表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストライク  作者: ライト
14/38

七回表:体育祭と旧友

 10月。


秋に近づいた感じだが、朝は暑く夜は少し肌寒くなってきた。


入学して早くも半年以上が経っているがそんな実感もない。毎日の繰り返しに体慣れてしまったようだ。


 夏休みが終わり、二学期が始まった。


嬉しいことに活動禁止が解け、今日から部活ができるようになった。


夏まで1年を過ぎたのだから急がなければならない。やることはたくさんある。それ以前に人数も足りない。


こんなときに、あの行事と重なるとは野球同好会は運がないのかもしれない。




「只今より、本校第一回体育祭を開催します」


 放送部員である恵の言葉で体育祭が始まった。


 天龍高校は人数が少ないので、部活動は途中から中止になり体育祭の準備を行ったのだ。おかげで部活はあまりできなかった。


一学年しかいないので赤奇数クラス対白偶数クラスで対立することになった。


つまり、隼人・縁・俊介・龍也対真治・広和・勇気となる。


 晴々としていて雲一つない快晴の中、あるのは太陽と生徒のやる気の暑さだけ。


全校生徒は校庭に集まり縦横揃え綺麗に整列していた。周りには保護者や子供、他高校の先生方がおり静かに始まるのを待っていた。


「第一競技男子徒競走を行います。選手の方は準備をしてください」


 恵の放送によりプログラムが進められる。恵はいつも大変そうだ。


 男子はスタート場所に集まり順番に並んだ。


1コース1組、2コース2組というふうに指定され、順番は隼人は最後でその前俊介、その前が龍也だ。少しずつ行われ、すぐに龍也の番になった。


「よーい……」


パンッ!


 合図の瞬間龍也は走り出し、あっという間に100メートル走りきり1位でゴールした。


「あいかわらず足速いな、龍也のやつ。俺も負けてらんね!」


 俊介は足を叩き気合を入れた。


「よーい……」


パンッ!


 俊介たちの組みがスタートした。


そこで隼人は驚いた。2組の選手はすごいスタートダッシュだった。スタートの合図の瞬間いち早く飛び出し、すでに選手に2、3メートル離している。


俊介は頑張って追いつこうとするが追い抜くどころかどんどん離されていた。2組の選手は余裕でゴールした。俊介は2位で終わった。


 隼人はその2組の選手をじっと見ていた。


なんて瞬発力だろう。反射神経もすごい。しかし、どこか見覚えがあった。どこかで見たことがあるような気がするのだが思い出せなかった。


「最終組、準備をしてください」


 係員の声により、我に返った隼人は集中した。


チラッと横を見ると、6コースには真治がいた。隼人は少し舌打ちをした。


「よーい……」


パンッ!


 隼人はスタートはよかったが、すぐに真治が前に出てゴールしてしまい、やはり惜しくも2位で終わった。


 次は女子の借り物競走だ。隼人たちは各クラスの休憩場所で縁を応援した。


「よーい……」


パンッ!


