さまようアラウナ -砂と塩にまみれた荒野を越えて-
荒れ果て、地平線まで続く荒野を歩く。
片手には私の身長に届くほどの杖、身体に縛り付けた麻の袋を背負って沈みゆく夕陽を追いかける。
時々、腰に帯びた短剣を触る。頼りないがもしかしたら身を守るために使うかもしれない。
暑い日差しを避けるように、顔を覆っていた色褪せた赤い頭の覆いを取り去る。すると大地に残る熱がじわじわと目を焼いた。
高低差の大きいこの地方、私がいる位置よりやや下に位置する窪地を眺めると、野営のために等間隔に並んだ幕屋と家畜、人の群れが小さく見える。
私も今まであの小さな幕屋のひとつにいた。
私たちは12の部族が集まり、外人居留者が部族に混ざり、子供や家畜も増え、それらは巨大な国民を成した。
だが、国民と言っても国土をもたない。
他の国民との数々の戦いを経て、約束の地へと辿り着くため何十年も荒野をさ迷っている。
つい先刻、両親は悲痛な顔をしながら私を送り出した。
簡素な幕屋を出るときには、別れの言葉は互いになかった。
なぜなら私はある罪を犯し、その結果産まれ育った部族から追放されたのだ。
15を過ぎた私は、もう子供とよばれる年齢ではない。
ゆえに、部族の大人として長老達から裁かれた。そして、犯した罪の責任をとるため部族からの追放という結果に至ったのだ。
私が背負う麻袋には、食糧などの他に加工した小さな獣の皮が入っている。それにはヘブレル語で、私の名と罪状が刻み込んであるのだ。
これから私は、この罪状が書かれた皮を持って避難の都市へと逃れなければならない。
旅路は険しく、餓死の可能性や盗賊や野獣からの危険、他の民族からの危険、そして塩害から身を守らなければならない。
褐色の肌に汗が染みる。
背負う荷物も、引き摺る杖も、腰に帯びた短剣も重く感じる。
旅のために新しくあつらえたサンダルが足に食い込んで痛い。
風が吹くと、私の部族特有の日に焼けた白髪が熱風で乱れた。
ひと恋しさや不安感、後悔、怒り。
様々な感情が浮かんでは消えた。
これまで鍛えてきた身体の筋肉が、感情に合わせてひきつく。
下を向くと夕陽に染まる砂、呼吸に合わせて膨らみ縮む自身の薄い胸元が見えた。
不意に。
遠く、私のいた窪地とは別の方角から微かに音がした。
とっさに地面に倒れ伏した巨木に身を隠した。耳をすませると、獣のいななきとそれを操る勇ましい声、金属が擦れあう音が聴こえる。
「……敵、か?」
短剣に手を添え、息を潜める。
やがて馬を駆る二人の男が現れた。
金の鼻輪などの見慣れない衣装、油で固めた縮れた長い黒髭。
同様に縮れた黒髪、そして目もとは黒い墨で化粧を施している。太ももには鉄製の剣を帯びていた。
身体は獣の肉をたらふく食べているのだろう、大柄で両腕の筋肉が大蛇の胴体のように盛り上がっている。
敵国の斥候だろうか?
幸いにもこちらに気づいてはいない。
「おうおうおう!! 田舎からわざわざ出てきて荒れ地をお散歩とはいいご身分だ、ハッ!!」
「まったくだ!! この前の戦は笑えたな!!」
「そうだそうだ!! 彼奴らは馬も少ないし、武器も銅製で話にならない!!」
下品な笑いが辺りに響いてこだました。
ヘブレル語ではない。
戦場で聞き慣れた異国の言語だ。そのおかげで、ある程度聞いて理解できるまでになっていた。
話を聞いて怒りがこみ上げる。
ギリギリと歯を食い縛った。
この男たちは私たち国民と敵対関係にある国の民だ。
何度も激しい戦を交え、この民族から自分達の身を守ってきたため、幸いにも属国になってはいない。
私たち以外にも多くの民族が、奴等に対抗しそして敗北した。
奴等は残酷にも敗れた他の民族を奴隷としてひきたて、生きたまま串刺しにしたり、目をくりぬき、両手に穴をあけて鎖に繋ぎ虐待してきた。
自分たちの強さを、崇める神々の加護と、残虐性を誇示するために。
怒りで髪が逆巻く。
飛び出して短剣を突きだしたい衝動にかられたが、こちらは一人だ。短剣を握りしめる手が震える。
しかし、足元の枯れ枝を踏み、乾いた音をたててしまった。
「だれだ!!」
「出てきやがれッ!!」
男たちは馬から降りて、冷たい金属音をたてながら素早く股に帯びていた剣を引き抜いた。
……いけない。
呼吸を意識して整え、杖を構えながら姿勢を低くする。短剣はまだ抜かない。
巨木の影を移動し、男たちから見つからないように少し距離を置く。
空気が張りつめ、身体の真が冷たくなる。
緊張が最高潮に達した時だった。
遠くで雷鳴がいきなり響いた。雲ひとつない日照りだったのだが……
男たちの顔に恐怖が浮かぶ。
雷鳴の鳴った方角を見ると、キラキラと夕陽に照らされて輝く、雲のようなものが湧きつつあった。
「塩の災厄だ!!」
「逃げろッ!! おお神々よお助けを!!」
慌てふためきながら馬に乗り、鞭を打つ。
男たちは私を置いて逃げていった。
ああ、ここで私は死ぬのか……
覚悟なんてない。
家族に看取られることなく孤独に、また戦で名誉の死を遂げることなく、塩の嵐に皮をズタズタにされながら死ぬのはいやだ。
身体を抱き締め、地面に許しを乞うように頭を地面に押し当てる。
「嫌だ……死にたくない……」
涙が込み上げた。
……はたして、生を諦めることができたのだろうか?
複雑な感情のまま塩に飲み込まれるのを待った。
辺りは雹が降るときのような轟音が響き渡る。
だが。
いつまでたっても、塩に裂かれる痛みは感じなかった。
「……え? なんで……」
顔をあげると、美しい獣がそこにいた。
塩の嵐は、私とその獣を避けるように大地を舐め尽くしていた。
見たことがない、白く輝く生き物だった。鹿や、アイベックスに似た象をしているが、熊や獅子のように巨大な体躯をしている。
そして長く空へと広がった角と、大地を割る鋭い蹄は七色に光輝きながら塩を吹き出していた。
緑か青か、空の色か。
不思議な色をした二つの目が、私を視ている。
なんだか心を探られているような、気持ち悪いようで居心地がいい感触にあてられる。
頭の中で声が響いた。
『人の子よ……力を欲するか?』
__その声を聞くと、私は深い眠りに落ちた。
私はアラウナ。追放者だ。
筆休めにファンタジー系に挑戦してみました。
てか執筆の息抜きに執筆するってなんなのさ……
んー難しい。
もしかしたら連載するかもしれません。