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ストライク  作者: ライト
11/38

五回裏:夏の自由合宿

 とうとう夏休みに入った。


なんとか期末テストは全員赤点を取らずに済んだので一安心である。


真治や広和はぎりぎりだった。


これであの秘密の計画が遂行できる。夏といったらあれしかない。


隼人たちは一週間の間にみんなで龍也の家に集まり宿題を終わらせた。龍也の家はすごく豪華な家だった。本当にお坊ちゃまだ。


 そして、全員の宿題を終わらせると、とうとう計画を遂行した。


「天龍高校野球同好会、夏の自由合宿を始めま〜す!」


 俊介が元気よく言った。


全員は昨日のうちに荷物をまとめると龍也の家の前に集合した。


「俺たちはたしかに謹慎処分を受けている。しかし、それは学校での話だ。俺たちは他の場所で練習する。何か言ってきたら友達と旅行に行って、野球で遊んでいたと言えばいい! ……多分」


「最後は弱気だぞ」


 真治が笑いながら言った。


「心配しなくても、校長に許可を取ってある。甲子園に行くために特別だとな。そのかわり、三週間だけだが。……生徒会の仕事も増えてしまったが……」


 龍也は少し肩を落として言った。


「先生は来ないのかな?」


 勇気が全員に問い掛けた。


「先生は用事があって来られないそうだぞ。だから、代わりに龍也の知り合いが来るんだ」


 隼人が説明した。


「さて、そろそろ行こうか」


 俊介の一言で全員は車に乗り込み、龍也の別荘に向かった。


運転は龍也の知り合いの人がしている。


 車で揺られること一時間。ようやく辿り着いた。


木造の家が二つに、隣には大きなグラウンド。他にもいろいろな道具があった。


「ここは僕が小学生のころに使っていた練習場所だ。大いに野球の向上に使ってくれ」


 龍也が胸を張って言った。


「おお!」


 全員はさっそく荷物を別荘に置いた。


一つの別荘に龍也、真治、広和、勇気。もう一つは隼人、縁、俊介となった。


隼人たちは練習着に着替えると別荘の前に並んだ。


「よし、全員いるな」


 龍也は全員いることを確認すると、咳払いをして口を開いた。


「今日からここに泊り込みで練習をする。炊事、洗濯、掃除などは全て自分でするのだ」


「マ、マジかよ!」


 広和は驚いて龍也に聞いた。


「当たり前だ。それくらいできて当然。最初はこの別荘の掃除だ。しばらく使ってなかったから埃だらけであろう。道具はここにある。全ての部屋を綺麗にするんだ」


「大変だな〜」


 真治は大きなため息を吐いた。


「最連寺さんは、近くに大きな店があるから買出しを頼む。メモを渡すから書かれてあるものを買って来てくれ」


「わかりました」


 縁は龍也からいくらかお金を貰った。


「それと、一つ提案がある」


「ん? なんだよ」


 俊介が龍也に尋ねた。


「ただ、普通に大掃除をしてもおもしろくないと思わないか?」


「たしかに、なんかやらされている感じがしてやる気がでないな」


 真治が言うと、龍也は笑みを浮かべながらうなずいた。


「そこで、今から二つのチームに別れる。Aチームは隼人、俊介、僕。Bチームは真治、広和、勇気だ。3人で一つの別荘を掃除してもらう。そして、一番早くに掃除を終えたチームには、夕食のあとにアイスを食べて良いことにする」


