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ストライク  作者: ライト
22/38

十一回表:それぞれの試練

 隼人たちは鬼塚監督から指示されたそれぞれのメニューをこなしていく。


全体練習のあとの個人メニューはきついが、これが今の自分のすべき練習だと自然とわかる。


克服しないといけない弱点、向上を目指す長所を鍛え上げ、それぞれの目標に少しでも近づける。


自分の目標があるからこそ、たとえきつく、苦しい練習でも耐えることができる。


強く、上手く、一番になりたい。


みな、その心意気を持って、己の限界と戦っていた。


 今日も個人メニューをする。鬼塚監督はその姿を見て、腕を組みながら考えていた。


今のままでは大抵の高校となら通用する。だが、猛虎学園や、準優勝の青龍高校、他の強豪相手には通用するかわからない。この上を行かなければ。


各選手もポジションと打順は決めてある。あとはそれをどう上手く絡ませるか。


鬼塚監督は次のステップに取り掛かった。


 まずは一番センターの真治。


真治は足を速く動かし、全速力で走っていく。


足首のパワーリストの負担は大きく、筋肉痛になったりしたが、それでも真治は走り続けた。


そんな真治に鬼塚監督は近づいた。


「風間。お前のポジションはセンターだ。今度入る1年がレフトとライトに入る予定だが、そいつらが上手いとは限らん。そこで、足の速いお前ができるだけカバーするんだ」


「でも、ライン際とかに打たれたら……」


「フライくらい捕れるようにはする。お前はその自慢の足と反射神経で守備範囲を広げるんだ」


「ど、どうやってですか?」


「音だ」


「音?」


「ボールがバットに当たる音を聞き分けろ。ボールが飛んできて見えてから追うんじゃない。金属音を聞き、飛んでくる方向を予測するんだ。ライト、センター、レフトとそれぞれ聞こえる音は違う。聞こえた瞬間、走り出せ。最後のメニューでするぞ。俺が打つ。どの方向に飛んできているか鍛えるんだ」


