緑玉の王子2
「何を悠長に釣りなんかしている!?
あと5時間で解毒剤が見つからないと死ぬんだろ!
沼を攫って…。」 大地の僧侶ハルナ
「10cmだ。」 S戦士ブラックサンダー(以下BS)
「え?」 ハルナ
「大きくないとは言え沼を攫って、5時間以内にナマズゴンを捕えられるとは思えない。
奴の残した仕掛けは、疑似餌を水底から10cm程度の位置で引く様にしている。
その水深で釣り続けた方が確率は高い。」 BS
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2時間前。沼の縁で釣り糸を下げるBSに声を掛ける一人の男がいました。その片手に釣り竿を持った男は、青い豪奢なシャツ、赤いマントとカボチャパンツ、白いタイツを身に着け、頭には小さな王冠、目だけを覆う白い仮面の額にはエメラルドが付いています。
「隣いいかい?」 エメラルド王子(以下王子)
「ダメだ。
ここは俺だけの釣り場だ。」 BS
「…昨日まで私だけの釣り場だったんだが。」 王子
「酒を持ってるなら話を聞こう。」 BS
「ワインならあるが…。」
そう言いながら明らかにワイン瓶より小さな鞄からそれを取り出す王子。目の隅で追うBS。
「ああ、これかい?
魔法の品でね。無制限じゃないが、見かけよりずっと入るんだ。」 王子
「兎に角その瓶を寄越してみろ。
…ぷっ、薄い酒だな。しょうがない。あと5本で手を打ってやる。」 BS
「いや、1本だって全部あげるとは…。
それにあと3本しかないし、うち1本はビンテージで…。」 王子
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その頃、シュネーバルの街で部屋の入口を行きつ戻りつするハルナ。
「全く、どういう料簡だ!
やっぱり追って行って散々に責めて…。
いや、私が足を運ぶのは筋違いだ!
奴が戻って来てからこっ酷く…。
だがイライラしながら待つのは性に合わん!
やっぱり行くか…。
いや、それでは私の方が奴を追い駆けているみたいで…。
そう、私はそんなに奴に拘っている訳ではないのだから。
…。
…。
…。
…やっぱり行こう。」
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結局王子から3本のワインを巻き上げながら、「ちっ、ゴネ得かよ。」と悪態を付いて30分で飲み切ったBS。やや凹んだかに見える王子と1時間程釣り糸を垂らします。30~50cm程度の鱒を20匹も釣りあげるBSに対し、王子は全くヒットしません。
「がはははっ、全然じゃね~か♪」 BS
「私は大物狙いなんだ、よ!」
そう言うと王子が垂らした糸の辺りの水面が荒れ、1mを超すナマズに似た魚が引き上げられます。
「おいおい何だそのデカイのは?
って、逃がすのかよ!」 BS
「私はキャッチアンドリリース派でね。
あれはナマズゴン。この辺りでは稀に釣れるんだ。
いつもは幾つかある沼底の巣に引き籠っているが、
巣の前を動く物があるとあのデカイ口で何でも飲み込むのさ。」 王子
「男なら釣ったら喰うだろ!
ん? アレは“蜥蜴人”。
あんなに沢山。街に向ってるのか。」 BS
沼から遠くに見える枯れ木の森を通る数千もの“蜥蜴人”が見えるのでした。
「さて、私は予定が詰まっているので失礼するよ。
そうそう。先ほど私からガメたワインの1本には無味無臭の毒が入っていてね。
あと6時間ほどで君は意識を失い、死出の旅路に着くだろう。」 王子
「ほう。わざわざ教えてくれるって事は、解毒方法も教えるんだろうな。」 BS
「君には敵わないな。
さっきまで解毒薬の小瓶を持っていたんだが…。
何処へ行っただろう?
まさかさっきのナマズゴンに呑みこまれたかな?」 王子
「つまりお前を殺しても、俺の生き死にには関係ねーんだな?」 BS
そう言うと剣を抜き放ち、恐ろしい速さで王子へ迫って、その胴を斜めに切り上げ分断するBS。しかし二つに分かれた王子の体は、薔薇の花弁と葉へと変わりはらはらと崩れると、風に乗って消え去ります。そしてどこからか言葉だけが聞こえてくるのでした。
「生憎だが私は手錬の戦士の前に生身を曝すほどお人好しではないよ。」
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その頃、沼に向うハルナも“蜥蜴人”の大軍に気付きます。
「何だアレは!
くっ、街に戻るか!?」 ハルナ
そこへ姿を現す王子。
「少し向こうの沼で、随分と苦戦している男が居たが…。
君の連れではないのか?」
それだけ言って姿を消す王子。一瞬迷うものの、沼へと走るハルナ。BSを見つけると事情を聞くのでした。
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(冒頭の会話挿入)
「お前は街へ行け。
ここは俺だけで十分。お前が居ても役に立たん。」 BS
「…分かった。
だが絶対私の見ていない処で死ぬなよ!」
そう言って、来た道を引き返して行くハルナでした。
「…当たり前だ。
世話の掛る奴もいるしな。」 BS
「(。・`ω´・。)?」 ハルナ
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同じ頃、沼の森の外れで王子が呟きます。
「さて、次は君の番だ。運命の少女よ。」
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