 縁が勢いよく走った。今のところ1位でコースに落ちている紙を拾った。


しかし、縁はその場に立って、固まったかのようになかなか動かなかった。他の選手はそれぞれ動いている。


「どうしたんだ、最連寺のやつ?」


 俊介は隼人に問い掛けた。


「さぁ、なにか困っているようだな」


 すると、縁は全速力で隼人のところに走ってきた。


「は、隼人さん。お願いです。い、今すぐ脱いでください!」


「はっ? な、なにを言って……」


 すると、縁は顔を赤くして隼人の目の前に借り物の紙を見せた。そこには男子の体育服と書いてあった。


「えっ、なんでこんなもん書いてんだよ。……しょうがないな」


 隼人はすぐに上着を脱ぐと縁に渡した。


「ほら。早く行って来い。頑張れ、縁」


「あ、ありがとうございます」


 縁は隼人のほうを見ず上着を受け取り走っていった。ゴールしたときはすでにみな走り終わっていた。


 次の競技は男子騎馬戦だ。4人一組になって相手の鉢巻を奪う。


「よし、取り捲ろうぜ! 隼人!」


「おう」


 俊介は気合を入れ、相手の鉢巻を取って行った。隼人も負けず、どんどん鉢巻を取って行く。そして、結果一組が大差で勝利した。


「やったぜ! やっぱ俺の頑張りだな」


 俊介は五本の鉢巻を見せびらかして喜んだ。


「ふふ、その程度か。俊介」


 龍也の手には十本の鉢巻が握ってあった。


「どうやら、一番は龍也みたいだな」


 隼人がそういうと、俊介ががくっと肩を落とした。


 次は女子徒競走だ。縁は一組目だった。


「頑張れ、縁!」


 縁は隼人の応援に答え、笑みを浮かべながら小さく手を振った。


「よーい……」


パンッ!