「は、はい」


 真治は返事をすると自分の練習に戻った。


鬼塚監督は次に向かった。


 次は二番セカンドの広和。


広和は反復横跳びで俊敏さを鍛え、それから150キロのボールを打つバント練習をしていた。


そこで鬼塚監督が近づいた。


「高杉、次から最後にこれをやれ」


「え?」


 鬼塚監督はプリントの束を広和に渡した。それにはあらゆるバッターの場面が書いてある。


「これ、なんですか?」


「練習の最後に、お前はそれぞれのプリントを見て自分がバッターのとき、どう判断するか考えて下に答えを書け。一日10枚だ。終わったものは俺のところにもってこい」


「は、はい……」


 広和は一枚一枚プリントを捲って見ていた。


鬼塚監督はその場から去った。


 次は三番サードの直人。


直人は150キロのボールでバッティング練習していた。最初のときは、うまく前に飛ばず、空振りも多かった。直人は悔しがっていた。


だが、今ではうまく芯に当たるようになり、快音が響いて前に飛んでいく。


そのときに、鬼塚監督が近づいた。


「刹那、やっと150キロに慣れたか」


「はい。まぁ、なんとか。変化球も混ぜていますが、バットに当てるくらいはできます」


 鬼塚監督はうなずいた。


「なら、次からは一塁、二塁、三塁、レフト、センター、ライトという順に打ち分けろ」


「え? コースや球種関係無しにですか?」


「そうだ。バットコントロールをつけて守備の穴に打てば完璧だ」


 直人はそっと笑みを浮かべた。


「おもしろそうだ」


 そういってバットを構えた。


鬼塚監督も笑みを浮かべると次に向かった。


 次は六番ショートの龍也。


龍也はピッチングマシーンのボールの出るところを下向きにしてノックをしていた。


鋭い打球が飛んでくる。それを苦もなく龍也は捕ると、ファーストに投げ後ろにネットに入れる。


そのときに鬼塚監督が近づいた。


「大野。次から打球を2個にしろ」


「2個ですか?」


「ああ。ピッチングマシーンを二台にして、二球目は少し遅れて飛んでくる。すばやく二球目も捕球するんだ」


「はい。わかりました」


「そして、そのあとは2球とも同じタイミングにセットしろ。どちらかに青い印がある。どっちに印があるかを見極めてそのボールだけを捕球するんだ」


 龍也はなるほどといった感じにうなずいた。


「なかなかいい練習ですね」


 そういって龍也マシーンの準備を始めた。


 次は7番ファーストの勇気。


勇気は素振りを百本したあと、トスバッティング百本、そして今はティーバッティング百本している。


しかし、なかなか芯に当たらずうまくボールは飛ばない。



そのときに鬼塚監督が近づいた。


「西田。お前はこれからこれもやれ」


 そういって鬼塚監督があるものを渡した。


「バドミントン、ですか?」


「そうだ。この箱に羽が百個ある。百個すべて十メートル以上飛ばせ。ラケットの芯に当たらなければ、羽は飛ばんぞ。素振りと同じ要領で降るんだ。それように少し長めのラケットにしてある」


「わ、わかりました」


 勇気はさっそくバドミントンで練習を始めた。


 次は四番キャッチャーの俊介。


俊介は150キロのボールを捕る練習をしていた。しかし、5球に1球はこぼしてしまう。


「いって〜。こんなの痛すぎて捕りたくねーな。おっと、変なこと言ってしまった。でも、このスピードできわどいコース捕れんのか?」


 そのとき鬼塚監督が近づいてきた。


「池谷。お前はボールに数字を書け」


「数字?」


「ボールを捕るとき、よく見てボールに書いてある数字を読み取るんだ。これができればボールをよく見ていることだ」


「マジですか? じゃあ、どんなボールでも取れますね」


「ああ。そのとおりだ」


「おし! やるぞ!」


 俊介はボールを持って来るとペンで書き始めた。


鬼塚監督はそれを見届けて立ち去った。


 最後に五番ピッチャーの隼人だ。


隼人はピッチング練習をしていた。近くでは縁がスピードガンで球速を測っている。灯も隣で見ていた。


「150キロ。10球です。5週走ってください」


 縁に言われたとおり、隼人はグローブをその場に置くと全力疾走でグラウンドの周りを走り始めた。


隼人のコントロールは以前と比べて戻ってきていた。今ではストライクゾーンの中に入るようになり、体力もついて、10球に8球は150キロ以上を出せるようになった。


隼人が戻ってくると、鬼塚監督が近づいてきた。


「和田、次からストライクゾーンを4分割にして、左上、右上、左下、右下とわけて投げろ。それ用のフレームがある」


「わかりました」


 隼人は言われたとおり、ストライクゾーンのフレームをホームベースの後ろに置くとピッチング練習を再開した。


 その様子を、縁と灯は見ていた。


「隼人くんすごいよね。あんな球、誰も打てないよ」


 灯は自分のことのように嬉しそうに言った。


「そうですね。でも、もっとコントロールをつけて、あの球を自分のものにしなければ。今のままでは、猛虎学園や甲子園に出場するチームはバットに当てるくらいはできるでしょう」


