一回裏:幼なじみの過去と約束
隼人は目を覚ました。いつのまにか朝になっていた。窓から陽が射し込み眩しかった。
そのまま寝たから制服がしわだらけになっていた。時間を確認するといつもよりずっと早く起きたみたいだ。
「昨日走ってなかったし走りに行くか……」
早速トレーニングウェアに着替え家を出た。
外は陽が出ていても肌寒かった。軽く準備運動し、いつもどおり神龍神社に向かった。あの大木に無性に触りたかった。
しかし、着いたときには先客がいた。
誰だ? こんな朝早くに来るなんて珍しい……。
「っ……」
そこには縁がいた。あの長い髪に青いリボンは間違いなく縁だ。
なにしているんだ?
隼人は見つからないように隠れた。しばらくすると縁は大木に向かって話し始めた。
「……隼人さん、本当に野球しないんでしようか。……やっぱり……あの約束……忘れたままなのでしょうか……」
約束? そういえば前にもそんなこと言っていたな。
「ちょうどここだったでしょうか。隼人さんと一緒によくキャッチボールをしました。最初はヘタでなかなか取れませんでしたけど、少しずつ取れるようになって、……自分が成長してるってわかって……すごく楽しくなって……記憶のない怖さも忘れることができて………今が楽しければ無理に思い出すこともないんだと……。それからだんだん野球が好きになって……」
「あっ……、そういえばここで縁と出会ったんだよな」
縁は家族と血が繋がっておらず、記憶喪失で何も覚えていなかった。
隼人が幼稚園児のときだ。この神社に遊びにきたとき急に雨が降り出し、大木の下で雨宿りしようとしたら髪に青いリボンを付けた一人の女の子が倒れていた。
「どうしたの? 大丈夫? ……うわっ、すごい熱!」
隼人は女の子が濡れないように自分の上着を上に被せて、人を呼びにいった。
なんとか女の子は助かった。しかし、記憶喪失になっていて何も覚えていなかった。警察に預けるのはかわいそうということで子供がいなかった隣の最連寺さんが引き取ることになった。そのとき名前も決めることにし、縁があるように縁と名付けた。
縁は毎日泣いた。無理もない。誰も知らない人に囲まれ、自分がどこにいるかも分からない。ましてや自分が誰なのかも……。
隼人は悲しんでいる縁を見たくなかった。そこで、自分の一番好きな遊びを誘った。
「一緒にキャッチボールしよ!」
隼人は縁に新品のグローブをプレゼントした。
「キャッチ……ボール……」
縁は物珍しそうにグローブを眺めていた。
「こうやってつけて、このボールを取るんだよ」
隼人は縁にグローブの付け方を教え、ボールを渡した。
「…………」
縁はグローブを閉じたり開いたりしていた。隼人は縁の手を取った。
「さ、行こう!」
隼人は縁の手をひっぱり外に出た。
家の前で少し離れ向かい合った。
「いっくぞ〜。ほらっ!」
隼人は当たっても痛くない柔らかい白いボールを縁に向かって軽く投げた。
「えっ? ……わっ、……あっ」
「グローブを開いてボールに向かって手を伸ばすんだ!」
しかし、ボールは縁の頭に当たってしまった。
「痛っ!」
縁は頭を抑えしゃがみ込んだ。
「大丈夫? いい? ボールをよく見て手を上げてグローブで包んであげるんだ。もう一回やってみよ」
隼人はもう一度下からボールを投げた。
「わっ、わわわ……」
縁は目を閉じて腕を上げた。
パシッ
そっと目を開けるとグローブの中に白いボールが包まれていた。
「やった! 取ったぞ!」
「私……取れた……」
縁は白いボールを上に掲げ満面の笑みを見せた。
それから隼人は、縁と毎日のように遊ぶようになった。キャッチボールはもちろん、親に頼んで遊園地や動物園にも一緒に行った。
縁は少しずつ笑うようになった。
「懐かしいな……。あれからけっこう経ったのか……」
縁は再び話し始めた。
「小さいころなにも知らないから、私も甲子園に行きたいって言ったんですよね。でも、隼人さんが、『女は甲子園に行けないんだぞ』って言ってがっかりしたんですよね……」
縁は拳を強く握り締め、体が小刻みに震えていた。
