手を差し出した。それを隼人と俊介も掴んだ。


「はい。こちらこそ、いい試合でした」


 隼人が前川の手を掴んで言う。


京介は俊介の手を掴んだ。そしてぎゅっと力強く握り締めた。


「それで、最後の球はなんだ? ど真ん中って、おれを舐めてんのか?」


「え、い、いや、ただ、兄貴なら真ん中は投げさせないから俺は投げさせたんだけど……」


「だからってな~」


 京介は俊介の頭を掴むと喉を締めた。


「ちょ、あ、兄貴。ぎ、ギブ! ギブ!」


 その様子を見て隼人と前川は笑った。そして俊介は解放され首をさすった。


「し、死ぬかと思った……」


 それを見て前川はクスクスと笑った。


「京介は悔しいんだよ。最後の大会で弟に負けるなんてね。しかもホームラン打たれて」


「うるさい」


 京介は前川の頭を殴った。そして2人に言った。


「頑張れよ。おれたちを倒したんなら絶対甲子園いってくれ」


「はい」


 2人は返事をした。


「じゃあな。俊介、帰ったらまたお仕置きだ」


「またかよ~」


 俊介は落ち込んだ。


前川は京介とベンチに戻るとき口を開いた。


「あいつらここまでかもな」


「ああ、仕方ない。よく頑張った。あのピッチャー無しじゃきついだろうしな」




 そのころ、猛虎学園の練習場ではそれぞれトレーニングしていた。


「おい、決勝の高校決まったぞ!」


 一人の選手がテレビを見ており、みんなに言った。


「どうせ青龍高校だろ。あの池谷京介と前川貴弘から簡単に点取れるかよ」


 サードの海道が素振りをしながら言った。


「それが違うんですよ。あの天龍高校が勝ったんですよ」


「はぁ? 嘘だろ」


「本当ですって。おい、榎本! お前の予想当たったぞ!」


 ブルペンにいる榎本に大声で言った。榎本は腕をおもいっきり振るった。


パァァンッ!


 凄まじい音をたててキャッチャーのミットにボールを吸い込ませた。


榎本は笑みを浮かべるとテレビの前に来た。


「ほらね。だから言ったでしょ。俺のライバルが来るって」


「おい、決勝にいったのは天龍って本当か?」


 そこにはセンターの神風が立っていた。隣にはセカンドの皇乃もいる。


「あれ? 走ってたんじゃないの?」


 榎本が意地悪そうに言う。


「お前は先輩に対する尊敬を覚えろ」


 そうやって神風は榎本の頬を引っ張った。


「それで、本当なの? 一鷹」


 テレビをずっと見ていたファーストの二年一鷹に皇乃が聞く。


「はい、3‐2で天龍。あの和田ってやつの球はやばいですね。でも、なんか肩壊したっぽい」


「はぁ? なんだよそれ。じゃおれらの楽勝勝ちじゃん」


 海道が嬉しそうに笑う。


「ああ~あ。おれ楽しみにしてたんだぜ。あの剛速球打ちたかったし」


 神風が榎本の頬を離して言った。


「神風先輩ひどい……」


 榎本の頬は赤くなっていた。


「勝ったのが天龍って本当か?」


「あ、赤織さん」


 そこにはショートキャプテンの赤織がいた。


「さっき監督から聞いてな。あと準決勝のオーダーも決まった。今から言うからお前ら気合入れろよ。これに勝たないと決勝にはいけないんだからな」


「でも、あの豪腕投手やばいみたいですよ。肩壊したとか」


 一鷹が言う。


「そうなのか? たしか、和田って言ったっけ?」


「はい。俺のライバルですよ。あいつと渡り合えるのは俺しかいませんよ」


 榎本が飛び跳ねて言った。


「そんなにすごい投手なら勝負したかったな。どんなやつなんだ?」


「先輩、雑誌とか新聞見ないんですか? でかでかと載ってますよ」


 榎本がいうと赤織は頭を殴った。


「お前が言うとむかつく」


「はい。赤織さん」


 赤織は一鷹から雑誌をもらった。


「へぇ~、けっこうすごいな」


「でしょ、でしょ」


 榎本が自分のことのように自慢する。


「ん? こいつ青雲中出身なんだな」


「あ? もしかして、あの推薦けった生意気ピッチャーってそいつのことじゃ」


 神風がいうと全員思い出した。


「ああ、いたな。そんなやつ。せっかくの誘いを断ったんだろ。バカなやつだぜ」


 海道が言うと皇乃もうなずいた。


「こりゃ、ちょっと説教が必要だね」


 赤織は一人の選手を見た。


「うちにも一人青雲出身がいるけどな」


 そういって全員その選手を見る。赤織は近づいた。


「準決勝のキャッチャーはお前だ。この前の試合で気に入られたな。頑張れよ、西条」


 西条はウエイトトレーニングをしていた。80キロの重りがついているバーベルを上げるとフックにかけて起き上がった。


「負けませんよ。あいつには、ちょっと因縁がありますから」

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