表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストライク  作者: ライト
26/38

十三回表:一回戦海龍高校

 夏。


待ちに待った夏が来た。おそらく一番暑くなるときだろう。この日だけはいつもと違い異様な雰囲気が漂っていた。


 隼人は勢い良くカーテンを開けた。


空は晴れ渡り気持ちよい朝だ。太陽も容赦なく暑い陽射しを照らしている。


時計は7時を回っていた。集合は8時。


隼人は大きく息を吸い吐いた。


とうとうこの日が来た。苦しい想い、つらい日々、きつく厳しい練習を乗り越えてきた。


勝利。この言葉を手に入れるためにいままで頑張ってきた。


甲子園のキップを手に入れる熾烈な戦い。行けるのは一校のみ。全国の強豪と戦いたいならば、頂点を取りたいならば、勝つしかない。敗北に意味はない。負けられない。強いものだけが、勝ちたいという想いが強いものだけが勝つ。


 隼人はすでに着ているユニフォームの胸元をそっと掴んだ。


そこには天龍高校野球部と書かれている。


もう一度、野球ができる。また、マウンドに立てる。誘ってくれた俊介、支えてくれた仲間、そして、いつも応援してくれた縁のために、絶対に甲子園に行く。


 隼人は道具が入っている鞄を掴み、縁からもらったお守りをポケットに入れ、玄関へ足を踏み出した。


「おはようございます、隼人さん」


 家の前には縁が立っていた。


隼人は片手を上げた。


「おはよう、縁」


 集合場所は現地集合だから、そこまで縁と一緒に行った。


「とうとう始まりますね。甲子園をかけた試合が」


「ああ……」


 自然と空を見上げた。手が届きそうな空だ。白い雲一つない。


体が少し震えている。武者震いだろうか。いつもは緊張なんかしないのだが。久しぶりの公式試合だからだろうか。それがプレッシャーになっているのだろう。


しかし、そんなプレッシャーも、


「隼人さん。頑張ってください」


 この一言で万全になった。


「絶対に甲子園に行こう。縁」




「いいか」


 選手控え室で鬼塚監督を中心に円になった。


「お前らは何のために野球をしている。なんのために厳しい練習に耐えてきた。それぞれの動機は異なるだろう……。しかし、望みは同じだ! お前たちの望みはただ一つ………勝つことだ!」


 監督は一人一人の顔を見渡した。みんなの顔は闘志を剥き出しにしている戦士の目をしていた。


「勝とうと思っていない者は今すぐ出て行け。引き止めはしない。そんな奴、いるだけ邪魔だからな」


 しかし、誰一人としてそこから動こうとせず、監督の目をみていた。


監督はみんなの心が分かったのか唇が広がった。


「それだけの気持ちがあれば大丈夫だ。行って来い!」


「はいっ!」


 隼人たち、天龍高校野球部は勢い良くグラウンドに飛び出した。


隼人はグラウンドに入る前にベンチで立ち止まった。


グラウンドが新鮮に見えた。ここで、野球ができる。戦いが始まる。


隼人はポケットに入れてあるお守りを見た。


必勝と縫えられている縁からもらったお守り。これがあるかぎり、自分はマウンドに立っても縁がそばにいる。


縁もベンチにいても、隼人が上げた硬球を持っているかぎりそばにいる。決して一人ではない。


 隼人はそっと目を閉じた。


そんな隼人を見て、縁はそばによった。


「……緊張してますか?」


「いや、イメージしてたよ。ここで、……俺が甲子園に行けた瞬間を」


 隼人はマウンドにむかって足を踏み出した。


 バックボードにはすでに名前が入っていた。一番センター風間。二番セカンド高杉。三番サード刹那。四番キャッチャー池谷。五番ピッチャー和田。六番ショート大野。七番ファースト西田。八番ライト青山。九番レフト紅崎。ベンチには健太と孝祐がいる。


「よし、円陣組むぞ」


 みんなは俊介を中心に円になった。中腰になると帽子を胸にやり、目を閉じた。縁と灯もベンチで同じように目を閉じた。


うるさかった周りの声がだんだんと小さくなっていく。心が落ち着いてきた。何も考えず無になった。


「この試合が俺たちの公式戦の初陣だ」


 俊介が静かに口を開いた。


「相手がどこだろうと関係ない。自分の力を信じ、試合にぶつけるだけだ。負けた奴に同情はいらない。勝つか負けるかの真剣勝負だ。甲子園へいけるのは一校のみ。最後にその場に立っているのは……俺たちだ!」


