十二回裏:告白と決戦準備
練習が終わり、縁と灯は一緒に帰っていた。
薄暗い中、お互い口を閉じ歩いていく。外灯だけが道を照らし、2つの影を作っていた。
静かな空間に、風が吹き木々がざわめく音が耳に入ってくる。
最初に口を開いたのは灯だった。
「ねぇ、縁ちゃん。ちょっと寄り道していかない?」
「寄り道、ですか?」
灯の要望である場所へと向かっていく。その間再び無言が続く。
2人が来たのは神龍神社だった。ここに来るのは久しぶりである。あの大木も変わらず立っていた。
その前で灯は立ち止まった。一つの電灯だけが2人を照らしていた。
「縁ちゃん……」
灯は大木に触れ、縁に背を向けたまま口を開いた。
「縁ちゃんも、隼人くんが好きなんでしょ?」
縁は黙って聞いていた。
灯はすでに感づいている。ならば隠す必要はない。自分も、いつまでも逃げるわけにはいかない。勝ち取るなら戦わなければ。
「はい」
灯はそっと笑みを浮かべた。
「やっぱりそうだよね。ふふ、……やっとしょうじきに言ったね」
灯は真剣な表情になると縁に振り返った。そしてお互い対峙する。
視線を反らすことなく相手を捉えていた。風が吹き、お互いの髪をなびかせる。
「縁ちゃん、知ってるよね。隼人くん、毎日ここに走りに来るって」
「はい……」
灯は縁にはっきりと言った。
「今日、私はもう一度隼人くんに告白する」
「っ……」
縁は動揺した心を抑え、冷静を保った。いっきに緊張が走る。
「そして、隼人くんの気持ちも聞き出す。縁ちゃん、私は逃げないよ。私は待たない。縁ちゃんみたいに、相手から言ってもらうのを待たない。自分からいかなきゃ、想いは伝わらないんだから」
縁は口を硬く閉じ聞いていた。
たしかに灯の言うとおりだ。自分は逃げていたのかもしれない。今の関係が崩れるのが、答えを聞くのが怖いから。真実から逃れようとしたのかもしれない。
灯は話し続けた。
「縁ちゃん。私は負けたくない。その先に何が待っていようと受け止める。だから、……縁ちゃんは隠れてて。そして見届けて」
「灯さん……」
縁はうなずいた。
灯は戦っている。ならば、自分も逃げるわけにはいかない。どんな結果になろうと、その真実を受け止めよう。
灯は時間を確認した。
「そろそろね。縁ちゃんは隠れてて」
縁は大木の後ろに隠れた。
すると、神社の入り口のほうから人影が見えた。
隼人だ。
いつものトレーニングウェアを着て大木に近づいてくる。そして走りながら、そこに灯がいるのに気づいた。
「あれ、灯? 何でお前がここにいるんだ?」
隼人は灯の前で立ち止まった。
灯は頬を赤く染めうつむき、手で自分の胸を抑えていた。
それは縁も同じだった。
心臓が激しく鼓動する。告白するのは灯なのに、まるで自分のことのようにドキドキする。
「あれ? 縁と一緒に帰ったんじゃ。まぁいっか。早く帰らないと危ないぞ」
隼人は片手を上げると引き返そうとした。
それを灯が止めた。
「待って!」
隼人は走り出そうとする足を止め灯に向き直った。
「灯?」
灯は頬を赤く染めながら胸の前で手をぎゅっと握り隼人を見た。
「あ、あのね、……大事な話があるの」
隼人は再び灯に近づいた。
「なんだよ、話って」
「う、うん。その、あのね……、私、隼人くんに告白したよね。……覚えてる?」
隼人はすぐに思い出した。
あの初めての練習試合で灯は隼人に告白した。返事ははぐらかし、まだしていない。
「あ、ああ、……覚えてるよ」
隼人の顔も赤くなっていた。そして頬をぽりぽりかく。
「あ、あのね、隼人くん。私、その返事が聞きたいの。だから、もう一度言うね」
灯は真剣な目になると、隼人は一心に捉え、自分の想いをぶつけた。
「私、隼人くんが好きです。だから、……だから、……付き合ってください!」
灯は目を硬く瞑り頭を下げた。
大木の後ろでは縁が両手をぎゅっと握っていた。
とうとう告白した。想いをぶつけ戦った。その想いが、隼人の心に届くだろうか。
怖い。逃げ出したい。もし隼人が灯と付き合ったら……。
そう思うだけで体が震える。縁は腕をぎゅっと握った。そして目を硬く閉じ、隼人の言葉を待った。
隼人はどうしたらいいのかわからなかった。しかし、逃げるわけにはいかない。灯は覚悟を決め、自分に言ったのだから。
