一回表:過去の裏切り
4月。
青いと言える晴々とした空には白い雲が自由に泳いでおり、桜が満開に咲き風が吹くたびに舞い散る。枝にとまっている鳥が朝の合図かのように鳴いている。
テレビのお天気お姉さんが言うには、天気は一日中晴れて温度が少し上がり心地よく暖かい一日になるそうだ。
リモコンを取りテレビを消した隼人は、昨日届いた新しい青いブレザーの制服に袖をとおしネクタイを着け鞄を持ち県立天龍高校へ向かった。
ここは今年度新しくできた高校で施設や雰囲気は新鮮。
男子120名女子120名の計240名しかおらず隼人達が第一期生だ。先輩がいないからいちいち気を使わなくていい。
行事もなにも決まっていなかった。もちろん……部活もない。
体育館で入学式を終え、自分のクラスで待機となった。
クラスは全部で6クラスあり1クラス男子20名女子20名、入試の成績の良い順で振り分けられる。
隼人はポケットに手を突っ込みながら各教室のドアの前に貼られてあるクラス表を見て自分の名前を探した。
「……一組か」
中学のころから勉強はそれなりにできたほうなので別に驚きはしない。
教室は意外に広く横5列縦8列に並んでいた。中は暖房が点いて暖かかったが空気がこもりすぎていて少し吐き気がした。
何人かの生徒が机に座ったりして友達としゃべっており、壁などには何も貼っておらず当たり前だが殺風景だった。
隼人は黒板に貼られてある座席表を確認した。嬉しいことに窓際の一番後ろの席だった。
隼人はさっそく椅子に座り少しだけ窓を開けた。ちょっと寒い風が吹き、新鮮な空気を運んでくれた。
外を眺めると海とグラウンドが見えた。海には何隻かの船が動いてキラキラと輝いており、公立高校にしては広く綺麗なグラウンドですでにピッチャーマウンドもあった。
あそこで投げたらどんなに気持ちいいだろうか。白い球がミットめがけて走り、綺麗な音をたてて収まる。最高の瞬間だ。
隼人はとっさに自分が投げたいと思っていることに気づき、首を振って煩悩をかき消した。
投げたいと思うな! 思い出すな! 全部忘れるんだ!
必死に自分に言い聞かせ固く目を瞑った。
十分くらいしてガラッと扉が開きスポーツ刈りで髭の濃い筋肉質の体をした先生が入ってきた。みんなの声が寝静まったと思ったら急いで自分の席に着き静粛になった。先生は持っていたファイルを置きホームルームを始めた。
「私がこのクラスの担任になった寺田純一です。趣味は野球。担当教科は体育。一年間よろしくお願いします」
パチパチパチパチ……
元気のないまばらな拍手により寺田先生の自己紹介は終わった。先生は勝手にどんどん進めていき明日のことなどの説明をしてホームルームはすぐに終わった。
さっさと帰ろうと机の横に掛けていた鞄を取ったら一人の生徒が隼人のところに近寄ってきた。
「俺池谷って言うんだ。お前ピッチャーの和田隼人だろ?」
髪が短くツンツン立っている生徒が話しかけてきた。体系がしっかりしておりあきらかにスポーツをしてきた体だ。
「どうして俺の名前を知ってる?」
池谷はなぜかにやにやしながら机の上に座った。
「当ったり前だろ。だってお前有名人じゃん。ここらで野球している奴らなら誰でも知っているだろうな。あ、俺のことは俊介って呼んでくれ。よろしくな」
俊介は左手を出して握手を求めてきた。一瞬ためらったが隼人も左手を伸ばし手を握った。
「俺いくつかお前の試合見に行ったんだ。それにしても、あの決勝戦残念だったな。キャッチャーが取っていれば延長になったのに。まだ勝率あったのにな」
隼人は突然椅子から立ち上がり俊介の胸倉を掴んだ。俊介はあまりに唐突すぎて驚き、目を見開いていた。
「その話しを俺の前でするな! 今度したらぶっ飛ばすからな!」
隼人は手を離して鞄を取りさっさと教室から出て行った。
下校中、隼人は少し速いペースで歩いて帰った。どこの誰かも知らない奴にあの試合を聞かされ腹がたった。
大きなグラウンドの前を通ると、どこかの野球クラブチームが練習をしていた。見た感じ小学生だ。
なにもすることがないから草原に座りしばらく見ることにした。