「……どうして……、どうして……女は高校野球ができないのでしょうか……。……どうして甲子園にいけないのでしょうか……。どうして……私……女に生まれたのでしょうか……。私も……私も……私も甲子園に……いきたいです……」
大木の前に崩れ込み顔の前を手で抑えていた。
縁がそんなことを考えていたことを初めて知った。隼人は野球を教えたことを後悔した。
「でも……、隼人さんが……約束してくれたんです。私に向かって……甲子園に連れていってあげるって。私……うれしくて……、すごくうれしくて……私も……甲子園にいけると思ったらうれしくて……」
今隼人は思い出した。あの約束を忘れるなんて。自分が馬鹿だと初めて思った。
あれは小学五年生のときだ。テレビで甲子園を見ているとき、縁が私も甲子園に行くと言い出した。隼人は女は甲子園にいけないと言うと、縁は目から涙が溢れ、家から出て行ってしまった。
追いかけた隼人は縁を探すと神龍神社の大木の下で泣いていた。
「うっ、うっ、……」
「泣くなよ。縁……」
しかし、いっこうに泣き止む気配はない。
「う〜ん。そうだ! じゃあ、俺が甲子園に連れていってやるよ」
「えっ? ……ほ、ほんとうに? ほんとうに連れていってくれるの?」
「うん。約束する。だから、元気だして」
「うん! 絶対連れていってね」
「だから……、できるだけ……隼人さんの力になるために一生懸命応援したんです。でも……、隼人さん……、野球したくないって言いますし……、やっぱり……行けないのでしょうか……」
隼人は縁が泣く姿を見るのに耐えきれずその場から逃げ出した。
走った。おもいっきり走った。早く離れたかった。これ以上悲しむ縁を見たくなかった。
もう、縁の願いを叶えることはできない。野球はやめたんだ。
隼人は一人で学校に行った。縁と一緒に行っているわけではないが見たくなかった。あんなことがあったんだから当然だ。
泣かせたのはやっぱり俺なのかな……。
考えながら校門を通ると声が聞こえた。
「皆さん、一緒に野球をしましょう。お願いします!」
俊介がチラシ配りをしていた。しかし、誰も受け取っていないようだ。
隼人を見つけた俊介は手を振りながら走ってきた。
「おはよ、隼人。けっこう大変だぜ。みんな無視するんだからな。一枚も減らねーよ」
俊介の手にはたくさんのびらがあった。
「俺、絶対人数集めるからよ、部ができたら入れよ。ほら、お前にも一枚やる」
俊介は最初いたとこに戻り再び勧誘を始めた。ビラには手作りで字が書いてあった。
『目指せ甲子園! 打倒猛虎学園! 一致団結!』
隼人は俊介が羨ましく思えた。自分の好きなことのために一生懸命に頑張れる俊介が……。
一瞬、朝のことを思い出してしまい、頭から消して教室へ向かった。
縁は休みだった。縁のいない机は寂しく思えた。欠席がいても授業はいつもどうり始まった。
昼食時間。隼人は俊介と一緒に食べた。俊介が誘ってきたのである。
「なぁ、なんでお前野球したくないの? 才能も実力もあるのに」
隼人は俊介が言ったことを無視した。
「まぁ、したくないならしょうがないけど、部ができたら考えるだけでもいいだろ? な?」
「……そのくらいならな」
「おう! 約束だぜ!」
俊介はどうしてそこまで隼人を野球部に入れたがるのか理解できなかった。
次の日も縁は学校に来なかった。
このまま来ないのだろうか……。
「どうしたんだろうな最連寺のやつ。ほんとうに大丈夫なのか?」
原因はおそらく自分。分かっていてもどうすればいいのか今の自分にはわからない。だんだんと情けなく思えてきた。
「お前お見舞いに行ったのか?」
「いや……、行ってない……」
「なんだよ。薄情なやつだなぁ。幼なじみなんだろ? お見舞いくらい行けよ」
「……でもよ……」
「行ってこいって。最連寺も喜ぶぞ」
隼人は仕方なく行くことにした。おそらく意味ないと思われるが……。
放課後、重い足取りで縁の家に向かった。昔はよく行っていた家なのにやけに緊張していた。
インターホンを押すと縁のお母さんが出てきた。お母さんに合うのは久しぶりである。
「さぁ、どうぞ。あの子二階で寝ているから、勝手に入っていいわよ」
「わかりました。おじゃまします」
縁の部屋に着いてノックした。
コンッ コンッ
「……お母さん?」
「……俺だよ」