 縁が先頭に出た。どんどんスピードを上げていく。このままの勢いなら一位だ。


そのときだった。


「あっ!」


 縁が途中で石につまずいてしまい転倒してしまった。


「縁!」


 隼人は立ち上がるとゴールに向かって走り出した。その後ろを俊介が追いかけた。


 後ろからどんどん抜かれていく。縁はゆっくりと立ち上がると足を引きずりながらもゴール目指して走った。


 ゴールで待っていた隼人と俊介は縁がゴールした瞬間近寄った。


「縁、大丈夫か?」


「最連寺、大丈夫か?」


「隼人さん、俊介さん。私は大丈夫です。ちょっとすりむいただけです」


 縁の膝から血が滴り落ちていた。縁は走り終わったあと、その場に座り立とうとしない。


大丈夫なわけない。痛くて立つことができないのであろう。


縁は笑みを浮かんでいるが痛そうに足を抑えていた。


「隼人、なにしてんだよ。早く保健室に連れて行けよ」


 俊介は隼人の肩を掴みながら言った。


「えっ、でも、次の競技は……」


「ああ、いいからいいから。俺にまかせて行って来い。友達と競技、どっちが大事なんだ?」


 俊介はにやりと笑った。


隼人は縁に向き直った。そんなこと言われなくても決まっている。


「縁、保健室にいこう」


 隼人は縁に肩を貸すと保健室へむかった。


その後ろを俊介はにやにやしながら見ていた。


 隼人と縁はゆっくりとした足取りで保健室に着いたが、中に先生はいなかった。


「しょうがない。そこに座って。俺が治療してやる。まず、足を洗おう」


 隼人はバケツに水を入れ、怪我したところに少しずつかけて足を洗った。


「うっ……」


「ご、ごめん。痛かった?」


「い、いえ、大丈夫です。これくらい我慢できます」


 洗い終わると、消毒液をつけてガーゼをあて包帯を巻いた。けっこううまくできた。


「よし、これで大丈夫だろう」


「ありがとうございます。すごいですね、隼人さん。先生よりうまいです」


「そうか。ありがと」


 隼人は照れ笑いを浮かべた。


小さいころからよく怪我して保健室に行っていたから嫌でも覚えてしまった。役にたってよかった。


「もう少しここで休んでおくか。先生にも言わないといけないし」


「そうですね」


 隼人は縁の隣に座った。


そのまま沈黙になった。時計の針が一秒一秒カチカチと聞こえる。外からの応援や音楽で賑わっているの耳に入ってくる。


隼人は何か話そうと話題を考えそっと口を開いた。


「縁は偉かったな。最後まで走ったんだからな」


「そ、そうですか? ありがとうございます」


 縁は照れ笑いを浮かべながらお礼を言った。そしてまたもや沈黙。


隼人と縁は隣どうしで座っているがお互いに顔を合わせず反対方向をむいていた。


なぜだろうか。いやに意識して緊張してしまう。


「もうすぐ午前の部終わりますね。午後からまた頑張りましょう」


「気をつけてやれよ。痛くなったら俺に言えよな」


「はい。ありがとうございます。……あの、隼人さん」


「ん? どうした?」


「……文化祭のときのこと、憶えていますか? 結局……できませんでしたけど」


「え?」


 隼人は縁の方を見た。そして縁もゆっくりとこっちを振り向いた。


頬を赤く染め、綺麗なぱっちりとした瞳をむける。


隼人はただじっとすることしかできなかった。心臓がばくばくしているのがわかる。


縁の視線が自分の視線と合わさる。それだけで胸が締め付けられた。


「まだしてないって……なにが?」


 隼人は誤魔化そうとした。すでに頭の中では分かっているのに。


縁は静かに口を動かした。


「……目、瞑ってください」


 隼人は生唾をごくっと飲み込んだ。


 やはり、あのときの続きだろうか。あの文化祭での試練。けっきょく自分のせいでキスできなかった。


 隼人は言われるままに目を瞑った。


縁が隼人の手を掴んだ。綺麗なすべすべとした手だった。暖かな温もりを感じる。


自然と縁の顔が少しずつ近づいてくるのがわかった。自分の心臓が激しく脈打つのがわかった。


もうすぐ……、もうすぐ……。


ガラッ


「あれ? いたんですか。どこか怪我したのですか?」


 保健室のドアが開き、保健の先生が入ってきた。


「大丈夫です。さっき自分でしましたから」


 本当に危なかった。保健の先生が来る直前すぐに離れたが見られていないだろうか。


「そう。あっ、もうすぐ午前の部が終わるから昼食食べていらっしゃい」


「あ、はい。わかりました」


 隼人と縁は立ち上がると、そそくさと保健室を後にした。


 隼人と縁は無言のまま校庭を歩いていった。


 隼人は頭の中は疑問でいっぱいだった。


なぜいきなりあんなことをしようとしたのだろうか。いつもの縁らしくないと思った。


それに、縁は好きな人がいるはずだ。それなのになぜ? 