 全員が目を開けた。集中しきった目を見て安心した俊介は大きく息を吸った。


「絶対勝つ! 行くぞ!」


「おおっ!」


「プレイボール!」


 主審が手を上げた。


今始まった。壮絶な頂点争いが。高校球児による奪い合いが。


天龍高校のナインは守備につき、対戦相手の海龍高校に立ち向かった。


「へへ、ぼっこぼこにしてやる」


 海龍高校の一番は余裕の表情でバットを構えた。


それを見て俊介はマスクごしから笑みを浮かべた。


こいつら、あの球見たらどんな反応するだろうか。


俊介はバシッとミットの中を叩くとど真ん中に構えた。


それを見た隼人は唇を緩ませると、腕を上げミットめがけて渾身の一球を投げた。


バァァァァン!


 ミットから気持ちの良い快音が響いた。


一番バッターは身動き一つしていない。それどころか驚いている。


観客席にいる少ない人たちも静まりかえり、唖然とした表情で一人のピッチャーを見ていた。


「な、なんだよ、今の球……」


 海龍高校のベンチはあの球を見て吃驚していた。


「お、おい、あれ見ろよ」


 一人の選手がバックボードを指した。


「なっ! あ、ありえね……」


 バックボードには球速が表示されていた。さっきのボールは155キロも出ているのだ。


 隼人もそれを見て口元を緩ませた。


いける。今日は絶好調だ。誰にも打たれる気がしない。


この回、隼人は三者連続三振であっという間に終わらせた。


「ナイスピッチ!」


「いい球走ってんぞ」


「たまには打たせろ。暇でしょうがねー」


 みな緊張もなくいきいきとしている。これなら勝てる。いい雰囲気で望めている。


「よし、行け! 真治!」


「おうっ! すぐ帰ってきてやる」


 真治は軽くバットを振りバッターボックスに入った。


海龍高校のピッチャーは怒りに満ち、全力で投げてきた。


「ストライク!」


 なかなかいいボールを投げる。135キロのストレート。だが、球速は断然隼人のほうが速い。真治には遅く見えた。


真治はバットを回し軽く笑った。ピッチャーが投げようとした瞬間、真治がバントの構えをした。


コンッ


 ボールは三塁側へうまく転がった。


いきなりのバントに意表をつかれたサードは急いで取りにいった。掴んだ瞬間すぐに一塁に投げた。


しかし、


「セーフ!」


 一塁審は両手を広げた。


真治はサード向かってわざとらしくガッツポーズをした。


「いいぞ〜、真治!」


「ナイスセーフティ!」


「続け広和!」


 広和はバットを握り締めバッターボックスに入った。


今の状況はノーアウト一塁。相手ピッチャーは焦っている。ならば。


 ピッチャーが足を上げた瞬間、真治は二塁へ走った。広和はバントの構えをしていたがすぐに引っ込めた。判定はボール。


キャッチャーはすぐに二塁へ送球したが真治は楽々盗塁を成功させた。


「よっしゃー! ナイス盗塁!」


 敵チームのキャッチャーは悔しそうにしていた。


なによりもいいのは、みんな楽しそうに野球をしている。こういうときこそ、自分の力が一番発揮できるのだ。


 広和は次の球をうまくバントし、1アウトランナー三塁。ここでバッターは直人。


「直人、打て!」


「まず1点だ!」


 直人はバットを両手で掴んで軽く背伸びをし、バッターボックスに入った。


いきなりのピンチを迎えた相手ピッチャーはランナーを気にしつつ、直人におもいっきり投げてきた。


直人は余裕の表情で初球を打った。打球は内野の頭を越え、センターの前に落ちた。


真治はその間にホームイン。天龍高校公式戦初得点だ。直人は軽く一塁でガッツポーズした。


「おっしゃー!」


「ナイスバッティング!」


「1点目!」


 ベンチでは大いに賑わっていた。


続く四番俊介と五番隼人も続いた。そして六番の龍也がスクイズを決め、勇気が芯に当ててツーベースを打つなど大量得点を奪い、この回一挙5点を得た。