 縁の説明に、灯はつまらなそうにうなずいた。


「ふ〜ん。……ねぇ、縁ちゃん。縁ちゃんは、隼人くんのこと、好きなの?」


 縁は口を閉じて黙った。


言っていいのだろうか。たしかに好きである。だが、灯は何というだろうか。


その先が怖く感じていた。


「わ、私と隼人さんは幼なじみなだけですよ。恋愛感情とかは」


「へぇ〜」


 灯は腕を後ろで組みながら空を眺めた。そしてそっと呟いた。


「うそつき」


 そこで縁は金縛りにあったように体が動かなくなった。


やはり灯は知っている。自分の感情を。隼人に対する想いを。


「おい、マネージャー!」


 鬼塚監督が大声で呼んだ。


「は、はい!」


「そろそろ夕飯を作れ! 練習終わるぞ!」


「はい!」


 2人は大きく返事すると走っていった。


 台所で夕食を作っている。今日は暑いのでソーメンだ。


縁がメンを鍋で茹でているとき、灯が口を開いた。


「ねぇ、縁ちゃんは、隼人くんの好きな人知ってる?」


「え?」


 いきなりそんなこというものだから戸惑ってしまった。


たしか、隼人に好きな人はいないはず。


「し、知りませんよ」


 縁は無理に笑みを作って答える。灯も笑みを浮かべた。


「私、知ってるよ。この前のフェリーに乗ってるとき、隼人くんが私の部屋に来て言ったの。私のこと、……好きって」


 そこで縁は手にしていた箸を落とした。


縁はショックを受けた。


隼人が灯に告白した? 信じられない。いや、信じたくない。そんなこと、あるはずない。そんなこと……。


「それでね、そのあとはお互いに抱き合って、あんなことやこんなことまでしたの。もう最高〜」


 縁は自分の手が震えるのがわかった。胸が締め付けられ、息苦しく感じる。


そんな縁を見て、灯が声をかけた。


「縁ちゃん、大丈夫? 気分悪いの?」


 縁はぎゅっと手を握ると笑みを浮かべた。


「い、いえ、大丈夫ですよ。ちょっと気分が悪くて……」


 そういって縁は台所を後にした。


その様子を見て、灯はそっと笑みを浮かべた。


「絶対渡さないからね」




 縁は外に出た。


玄関の前に出ると立ち止まり、その場に座り込むと手で顔を覆った。


信じたくない言葉が頭の中で響いていた。灯の言葉。それが怖く感じる。


なにより、隼人を灯にとられて悔しかった。自分の心がぎゅうと締め付けられる。


失恋がこんなにも苦しく、悲しいものとは知らなかった。目から大粒の涙が流れていく。


そのとき声が聞こえた。


「縁?」


 縁はそっと顔を上げた。


そこには隼人が立っていた。肩をアイシングして、タオルで汗を拭いている。


「ん?」


 隼人は縁を見て気づいた。眼が赤い。泣いていた?