隼人は拳をぎゅっと握った。言おう。自分の今の答えを。しょうじきに言おう。偽りを答えても、決して灯のためにはならない。
隼人は生唾を飲み込むと口を開いた。
「あ、灯……」
灯はゆっくりと頭を上げた。顔を恥ずかしそうに真っ赤にし、隼人を見つめる。
「な、何……?」
「お、俺、その……」
隼人は目をぎゅっと閉じると頭を下げた。
「ごめん!」
「……え?」
灯は呆然とした表情で隼人を見ていた。
「ごめん。俺、灯とは付き合えない。だから、……ごめん」
隼人はゆっくりと顔を上げると灯を見た。
灯は口を閉ざしたままうつむいていた。
少なからず、そうなると思っていたのだ。なぜなら、隼人の好きな人は、あの人だからと知っていたから。
「灯……」
灯は顔を上げると笑顔を見せた。
「そっか。まぁ、仕方ないよね。うん、残念だな」
「あ、灯」
「やっぱりこうなるかなって思ってたんだ。隼人くん、野球しか頭になさそうだし」
「あ、えと、その、灯……」
「あっ、ごめんね。ランニングの途中だったよね。頑張ってね、隼人くん」
灯は笑顔で手を振る。
「あ、ああ。……じゃ、またな」
隼人も手を振って再び走り出した。
「ばいばーい!」
灯は隼人の姿が見えなくなるまで大きく振り続けた。そして姿が消えると手を下ろした。
隼人は灯が見えなくなるまで走ると、そっと神社を振り返った。
「……ごめん、灯」
灯はその場に立ちすくんでいた。
そして大木の裏から縁が出てきた。
「灯さん……」
灯は袖で目を拭くと笑顔を見せた。
「へへ、ふられちゃったね」
「あ、灯さん……」
灯は笑っている。でも、それはどう見ても強がっていた。
目からは大粒の涙が流れているのだ。拭っても拭っても出てくる涙を流し、その滴が地面に落ちて黒い点を作っていた。
「はは、かっこ悪いね。あんなこと言って……。うっ……、うっ……、あっさり言われたよ。っ……私、……ダメだった」
灯は唇を噛み締めると笑顔を消し、その場に崩れ落ちると地面に手を着いた。
「本当に、好きだったの。……本気で、好きだったの。いつも抱きついて、そばにいて、笑ってたけど、……ずっとドキドキしてた。心臓が張り裂けそうで、苦しいくらい締めつけられて……。でも、頑張った。少しでも……、少しでも……、一緒にいたかったから。……私、バカだよね。本当に、……バカだよ」
すると、いきなり縁が灯を抱きしめた。
「そんなことありません。灯さんは、すっごくかっこいいです。私はいつも逃げてばかりでした。なのに、灯さんは努力家で、誰よりも隼人さんのこと好きでした。かっこ悪くありません。バカでもありません。灯さんは、本当にすごいです」
「縁ちゃん……」
灯は縁の胸に顔をうずめると声を上げて泣いた。
悔しい想い、苦しい想い、全て出すために。
縁は灯を抱きしめ全て受け止めた。
しばらく、神龍神社では泣き声だけが響いていた。
次の日から、隼人は灯に会いづらくなった。
あんなことがあり、どう接したらいいのかわからない。部活で会ったら何て声をかけようか。
……何も思い浮かばない。できるだけ避けるしかないだろうか。
隼人は重い気持ちで部室のドアを開けた。
「ちーす……」
「隼人く〜ん!」
いきなり灯が抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと、灯?」
「隼人くん、今日も部活頑張ってね」
灯は満面の笑顔で言う。そして耳元に囁いた。
「昨日のことは気にしないでね。いつもどおりしたらいいから」
「あ、ああ……」
灯はにこっと微笑むと隼人から離れた。
「さてと、私も準備始めるかな」
そういって灯は部室を後にした。
隼人は安堵した。本当によかった。
その様子を縁はそっと見ていた。
「灯さん……、私も、頑張りますね」
そのころ、1年の教室では健太と孝祐がいた。
お互い向き合い、難しい顔して悩んでいた。
「なぁ、どうする? そろそろ決めないと」
健太が孝祐に言う。
「う、うん。でも、おらついていけないと思う。こんな体だし」
孝祐は自分の腹を摘んだ。脂肪がありだぶだぶだ。
「で、でも、あの20キロに耐えたじゃん」
「でも翔一くん、この前倒れたとか。木陰で休んでたの見たよ」