「隼人さん? ……どうぞ」
ドアを開けると縁はベッドで寝ていた。中はきれいに整頓されぬいぐるみがたくさんあり女の子の部屋そのものだった。
一つ違うのは隼人がプレゼントしたグローブが置いてあるとこだ。
「お見舞いにきてくれたのですか? ありがとうございます。大丈夫ですよ。ちょっと気分が悪いだけですから……」
縁はゆっくりと身を起こした。気分が悪いというより落ち込んでいるようだった。元気がないのは目に見えている。
なにか話そうと思い、頭を回転させた。
「……あ、あのさ、……早く元気になれよ。やっぱり縁は元気なほうがいいぜ」
「……はい、ありがとうございます」
原因が自分だというのになに言っているんだろうと思った。ほんとうに情けない。
「……あの、隼人さん。……本当に野球しないのですか? 私は、……前みたいに頑張ってほしいです」
本当に甲子園に行きたいんだな。でも……、
「……まぁ、まだ部だってできてないしな。できたら考えるって俊介と約束したけど……」
「……そうですか……。できたらいいですけど……」
縁はよりいっそう落ち込んでしまった。
「なぁ、そういえば縁も野球部に要望していたよな? なんでだ? 俺はまたチア部に入ると思ったけど」
「それは……、私は野球が大好きです。隼人さんに教えてもらって本当に良かったと思っています。……マネージャーになりたかったんです。マネージャーになれば応援はもちろん、身近でサポートもできますからね。より応援のしがいがあります。中学ではありませんでしたからしょうがなくチア部で応援しました……」
そうか……、マネージャーになれば応援もできるし甲子園にも一番近くで見ることができる。でも、どうしてそんなに甲子園に行きたいんだろうか。約束だけでそこまで熱心になるのもおかしい。
「なぁ、縁。俺、思い出したんだ。……お前との約束」
「えっ……、本当ですか?」
縁は少し驚いているが嬉しそうでもあった。
「なんで、そんなに甲子園に行きたいんだ? 普通に行けばいいだろ?」
「……普通に行っても意味がないんです。行っても入れるのは観客席まででグラウンドには入れませんよね」
「まぁ、……そうだな」
「それでは、意味ないんです。私は中に入ってグラウンドに立ちたいんです。でも、私は女ですから自分の力で行くことはできません。……嬉しかったんですよ。隼人さんが甲子園に連れていってくれると言ったときは。……本当に……。それに甲子園に行けば何か私について分かりそうな気がするんです。なぜだか分かりませんが……」
そうだったのか……。そうとは知らずひどいことを言ってしまった……。
「それと、ただ私が甲子園に行きたいから隼人さんに野球してほしいと言っているわけではないんですよ。隼人さんが頑張って投げている姿はかっこいいですし途中で投げだしてほしくなかったんです」
「……ごめん。縁……」
「いいんですよ。仕方ありません。無理に野球をする隼人さんを応援したくはありませんから。俊介さん達が行けるように一生懸命応援します。……ただ、できれば隼人さんが私を連れていってほしかったです……」
隼人は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
やっぱり来るんじゃなかった。どうしたら縁が元気になるか、どうすれば喜んだくれるのか、全く思いつかなかった。
「……すいません。今日はもう帰ってくれませんか? ちょっと一人になりたいんです。お見舞いありがとうございました……」
「……わかった。お大事に。……また明日な」
「…………」
縁は深く布団を被って黙ったままだった。
どうしたらいいんだ。こんな悲しそうな縁を見るのはあの時以来だ。あの時のような力が自分にあるのだろうか。
一日中考えたがいい案は思いうかばなかった……。
俊介は今日も朝から野球部の勧誘をしていた。
「一緒に野球をしましょう! 一緒に甲子園を目指しましょう!」
しかし、昨日と違うところがあった。勧誘しているのがもう一人いた。
「おっ、よう! 隼人! 見ろよ、一人入ったぞ!」
「どうも風間真治です。中学では陸上をしてて、野球は初心者だけどやってみようかなって思って……」