「おお!」


 真治や広和は歓声を上げた。


「これなら少しはやる気が出るだろう。最連寺さんは、おいしそうなアイスできるだけたくさん買ってきてくれ」


「はい」


「それでは、大掃除開始だ」


 龍也の合図で一斉に大掃除が始まった。


「よっしゃー! 負けないぞ!」


 俊介は道具を持つと別荘の中に突入した。


「アイスはオレのものだ! 行くぞ! 広和! 勇気!」


「おお!」


 真治たちもすごい勢いで別荘に入っていった。


縁も買出しに出かけた。


隼人も龍也も掃除に取り掛かった。


 いたるところを綺麗にし、埃が無いほどになるまで二時間以上かかった。


大掃除もなかなか体力や筋力を使う。練習前にはちょうどいい体ほぐしにはなった。


結果、勝ったのは隼人たちAチーム。


「くっそ〜。アイス食いたかった」


「僕も〜」


 真治たちはすごくがっかりしていた。


「そうがっかりするな。まだチャンスはあるぞ」


 龍也は腕を組んで落ち込んでいる真治たちに言った。


「ほ、本当か?」


「もちろんだ。頑張ればそれだけたくさんもらえる。諦めるのはまだ早いぞ」


「おし! 次こそゲットしてやる!」


 真治たちは気合を入れた。




 午後からはグラウンドで練習を行う。隼人たちはグラウンドに向かった。


「おっしゃー! やってやるぞ!」


 真治がいち早くグラウンドに足を踏み入れた。


「おい、真治君。なにか忘れてないか?」


 龍也ははしゃぐ真治を止めた。


「忘れたこと? ……別にないぞ」


「ウソをつくな。グラウンドに入る前にまずは挨拶だ」


「そうなのか。こんにちは、龍也」


「僕にじゃない。グラウンドにだ」


「グラウンドに挨拶するのか?」


「当たり前だ。もしこのグラウンドがなかったら練習なんてできないんだぞ。いつでも感謝の心を忘れてはいけないんだ」


「なるほど」


 真治は一度グラウンドから一歩出ると元気よく挨拶をした。


それにつられて広和や勇気も挨拶をした。


勇気はなかなか大きな声が出ず、龍也に何度もやり直されていた。


「さて、今から練習に入るぞ」


 俊介は全員の前に立った。


「練習だからってすぐにノックしたりバッティング練習したりはしない」


「じゃあ何するんだ?」


 広和が聞いてきた。


「時間はまだあるんだ。当分の間は基礎練習をする。この基礎練習に耐えてこそうまくなれるんだ。地味でつまらないが乗り越えたら勝った喜びが味わえるぞ」


「まあ、基礎は大事だな。でも何をするんだ?」


 真治が言った。


「心配しなくてもちゃんと考えてある。一人一枚ずつ配るからこれを見てくれ」


 俊介は一枚の紙をみんなに配った。そこには基礎練習のメニューが書かれてあった。


ランニング4キロ、腹筋・背筋・腕立て・スクワットなどを百回。


他にもびっしりと書かれてあった。


「こ、こんなにするのか?」


 真治は驚いて聞いてきた。


「当たり前だ。他の高校はそれ以上しているぞ。まずは練習の前に準備運動だ。頑張ろう!」


 みんなは二人一組になり、準備運動や柔軟体操を行った。


俊介は厳しく行い、全員に声を出させた。


 そのあとはランニング。このグラウンドの周りをみんなで声を合わせて走り出した。


「1、2! 1、2! 1、2! 1、2!」


 みんなが走っている間、縁はキーパー(飲み物を入れる大きな入れ物)にお茶を作っていた。


ランニングは30分間行い。広和や勇気はその場に倒れた。


「つ、疲れた……」


「ぼ、ぼくも……」


「おい! グラウンドに倒れるな。どんなに疲れてもグラウンドに倒れるな!」


 隼人が厳しく言うと、二人はしぶしぶ立ち上がった。


「最初はきついかもしれないけど、毎日すれば慣れてくる。自分が成長していると思うと楽しいぞ」


 俊介は笑いながら余裕の表情をしていた。


「はい、隼人さん」


 縁は隼人にお茶を渡した。


「ありがとう、縁」


 隼人は縁からお茶を受け取った。他にも縁は全員に配った。


「よし! それじゃあ、練習再開だ!」


「おお〜……」


 隼人の気合のある声を聞き、広和や勇気は元気のない声を上げた。


 この日、俊介が書いていたメニューをすべて行い、次に全員の個人データを取ることにした。


「今からそれぞれのデータを取らしてもらう。個人データは大事だ。自分の長所や短所が分かるからな」


 龍也と縁はファイルを持ちながら、一人ずつデータを取っていった。


 全員のデータが取り終わると、龍也は全員を集めた。


「まだ時間があるな。これからアイス争奪戦を行うぞ」


「おお! 待ってたぜ! 今度こそ手に入れてやる!」


 真治はさっきまで疲れていたのに、すぐに元気になった。


「それで何するんだ?」


 広和が龍也に聞いた。


「そうだな。まずは鬼ごっこだ」


「鬼ごっこ?」


 広和が驚いて聞き返した。


「そうだ。このダイヤモンドの中で行い、鬼からタッチされないように逃げたまえ。制限時間は10分間。鬼は全員を捕まえればアイス二本だ。逃げる側は、時間まで逃げ切ればアイス一本だ。最連寺さんは時間を計ってくれ」


