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5ー1 元旦 名古屋駅 昼
(何だかんだ人が多いな…)
元旦の昼に名駅とはいえ人が溢れている。
物心がついた頃から名古屋に住んではいるが、
元旦に名駅に来た事はない。
名古屋でも反対側に暮らしている事が大きい。
そして買い物や友人の誘いがなければ繁華街に来ない俺の習性もあるが…
(人混みの中で待つのか…面倒だな…)
百貨店の駐車場に車を置き、新幹線乗り場に向かう。
地下鉄の改札の前を通り抜け右に曲がった一番奥にある新幹線乗り場。
人の流れもあり窮屈に感じる。
角にある売店から思いがけず声を掛けられた。
「きょーちゃーん!」
そこには手をブンブン振りながら満面の笑みで高達が立っていた。
俺は一瞬迷った。
(他人の振りするか…)
周りは明らかに高達を見てる。
誰が呼ばれているのか気になるのだろう、目線が彼に集まっている。
俺は無言で手招きした。
高達は買い物を済ませ、荷物を抱えて走って来る。
(予想以上にテンションが高いな)
俺は苦笑しながら、彼を待つ。
「高達、早いな。昔みたいに洋平が先に着くかと思ってた(笑)」
「きょうちゃん、そりゃないよー(笑)話が昔過ぎる(笑)前会った時だって遅刻しなかったじゃん!」
高達は頬を膨らませむくれた顔をする。
(この顔…変わらないなぁ(笑))
分かった、分かったと頷きながら俺は疑問をぶつけた。
「でもな、高達。お前にしては早すぎる(笑)お前に買い物が出来る時間があるなんてあり得ないんだ。」
高達は間髪入れずに答えた。
「そりゃ、なっちゃんが送ってくれたから。遅刻なんてあり得ないよ(笑)」
俺は呆気にとられた。
「なっちゃんに送ってもらっただと!高達、お前甘えすぎ(笑)で、もう帰ったのか?」
「ううん、車置いてから買い物するって言ってたよ。何か娘にせがまれたらしくてロールケーキ探しに行ったよ。」
「と、言うことは後から合流するって事?」
「うん!ちゃんと次の指示もあるよ。きょうちゃんと合流したら新幹線乗り場の隣のファストフードでお茶して待つ事。」
(まさかここまでガードが堅いとはな…)
「そうなんだ(笑)じゃあ、お茶しに行くか」
歩き出そうとする俺の肩を掴んで高達は言った。
「きょうちゃん、もう言っていいんだよね?」
「何を?」
俺は答えが思い付かず質問で返す。
「あの…新年の挨拶。」
(似た者夫婦か(笑))
「大丈夫だ(笑)喪は明けた。」
高達は安心した顔で
「明けましておめでとう、きょうちゃん」
「あぁ、明けましておめでとう。」
「じゃあ、行こう♪つか、きょうちゃん…ファストフード大丈夫だったっけ?」
「ダメなのは洋平だよ、高達。俺は大丈夫さ(笑)」
歩きながら思った事を高達にぶつけてみた。
「高達、今日の事…何か聞いてるか?」
高達は不意な質問に明らかに動揺したが、
「きょうちゃん、その質問は無理(笑)なっちゃんに離婚されちゃう(笑)」
(おいおい、そんなにでかい話になってんのか)
「分かった。その企みに乗ってやる(笑)取り敢えずお茶にしよう」
「企みって人聞き悪いな(笑)昼飯は皆で食べる予定だからハンバーガー食べちゃダメだよ(笑)」
(また同じ反応しやがって(笑))
「はいはい。全てはお前らの予定に合わせるよ。」
俺は先に聞く事を諦め全てを委ねる事にした。
(こんなサプライズ…洋平だけじゃ無理なはず。何人絡んでるんだよ…)
5ー2 高校1年春 藤ヶ丘駅前
(あいつ…今日は遅れないだろうな)
バンドの練習日は二人で待ち合わせて行こう♪と、
言ったのはコータツだった。
もう場所分かったからスタジオで待ち合わせてで良いと俺は言ったのだがコータツは頑なだった。
だが…
もう数回、練習日はあったが1度として待ち合わせの時間に来た事はない。
ゴーさんは業を煮やし、俺達が来るまでスタジオ前で待っていてくれるようになった。
(それでも約束の時間より早く来る俺も俺だが…)
まだ待ち合わせの時間には早い。
だが遅れたくないという気持ちが早く来させた。
そんな事を思っていると不意に誰かに声を掛けられた。
「あのぉ…紀藤君だよね?」
振り向くと見覚えのある顔の女の子が立っている。
「あーー!?スタジオに遊びに来た…」
「覚えててくれたんだ♪嬉しいな♪私、森内真奈美です。」