隼人は考えるのを止めた。今は縁のことよりも自分のことだ。


隼人たちは俊介たちと合流すると、午前の部は全て終了した。


 昼休みになり、どの生徒も昼食は保護者と食べていた。


隼人の親は二人とも仕事で忙しく来られないそうだ。朝学校に行く前に弁当を貰った。


「仕方ない。俊介と一緒に食うか」


 隼人は俊介を探そうと足を踏み出した。


そのとき、後ろから名前を呼ばれた。


「隼人さん」


 後ろを振り向くと、そこには縁がいた。


「あ、あの、一緒にお弁当食べませんか? 私のお父さんとお母さん、用事があるみたいで来られないそうなんです。だから……」


 縁は少し頬を赤く染めると隼人の返事を待った。


隼人はまた保健室でのことが甦った。


あんなことが合ったのに平常心でいられるだろうか。でも、縁のせっかくの頼みを断りたくない。


隼人は無理に笑みを浮かべるとうなずいた。


「あ、ああ、いいぜ。一緒に食べよう」


 それを聞くと、縁は嬉しそうに返事をした。


「は、はい」


 木陰の下に縁が持ってきたブルーシートを敷くと、二人はそこに座った。


「たくさん持ってきましたので、隼人さんも食べてくださいね」


 そう言って縁は自分の弁当を隼人の前に持ってきた。


「ありがとう、縁」


 そのとき、隼人は前を通り過ぎた生徒の顔を見た。


そこにいたのは、あの短距離走で2組にいた瞬発力のある生徒だった。


短髪で体格のいい生徒。その生徒は隼人を横目で一目見ると先に進んでいった。


「あの生徒がどうにかしたんですか?」


 縁は不思議そうにして隼人に問い掛けた。


「いや……、何でもない」


 隼人は食事を再開しようと弁当を持ち上げたそのときだった。


隼人は顔を上げると立ち上がった。


「もしかして、あいつ……」


 隼人は急いであの生徒のあとを追った。


「は、隼人さん?」


 隼人はあの生徒が向かった先に走っていった。


追いかけると、あの生徒は校舎裏にいた。


「いた」


 あの生徒は一人で弁当を食べていた。隼人はその生徒の目の前で立ち止まった。


隼人の存在に気づいた生徒は、箸を置くと口を開いた。


「久しぶりだな。東の最強ピッチャー、和田隼人」


 それを聞いた隼人はそっと笑みを浮かべた。


「やっぱりお前だったか、刹那直人(せつななおと)。いや、名三塁手」


 直人はそう呼ばれるとそっと笑みを浮かべた。


「それを聞くのは久しぶりだな。それにしても、気づくの遅かったな。俺は前から知ってたぞ」


「悪いな。いろいろ忙しかったんだ」


 二人はくすくすと笑った。


隼人と直人は友達だった。


 直人も隼人と同じ県の代表選抜に選ばれた選手だった。


ポジションはサードで、自慢の反射神経と瞬発力は県一番だった。


どんな速いボールでも難しいボールでも華麗にさばき、間に合わなそうな場面でも強肩でアウトにする。みんなから名三塁手と呼ばれていた。


一緒に県外の強豪と戦いあった仲間なのだ。


「お前、なんでこの高校に入ったんだ?」


 隼人は直人の隣に座ると問いかけた。


「入ったのはこの前だよ。親の転勤でここまで来たんだ。まさか、こんな新設校にお前がいるとは思わなかったけど」


「まあ、いろいろあってな」


 隼人は苦笑いを浮かべた。


「それで、あの隣にいた子はお前の彼女か?」


 直人の質問に隼人は少し取り乱してしまった。


「はあ? ちげーよ。縁は幼なじみだ。それだけだよ」


「へ〜。けっこうかわいい奴だったな。まあ、オレにも正反対な幼なじみはいるけど」


「そうなのか? それは知らなかったな」


 そこで直人は疑問を抱いた。


「なんだ? まだ会ったことないのか? オレらと同じ高校だぜ」


「そうなのか? でも会ったことないな。どんなやつだ?」


「どんなやつって、簡単に言うとうるさいやつだな」


「うるさい?」


「いや、分かりづらかったな。元気がよすぎるんだよ。たしか、あいつ野球部のマネージャーやるとか言ってたぞ」


「ああ、前に募集したからな。でも、まだ会ってない」


「まあ、今度会わせてやるよ」


 そこで会話が途切れた。隼人はさっきから考えていたことを直人に言った。


「なあ、直人。せっかくここに入ったんだ。野球部に入らないか? 人数足りないんだ」


 そこ質問に、直人は少し悩むと手を合わせて頭を下げた。


「悪い。オレ野球部には入らないことにしたんだ」


 その答えに隼人は驚いた。


「え? なんでだよ。お前が入れば甲子園も夢じゃないんだ」


「悪い。オレ野球する気ないんだ。力になれなくて悪いな」


 その言葉に隼人は肩の力を落とした。


「……そうか。でも、どうしてだ? お前ならずっと続けると思ったけど」


「う〜ん、ちょっとな。まあ、お前らだけで頑張れよ。応援してるぜ」


 そう言って直人は弁当を片付けると行ってしまった。


隼人も縁のもとに戻った。


戻ったとき、縁はずっと一人で弁当を食べており少し拗ねていた。




 午後の部が始まり、体育祭も競技は残り一つとなった。