どいつもこいつも楽しそうに笑っていた。エラーしても誰も怒らず何事もなかったかのようにしたり、ボールを投げても全く違う方向へ飛んでいった。ピッチャーなんてなかなかストライクが入らず連続でフォアボールを出している。キャッチャーは必死でボールを逃さないように捕っている。
隼人はその光景を見てくすくすと笑った。笑うのは久しぶりだった。あの時からあまり笑わなくなったのだ。
「隼人さ〜ん」
声が聞こえた方向へ振り向くと腰まで伸ばされた長い髪と片方に付けられた青いリボンが風でなびかせ、短いスカートが左右に揺れながら一人の少女が走ってきた。
「なにしてるのですか? あっ、野球してますね。みんな頑張ってください!」
彼女の名前は最連寺縁。幼なじみで幼稚園のころから一緒だった。誰にでも優しくみんなから人気がありアイドル的存在だ。
家が隣で今でもよく隼人の家に遊びに来る。しかも高校も一緒だ。ついでにクラスも一緒だった。
「隣に座ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
隼人はぶっきらぼうに言い、縁は下にピンク色のハンカチを敷きその上に座った。
「みんな楽しそうですね。隼人さんも混ぜてもらったらどうですか?」
隼人は仰向けに寝転がり手を頭の後ろに置いた。
「いいよ。レベルが低すぎてやる気が出ない」
「だめですよ。みんな頑張っているのですからそんなひどいこと言わないで下さい」
縁は笑いながら隼人を叱り練習に目を向けた。
隼人はそっと縁を見た。前から思っていたことがあった。縁は女の子だというのになぜ野球が好きなのだろうか。今まで聞いたことなかった。
テレビでも野球中継ばかり見るのだ。夏には必ずと言っていいほど甲子園を見る。
「なぁ、縁」
「はい。なんですか?」
可愛らしい笑顔でこっちを振り向いてきた。その時一瞬隼人の心臓がドキッとした。
「な、なんでもない」
「?」
隼人は腕で顔を覆い尽くしそっぽを向いた。
空は茜色に染まりちらほらと星が出始めた。クラブも終わるようでグラウンド整備をしていた。
「……帰るか」
「そうですね。日が暮れそうですし」
2人は家まで一緒に帰り他愛もない世間話をした。
「隼人さん。小さいころの約束憶えてますか?」
突然縁は満面の笑顔で聞いてきた。
「約束? 約束なんかしたか?」
「憶えてないのですか? ……仕方ないですよね。ずっと小さいころの約束でしたし……」
縁はちょっとがっかりとした表情をしていた。どうやら忘れてはいけない約束だったようだ。
「まっ、そのうち思い出すだろ。そんなに気にするな」
「そうですね。きっと思い出してくださいね」
そんなこんな話をしていたらすぐに家に着いた。
「では、また明日です」
「ああ」
隼人は縁と別れ家の中に入った。中には親父とお袋がいた。親父(俊一)は元プロ野球選手で肩を壊してしまい引退した。その後はスカウト担当として働いている。お袋(菜々子)は主婦でパートをしている。
夕飯を作っていたお袋が隼人に気づいた。
「おかえり。学校はどうだった?」
「ただいま。普通だったよ」
話しをするのが面倒なのでさっさと自分の部屋へ向かうことにした。
部屋の中は机、本棚、ベッド、押し入れがあるだけで他にはなにもない。押し入れの中には野球道具が眠っている。いや、隠してあるといったほうが妥当かもしれない。
隼人はさっそく黒いNIKEのトレーニングウェアに着替えた。これは、縁が隼人の13歳の誕生日にくれたものだ。毎日走る隼人を見てこれを選んでくれたらしい。
「いってきます」
家を出て軽く準備運動をしたあと走り始めた。
自分の家から神龍神社へ向かう。それから家に戻ってだいたい8キロくらいだ。
その神社にはある大きな大木があり、その大木には神様がとりついているとかで一時期有名になったが今では誰も見に来なくなった。
けど隼人は大好きだった。幼いころからよく来ては見ていたからだ。
ハッ、……、ハッ、……、
少し息が切れてきたとき神龍神社が見えてきた。川の上の橋を渡り、鳥居をくぐって、その先に祠がありその横に大木が立っている。