調子の良い隼人は海龍高校の打線を抑え込み、三振の数をどんどん増やしていった。


「よっしゃー! このまま勝てるぞ」


「つーか、けっこう楽勝じゃん」


「案外楽だな。余裕余裕!」


 真治や広和、勇気などは笑っていた。


それを聞いていた隼人と俊介は少し腹をたてた。


「あいつら、そんなこと考えてんのか」


「隼人、ちょっと耳貸せ」


 隼人は俊介からあることを聞くと笑みを浮かべた。


 六回表。敵チームの攻撃。今の状況は、7‐0でこっちが勝っている。


この回から、隼人と俊介がたてた作戦が始まった。


 隼人は俊介の要望どおりのコースに投げた。バッターはそのボールを打ち、セカンドに転がった。


「楽勝楽勝」


 広和は余裕の表情でボールを取りに言った。しかし、


「あっ!」


 ボールを手前でこぼしてしまい、いそいで一塁に投げたがセーフになった。記録はセカンドエラー。


「おし!」


 相手チームは初めてランナーが出て喜んでいた。


「わ、悪い。隼人。ちょっと掴み損ねた」


 隼人は広和から黙ってボールを受け取った。


次のバッターは一塁側に転がった。余裕の勇気はボールを掴むと一塁へ投げる。しかし、ボールはファーストにいる広和の頭上を越えライトに転がってしまった。記録はファーストエラー。


「ご、ごめん!」


 隼人はまた無表情で謝る勇気を見た。


次のボールはセンターに飛んだ。


「オーライ、オーライ」


 真治は片手を上げて余裕で取ろうとした。しかし、グラブに当たってボールをこぼしてしまった。


「や、やべっ!」


 落とした瞬間ランナーが走り、0アウト満塁となった。記録はセンターエラー。


内野手はマウンドに集まった。


「やばいな。1点覚悟で抑えるか」


 広和がそう言うと、龍也は笑みを浮かべながら口を開いた。


「果たして、1点で済むかな」


「え?」


 広和は不思議そうに龍也を見た。


隼人と俊介は龍也を見て笑みを浮かべた。


「龍也の言うとおりだな。このままだったら、俺ら一回戦で終わってしまう」


「じゃあ、どうするの?」


 勇気が言うと、隼人が口を開いた。


「お前らが油断しなければいい」


「油断?」


「お前らは野球を舐めるな! いつ何が起こるかわからない。それが野球だ! 油断して、平気でエラーするような奴はいるだけ邪魔だ! この状況を作ったのはお前らだろ!」


 それを聞いた広和と勇気、外野にいる真治はうつむいてしまった。


「隼人と俊介はやはりわざと打たせたな。どおりで球威が落ちてるわけだ」


 直人がそういうと、隼人と俊介はうなずいた。


「いいか! 何が何でも油断なんかするな! 常に緊張感を持ってプレーしろ!」


 俊介の言葉で、広和と勇気は顔を上げてうなずいた。


「よし、じゃあ作戦を言うぞ。1点もやるもんか。俺たちならできるぞ」


 俊介は作戦を言い渡すと、それぞれ守備位置に着き、試合が再開された。


バッターはスクイズをしてきた。直人は得意のダッシュでボールを取るとすばやくホームへ送球。三塁ランナーはアウトとなった。1アウト満塁。


次のバッターはショートへのゴロを打った。龍也はすばやくゴロをさばくとセカンドへ送球。広和はファーストへ送球しダブルプレーを奪った。


「よっしゃー!」


「ダブルプレーだ!」


「0点に抑えたぞ!」


 これでもう油断したりしないだろう。トーナメントは怖い。一度負けたら終わりなんだ。油断する余裕なんてできない。これが野球の怖いところだ。


 8回表。隼人は三者連続三振を奪った。そして未だヒットは一本も打たれていない。


エラーのせいで完全試合は無くなったが、ノーヒットノーランの可能性はある。


観客たちや審判、近くにいる記者の人たちは緊張していた。


「クソ! ノーヒットノーランはさせないぞ!」


 海龍高校のバッターが気合を入れて構える。


九回表。最後の攻撃である。


隼人は油断することなく全力で剛速球を放った。


バァァァァン!