 今のところ、勝っているのは偶数クラス。点差はわずか20点差。


最後の競技であるクラス対抗リレーで勝敗が決まる。


 一走者目がスタートの合図で走り出し、次の人にどんどんバトンを渡して行く。


やはりリレーは白熱する。みんな一番になりたく一生懸命に競い合っていた。


 今の状況は、一位は六組、二位に一組、三位に二組という順番だ。


その順位は最後のほうまで変わらず、残り人数もわずかとなった。


「クソ! 六組が抜けね〜。数メートルだっていうのに」


 俊介は悔しそうに見ていた。


「もうすぐお前の番じゃねーか。お前が抜けばいいことだ」


「おう。そしたら隼人。アンカーなんだから一番でゴールしろよ」


「お前次第だけどな」


 そして、最後から四番目の龍也にバトンが回った。


龍也はもらった瞬間、ものすごいスピードで前を走っている六組めがけて駆け抜けた。


「行け〜! 龍也!」


 俊介は大きな声で応援した。


龍也の追い上げはすごかった。少しずつ六組の選手との差を縮めて行く。その距離数十センチ。


六組の生徒は必死になって抜かれないように走っている。


 そして最後は並んだ。


そこでバトンが次の走者に渡された。


次は俊介だ。六組の走者は広和。


「よし、広和、勝負だ!」


「負けねーぞ!」


 二人は同時にバトンを貰った。


「よし、行け! 俊介!」


 隼人が声をかけたそのときだった。


「あっ!」


 俊介がバトンを落としてしまった。そのすきに広和は先に走っていく。


「俊介!」


 俊介は慌ててバトンを拾うとすぐに追いかけた。だが、六組との距離は龍也のときよりも離れている。


まして、後ろを走っていた二組にまで抜かれたのだ。今は三位に落ちている。


俊介は遅れを取り戻そうと必死になって走っている。


「やばいな。これじゃ負けてしまうかも」


 隼人がそう呟くと、縁が首を振った。


「大丈夫です。きっと勝てます。最後まで諦めたらダメですよ」


 そう言って縁は走る準備をした。次は縁の番だ。


 俊介の頑張りもあって差はそんなにない。


六組がバトンを渡すと、すぐに二組が変わった。


そして、すぐに俊介が縁にバトンを渡した。


「わ、悪い」


「まかせてください」


 縁はバトンを貰うとおもいっきり走り出した。その走りを見てみんなが縁に釘付けになった。


縁はすごく速かった。女子の中で一番速いかもしれない。


前を走っている二組の男子生徒の差を縮め、そして追い抜いてしまった。


その瞬間周りから歓声がわいた。


「いいぞ! 最連寺!」


 俊介が大声で叫んだ。


「頑張れ! 縁」


 隼人も一緒になって応援する。


 縁は六組を捕らえた。その距離わずか二、三メートル。


そこで、アンカーにバトンが渡った。六組のアンカーは真治だった。


「勝負だぜ。隼人」


「今度こそ勝ってやるよ」


 真治はバトンを貰うと走り出した。隼人もわずかの差で縁からバトンをもらい走り出した。


「隼人さん、頑張ってください」


「おう!」


 隼人は真治めがけて走り出した。


アンカー対決となった。勝ったほうが一位。回りも六組と一組に注目した。


「アンカー同士の対決です。六組と一組、果たして勝つのはどちらでしょうか」


 恵が放送しているが、走っている二人には聞こえなかった。


隼人は真治に近づこうと走る。しかし、なかなか追いつかない。このままでは二位で終わってしまう。


隼人が半ば諦めたそのときだった。


「隼人さん! 頑張ってください!」


 隼人の耳に縁の声が届いた。


この歓声の中、この白熱した中、縁の声だけは耳にはっきりと響いた。


隼人は歯を食いしばると、足に力を入れ走り出した。


そのときどよめきが起こった。二人の差がどんどん縮んでいく。差が狭まれているのだ。


「行け! 隼人! 抜け!」


 隼人はどんどん真治に近づいて行く。そしてとうとう並んだ。


「並びました。一組、とうとう六組と並びました。最後の一直線を征するのはどっちだ」


 二人は横に伸ばされたロープめがけて走った。そして……。




 体育祭全日程が終わり、生徒たちは後片付けをしていた。


 その最中、縁が隼人に話し掛けた。


「最後はすごかったですね。隼人さん、よく頑張りました」


「ああ、ありがとう」


 二人はそっと笑みを浮かべた。


 最後の直線、僅かの差で征したのは隼人だった。


そして、結果奇数クラスの優勝。真治は悔しそうにしていた。


「やっぱり最後まで諦めてはいけませんね。諦めない心が勝機を与えたと思います」


 隼人もその通りだと思った。


半分諦めかけていたときに縁の声が聞こえて気持ちを持ち直した。


縁の応援がなかったら負けていたかもしれない。


「縁、ありがとな」


「え? 何でですか?」


「別に」


 そう言って隼人は椅子を持っていった。


その後ろを、縁は満面の笑みを浮かべて見送った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