隼人は大木の前で足を止めた。今日もずっしりと立っていた。大きく、太く、大型の台風でも簡単には折れないくらいにどうどうとしていた。
隼人はそっと片手を大木に触れた。これも日課になった。触ると少し元気が出てくるのだ。そんな感じがするだけでありえないのだが。
「……行くか」
隼人はまた走り出した。そのとき体が少し軽くなった気がした。
家の前に着くと縁が立っていた。
「お疲れさまです」
縁から白いタオルとスポーツ飲料水を渡された。
「お前も暇なやつだな」
「好きでやってますから。応援することが好きなんです。それに小さいころからの仲じゃないですか」
縁は中学からチア部に入って部長まで勤めていろんな人を応援していた。野球の試合でもわざわざスタンドで応援してくれたこともあった。
「いいのか? 毎日飲み物くれるけど」
別に決まった時間に走るわけではないのだがいつも渡してくる。ありがたいからいいのだが。
「いいんです。頑張っているご褒美です。……あと、隼人さん。あの決勝戦から元気がないように見えるんですがどうかしたんですか? 前はすごく優しかったのに最近冷たい感じがします」
また思い出した。あんなこともう思い出したくないのに。
「……別になんでもない。俺はいつもどうりだ」
「……そうですか……」
縁は心配しているのか怖がっているのか、または両方なのか、どちらにしてもあきらかに悲しそうな顔をしていた。
そんな顔を見たくなかった隼人は飲み終えたスポーツ飲料水のペットボトルを返し、タオルは明日洗濯して返すことにし家に帰った。
家に入りシャワーを浴び、夕飯を食べた。三人でテーブルを囲みテレビも点けない静かな食卓が始まった。
食べている最中親父が話しかけてきた。
「お前、部活は野球をするんだろ? 甲子園に行ってプロになれよ」
親父はプロになれって口癖のように毎日言ってくる。自分の息子をどうしてもプロにしたいらしい。
「野球部ができたらな」
隼人はスポーツ推薦がいくつか来ていたがすべて断り天龍高校を選んだ。そのことを二人に言ったとき、親父は大激怒し叩いたこともあった。しかし、お袋が望むとおりにしてくれたのだ。隼人はどうしても野球部のある高校に行きたくなかった。
「やっぱり猛虎学園がよかったんじゃないのか? あそこなら充実した練習ができるだろ」
私立猛虎学園は三年連続で夏の甲子園に出場している強豪で今年もここだと言われている。親父はここの卒業生でここからも推薦がきていた。
「俺は私立に行きたくないね。お金かかるし。野球ならどこでもできる。……ごちそうさま」
「あっ、隼人。明日ね………」
お袋が何か言っているが気にとめず、食器を流しにに入れて自室へ向かった。部屋に入ってすぐにベッドに倒れた。疲れたのか目を閉じたらすぐに眠りにおちた。
「……起きて。……起きてください」
声が聞こえる。誰だ?
ぼんやりと目を開けると誰かが顔を覗き込んでいる。だんだんはっきりと見えてきたとき驚きの人物がそこにいた。
「ふふ、やっと起きましたね。早くしないと遅刻してしまいすよ」
そこには縁がいた。天龍高校の制服を着てにっこりと笑っている。
「!? な、なんでお前が俺の部屋にいるんだよ!」
驚いた隼人は勢いよく体を起こした。
「隼人さんのお母さんに頼まれたんです。二人とも用事があって朝早く出るから代わりに起こしてくださいと。それより早くしないと本当に遅刻しますよ」
そういうと縁は鼻歌を歌いながら上機嫌に出て行った。
隼人は寝ぼけた頭でお袋の言葉を思い出した。
「お袋が昨日言おうとしたことはこのことか。まったくいちいち縁に頼むなよな」
隼人はボサボサの頭をかきながらベッドから降りて制服に着替え始め、部屋から出た。
「え?」
階段を降りリビングに着いたときまた驚いた。縁がキッチンで料理をしていた。
「あっ、もうすぐできますからちょっと待っていてくださいね」
「お前なにしているんだ?」
「? 朝ごはんを作っているのですが……」
「なんでお前が作っているんだよ!」
「これもお母さんに頼まれたんです。ついでに一緒に食べていいとも言っていました」
