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「じゃ~な摂津、おやすみ〜」
赤ら顔の林は大きく手を振りながら別れを告げる。
あの後結局林は10数回大当たりを続け、上機嫌で居酒屋の支払いを全て払ってくれた。
「まぁまぁまぁ、今日は運が悪かったけど気に病むなよ〜」
そうひらひらと手を振る林の姿に正直イラッとするが、奢ってもらった手前一応笑顔で手を振り返す。
「……何やってんだろう、俺は」
林と別れ数分後、すっかり暗くなった夜道をひとり歩きながら呟く。
そう呟いたのは、給料日前の時期に2万円以上スったからという理由だけではない。いや、確かに決して稼いでいる訳でもない、自分からすれば2万円は痛いが、この虚しさはもっと別の問題からくるものだった。
……もしあのときああしていれば。
思い出し、何度も後悔するのは8年前の夏、ただ真っ直ぐでひたすら白球を追いかけていた時の事であった。
あの時の俺は、2年生で既に野球部のエースとしてマウンドに立っており、甲子園まで後1勝というところまで来ていた。
しかし、酷使を重ねてきた肩は決勝戦を前に……、というよりもずっと前から壊れてしまっていた。
その結果チームは地区予選決勝で敗れ、俺は2度とマウンドに戻れる事なく高校野球の3年間は終わってしまった。
その後、壊れた肩は治ることもなく、大学野球も諦め、就職の道を選んだ。
就職は幸いにもそこそこ大手の印刷会社に入る事ができて、給料も十分に貰っている。今の環境は悪くないし、何の不満もない。それでもどこか心にスキマを感じるのは、やはりこの壊れたままの肩のせいなのは分かりきっていた。
もし、あの時投げなければ。もし、もっと肩を大事にしていれば。そんな思いが胸の内を占める。
しかし、もしあの時に戻れたとしても俺はきっと投げたであろう。もし、あと1球投げれば神から肩を壊すと告げられても俺は関係無いと投げ続けたに違いない。だからこの反省も、もしもも、たらればも何の意味を持たない事も、何度も何十回も何百回も空想を繰り返した自分が、意味がない事など自分が一番良く分かっている。