「ゆ、縁、どうかしたのか? どっか痛いところでもあるのか?」


 隼人はしゃがみ込むと縁背中をさすった。縁は無言のままうつむいてしまった。


「縁……」


 隼人はしょうじき戸惑っていた。


今まで縁がこんな風に落ち込んだのは一回しかない。あの、隼人が野球を辞めるといったときだけ。


他に思い当たることはない。こういう場合、どうしたらいいのかわからない。


「ゆ、縁、ほら、中に入ろう」


 そのとき、縁がそっと口を開いた。


「隼人さん、しょうじきに答えてください」


 縁はうつむいていた顔を少し上げた。


「フェリーに乗っていた日、灯さんの部屋に行きましたか?」


「え?」


 隼人は予想外の質問に焦った。


なぜ今そんなことを? いや、何で知っているのだろうか。普通に考えれば灯がいったとなる。


それよりも、しょうじきに言うべきだろか。でも、すでにばれている。なら、しょうじきにいうしかない。


「あ、ああ。飯食ったあと、灯の部屋に入った。


 縁はぎゅっと自分の服を掴むと次の質問をした。


「では、……そこで何をしましたか?」


「うっ」


 さすがにそれは言えなかった。


あんなこと、いくら縁だろうと、誰にもいえない。


「え、えと、その……、まぁ、ちょっと話しをしたくらいだ。べ、別に、そんなこと縁には関係ないだろ」


 それを聞いて縁はショックを受けた。


自分には関係ないこと。つまり、私は邪魔ものということだろうか。そう思うと目の奥が熱く感じた。


縁は再び顔を伏せた。


「ゆ、縁?」


 縁は隼人の手を振り払うと立ち上がって走ってしまった。


「お、おい!」


 縁はがむしゃらに走った。


その場から一刻も離れ、少しでも隼人の顔を見たくなかった。


そのとき、石に躓いて転んでしまった。


「あっ」


 縁は激しく地面に倒れた。そしてそのまま、拳を握り涙が落ちていく。


「隼人さん……」


 縁はその場で一人、暗くなっても泣き叫んでいた。




 時刻は10時になった。


練習を終え、みな夕食の準備をした。みんなの前にはソーメンがある。


だが、まだ誰一人手をつけずじっと座っていた。


縁の姿がないのだ。


みんな心配そうな表情をしていた。


「何かあったんじゃないか? 遅すぎるぜ」


 真治が口を開いた。


「ああ、ちょっと心配だな」


 俊介が答える。


「おい、灯。どこにいったか知らないか?」


 直人が灯に言う。


「ううん。私は知らないよ」


 灯は首を振った。


「女がこんな夜遅くまで外に出るのは危険だ。誘拐された可能性もある。よくわからない島だからな」


 龍也が腕を組んで言った。


「ゆ、誘拐? おいおい、探しにいったほうがいいんじゃないか?」


 広和が慌てて言う。


「そうですね。それが言いと思います」


 勇気も賛成した。


「よし、行こう」


 俊介が言ったとき、鬼塚監督が口を開いた。


「まて、池谷。こんな外灯もない暗い中、お前らが探しに行ったって、次はお前らが迷子になるだけだ。3人でいい。俺とあと2人で探せばいいだろう。誰が行く?」


 そこで隼人は真っ先に手を上げた。


「俺、行きます」


 隼人は気になった。


縁のあの行動。もしかしたら、自分のせいでこうなったかもしれない。


多少の責任を感じている。なにより、縁が心配で一刻でも早く助けにいきたい。


 その姿を灯は見て、少し悔しい想いをしていた。


「隼人くん……」


「よし、いいだろう。あと、真治。お前も来い。暗いから気をつけながら走り回れ」


「また走るんですか……」


 真治は少しがっかりしていた。


「池谷は全員をまとめ、11時には寝ておけ。明日からもいつも通り練習をする。こっちは心配するな」


「はい」


 3人はそれぞれ懐中電灯を持つと、外に飛び出し探し出した。


 隼人は真っ先に外に出ると走り回った。


早く会って無事を確認したい。何も起こらず、いつも通りでいてほしい。


隼人は願いながら走っていった。


「縁! 縁、どこだ!」


 隼人は大声を出し、縁を探す。


やはり島のせいか、外灯は無く見えにくい。懐中電灯が無ければ何も見えないだろう。


「おい、縁! 返事しろ!」


 そのとき、人影が見えた。道路の端で座っている。


隼人はそこを懐中電灯で照らした。


そこに縁がいた。


「縁!」


「隼人さん……」


 縁は地面に座り込み、足を抑えていた。足は怪我したのか、血が出ていた痕があった。


「お前、怪我したのか……」


 隼人はしゃがみ込むと縁の足に触れようとした。


「触らないでください!」


 縁は隼人の手を叩いた。


「縁……」


「私のことは、ほっといてください……」


 縁は隼人から顔をそむけた。


隼人はもう一度縁の足に触れた。


「やめてください! やめてください、隼人さん!」


 それでも隼人は止めず、自分の服を歯でちぎると縁の足に巻いた。


「隼人さん……。どうして、どうして、来たんですか……?」


「……心配だったから」


 縁はそっと隼人のほうを向いた。


隼人はうつむきながら話した。


「縁、何かあるなら言ってくれ。俺、縁の悲しむ姿、見たくない。俺たち、ずっと一緒だったろ? 何かあるなら話してくれ。俺、できることなら何でもするから」


 隼人の目から一筋の涙が流れ光った。


縁をそれを見てうつむいてしまった。


「ご、ごめんなさい。……そ、その、そんなつもりじゃ……」


 隼人は縁に背を向けた。


「隼人さん?」


「おんぶしてやるよ。それじゃ歩けないだろ? 早く帰ろうぜ」


 そう言って笑みを見せる。


縁も涙を拭くと笑みを浮かべた。


「はい」


 そういって隼人の背中につかまる。


隼人は立ち上がると歩き出した。


縁は片手に懐中電灯を持ち前を照らした。


「隼人さん、星が綺麗ですね」


 2人は夜空を見上げた。


「この前も見たけどな。でも、綺麗だな」


 縁はあらためて隼人を見た。


大きな背中。いつのまにかこんなに大きくなっていた。幼いころは同じくらいだったのに。


縁は片手で背中に触れた。


「ん? なんかついてたか?」


「いえ、なんでもありません」


 そういって軽く笑った。


隼人はふっと息を吐いた。


元に戻ってよかった。


すると、縁が隼人を強く抱きしめて囁いた。


「隼人さん。隼人さんは、誰が好きなんですか?」


「え? い、いきなりなんだよ」


「私にことは好きですか?」


「え、い、いや、えと、その……」


「好き、ですか?」


 縁は知りたかった。


隼人が自分のことをどう思っているのか。どうしても気になった。


隼人は顔真っ赤にしながら言った。


「お、俺、好きかどうかわからないけど、一番そばにいて欲しいと思ってる。なんていうか、離れて欲しくない。ずっと、一緒にいて……甲子園にいきたい」


 縁は頬を赤く染めると隼人の背中の中に顔をうずめた。


それだけで十分だった。


「ありがとうございます、隼人さん」


 2人はゆっくりと合宿所まで歩いていった。

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