お袋も訳わからんことを言う。俺らをまだ子供だと思っているのだろうか。
隼人は頭をかかえながらソファに座った。
テーブルに並べられた朝食は、ご飯、味噌汁、焼き魚とシンプルだ。いかにも朝食という感じがする。
「これ全部お前が作ったのか?」
「はい。料理は得意なんですよ。お口に合うといいのですが」
長年一緒にいたが知らなかった。
「……じゃあ、いただきます」
「どうぞ」
縁は満面な笑顔で答えた。すると、隼人が箸を取ると真剣な表情で隼人の顔を覗いてきた。気になったがまず味噌汁をすすってみた。
「ど、どうですか?」
縁は少し緊張して隼人の感想を待っている。
「おっ、けっこううまい」
縁は安心して息を吐いた。
「よかったです。頑張って作ったかいがありました」
本当に美味しかった。具は固すぎず柔らかすぎず、魚も綺麗に焦がさず焼けていた。
「そういえば一緒にご飯を食べるのは初めてだな」
「そうですね。たまにはいいかもしれませんね。また呼んでください」
「気が向いたらな」
そう何度も一緒に食べるのはさすがに恥ずかしいからもう呼ぶことはないだろう。
二人は新しい学校生活に夢を膨らませ楽しく話しをした。
朝食を食べ終え、二人は一緒に学校に登校した。
「今日部活の説明会がありますね。もちろん野球部に入るんですよね?」
今日の説明会で部活を作るらしい。そんなことを昨日のホームルームで言っていた気がする。
「俺は帰宅部だ。野球はしない」
「……冗談……ですよね? そしたら……またお父さん怒ってしまいますよ」
確かにそんなことを言えば絶対怒って叩いてくる。親父にばれないようにするにはどうしたらいいのかと考えていると後ろから声が聞こえた。
「お〜い! 和田隼人〜!」
振り向くと昨日話しかけてきた池谷だった。
「おっはよー。あれ? その子は? 彼女?」
「ち、違いますよ。隼人さんとは幼なじみなだけです」
縁は顔が赤くなりながら手を振っていた。
「ふ〜ん。俺、池谷俊介。よろしくな。俊介って呼んでくれ。んで隼人。お前野球部入るんだろ? お前がいれば甲子園も夢じゃないからな。なんせあの中学離れした140キロのストレートに抜群のコントロールで完封はおろか完全試合もあったからな」
本当によく知っているやつだ。隼人は俊介を少し感心した。
「俺、後で入部届持ってくるから待ってろよ」
俊介はこっちを見ながら手を振り行ってしまった。
「やっぱり隼人さんってすごいんですね。高校でも頑張ってください」
「……ああ」
隼人はやる気の無い声をだして教室へ向かった。
午前の授業が終わり昼休みに入った。午後から説明会である。体育館へ移動しなければならないから早く食べようと思ったがあることに気がついた。
「あっ、弁当忘れた」
お袋はいないし縁が朝食を作ったから仕方ないかもしれない。
「お金もないし我慢するか」
机の上で昼寝をしようと顔をうつぶせたとき声が聞こえた。
「はい、隼人さん。お弁当です」
顔を上げると縁が青い包みで包まれた弁当を持っていた。
「なんでお前が持っているんだ?」
「朝ごはんと一緒に作っていたんです。どうぞ」
隼人はありがたく縁から弁当を受け取った。ついでに縁と一緒に昼食を食べた。
周りがこっちを何度も見ているような気がしたが気にしないようにした。
昼休みが終わり体育館へ移動した。総勢240人のわりに広い体育館だからけっこうすかすかだ。時間になり頭の薄くなって腹が少し出ている校長が登壇し話し始めた。
「皆さんもすでにご存知だと思いますが、ここは開校したばかりで部活がまだありません。そこで今から部活を作りたいと思います。要望のある生徒は今から配られる紙に部活動名を書いて提出してください。各部活動の必要人数に達しておれば部と認め明日から活動を始めてもかまいません。なお、文化系は三人以上とします。それから、部活動等で試合などに出場することになるでしょう。そのときは天龍高校の代表としてこの名前を汚さず恥じることのないプレーをしてください。以上」
前から紙が配られ後ろにまわってきた。