「紀藤匡彦です。そう言えば自己紹介してなかったね(笑)」
「あの時は増田さんが突然怒り出しちゃったから(笑)」
「増田さん?あぁ、なっちゃんて増田が苗字なんだ。」
「知らなかったの?」
「うん、皆、なっちゃんとしか呼ばないから(笑)俺は地元が違うから。」
「そうなんだ。紀藤君は何処に住んでるの?」
「星ヶ丘の近くだよ。立ち話も何だからお茶しない?」
「いいですよ♪でも時間大丈夫?待ち合わせてるんでしょ?」
「気にしなくていいよ。待ち合わせの時間にはまだ早いし。どうせ遅刻してくるから(笑)」
「あ!分かった‼待ち合わせの相手ってボーカルの人でしょ?あの時も遅刻して来たんだよ(笑)」
「やはりか(笑)あいつ遅刻魔だから(笑)さぁ、店入ろう。」
駅前にある喫茶店。
俺はドアを開け彼女を先に入れる。
姉さんに言われた事を思い出した。
レディファーストをちゃんとしなさいと。
言われる度に反発していたがこんな時にありがたいと思う。
「席、何処に座ります?」
彼女に言われ、俺は一瞬迷った。
(コータツに見られたら…何言われるか分からんな)
だが、彼女の覗きこむ顔を見ていたら考えが変わった。
「窓際の席が良いな。コータツ来た時に分かるし。あっちも俺達に気付くかもしれないから。」
「うふふ、紀藤君て、いろいろ気遣いするんだね(笑)」
「そうかな?何も考えてないけど。」
俺達は窓際の席に座り、彼女は紅茶を俺は飲めもしないコーヒーを頼んだ。
改めて向かい合うと緊張する。
(この子…やっぱり可愛いな…)
「紀藤君はいつもこんな感じなの」
「こんな感じって?」
「ドア開けてあげたり先に席、選ばしたり」
「姉ちゃんの教育(笑)」
「お姉さんがいるんだ?そんなに言われるの?」
「女の子と遊ぶ時は考えて行動しなさい、私で練習よ!って言われてる」
「あはは(笑)良いお姉さんね(笑)とても良い事教えて貰ってる。」
「そうなんかな?体よく使われてるだけだよ(笑)」
「そんな事ないわよ。好印象よ、紀藤君」
「それなら良いけど(笑)森内さんに悪い印象は与えたくないからね」
(あっ…言っちゃった)
俺は反射的に言ってしまった事に後悔をし目が泳いでしまった。
「紀藤君はさ…付き合ってる人はいるの?」
「い、いないよ…」
「話すの2回目だけど、私の事どう思う?」
「えっと…えー…」
「はっきり言っていいよ。どう思う?」
「可愛いと思う…正直、一目惚れした」
鏡を見たわけではないが自分の顔が真っ赤なのが分かる。
耳まで熱い。
「紀藤君て、可愛いね(笑)スタジオで会った時もさっき声を掛けた時も凄く落ち着いた感じだったのに(笑)」
「変かな?落ち着いて話せる話題ではないと思うんだけど…」
俺は顔から火が出そうなくらい体温が上がっている。
「私ね、紀藤君の事好きだよ♪だから今から私が紀藤君の彼女ね♪」
「う…うん」
こんなに嬉しい事なのに、
いや…嬉しすぎて俺は生返事しか出来ない。
頭がぼーっとしながら、コーヒーに口を付けた。
(うわぁ、苦っ!)
飲めないコーヒーの苦さに顔をしかめる。
「あは(笑)紀藤君、無理してコーヒー頼んだでしょー?飲めないの分かるよ(笑)」
今度は恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
「彼女なら紀藤君は止めてよ。タダヒコで良いよ。」
「じゃあ、私の事を森内さんって呼んじゃダメ!でも名前で呼ぶのもダメ(笑)タダヒコだけの呼び方決めて♪」
「じゃあ、まーちゃん」
「ダメだよ(笑)友達もママもそう呼ぶし。まなちゃんもダメ(笑)」
「うーん…難しいな。じゃあ、ナミ!これなら被らないでしょ?」
「面白い発想だね(笑)名前変わった感じ(笑)でも良いな♪私の事、ナミって呼ぶのタダヒコだけだもんね♪」
「良かった…呼び名が決まらないでやっぱなしって言われるかと思った…」
「心配性だなぁ(笑)私がタダヒコの彼女なの!」
「うん、分かった(笑)」
「タダヒコ、コーヒーにミルクとお砂糖入れよう。飲みやすくなるから。」
ナミに言われるまま砂糖とミルクを入れ、少しだけ飲みやすくなったコーヒーを飲んでいると…
外から大きな声がした。
「キョーちゃーん、キョーちゃん何処だー!」
コータツが俺の名前を叫んでる。
(あのバカ!!!)