「別に初心者でもいいだろ? 真治は足がメッチャ速いんだぜ。百メートル走全国八位だってよ」
全国八位? なんて奴だ。そんなに早いなら盗塁も可能だろう。しかし……、
「なんでそんなに速いのにここの高校にきたんだ? 推薦とか来たろ?」
「ちょっと……、頭がね……。学校が許可しなかったんだ。それからは一生懸命勉強したよ」
真治は笑いながら頭をかいた。
「でも、よくここに入れたな」
「ギリギリだったけどな。だから6組だ」
「でもよ、これであと6人だぜ? なんかいけそうだな」
「7人の間違いだろ。俺はできたら考えるって言っているんだからな」
「まぁ、そういうなって。なっ? あっ! それより勧誘しないとな。じゃあまたな。いくぞ、真治」
二人はまた勧誘を始めた。
本当に部ができそうだった。……俺は、どうすればいいのだろうか……。
縁はちゃんと学校に来ていた。ちょっと元気がない感じがしたが今までどおりにしている。
今日も昼食は俊介と食べた。縁はクラスの女子と食べている。もう友達ができたみたいだ。
「ふん、ふ〜ん。あと6人か〜。あと少しだな」
「だから7人だろ。そういえば寺田はなにしてんだよ。なにもしていないようだけど」
寺田先生は野球部の顧問に任命されたのだ。部になっていないが自分から言ったらしい。
「いや、先生はなかなかやってくれているぞ。本当はな、勧誘はだめなんだけど校長に頭下げて許可してくれたんだ。本当にいい先生だぜ」
確かに、勧誘なんてしているとこは他では見たことない。
「俊介、ちょっといい?」
そこには真治がいた。隣にはちょっと背の低い少年がいた。しかも、丸坊主だ。
「こいつは、高杉広和っていうんだ。おれのクラスのダチで野球部に入りたいって」
「本当か?!」
俊介の顔は驚きと感激が一緒にでていた。
「僕、背小さくてなんもできないかもしんないけど……いいかな?……」
「もちろんだぜ! 大歓迎だ! やっほーい!」
俊介は喜びで飛び跳ねたりはしゃいだりしていた。周りはなにごとだというような目で見ている。
「おっ、そうだ!」
俊介はなにか思いついたらしい。なぜかニヤニヤしている。
「今日4人でキャッチボールしようぜ。神龍神社でやろう」
「おれはいいぜ」
「僕も」
真治も広和も賛成した。そこであることに気がついた。
「なんで俺も入っているんだよ?」
「いいだろ? 4人がちょうどいいんだよ」
「なんでだよ。別に3人でもいいだろ?」
「いいから、いいから。じゃあ、4時に集合な」
「OK!」
二人は一緒に親指を立てて教室に戻っていった。
隼人が神龍神社に着いたときには、すでに三人は来ており、俊介はなぜかユニフォームに着替えていた。
「おい隼人! 遅いぞ」
「なんでお前はユニフォームなんだよ」
「いいじゃん。雰囲気だよ。雰囲気。じゃあ、四角になってやるか」
ぐるぐるとボールを左方向に投げ回した。
久しぶりのキャッチボールだった。昔の感触が戻ってきた感じだ。楽しくてこのままずっと続けてもいいと思った。
そのときだった。
「よし。じゃあ、軽くピッチング練習するか」
「はっ? お前なに言ってんだ」
俊介がまたもや突然意味の分からないことを言い出した。
「ピッチングって、誰が投げるんだよ。真治か? それとも広和か?」
「なに言ってんだよ。お前しかいないだろ?」
俊介がなに言っているのかわからなかった。そんなこんなしているうちに俊介はすでにプロテクターをつけていた。
「ちょっと待て! お前キャッチャーだったのか?」
「そうだよ。あれ? 言ってなかったっけ?」
そんなこと一言も聞いていない。
「まぁ、いいじゃん。肩温まっているだろ。ほら!」
そう言って俊介はボールを投げてきた。
「さあ、こい!」
すでにマスクをかぶって座りミットを構えていた。
隼人はボールをいじくっていた。
投げていいのだろうか? いや、俺は野球を辞めたんだ。ピッチングなんかやるもんか。
「俺、やっぱいいよ。真治、お前投げろ」
「えっ? ああ……」
「だめだ!」
いきなり俊介が大声を出した。真治は驚いて顔が引きつっていた。隼人は俊介のほうを向いた。
「さぁ、隼人、投げるんだ。ミットめがけておもいっきり投げてこい!」