「う、うん……。でも、あのマネージャーかわいかったな」
「あ、おらも思った。かわいい人だな〜」
「頑張れなくても、あの人に看病されたら悪い気しないな」
健太が言うと、突然孝祐が立ち上がった。
「お、おら、野球部入る」
「え? 入るの?」
2人は教室を飛び出すとグラウンドに向かった。
「おっ、決心着いたか」
俊介の前にはあの2人がいた。
「は、はい。一生懸命頑張ります。よ、よろしくお願いします!」
健太はおどおどしながら丁寧に頭を下げた。
俊介の健太に対する印象は勇気二号だ。
孝祐はさっきから他所を向いて縁のほうを見ていた。
それに龍也が気づいた。
「ほほう。君は最連寺に興味があるのか」
「え? えと、いや……」
龍也はぽんと孝祐の肩に手を置いた。
「なに、恥ずかしがることはない。誰しも狙っているのだ。その数は100人を越えるだろう」
「そ、そんなにいるんですか?」
「だが、君は実にラッキーだ。野球部ということは仲良くなる一番のチャンス」
「でも、おらこんなんですよ」
孝祐は自分の腹の肉を摘んだ。
龍也はふっと軽く鼻で笑った。
「ふふ、気にすることはない。彼女は引き締まった体が好きでね。いい機会だ。野球部の練習で鍛えればいい。近くにいれて鍛えることもできる。一石二鳥だ」
「こんなんでも大丈夫ですか? ちゃんと引き締まるんですか?」
「もちろんだ。あれを見ろ」
龍也は一塁で地面をならしている勇気を指した。
「彼は見るからに細いだろ。しかし、筋肉はまあまあ引き締まっている。背も君と同じくらいだ」
「はい、そうですね」
「彼は一年前、君と同じ体形だったんだ」
「ほ、本当ですか?」
孝祐は驚いた表情で大きな声を上げて龍也を見る。
勇気も何事かと思って回りを見渡した。
龍也は腕を組みながら笑みを浮かべうなずいた。
「ああ、本当だとも。君も頑張ればあんな風になるのだ。さ、今こそ立ち上がるときだ!」
「は、はい!」
孝祐は健太と一緒に張り切ってランニングを始めた。
「あんな嘘言っていいのかよ」
俊介は気の毒そうに孝祐を見ながら龍也に言った。
「ふふ、やる気があるのはいいことだ。どんな理由だろうと、信じればいいのだ。さ、僕らも練習を始めよう」
龍也は高笑いをしながら練習に取り掛かった。
「あいつは絶対悪徳セールスマンになれるぜ」
俊介は苦笑いを浮かべると練習に取り組んだ。
こうして天龍高校野球部員は、隼人、縁、俊介、真治、広和、勇気、龍也、直人、灯、翔一、信一、健太、孝祐の13人で活動することになった。
鬼塚監督は一年生4人をできるだけ鍛え上げ、少しでも戦力なるようにしごいていく。
隼人たちも、あの個人メニューを自分たちでアレンジし、さらにその上を目指して行く。
月に二度は練習試合を取り入れ、実戦経験を取り入れる。勝つことだけを目的とせず、こうすればどうなるか、この場合はどうなるかなど、自分が疑問に思うことを積極的に試していく。
翔一と信一のバッテリーも使い、その力量を測った。さすがにあの四つの変化球を攻略するのは難しく、翔一は三振を増やしていく。信一はなかなかパワーがあり、ホームランを二本打った。
健太と孝祐は外野に入り、フライを重点に練習する。バッティングはうまくないが、守備だけは向上していった。
そして、とうとう夏の大会の抽選会が始まった。
「おし、それじゃ行くぞ!」
俊介が気合を入れて腕を突き上げた。
抽選会に行くのは隼人、縁、俊介、龍也の4人である。あとのメンバーは練習だ。鬼塚監督の車で抽選会場まで走っていく。
「俊介、お前緊張しすぎだろ」
隼人は俊介に言った。
俊介はさっきまで元気だったが、いざ向かうとガチガチになっていた。
「大丈夫ですか? 落ち着いてください」
「い、いや、これでも落ち着いているんだ。でも、もしいきなり猛虎学園に当たったら……」
「猛虎学園は最初からシードと決まってある。当たることは隕石が落っこちない限りない。お前はただ引けばいいんだ」
龍也が言うが、俊介の耳には聞こえていなかった。
そしてとうとう抽選会場に着いた。
まわりにはたくさんの選手がいる。どの選手も強そうで、気合の入れ方が違う。天龍高校は違うが、ほとんどが坊主だ。
「ああ〜、緊張する〜。隼人、変わりに引いてくれ〜」
「悪い、俺くじ運悪いから」