「はい。わかりました」


「よし、最初の鬼は僕と真治の二人だ。言っとくが、ダイヤモンドから出たら失格だからな。それでは始めるぞ」


 みんなはダイヤモンド、つまり、一塁、二塁、三塁、ホームの四角形の中に入った。


それぞればらばらに散り、龍也たちから遠ざかった。


「ふふふ、これはけっこうおもしろいんだ」


「行きますよ。よーい、スタート!」


 縁の合図で龍也と真治は走り出した。みんなも二人に捕まらないように逃げた。


たしかにこれはいい運動になった。


鬼から逃げようと体力を使って走る。タッチされないように急に立ち止まったり、方向転回したりして、反復や重心移動の練習にもなる。


そして、遊び感覚で行っているので楽しさがある。なかなかいい練習だった。


 結果、10分間逃げ切ったものはおらず、龍也と真治が勝った。


「よっしゃー! アイス二本ゲット!」


「ふふ、いい練習になった」


 この鬼ごっこを何度も行った。


そして次は、物運びである。


ライトの端からレフトの端まで、砂の入った袋を運ぶのだ。


これは二人一組で行い、そのペア同士で争い、勝ったものはアイス一本もらえる。


 これもいい運動になった。


砂を運ぶのは想像以上に筋肉を使う。砂袋は全部で十袋ある。これを片方の手に一つずつ持って行くのは力が着く。


制限時間があるから緊張感もあり、手を抜いたりはできない。


アイスがいらないからといって、手を抜いても時間切れは罰ゲームがあるからみんな必死だった。


 そして、最後はクイズ大会だ。


龍也が考えた今の野手やバッターの状況を理解して、どういう判断をすればいいのかを答えるのだ。


例えば、1アウトランナーが三塁の状況の場合、バッターはどういう作戦をしてくるか。


この答えは基本的なことを言えばいいのだ。


もちろん、どんなことをするのかなどチームによってわからない。しかし、考えられることを言えばいいのだ。


それによって、そのような状況になったときに対処しやすくなるからだ。


問題の答えはスクイズ、またはタッチアップで正解だ。


正解ならばアイス一本。間違えればグラウンド一周。


龍也の問題は以外に難しく、ファールとフェアの判断の仕方もあった。


一番多く正解したのは俊介で隼人は一問届かなかった。一番正解できなかったのは勇気だった。


 クイズ大会が終わると、みんなで軽く体を流すように動かして、練習はようやく終わった。


「ああ〜、疲れた〜」


 真治や広和、勇気はベンチにうつ伏せになって倒れた。


隼人や俊介、龍也は少し息が切れていたがまだ大丈夫だった。


「おいおい、これくらいで倒れてどうするんだ。もっと体力つけないと」


 龍也は余裕の表情で柔軟体操をしていた。


「なあ、龍也。ここナイター使えるか?」


 隼人は龍也に聞いた。


「ああ、使えるぞ。でも、まだ練習するのか?」


「ちょっと投げたくてな。あまり無理はしないから」


「それはかまわないがほどほどにな。今点けてあげよう」


「ああ、ありがとう」


 そういうと、隼人は硬球を握り、俊介とキャッチボールを始めた。


「隼人。あまり無理するなよ。疲れているんだからな」


「大丈夫だ。今は投げたいんだよ。あと、あれの練習もしたいんだ」


「よし。そろそろいいかな。座るぞ」