なんで俊介はそこまで投げさせたいのかまったく理解できない。俊介はじっと構えている。隼人は投げる気がしなかった。
「……俺はいい。まだ野球部入るって言っていないしな。ほら、真治」
ボールを真治に渡そうとした。そしたら、
「お前はなんのために今まで野球をしてきたんだ! お前にとって野球ってそんなもんなのかよ!」
俊介はじっとこっちを見ている。いや、にらみつけている。こんな俊介を見るのは初めてだった。
「俺は知ってるぞ、隼人。あの試合、負けたのはキャッチャーのせいだろ? 西条がわざと捕らなかったんだろ? それが怖くて投げられないんだろ!」
なんで俊介がそのことを知っているんだ? 誰にも話したことはないし、あいつらも何も言っていないはず。なのにどうして?……。
「西条が言ったんだよ。あいつとは同じ塾で、同じポジションだから気が合ってよ。お前のことも、あの試合のことも話してくれたんだ。だからお前のことも知っているんだ!」
だからか、あの野郎べらべらしゃべりやがって。
真治と広和はなんのことだかサッパリのようだ。2人は首を傾け合っていた。
「それで俺は西条に言ってやった。お前は最低のキャッチャーだ。お前が下手なくせに人のせいにしてえらそうにすんなって。言っとくがな、俺はあんなことしない! わざと捕らないのはキャッチャーとして最低の行為だ! 俺を信じて投げてこい! 和田隼人!」
俊介は再びマスクをかぶり座ってミットを構えた。隼人はボールを見つめた。
俺……、今までなんのために野球をしてきたんだ……。親父がしているから? 違う。プロになるため? これも違う。じゃあなんでだ? なんで今まで野球を頑張ってこれたんだ……。
ふと顔を上げた。すると、あの大木が目に入った。
そうだ、俺がなんで今まで野球をしてきたのか今わかった。
隼人は腕を大きく上げた。次に足を上げボールを胸にやった。左足を前に出しおもいっきりミットめがけて投げた。放たれたボールは俊介のミットの中に吸い込まれた。
パーンッ
「ナイスボール!」
そうだ。俺が野球をしている理由は野球が好きだからだ。そして、縁を甲子園に連れて行くためだ。
隼人はさっそく縁の家に走った。早く合いたかった。早く縁に元気になってほしかった。
ハァ、ハァ、ピンポーン、ハァ、ハァ、
息が切れようが関係なしにインターホンを押した。
「はい。どちらさまですか?」
都合よく縁が出てきた。
「ハァ、俺だ。ハァ、ハァ、隼人だ」
隼人は膝に手をつきながら声をだした。
「隼人さん? どうしたんですか? あっ、いえ、ちょっと待ってください」
縁はすぐに玄関を開けた。
「どうしたんですか、隼人さん。そんなに息を切らして」
やはりまだ元気がないようだ。縁にいつもの笑顔が見られない。多少は落ち込んでいるようだ。
「縁に、ハァ、ハァ、話があるんだ」
「……私に……ですか?」
縁は疑問の表情を浮かべていた。隼人は上体を起こし縁を見た。
「ハァ、俺……、俺……、野球部に入ることにした。そして、お前ともう一度約束する」
「えっ? 入るんですか? ……それに約束って……」
「俺、分かったんだ。なんで今まで野球をしてきたのか。なんで小さい頃からしてきたのか。それは、野球が好きだからだ。俺は野球が大好きだ。それに、続けてこれたのは縁のおかげだ。縁がいつも応援してくれるから頑張ってこれた」
縁は隼人の顔を見ながら微笑んだ。目が少しずつ潤いはじめていた。
「そして、……約束するよ。縁」
縁は目を手で拭きながら隼人を見た。そして、隼人は心から自信に満ち溢れたかのようにはっきり言った。
「俺が縁を甲子園に連れて行く」
とうとう縁の涙は大粒の滴となり頬を伝って下に落ちていった。そして突然抱きついてきた。涙で目がいっぱいだろうとおかまいなしに隼人の服になすりつけて言った。
「……ありがとう……ございます。……本当に……本当に……ありがとうございます。私……、嬉しいです。私……、一生懸命応援します。だから……、だから……、頑張ってください。……私を、……私を甲子園に連れて行ってください」
隼人は縁の背中にそっと腕をまわした。
約束を忘れたことと悲しませたことを償い、心から誓った。
絶対に、甲子園へ連れて行く!