俊介はがっかりし、自分の制服をぎゅっと掴みながら中へと入った。
中は大きなホールとなっており、みな好きに椅子に座っていた。ほとんどが前のほうに席を取っている。
隼人たちは真ん中のところに座った。
龍也はノートとペンを取り出すと何か書き始めた。
「うわ〜、知ってるやつばかりだぜ。俺らここにいていいのかな」
俊介は椅子の上に乗りながら辺りを見渡した。
隼人はそんな俊介を見て制服を引っ張って椅子に座らせようとしている。
「ちゃんと登録したんだ。大丈夫だよ。あと少しは落ち着け。こっちが恥ずかしくなる」
そしてとうとう抽選が始まった。ステージにライトが集まり、真ん中に集中した。
「只今より、全国野球大会夏の予選抽選会を始めます。呼ばれた高校からステージに立って、この箱のくじを引いてください。まずは、前回優勝校。猛虎学園」
猛虎学園の選手は椅子から立ち上がると自分の学校名が書かれた札を持ちステージに上がった。
その選手はショートの赤織正輝だった。赤織は札を渡すと、係員の人は第一シードに提げた。
「猛虎学園、一番です。猛虎学園、一番です」
「おっ、本当にシードだ」
俊介が驚いて見て言った。
「だからさっき言っただろ」
龍也はノートにメモしていく。隼人は赤織を見ていた。赤織が戻った場所にはあの榎本の姿もあった。
「負けないぜ、榎本」
それからどんどん進めていく。少しずつトーナメントは埋まっていき、札の数が増えていく。
そしてとうとう俊介の番になった。
「次、天龍高校。天龍高校の代表者、前へ」
「は、はい!」
俊介は大きな声で返事をすると立ち上がった。
そのときどよめきが起こった。
「おい、天龍高校ってどこの高校だ?」
「たしか、昨年できた新設校じゃね?」
「マジ? じゃあ、最高学年二年生だろ? 当たりて〜な」
「絶対楽に勝てるぜ」
周りから口々に勝手なことを言っている。
俊介は聞こえていても、黙ったままステージに上がった。
「さ、くじを引いて」
「は、はい」
俊介はくじを引いた。それを係員に渡す。
「天龍高校、24番。天龍高校、24番です」
そのとき、隼人たちが座っている右側の前の人が歓声を上げた。
「よっしゃ! 一回戦は楽に勝てるぞ!」
「やったな! これで勢いがつけるぞ」
「超ラッキーだぜ!」
どうやらそこにいる選手が一回戦の相手のようだ。すでに勝ちが決まったかのように喜んでいる。
「隼人さん……」
縁が隼人の服を掴んだ。
「心配するな、縁。負け犬はよく吠える。戦ってもいないのに、すでに勝った気でいるのは弱い証拠だ」
「それに、油断してくれているほうがこっちとしては嬉しいな。弱小校であるから、勝ちは決まりだがうまくいけばコールド勝ちもできるかもしれん」
龍也の声は聞こえるくらいの大きさで言った。
それが聞こえたのか、対戦相手の選手はこっちを睨んできた。
「は、隼人さん」
縁は怖がって隼人にすがりついた。
隼人は縁をなだめると、トーナメント表を見た。
一回戦の相手は海龍高校のようだ。猛虎学園は決勝にいかなければ当たらない。昨年準優勝の青龍高校は準決勝で当たる。
俊介は意外にいいところを引いたかもしれない。
だが、それは最初だけだ。勝つたびに苦しくなってくる。甲子園に行くなら、青龍高校も、猛虎学園にも勝たなければならない。
隼人はそっと笑みを浮かべた。
やってやる。どこが相手だろうと、俺が全て倒してやる。
抽選会が終わり帰ろうとするとき、後ろから声をかけられた。
「おい、ヘボ天龍」
そこには対戦相手の海龍高校の選手がいた。
「さっき負け犬とか生意気なこと言ってたな。悪いけど、おれら手加減しないよ」
「コールドで終わらせてやるよ。いや、完全試合だな」
「ははは、今のうちに残念会の準備しときな」
そしてバカにするように大声で笑った。
隼人たちは頭にきて、今にも襲いかかりそうだった。縁だけはどうしたらいいのかわからずおどおどしていた。
そのときだった。
「これはこれは、海龍高校の皆さん」
「ああ? 誰だ!」
そこにはあの榎本がいた。
後ろには猛虎学園のメンバー、神風、皇乃、海道、赤織がいる。他にも知らないが、おそらくレギュラーメンバーだと思われる選手がいた。
「昨年俺らに完全試合で負けたからって、弱い者いじめはいけないな」