 隼人はコクっとうなずくと、俊介はホームベースの後ろに座った。


「よし、こい!」


 俊介はミットを叩くと構えた。


隼人はピッチャーマウンドをならし、セットポジションに入った。


密かに、ベンチで龍也は二人を見ていた。


 隼人はいつもの動作を行い、ミットめがけて思いっきり投げた。


 パンッ!


 グラウンドに気持ちのいい音が響いた。


隼人は体が震えたのがわかった。


この音が聞きたかった。どれほど待っていたことか。


「ナイスボール!」


 そういうと、俊介はボールを隼人に投げ返した。


龍也は密かに球速を測っていたのだ。そのメーターを見て驚いていた。


時速145キロも出ているのだ。


「隼人のやつ。すごいボールを投げるな」


 そのあとも、隼人はミットめがけ投げ続けた。


コントロールも球速も絶好調だった。


今なら誰にも打たれない気がした。なにより、投げることに餓えていたせいか、一段と楽しく感じられた。


「俊介! 次はあれの練習だ!」


「よし! 来い!」


 俊介は気合を入れてミットを構えた。


隼人はいつものフォームを心がけてミットめがけて投げた。


しかし、ボールは俊介の頭を超え、後ろのフェンスに当たった。


「くそ! まだダメか」


 隼人は悔しそうに土を蹴った。


「そう簡単に変化球はうまくいかねーよ。何度も練習してものにしようぜ」


 隼人は変化球の練習をしていたのだ。


それからも、隼人は俊介の構えたところに投げようとしたが、一球もミットの位置どおりのところに収まることはなかった。




「夕食ができましたよ。たくさん食べてくださいね」


「いただきま〜す!」


 隼人たちは外にシートを敷き、全員でそこに座って縁特製のカレーを食べた。


「おお〜! すごいうまいな! 最高だぜ! ん?」


 俊介は大絶賛しているが、真治や広和、勇気はあまり口にしていなかった。


「どうしたんだお前ら? 食べないのか?」


「い、いや、ちょっと食欲なくて……」


「ぼ、僕も……」


「ぼくも……」


 真治たちはすごくゆっくりと口に運ぶだけだった。


「なんだよ、お前ら。おいしくないのか?」


「ごめんなさい。今度はおいしく作りますから」


「い、いや、最連寺が悪いんじゃないんだ。カレーはおいしいよ。でも、……食べる気がなくて」


 真治はカレーを無理に口に運ぶがすぐに手が止まってしまった。


龍也は鼻でふっと笑った。


「いきなりの練習で疲れたのだろう。慣れれば食えるようになる。今は水分補給をして、食えるだけ食うんだな」


「はい。お水です」


 縁は水をコップに注ぐと真治たちに配った。


「あ、ありがとう。でも、お前らは平気なのか?」


「俺は大丈夫だぜ。これくらいなんともないな」


 俊介は大声で笑うくらい元気があった。


その間、隼人はカレーを食べながら硬球をいじっていた。変化球の構えを真似て、軽く腕を振った。


「隼人さん、行儀悪いですよ。食べるときくらい硬球は置いてください」


「え? あ、悪い」


 縁に注意され、隼人はカレーをすぐにたいらげた。


縁はそれを見て嬉しそうな顔をしていた。


 夏の自由合宿一日目終了。

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