隼人はどこにも入りたくないので何も書かなかった。俊介がなにか言いそうだが無視することにした。
縁はどこに入るのだろうか。また、チア部に入るのだろうか。
ホームルームで結果が発表された。体育系はサッカー、バスケ、バレー。文化系は吹奏楽、放送、チアに決まった。野球部はなぜか人数が足りなく作れないようだ。要望したのはたったの二人で俊介と縁だけだった。どうして縁が?……。
放課後、予想どうりに俊介がきた。隼人の机の前にきて険悪な顔つきで睨んできた。
「なんで入れてないんだよ! 野球部入らねーのか!」
「俺が入っても人数足りないだろ。同じことだ」
「そうじゃねー! 要望してないってことは作る気もないのかよ!」
「そうだよ。最初から入る気も作る気もなかった。これでわかったか」
「なんでだよ! 意味分かんねー! お前あんなにすごいピッチャーなのに……なんでだ!」
俊介の声を聞いて縁が心配そうな顔をして近づいてきた。
「どうかしたんですか?大きな声を出して」
「隼人のやつ野球部作る気ないってよ」
「えっ! ど、どうしてですか? あんなに小さいころから頑張ってきたのに」
隼人は我慢できずとうとうキレた。
「お前らには関係ないだろ! ほっとけよ!」
ドアの前でしゃべっている生徒にぶつかりながらも隼人は教室から出ていった。
俊介と縁は隼人を見てなにか言いたげそうな顔をしていたが黙っていた。
隼人は走って家に帰り自室に入ったらカバンを放り投げベッドに倒れた。
「ちっ! なんで俺が野球なんかしなくちゃならねんだ」
隼人はあの決勝戦のことを思い出した。これほど怒ったのはあのとき以来だったからだ。
試合が終わりベンチで後始末をしているとき隼人はキャッチャーの西条明広の胸ぐらを掴み壁に背中を押し付けた。
「お前なにしてんだ! なんで捕らなかった!」
隼人が激怒し怒鳴ったら部員みんなが注目した。
「し、仕方ないだろ。捕れなかったんだから」
西条は隼人の目を見ず他所を向いていた。反省の様子はどこにも見当たらない。
「仕方ないだと? よくそんなこと言えるな! これで終わりだぞ! 中学の試合はこれで終わりなんだぞ! お前のせいで優勝できなかったんだ!」
「高校で頑張ればいいだろ。終わったんだからしょうがないじゃないか」
「なんだよその言い方! 反省してんのか! でかい体して器は小さいんだな」
すると西条はいきなり隼人を鋭い目つきで睨んできた。
「うるせーな。もとはといえばお前が悪いんだよ! 正直言うとわざと捕らなかったんだ!」
西条がなに言っているのか分からなかった。そのとき、あのミットの動きが頭をよこぎった。
「どういうことだ。わざとって。なんでだよ。なんでだ!?」
「お前ばっか活躍して俺全然おもしろくないんだよ。他の奴らもそう思ってるしよ。練習中も俺らに怒鳴ってばっかだし」
隼人は周りを見回した。みんなうつむいて何も言わない。
「お前ら……本当にそんなこと思っていたのか……」
みんなうつむいたままだ。誰一人否定しようとしない。
隼人は心臓が激しく鼓動しているのがはっきり聞こえるくらいに分かった。何かを怖がっているようだ。
「最後に捕らなかったのもみんなで考えたんだ。もうここらで終わりでいいと思ってな」
隼人の心臓が一層激しく動いた。隼人は恐怖を打ち払うかのように怒鳴った。
「だからってわざと負けていいのかよ! 俺達は何のために野球をしてきたんだ! このユニフォームを着ているかぎり青雲野球部の一員なんだぞ! それをお前らは汚したんだ! 分かっているのか!」
「だからなんだよ。お前いつも俺らを見下してよ。正直うざいんだよ! 俺らはお前の道具じゃないんだ! 野球したければ一人でしな。天才くん。バカみたいに熱くなりやがって」
西条は隼人の手を力ずくで振り解くとその場から出ていった。他のメンバーもつづいて出ていった。そこには隼人一人が残った。
隼人は帽子を下におもいっきり投げつけた。
「どうしてだよ……。俺が……何したっていうんだ。チームのために頑張っただけなのに……。俺が何したっていうんだよ。……チッキショー!」
それから隼人は野球を辞めた……。