榎本はバカにするように一人笑っていた。
「ああ? おれらを舐めんなよ! 今度こそお前らを倒してやる!」
「それは無理だな」
榎本はやれやれといった感じに言った。
「ああ? 何でだ!」
「だって、勝つのは天龍高校だから」
榎本は隼人を見ながら笑みを浮かべ言った。そしてポケットに手を突っ込みながら隼人に近づいた。
「ね、東の最強ピッチャーくん。こんなやつら、完全試合くらいしないと俺らには勝てないぜ」
隼人も同じように笑みを浮かべた。
「ああ、言われなくてもそのつもりだ」
「はは、決勝で待ってるぜ。あの勝負、忘れんなよ」
そう言って榎本は行ってしまった。
「ちっ! おい、お前ら、試合の日は覚悟しとけよ」
海龍高校の選手も行ってしまった。
隼人たちは猛虎学園を見えなくなるまで見ていた。そして姿が消えると帰って行った。
隼人たちは部室に戻り、さっきのことを離した。
「むかつく野郎だな。絶対勝ってやるぜ」
「うん。負けたくないね」
真治と広和の気合は十分だった。
「それにしても、隼人先輩。榎本先輩と知り合いなんですね」
翔一は椅子に深く座りながら言った。
「ん? お前も榎本知ってんのか?」
「榎本先輩とオレは同じ中学ですよ。あっ、もしかして榎本先輩が言ってたライバルって隼人先輩のことですか?」
「ああ、そのとおりだ。榎本と同じく、隼人も県の選抜に選ばれたんだ。オレもだけど」
直人が説明すると翔一は納得するようにうなずいた。
そこで俊介は立ち上がった。
「さて、試合は一週間後だ。気合入れていくぞ!」
「おお!」
隼人たちは本番めがけ、最後の仕上げ入った。
そして試合の前日。
最後の練習を終え、それぞれ解散し、隼人は縁と一緒に帰った。
「と、とうとう明日から試合ですね。が、頑張ってくださいね」
縁は緊張した声で話している。
「ああ。絶対勝ってやるよ」
隼人は自信満々に言った。
すると、縁は頬を少し赤くしながら口を開いた。
「あ、あの、隼人さん。これ……」
縁はポケットからあるものを取り出すと隼人に渡した。
それはお守りだった。必勝と刺繍されている。
「わ、私が作ったんです。……受け取ってくれますか?」
隼人は笑みを浮かべて受け取った。
「ありがと、縁。俺、これずっと持ってるよ」
「は、はい。ありがとうございます」
縁は嬉しそうに喜び、明日一緒に行く約束をして家に入った。
隼人は一度家に入り、今日も神龍神社にむかってランニングを始めた。
今日も神龍神社向かって走っていく。そして大木の前についた。
隼人はそこで立ち止まると思い返した。
ここで始まり、ここで約束した。ここは、思い出の場所なのだ。甲子園に行って、縁との約束を果たす。そのために、一度も負けるわけにはいかない。
隼人はタオルを掴むと、シャドーピッチングをした。綺麗なフォームでタオルがなびく。
そのとき、後ろで足音が聞こえた。そこにいたのは鬼塚監督だった。
「か、監督」
「明日は試合だぞ。今日くらい体を休めろ。戻るときは歩いて帰れよ」
鬼塚監督は大木を見上げた。そして隼人に問い掛けた。
「和田。お前、なんであの最連寺縁と一緒にいるんだ?」
「え? いや、別に、幼なじみだから」
鬼塚監督は黙り込む。そしてそっと口を開いた。
「最連寺は、……今一緒に住んでいるのは本当の家族なのか? もしかしたら、血が繋がっていないんじゃないのか?」
そこで隼人はおかしいことに気づいた。
なんでそんなことを聞いてくるのだろうか。そのことを知っているのは和田家と最連寺家だけのはず。鬼塚監督のような他人が知るはずない。
「どうなんだ、和田」
鬼塚監督が隼人を捉える。
隼人はうなずいた。
「……その通りです。でも、なんで知ってるんですか? 鬼塚監督は赤の他人ですし」
そこで鬼塚監督は隼人から視線を反らした。
そして再び大木を見上げ、そっと触れた。
「和田。絶対、甲子園に行けよ。そのためにここまで鍛えたんだ。……あいつのために」
「え?」
鬼塚監督は笑みを浮かべると行ってしまった。
隼人はさっきの言葉の意味を考えた。
どういう意味だろうか。もしかして、縁の本当の親は……。
隼人は考えながら歩いて家に戻った。
そして、とうとう隼人と縁の約束を決する死闘が、始まった。