 ミットからの音だけが響く。


相手バッターは身動きできず、150キロ台のボールを見るだけで怖気づいていた。


「こ、こんなの打てるのかよ……」


 次も全力で投げていく。そして三振で一つ目のアウトを奪った。


「ああ〜あ。オレの出番は無しですか〜」


 レフトの翔一はつまらなさそうに座りながら隼人を見ていた。


そして次のバッターも三振を奪う。これであと一人抑えればノーヒットノーランだ。


周りの神経はぴりぴりし、達成する瞬間を見ようと身を乗り出していた。


俊介もそれは意識していた。だが、別にヒットを打たれてもかまわない。大切なことは勝つことだ。


それは隼人も同じだった。それに、ノーヒットノーランは意識したほうが打たれやすいのだ。


隼人はいつものピッチングを心がけ投げていく。


「ストライク!」


 主審の声が響く。


あとストライク二個。次の球も150キロのボールでストライクを奪う。あと、一つ。


「隼人さん……」


 縁はベンチで隼人からもらった硬球を握り締めながら祈った。


隼人はふっと息を吐き、最後のボールを投げた。


海龍高校のラストバッターはバットを振る。


バァァァァン!


 だが、聞こえたのはボールがミットに収まる快音だけだった。


そこで主審は手を上げた。


「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」


 そこで隼人は笑みを浮かべて軽くガッツポーズをした。


「よっしゃ!」


 それに続いてみんなも歓声を上げた。


それが伝染し、観客席からも大きな歓声が湧き、拍手が送られた。


「勝ったぞ〜!」


「一回戦突破だ!」


「ノーヒットノーラン達成!」


 真治や広和は大いに喜んでいた。俊介は隼人に抱きつくほどだ。


「ま、負けた……」


「あんな新チームに……」


「しかもノーヒットノーラン……」


 海龍高校の選手は心底落ち込んでいた。



その試合をスタンドで榎本も見ていた。


「へへ、なかなか速い球投げるじゃねーか。和田隼人。でも、勝つのは俺だぜ」


 榎本は立ち上がると球場を後にした。


「9‐0で天龍高校の勝ち。お互い、礼!」


「ありがとうございました!」


 両校頭を下げ、勝った隼人たちはグラウンドの整備を終わらせるとすぐに後片付けに入った。


そのとき相手ベンチが目に入った。海龍高校の選手は涙を流し、悔しそうにしていた。


「これで、……あいつらの夏は終わったんだな」


 隼人はぼそっと呟いた。


負けたら終わり。これをあらためて知った。もし自分が負けたらああやって泣くだろう。そうならないように、頑張らねば。


 そのあとは、記者や新聞社の質問攻めにあった。中でも隼人はすごかった。


「天龍高校の和田隼人くん。ノーヒットノーランを達成して今の気持ちは?」


「え、えと、嬉しいです」


「最初から狙って投げたのですか?」


「いえ、1球1球集中して投げただけです」


 他では主将である俊介もインタビューを受けていた。


「公式戦初勝利ですが、今の心境は?」


「次の試合に向けて頑張るだけです」


「今日池谷選手はホームランを打ちましたね。どんな気分ですか?」


「はい。すごく気持ち良かったです。打てて嬉しいです」


 それからいろいろ聞かされ、解放されたときは予想以上に疲れた。


鬼塚監督はその場で解散させ、隼人は縁と一緒に帰った。


「一回戦突破ですね。やりましたね」


「ああ、この調子で次も勝つぞ」


「でも、……相手チームはかわいそうですね」


「たしかに。でも仕方ないさ。勝つには相手を倒さないといけないんだ」


「そうですね。仕方ありませんね。次も勝ってくださいね」


「おう!」


 そのころ、出版社にいる記者たちは騒がしかった。


「おい、天龍高校が一回戦突破したぞ!」


「新チームがいきなり勝つなんてな」


「しかもノーヒットノーラン。これは記事になるぞ」


「あのピッチャー誰なんだ? あんな球投げるやつそうそういないぞ」


 記者たちは雑誌や新聞にそのことばかりを書いていった。


「森本さん、すごいですよ。このピッチャー何者なんですかね。最後まで投げ終え、被安打と失点0、奪三振数は15個。すごすぎる! しかも2年生。何で今まで出てこなかったんでしょうね」