「ナミ、もう行かなくちゃ…」
「うん、大丈夫だよ♪まだ付き合ってるのナイショね(笑)お互いの事をもっと知ってから紹介して欲しい。」
「うん、分かった。あっ、そうだ…」
俺は鞄の中からいつも歌詞を書いているノートを取りだし電話番号を書いて破って渡した。
「うち、家がコンビニなんだ。掛けると店名言われるけど気にしないで。」
「分かった。ねぇ、タダヒコ。そのノート貸して!」
ナミは俺のノートに名前、住所、電話番号、そしてメッセージを書いて俺に渡した。
「タダヒコ、メッセージは後で読んで♪うちは母子家庭でママは夜の仕事をしてるの。夜は私しか出ないから」
ナミは一瞬表情を曇らせた。
俺は間髪入れずに言った。
「なぁナミ。俺はお前の家庭やお前の親の仕事と付き合うんじゃない。俺が付き合いたいのはお前だよ。俺はお前しか見ないからそんな顔をしなくて良いよ。
ま…もうそんな顔、俺がさせないけどね♪」
ナミは、はにかんだ笑顔で俺を見つめ、
「うん、分かってる♪私の彼氏はそんな人じゃない。タダヒコ、そろそろ行かないと!ずっと叫んでるよ(笑)」
「そうだな、急がないと…」
あわだたしく席を立ち勘定を済ませた。
ドアの前に立った時、
「タダヒコ、駅で会った時と表情違うよ(笑)練習大丈夫?」
ナミにそう言われたが俺には理解出来なかった。
「いつもと変わらないはず」
「顔がデレデレしてるの!(笑)本当に大丈夫なの?」
そう言われ俺はナミの耳元で囁いた。
「なぁ、いきなりこんな可愛い彼女が出来たら誰でもデレデレしちゃうって」
ナミは顔を真っ赤にしながら俺を抱きしめ耳元で囁いた。
「大丈夫♪君なら大丈夫だよ♪」
俺の中で何かのスイッチが入った気がした。
「ナミ、もう出よう。店員さんが見てる。」
俺がそう言うとナミは顔を真っ赤にして俺から離れた。
外から聞こえるコータツの声は涙混じりになっている。
ドア開け見瀬を出るとナミは立ち止まった。
「私、反対側だから。早く行ってあげて♪」
「ナミ…今日の夜、電話する!」
「分かった♪待ってるね♪」
じゃあねとお互い手を振り店の前で別れた。
気持ちはまだふわふわしている。
顔がデレデレしそうになった時、ナミの言葉が頭を過った。
゛君なら大丈夫だよ♪゛
俺の表情は引き締まり、騒いでるコータツに向かった。
「コータツ!ここにいる。何騒いでる!」
「キョーちゃん、隠れすぎだよぅ。あれ…何か良い事あった?」
コータツは泣きそうな顔を止めまじまじと俺の顔を見る。
「何もないよ。早く行こう。ゴーさん達、怒ってるぞ!」
周りの目は気になったが構わずコータツの首根っこを掴んで歩き出す。
ふと何か視線を感じ立ち止まって振り返った。
遠目にナミが笑顔で立っているのが見える。
俺も自然と笑顔になったが…
「どうしたの?」とコータツが振り返りそうになり、
「何でもない!」と掴んだ首根っこを引っ張るようにまた歩き出した。
(俺…ナミの彼氏になったんだ…)
幸せで胸がいっぱいだが何か夢を見ていただけのような気持ちになる。
(今日、必ず電話する!)
俺の頭の中はナミと電話する事しか考えられなかった。
「やっぱりキョーちゃん、何かおかしいよー!」
スタジオに着くまでコータツは騒いでいたが
俺は聞き流す。
(お前に話すのはナミと相談してだから)
もう独りじゃない。
その気持ちが俺を強くさせた。