エピローグ
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それから三ヶ月が経った。
村田は会社からの帰りで自宅のマンションまで歩いている最中だった。辺りはすっかり暗く、日毎に寒さを増していたものの、直線に周期的に並ぶ街灯のオレンジの光が彼に暖かさを感じさせていた。
一日が終わった。
会社はリストラの嵐が吹き荒れていた。そうなると仕事も上手く進むものではない。競争力のなくなった産業と言うのは遠からずこういう運命を辿るのだろう。会社は全社員に面談を開始し、辞める者を集っていた。社員は顔を合わせれば仕事もせず、ひそひそと今後の自分達の将来を相談し合っていた。会社の雰囲気は最悪だった。
ふと村田は立ち止まり空を眺めた。銀色に輝く丸い月がちょうど真上に来ている。誰も通らない道の真ん中で彼は月を見続けた。
綺麗だと思った。
そして思い出し笑いをした。
最近WEBに出したレゴアートの作品の評価が良かったのだ。閲覧数、評価点は驚くほど良い訳ではなかったが、村田にしては高評価な結果となった。ただ何が高評価に繋がったのか、自分としては全く理解は出来ていなかった。
それが分かると大分違うのだが・・・。
吉野は精神科に通い始めたのだそうだ。初めは混乱も激しかったらしく、建築事務所を休みがちだったが、今は落ち着き、会社を休むことなく、仕事をこなしているらしい。もう保育所に現れることもなくなったと佐川がこの間話をしていた。
そういう佐川はそのまま保育所で働いていたが、付き合っていた彼氏とは別れたと言っていた。
「元々妥協で選んでいたから」
さっぱりした表情だった。そして彼女は小説を書き始めた言っていた。
「えっ、お前、小説家希望だったのか? 保母じゃなかったのか?」
「お前言うな! 保母もそうだけど、元々脚本家にも憧れていたんだ。その憧れに対して本当にやりたいことだったのか自信がなかったんだけど、今回の件であの頃の気持ちを思い出したんだ」
「難しいって聞くぞ」
「何もしないで終わるより、した方がいいに決まっているから、やってみようって思ってね」
照れくさそうに笑った。彼女も前を向いて歩きだしているのだろう。少しずつ変えようとしているのだと思った。
山内についてはよく分からなかったが、WEBによれば俳優活動を地道に続けているようだった。もっともそれが村田の知っている山内とは限らないのだが、あの山内だとなんとなく確信していた。舞台もやっているらしい。今度予定している公演には見に行こうと思っていた。
村田は自宅のマンションの入口に着いた。そしてオートロックを開け、エレベータで自宅の階まで昇り、歩き、自宅の玄関に辿り着いた。
「ただいま」
玄関を開けると明かりが点いている。
「おかえり!」
いずみが小走りで玄関まで迎えにきた。
「ただいま」
「うん、で・・・」
いずみは心配げな様子で村田を見つめた。
「結局リストラの件、どうするの?」
いずみが心配そうに聞いてきた。
「ああ、僕は会社に残ることにしたよ。心臓のこともあって、名古屋には行かずに済んだ。八王子の工場に転属となったけど、ここからも通えるし、ある意味運が良かった。仕事は全く変わるんだけど、多分なんとかなるさ。きっと」
村田は靴を脱いでそう言った。
「まだ考えがまとまってなくてさ」
いずみが村田の腕を組んできた。そして村田の顔を覗き込んだ。
「死ぬときに後悔しない人生がいったい何かっていうことが僕にはまだ分からないんだ」
「レゴアートの作者を目指してゆくとか」
「あはは、どうかな。投稿しても点数は悪いからね。まあでも何もやらないより、やった方が答えに近づける気がするから、しばらく作品を作り続けていくよ。別の答えに辿り着くかもしれないけど、しっかりちゃんと考えて自分の人生の方向性を決めて行きたいと思ってる」
村田はそう言って笑った。
「それより新しい事務所はどう?」
村田はいずみに聞いた。
「うん、大丈夫よ。楽しいわ」
いずみは笑顔でそう答えた。
彼女とはあれからすぐに一緒に住み始めた。
離婚した妻と住んでいたマンションだったが、あっという間にいずみ好みの家具に置き換えられ、壁紙も変えられ、絵が飾られ、気の利いた雑貨が置かれ、今や以前の家の様子とは別世界になっていた。
家に帰ると灯りが点いていて、彼女が待っている。村田にはそれが何物にも換え難い幸せに思えた。無論、彼女も弁護士の仕事をしており、忙しいはずだったが、その幸せは毎日続いていた。
彼女の様子は文化祭の前に会ったときのそれとは明らかに変わっている。おどおどする様子もなく、彼女には自信が戻ってきていた。それは村田にとても嬉しいことだった。
村田はネクタイを外した。
彼女とは結婚とかそういう話はまだなかったが、それも時間の問題のような気が村田にはしていた。
そのうち申し込もう。
村田はそう思っていた。いずみは笑顔で言った。
「じゃあ、ごはん食べよっか」
食卓のテーブルには彼女の作った夕食が並べられている。湯気が立ち、どれもおいしそうに見えた。なんでもない風景なのかもしれないが、嬉しさで心が満たされてゆく。
村田は頷いた。
そしてこれが幸せなんだと思った。
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