 元気のいい若い新人記者の川端に対して、森本はたばこをくわえ、のんびりとしていた。


「驚異の新人ね〜。それなら去年もいたがな」


「ああ、榎本くんですね。彼もすごかったですね。甲子園でも活躍しましたよ。一回戦から出場し、六連続三振を奪いましたからね。驚きましたよ」


「今大会の注目ナンバーワンはこの、和田隼人か」


 森本は隼人の写真を見ながら呟いた。




 学校でも野球部員たちは大人気だった。休み時間になれば質問攻め、放課後はギャラリーが多く練習しにくかった。


「俺らすっかり人気者だな。やっぱり勝つと嬉しいぜ」


 真治は笑みを浮かべながらフライを取った。外野は外野だけでフライと送球の練習していた。


「このまま二回戦も突破だ」


 広和はゴロをさばくとファーストへ送球した。


「広和。次はゲッツーだ!」


 龍也はゴロをさばくとセカンドへ送球し、広和はファーストへ。


「ナイスボール!」


 勇気はサードへボールを投げた。直人はボールを捕るとタッチの練習をした。


「あいつらしゃべりながらしてるよ」


 隼人は内野を見て呟いた。


「おら、隼人! ど真ん中来い!」


 隼人は俊介の要望どおりど真ん中に投げた。気持ちいい音が耳に流れる。いい球が走っていた。おそらく球速は150キロ近く出ているだろう。


隣では翔一が投げていた。


「おりゃ!」


 多彩な変化球を投げ、今日もよく曲がっていた。


信一は動じることなく捕っていた。


「よし。いいぞ、翔一。いい球だ」


「それより、何でオレが試合に出ないんだよ。やっぱ投手は投げないと」


「仕方ないだろ。俺がエースなんだから」


 隣の隼人が言った。


「もっと投げたいんだけどな。あっ、じゃあ勝負しませんか? 先輩」


「勝負?」


「あのときの続きみたいなもんですよ。勝ったほうが、次の試合の先発で。ルールは簡単。打者三人に対してどっちが多くアウトを取れるかです。やりませんか?」


 翔一がまたバカなことを言ってきた。しかし、実戦的な練習はできるかもしれない。変化球対策の練習にはなるだろう。それに売られたケンカは負けたくない。


「いいぜ。やってやる」


「そうこなくっちゃ」


 ということで、急遽先発をかけた勝負が始まった。バッターは、真治、直人、龍也の三人。


まずは、翔一から投げた。


「おりゃあ!」


 翔一は四つの変化球で三振を奪った。器用にカーブ、スライダー、フォーク、シュートを使い、簡単には打てなかった。


しかし、最後の龍也は左中間に打球を飛ばしヒットになった。


「あっ、……でも、先輩も打たれたら引き分けですよ」


 隼人は自慢の球速とコントロールで三振を奪った。最後の龍也はレフトフライで打ち取った。


「あれ? 負けた?」


「翔一、お前の負けだ。次の先発も俺な」


「くっそ〜! なんでだよ〜!」


 それを龍也は説明した。


「翔一、お前の変化球はそう簡単には打てないだろう。コントロールもまあまあだし、よく曲がる。しかし、投球パターンが読みやすい」


「投球パターン?」


「そのとおり。僕の打席では、最初にスライダーでストライクを取り、カーブで外へ出す。シュートでカウントを取ると、最後はフォーク。真治と直人のときも、スライダー、カーブ、シュート、フォークという順番だった。もっとさまざまに変化球を混ぜて投げるんだな。送球も130キロくらいだから狙いやすい」


「そ、そうだったのか……」


 翔一はうつむいたと思ったら、すぐに顔を上げブルペンにむかって走っていった。


「おい、信一! 今から投球パターンを考えるぞ! 早く来い!」


 信一はしぶしぶ翔一のもとにむかった。


「龍也、よく投球パターンなんてわかったな」


 隼人が龍也に話し掛けた。


「いつもデータは取っている。これくらい簡単だ」


「そ、そうか……」


「隼人。お前も球速とコントロールは超高校級だが、変化球も憶えてこそストレートが生きるんだ。少しは憶えたらどうだ?」


「あれ? 言ってなかったっけ? 俺スライダーなら覚えたぞ」


「なに? そうなのか? ならなぜ試合で使わない」


「まだ使えないんだ。もっと強いとこと当たるまでわな」


「ふふ。温存というわけか。それもおもしろいな」


 龍也はノートに何か書き込むと練習に戻った。


隼人は書かれたなと思いながら、練習に戻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